舞台裏の脇役たち─悪女の場合─
それは天啓のようなものだった。
雷に打たれたがごとき衝撃から立ち直ると、行儀も忘れてドレスをまくりあげ、足早に父の書斎へと向かった。廊下のあちこちで侍女が呆然とたたずんでいたが、職務怠慢を指摘することもなく──できようはずもなく、その傍らを駆け抜けた。
分厚い絨毯の敷かれたふかふかの廊下に細いヒールをとられながらたどり着いた書斎。礼儀もなにもかもふっとばして声もかけず乱暴に扉をあける。そこには中空に目をやって、ぼんやりと立ちすくんでいる父がいた。
ああ、みなが同じなのだ。
それを認識してからの行動は早かった。父は国王に使者を飛ばした。謁見の許可は異例なまでにすぐにおりて、やはり、と思った。
屋敷から王城へ向かう馬車のなかからみえる、王都の民たちは大混乱している様子だった。怒鳴りあうものたちがいた。嘆きあうものたちがいた。祈るものたちがいた。さもありなん、と父と顔を見合わせた。
普段であれば荘厳な秩序が保たれている王城は、てんやわんやの様相だった。謁見した国王は、ひどく狼狽した様子だった。隣に座する王妃は放心したような笑みを浮かべていた。王子はあきらかにふてくされていた。礼に則って頭をさげながら、さもありなん、と得心した。
謁見の間には父を筆頭として、続々と大臣たちや大貴族たちが集まっていた。誰もがそわそわとしながら押し黙って、国王の言葉を待った。
王座に就く国王には、この大国を背負うにふさわしいいつもの覇気はなかった。そして大きなため息をひとつこぼしてから、告げた。
「──お主らには、苦労をかけるな」
これはいったいなんの罰だ、と感じているのは、その場にいる誰もが一緒だった。
***
ビシャリ。
少女の緑色のドレスに、赤い花が咲いた。
「あら、ごめんあそばせ。手が滑りましたわ」
空になったワイングラスを片手に悪びれもせずそうのたまったのは、ジンフォールド王国でも最高位を誇る大貴族のウェンディス公爵家令嬢、フィリアナ・フェン・ウェンディスそのひとだった。
見事な金髪をひとすじの乱れもなく結い上げ、ふんだんにドレープがあしらわれながら均整のとれた身体のラインがわかる流行の最先端のドレスを身にまとったフィリアナは、テーブルにワイングラスをおくと、「ですけれど」と優美に細い指先を口元にあてて、深い翠色の瞳を細めた。
「仕方ありませんわよね、あなたのようなかたが近くにいらっしゃるだなんて、わたくし考えてもおりませんでしたもの。ミンディ男爵家のご令嬢だったかしら。まさか王家主催の晩餐会で、公爵家であるわたくしの側に、たかが男爵家のおかたが……ねえ、おかしくありませんこと?」
ドレスを汚されたミンディ男爵家の令嬢は、うつむいて細い肩を震わせている。茶色の髪に隠されているが、濃紺の瞳は涙で潤んでいるだろう。しかし、フィリアナはジンフォールドの宝石とも呼称される輝かんばかりの美しい顔を扇で覆うと、紅い唇を歪めた。
「ミンディ男爵家……領地は北の辺境でいらしたかしら」
くすくす。フィリアナの背後にいたふたりの少女が笑う。それぞれランドーズ侯爵家令嬢のアメリアとシーロイス侯爵家令嬢のミリアーヌだ。ただそこに存在するだけで有無をいわせず目を惹かれてしまう大輪の花のようなフィリアナほどではないにせよ、アメリアは匂いたつように妖艶な、ミリアーヌは清楚で可憐な、それぞれひときわ目立つ魅力を持った麗しい少女たちだった。
「ミンディ男爵家は、たしか酪農が盛んだとか」
「あらあら、通りで泥臭いこと。いけませんわ、家畜の臭いが移りましてよ、フィリアナ様」
「そう、どこからか嫌な臭いがすると思ったら」
