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花はまだ三分咲きで、陽が落ちはじめると風が冷たい。そのせいもあって、夜桜見物のお客さんは少なかった。私たちは缶ビールと、ポテトやチキンなど簡単なおつまみをゲットして、園内のそこここに設置されているイートスペースのひとつに陣どった。
「児島先生、来たそうだったよね」
私が言うと「児島先生、圭子ちゃんのことが好きみたいだから」とまなみ先生が笑った。
「だって圭子ちゃんがちょっと重いものとか持とうとすると、すかさず飛んできて『あっ、僕が持ちますから』って、もうバレバレなんだもん。そのくせ、あたしが園庭の遊具なんかをウンウン言いながら運んでても見向きもしないのよ。あたしだって、年頃の乙女だっつうの」
圭子先生が吹き出した。まなみ先生は、大柄でがっしりして、両腕で二人の園児を同時に抱えあげることができるという特技の持ち主だ。それに引きかえ圭子先生は、見るからに華奢で、まるでアイドルみたいにスタイルがいい。でもまなみ先生の笑顔はすごくあったかくて、私の目から見ても包容力抜群で、園児たちからは、うらやましいくらい慕われている。
「ああ、くたびれたぁ」そう言いながら、まなみ先生が首をぐるんと回した。
「お疲れ様でした。まずは、かんぱーい」
三人は缶ビールを持ち上げて乾杯した。
「さあ、飲むぞぉ」まなみ先生の言い方は、まるでおっさんだ。
「色気ないなぁ」と私が言うと「色気が必要ないのが、女子会のいいとこじゃん」と言いながら、いかにもおいしそうにビールをぐびぐびと流し込んだ。
「人にはそう言うけど、栞ちゃんだって、お世辞にも女子力があるほうじゃないよ」と、まなみ先生の矛先は私に向けられる。
「いくら、自宅が園に近いからって、ジャージとパーカーで出勤してくるのは、いかがなものかな」
「だってぇ」
―― 私服に気合を入れてみても、職場で顔を合わせるのは、お年寄りの副園長先生と、送迎バスのおじちゃんと、圭子先生ラブな児島先生。園児の父兄は、当然のことながら妻帯者だし
という反論を、私は言葉にはしなかった。とにかく私の職場は、女子力云々をいう前に、そもそも出会いというものがないのだ。
「この中で、彼氏がいるのは圭子先生だけかぁ。まあ、当然ちゃ当然だけどね」
仕事を離れれば妙齢の若い女の子三人、そこからしばらく恋愛談義に花が咲いた。
まなみ先生と圭子先生は、追加のビールとおつまみを買うために席を立った。一人残った私は、ぼんやり園内に目をやった。陽はすっかり暮れたが、街灯や遊具の電飾に照らされて園内は意外に明るい。
その時、一人の男の子が、目の前のメリーゴーランドに向かってすたすたと歩いていくのが見えた。三、四才くらいだろうか。かなり寒くなってきたのに、薄手のカーデガンをはおっただけで、サンダル履き。おまけに靴下もはいてはいない。男の子の周囲に親らしい大人の姿がないことにも、どこか違和感があった。
けれど男の子はしばらくすると、ゆっくりと上下する木馬の背中に乗って、私の前に現われた。小柄だが目が大きくて賢そうなその子は、私と目が合うとにこっと笑ってうれしそうに手を振った。その人なつっこい笑顔につられて、私も思わず手を振っていた。
「お待たせぇ」
圭子先生とまなみ先生が、追加のビールとおつまみを抱えて戻ってきた。それを取り分けて、もう一度メリーゴーランドのほうを見ると、もうあの男の子の姿はなかった。私は一瞬二人に男の子の話をするか迷ったが、姿が見えなくなっているのでは話してもあまり意味がないような気がしたし、いい具合に酔いが回ってきたこともあって、男の子のことはいつの間にか忘れていた。




