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携帯の着信音が鳴った。
――ねえ、終わったらお花見いこう
まなみ先生からのメールだ。その時、最後にひとりだけ残っていた園児のお母さんが、教室に走りこんできた。
「すみませーん。遅くなって」
待ちくたびれた男の子が、母親の腰に飛びつく。
「いいえ、おりこうさんでしたよ。よかったね、陽介くん。じゃあ、ごあいさつしようか」
男の子は母親から離れ、両手を体の前に重ねて「せんせい、さようなら」とぺこりと頭を下げた。
「さようなら、また明日ね」
私は、部屋を出て行く親子に笑顔で手を振った。
居残り保育の当番を終えて職員室に戻ると、まなみ先生と圭子先生が待っていてくれた。
「お花見って、フラワーパークですかぁ」
圭子先生のことばにまなみ先生がうなずく。フラワーパークは隣町にある昔ながらの小さな遊園地で、最新の遊具などはないが、その名の通り四季折々の花が楽しめるので、季節を問わずいつもけっこうにぎわっている。
「いいなあ。僕も誘ってくださいよぉ」
体育専任の児島先生がうらやましそうな声を上げたが「だめ。今日は女子会なの」とまなみ先生に一蹴された。
私と圭子先生は同期の採用。まなみ先生は二年先輩だったが、私が就職した年に三人が四歳児クラスの担任になった。まなみ先生以外はうんと年の離れたベテランの先生ばかりで、自然に年の近い三人で話をすることが多く、私たちは仕事でもプライベートでも、悩み事を相談したり、誘い合って飲みにいったりするようになった。
卒園式を五日後に控えて、今月に入ってからは三人とも忙しい。特に卒園していく年長児を受け持っているまなみ先生は、卒園アルバムや名簿の作成、式の段取りの確認などの様々な雑用で、このところ遅くまで園に残っていた。花見のお誘いがかかったということは、やっと式の準備にめどがついたのだろう。 好きでやっていることとはいえ、一日中小さいこどもの相手をするうえに、ほとんどが自分たちよりは年長の父兄との応対、上司や先輩との付き合いと、若い女性にはそれなりにストレスもたまるし神経も使う仕事ではある。だから三人は、月に一、二度の女子会で、そんな日頃の鬱憤を発散した。