あからさまに相手を貶めながらくすくす笑う三人の少女の前で、しかしミンディ男爵家令嬢は泣くことも動くことも、もちろんドレスを汚されたことを抗議することもできない。なにせ相手はこの国が誇る大貴族の令嬢たち。ここで礼を逸すれば、ことによっては家の取り潰し問題にまで発展しかねないのだ。
「あなた、他のパーティではおみかけしたことがありませんわね」
ことり、薄青色のふんわりとしたレースが可愛らしいドレスに身を包んだミリアーヌが首をかしげる。その桃色の唇から発されるのがどんなに辛辣な言葉であっても、少女盛りの愛らしさを詰め込んだがごとき清純な容色をもってすれば、居合わせた男たちにとっては天使の息吹のようなものだ。
「ミンディ男爵家のご令嬢は、本日がお披露目なのよ。……でしたわね?」
扇で口元を覆ったまま、呆れたようにフィリアナが彼女を睥睨する。鈴を転がすような美しい声の凍るような温度に、拒むこともできず、しかし声をだすこともままならず、ミンディ男爵家令嬢は、うなずいてただ膝を折った。
「ですからそのような……これだから田舎者は。社交界がどのようなものかまったくご存じないのね、嘆かわしいことですわ」
豊満な肢体にぴったりと沿う大きく胸のあいた薄赤色のドレスを着たアメリアは、艶やかな顔立ちをしかめて心底侮蔑するような声を放った。はじかれたようにミンディ男爵家令嬢が顔をあげる。その緑色のドレスを、アメリアが扇で指した。
「そのドレスときたら、いつの時代のものなのかしら? 田舎者まるだしですわね、やぼったい」
「所詮田舎者ですもの、ドレスの流行もご存じないのではなくて?」
ころころと無邪気にミリアーヌが笑う。ミンディ男爵家令嬢は、反射的に「これは!」と思わず声をあげてから、はっと顔色を青くして口をつぐんだ。
「あら、言いたいことがあるのかしら。でしたら発言を許してさしあげるわ、どうぞおっしゃって」
扇の奥で翠色の瞳を凍てつかせたまま、フィリアナが告げる。それは許可というよりも命令だった。ふたたびうつむいたミンディ男爵家令嬢は、途切れ途切れに言葉をつないだ。
「これは……亡くなった母、の、形見……で」
「お母様の? いやだ、本当に時代遅れじゃないの!」
まるで面白い冗談を聞いた、というようにアメリアが声をたてて笑った。
「王城の晩餐会で、社交界デビューの場で、お古のドレス? からかってますの?」
こらえきれない、というようにミリアーヌも笑う。
ふふ、とフィリアナもひとしきり笑ってから、「しょせん男爵家ですわね」とつぶやいた。
「そうですわね、しょせんは男爵家」
「しかも北の辺境ですもの。あらいやだ、家畜臭いわ」
うつむいたミンディ男爵家令嬢の顔色が、青から屈辱で赤くなる。そこに、猫なで声で、ねえ、とアメリアが告げた。
「社交界のことをご存じないあなたに、ひとついいことを教えてさしあげるわ。フィリアナ様が殿下の許嫁なのはもちろんご存知よね?」
話がどこに向かうのかはわからぬまま、ミンディ男爵家令嬢がちいさくうなずく。ジンフォールド王家の一粒種である王子と筆頭爵位のウェンディス公爵家令嬢の結婚が、王子の生誕から二年遅れてフィリアナが産まれたときから決められたことなのは、このジンフォールド王国の貴族ならば誰でも知っていることだった。その様子を満足げにみやって、アメリアが続ける。
「フィリアナ様が、王家主催のパーティでどのようなドレスをお召しになるのかは、貴族にとって知っていて当然の情報なのよ。──ほら、ご覧なさい。あなた以外に、この場で緑色のドレスをお召しのかたはどなた?」
はっとミンディ男爵家令嬢が濃紺の瞳を見開く。すがるように周囲を見回すが、緑の色彩を身につけている令嬢は広間に誰もいなかった──自分と、そして薄緑色のドレスであるフィリアナを除いて。そしてミンディ男爵家令嬢は、再び顔色を青くした。
「本当に、これだから田舎貴族は困ったものですわ」
