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 卒園式の前日、園児たちが帰った後、私たちは会議室で卒園アルバムの仕分けをしていた。園児の数はそれほど多くはないから、仕事はじきに終わった。まなみ先生は、できあがったアルバムをめくりながら、感無量な面持ちをしている。


「こうやって一人一人写真見てると、やっぱりじーんとするよね」


 私と圭子先生はまだ年長組を受け持った経験はなく、まなみ先生が今年初めて園児たちを小学校に送り出す。


「年少さんは、まだ右も左も分からないぴよぴよちゃんだけど、年中さんになると団体生活にも慣れてずいぶんまとめやすくなる。でも子どもたちが一番大きく成長したなって感じるのはやっぱり年長さんなの。それぞれの個性もくっきりしてくるしね。ああ、この子は学校行っても全然大丈夫だろうなっていう子もいれば、この子はちょっとシャイだから、新しい環境に慣れるのに時間がかかるだろうな、大丈夫かなって子もいて、ついもう少し何かしてあげられることがあったんじゃないかって思ってしまうのよねぇ」

 

 私と圭子先生は、その言葉にうなずいた。


「まなみ先生、明日泣いちゃいそうですね」

 圭子先生の言葉に、まなみ先生がふふと笑って「ちゃんと、ハンカチ2,3枚、ポケットに入れとくわよ」と答えた。

 

 私は見るともなしに、傍らに置いてあった今年のものではない卒園アルバムを開いた。年長とはいっても、どの顔もまだみんなどこか幼さを残しているのは、昨年も今年も同じだ。この子たちが、やがて小学校に上がり、中学、高校、大学と成長して、いぞれは大人になることを思うと、自分たちが彼らの人生のほんの入り口で、たった一年だけ彼らと触れ合ったということが、とても不思議なことのようにも思えてしまう。


「あれ?」

 その時アルバムを繰る私の手が止まった。

「何?」


 まなみ先生と圭子先生がアルバムをのぞき込んだ。それは、三年前の卒園アルバムの、ゆり組の集合写真だった。ひな壇に並んだ園児たちの右上に、枠に囲まれた二人の園児の写真がある。撮影の当日に、病気などでどうしても撮影に加われなかった園児は、個別に撮影した写真をそこに貼り付ける。その二人のうちのひとりが、この前フラワーパークのメリーゴーランドで見かけたあの男の子だったのだ。


「この子……」


「ああ、その子」まなみ先生の顔が曇った。


「その子ねぇ。亡くなったのよ」


「えっ……」


「卒園する年のお正月から登園してこなくなって……」


「病気か何か?」


「それがね。衰弱死だったの。お母さんと二人で暮らしてて。だから警察の人は、虐待ってことも考えたみたいで、園長先生とか、担任だった永井先生とかは事情を聞かれたみたい。でも体にあざがあったりしたこともなかったので、誰も虐待されてるなんて想像もしなかった。お母さんも、すごくおとなしい感じの人だったしね」


「本当は……どうだったの?」自分の声が震えているのがわかった。


「正確なことは私たちにもわからなかったの。でもそのお母さんは半年くらい前から、チャットっていうの?あれにハマってて、明け方までネットをやって朝起きれなくなっちゃって。だからご飯の用意なんかもしなくなって、パンとかカップ麺とか、あとはお菓子とか買って子どもにやってたらしいの。すごく痩せてるなっていうのは、私たちも思ってたのよ。でもいつもにこにこしてる明るい子だったから、みんなそんな体質なんだろうなと思ってたの」

 

 まなみ先生の声は沈痛だった。


「年が明けて、園に来なくなったから、永井先生も心配して、何回も電話したり、家に行ったこともあるんだけどね。風邪をこじらせてるって言われて、結局子どもには会えなかったの。それから一週間くらいして亡くなったって。風邪を引いて何も食べられなくなったんだけど、お母さんはどうしたらいいか分からないままで、ただ寝かせてたらしいの」


「そんな」圭子先生は声を詰まらせた。


「でもその子ね。最後に園に来た二学期の終園式の日に、永井先生に『ママとフラワーパークに行って、メリーゴーランドに乗ってすごく楽しかったよ。先生、僕のママ、優しいんだよぉ』ってにこにこしながら何回も何回も話してたんだって。そんなわけで、卒園まではいなかったんだけど、園長先生がみんなと一緒に卒園させてあげようって言われて、それでアルバムに載せることになったのよ」

 

 まなみ先生の目には涙が浮かんでいる。


「でも、栞ちゃん。この子のこと知ってるの?」

「あっ、あの。家の近くによく似た子がいたから。でも、その子には最近も会ったから多分人違いです」

 

 私は窓の外に目をやった。そしてあの夜の出来事は、私の心の中にそっとしまっておこうと決めた。

 いかにも春らしい柔らかな陽射しのもとで、薄紅の花びらをたわわにつけた桜は五分咲きだ。今日もあの子は、咲き乱れる花の下で、木馬の背に揺られているような気がした。この世界に生きていた短い時間の中で、おそらくは一番幸せだった場所で、大好きなママに向かって、にこにこ笑って手を振り続けながら。                                 (了)

 

 


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