扇を顔にあてたまま、ふう、とフィリアナがため息をついた。
「ええ、本当に。常識すらわかっていない、赤子も同然ですわね」
「それは赤子が可哀想ですわ。そうね、家畜のほうがよろしくないかしら?」
「あら、わたくしとしたことが。そうですわね、ミンディ男爵家ですものね」
悪意の針でミンディ男爵家令嬢をなぶるようにちくちくと突き刺しながら、フィリアナたちが笑い合う。近くにいた貴族の令息令嬢たちは、そっと目をそらしてその場を離れていった。フィリアナたちのこういった行為は初めてではない。むしろ恒例行事なのだ。今回のスケープゴートが彼女だったというだけのこと。自分たちがいさめるべきではなく、できることでもない。
儚げな雰囲気をもつミンディ男爵家令嬢の華奢な手が、ふるふると震えながら汚されたドレスを握る。フィリアナはその様子を金色の長い睫でふちどられた翠の瞳を細めてみやりながら、言葉を重ねた。
「それで、もうすぐ殿下がいらっしゃるというのに、そのようなドレスでお目汚しをするおつもりかしら? これだから田舎者は道理をわきまえないと──」
「道理をわきまえていないのは、あなたでしょう!」
フィリアナの言葉を遮って、凛とした声が飛び込んできた。広間にいるものたちの視線が、一斉に広間の入口にいる声の主に集まる。
そこにいたのは少女だった。王子に片手をあずけて背筋を伸ばして立つ、異国めいた顔立ちのそれは美しい少女だった。この国には珍しい豊かな黒髪を惜しげもなく背中に広げ、小柄で華奢な身体に身にまとった白いドレスは、シンプルにみえてあちこちに宝石がちりばめられている。
少女はきりっと涼しげな黒い瞳でフィリアナを射抜くと、王子から離れつかつかとフィリアナたちのそばへ歩みよってきた。揺れる黒髪には控えめながら巧みに白い小花が飾られていた。そして頭半分ほど背の低い少女がミンディ男爵家令嬢と自分たちの間に滑り込むのをみて、フィリアナは冷ややかに口をひらいた。
「心外な言葉を耳にしたような気がいたしましたけど、きっと気のせいですわね。……不思議ですわ、わたくしあなたを存じませんの。どちらのおかたでしたかしら?」
言外に、公爵家に物申せる立場なのかを問う。また同時に、いま謝れば水に流してやるぞ、とも。
「まさかフィリアナ様に、ねえ……」
「ええ、気のせいですわ」
アメリアとミリアーヌが追随する。
しかし黒髪の少女は怖じることもなく、ミンディ男爵家令嬢を背中にかばいながら、胸をはった。
「あなたがドレスを汚したんでしょう。なら、あなたがこのひとに謝るべきよ。それにどんなに家柄が高くったって、そんなのあなたが努力した結果じゃないわ。親の威光なんて借りてやりたい放題して、恥ずかしくないの?」
「なんですって!?」
「フィリアナ様にそのような暴言、許せるものではありませんわよ!」
アメリアが、そしてミリアーヌがいきりたつ。ふたりが少女に詰め寄りかけたのを扇で制すると、フィリアナは小柄ながら眼光の強い少女にむかって言った。
「王家に絶対の忠誠を誓い、また王家に次ぐ爵位を敬うのが当然であることを、この王国でご存じないかたがいらっしゃるとは思いもよりませんでしたわ。わたくしはね、あなたはどちらのおかたか、と聞いているの。答えなさい」
フィリアナのあからさまに見下すような命令にも、しかしやはり少女が怖じることはなかった。
彼女は胸を張って、はっきりと言った。
「私は、勇者よ」
ざわり。晩餐会の広間がさざめいた。
「私は王家に召還された勇者よ。異世界からきて王家に保護されてるわ。なにか文句ある?」
フィリアナはいま気づいたように、少女と、そして彼女をエスコートしてきた王子を見比べる。国中の娘の憧れである白皙の美貌をもつ王子は、いつの間にか少女の傍らにおり、そして少女の肩に手を置いた。少女がにっこりと笑って王子をみあげる。
フィリアナは扇を閉じてぶるぶると震える。そうして、さっときびすを返した。
「気分が悪くなりましたわ。外の空気を吸ってまいります!」
「フィリアナ様!」
「フィリアナ様、お待ちになって!」
その場から離れるフィリアナたち三人の後ろで、勇者と名乗った少女が、ミンディ男爵家令嬢に「もう大丈夫よ」と言うのが聞こえた。
ずかずかと広間を横切ってバルコニーへと向かうフィリアナたちに、声をかけるものはいなかった。
カーテンの脇にたつ衛兵にちらりと視線をやると、かすかにうなずく。それを確認して、フィリアナたちはそろってバルコニーへとでた。ひんやりした外気が三人の肌に触れる。そして衛兵の手によって、シャッと分厚いカーテンがひかれた。これでバルコニーは、広間から独立した空間となった。
途端に、
「あ”ー」
間の抜けた声を出したのは、可憐な花のようなミリアーヌだった。彼女はバルコニーにしつらえられているテーブルにべったりともたれかかると、はあっと大きなため息をついてうなだれた。
「やーってらんない。やーってらんない」
「ま、気持ちはわかるけどさあ」
ざっくばらんな口調で苦笑したのは、どんな男でも虜にしそうな妖艶なアメリアだった。彼女はひょいと肩をすくめると、慣れた仕草で胸の高さまであるバルコニーの手すりによじのぼって腰をかけた。手すりは石造りでしっかりしているが、間違っても令嬢のしていい行動ではない。しかしそれをとがめるものは、ここには誰もいなかった。
「一番大変なのは、フィリィなんだしさあ」
「わかってるー。わかってるけどー」
そんな友人ふたりのぼやきを聞きながら、フィリアナは椅子に腰をおろした。
「今回の『主人公』は、王家が召還した勇者さま。正義感が強くて困ってる相手を見過ごせないってとこね。……まあ、私たちの対応は楽なんじゃない? 前回と比べたら」
「あー」
ミリアーヌが遠い目になる。
「あんときはフィリィ、マジで大変だったよねえ」
アメリアが首を横に振る。
「家のなかでも気を抜けないのってキツいよねえ。あの『主人公』、なに考えてあんな設定にしたわけ?」
「知らないわよ。ていうか、わかるわけないじゃない。なんで王子に見初められるために、わざわざ悪役の家の侍女になるのよ」
「そういえばフィリィ、あの『主人公』の口癖のー……『神殿れら』だっけ。あれって結局、なんだったのー? 巫女系?」
「知らないわよ」
あのときは本当にさんざんだった、とフィリアナは息をつく。
今回のような『主人公』ならばいい。出くわしそうなとき、出くわしそうな場所はわかっている。それを見計らって『主人公の敵役』を演じればいい、それだけだ。けれど前回の『主人公』は、わざわざウェンディス家の侍女として現れた。おかげでフィリアナは家のなかでも気を抜くことができなかったのだ。
なにかといえば彼女のあらを探していじめ抜き、裏でこそこそ手をまわして王子との出会いを演出し、幸せな結末を迎えさせたときの達成感といったらなかった。ウェンディス公爵家では『主人公』の帰還後、三日三晩宴を開いてしまったほどだ。
「それにしてもー、『勇者』ってねー。まーた伯母さまに手紙書かなきゃ、もー」
「ああ、そっか『勇者』だもんねえ。ウォル国に頼むしかないもんねえ、魔術国」
「ウォル国には本当に申し訳ないわ……死者が出ないように計らわないと」
翠の瞳を沈ませてつぶやくフィリアナに、ミリアーヌとアメリアは「まーたフィリィの心配外交が始まったよ」と顔をみあわせた。そんなのんきなふたりの額を、フィリアナは扇でぺちんぺちん、と軽くはたく。
「よそさまの国にご迷惑をおかけするんだから当然のことでしょ。……先が思いやられるわ」
「あーもー、こんなことなら伯母さまウォル国に嫁がなきゃよかったのにー」
「逆よ、ミリィの伯母さまがいてくださるから話が通りやすいんだから。それだけは本当に有難いわ……」
あの日。すべてが変わったあの日。
ジンフォールド王国に住まう民のすべてが、自分たちを守るべき神が異界の神に自分たちを売り渡したことを知った。自分たちの住まう世界が、異界の神の守護する世界の少女たちのための『夢の国』になってしまったことを知った。異界の少女たちが『理想の異世界トリップ体験』をする舞台装置になってしまったことを知った。
そして、自分たちがそれぞれ役割を定められてしまったことを知った。公爵令嬢として家と国に尽くすべく精進していた勉強家のフィリアナは、異界からやってくる少女たち、すなわち『主人公』の『意地悪な敵役』を割り振られてしまったことを知った。
仲のよかった友人たち、のんびり屋のミリアーヌとお転婆なアメリアは、フィリアナの『意地悪な取り巻き』になってしまったことを知った。
ついでにフィリアナの婚約者でもあり幼なじみでもあったやんちゃな王子は『主人公が最終的に結ばれる恋人』になった。やさぐれ果てて「もうやだ俺逃げる吟遊詩人になって世界をまわる」などと据わった目でぶつぶつつぶやき続ける王子をなだめるのにどれほどの時間がかかったことか。
しかしなんだかんだで毎回一番の貧乏くじを──なにせどんな相手でも恋人にならねばならない──引いているのは彼なので、貴族を含む国民からの同情は厚い。『主人公』がいないときには城を飛び出して冒険者をして羽を伸ばしているのだが、誰もがみてみぬふりをしている。バレバレながら偽名でおこなっている冒険者としての腕は、いまでは異界の神にこの世界を売り渡した神に反抗するという名目を掲げる武装集団「神逆族」と敵対するくらいになっているという。ちなみに「神逆族」を執拗に滅しているのは、自分がこの世界で一番の被害者だという思いかららしい。
そうしてまた、自分たちの世界の時間が──厳密には違うのかもしれないが、止まってしまったのを知った。フィリアナは十六歳から年をとらなくなった。『主人公』がいる間はそのぶん時間は進むのだが、彼女らが満足してもとの世界に戻るとリセットされてしまう。いったいなにゆえ、と『主人公』のいない間に国王以下大貴族たちで頭を悩ませた結果、あ、と思いついたのはフィリアナだった。
「……殿下やわたくしが年をとっては……いけないのでは、ないでしょうか」
それはたんなる勘だったのだが、全員が納得した。なにせここは異界の少女たちの『夢の国』。最終的に結ばれるべき相手がもしも王子とはいえおっさんだったら。チクチクといじめてくる敵役がもしも貴族とはいえおばさんだったら。おっさんおばさんおまえら勝手に結婚しろよ、私は私の恋人を勝手に見つけるわ、という事態になりかねない。それでは割り振られた役割が破綻してしまう。
「いつまでー、続くのかなあー」
だらしなくテーブルに上体を倒したミリアーヌがぼやく。勝手に『物語の登場人物』にされてしまい、実体に似合わぬ役割を割り振られてしまい、そして異界から『主人公』は定期的にやってくる。ミリアーヌもフィリアナと同じ十六歳だが、延々と十六歳を繰り返しているのだ。順当に時間が流れていたら、とうに結婚して子供ができていてもおかしくない、それどころか孫がいてもおかしくないくらいの年月は過ぎているはずだ。
もはやフィリアナやアメリア、ミリアーヌ、そして王子ほか『主人公』にとっての主要人物だけでなく、ジンフォールド王国に住まう民のすべてがいっぱしの演技者になってしまった。それもまた物悲しいものがあるが。
「……すべては神のみぞ知る、ね」
つぶやいて、そろそろ戻るべきだろう、とフィリアナは『主人公の敵役』の仮面を被りなおした。
12/06/05 文章等微修正