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朝の光  作者: うさぎさん⭐︎


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3/3

朝の光 【後編】

※中編を読んでくださった方、ありがとうございます。




前回までのあらすじ

フリーターの光は、アマチュアギタリストの朝人と出会い、

夢を追う日々の中で心を通わせていく。

一方で、光には初恋の相手・新とのお見合い話が持ち上がる。

光の選んだ選択肢は?





「だ、だって、私、昔、新くんのこと好きだったから、ほんのちょっとは期待あったけどでもそれは」

「俺は今でも桜井が好きなんだ」

 新はまたケモノになった。彼はそういうヤツだった。

「イヤぁぁぁぁぁぁっ⁈  やめ、ヤ、あ、朝人くんっ‼︎  ━━助けてっ‼︎」

 思わず叫んでた。


   ◯   ◯   ◯

 新は光が好きだった。 目立たないおとなしい子だったけど。

 なぜか、とても気になった。

 授業中とか。よく、目が合った。

 それだけだったけど。

 でも。

 もしかしたら。光も自分のことが好きなんじゃないかと思ったことが、何度かあった。

 だけど。光からのアプローチはまったくなかった。 もしかして、ただの片思いなのかもしれない……。 

 だから、言えなかった。

『好きだ』

 何度も、言おうとしたのに。

 光は図書室で絵本を読んでいた。なぜか母校には絵本がたくさんあった。 

 よく、盗み見に行った。彼女は絵本に夢中だったから、きっと気づいていない。ちょっと、絵本に嫉妬した。

 絵本を読んでいた彼女のなんとかわいかったことか。

 彼女はハートにキラキラ光る何かを持っていた。そう感じた。そこに、惹かれた。 それは。あるいは、趣味とか。夢とか。そういう単語だったのかもしれない……。


   ◯   ◯   ◯


「ごめんなさい……」

 車のなかで、光は言った。

 前方を向いて、ハンドルを回しながら、新は呟いた。

「も、いいよ……」

「…………」

 光は助手席で下を向いていて━━でも、新のほうに向き直って言う。

「私、新くんと、友だちになりたかったの」

 真剣な目だった。

「こんど、会えたら、友だちになろう━━なりたいって、ずっと思ってた」

「……友だち、か……」

「ごめんなさい。私のなかの、中学生の私は、今でも、中学生の新くんが好きなの。でも、二十一歳の私は……」

「ニ十一の俺とは、結婚できない」

「…………うん」

 新は黙々と車を運転した。

 光も黙っていた。

「家まで、送るよ。どっち?」 

「あ、うん……」

「今日は、悪かった」

「う、ううん……」

「も、あんなことしないよ。舞い上がってたんだ……俺」

「ごめんなさい」

「謝らなくていいよ」

「ごめ……うん。あ、右、曲がって」

「オーケー」

 新は友だちみたいに笑ってくれた。

 だから、光も言った。

「ね、新くん、ケータイ持ってる? 私、最近買ったんだ。番教えてくれる?」

「いいよ」

 赤信号のところで、新は素速くメモして、光にそれをよこした。

「ありがとう。あのね、私の番号は……」

「知ってる」

「え?」

「桜井の、お母さんが、数えてくれた」

「えぇ⁈ あんにゃろー。どーせ、訊いてもないこと、ベラベラしゃべりやがったんだろう。ちっ」

「はは」

「ね、新くんって、中学のとき、なに考えた?」

「そうだな……」

 新は目をすがめた。

「桜井のこと━━かな……」


     ◯   ◯   ◯


「桜井のこと━━かな……」

 そう、新は言ったけど。

 たぶん、それだけじゃない。

 いろんな想いがあった。

 きっと、そうだろう。

 それを思って、光は(まつげを伏せた。


   ◯   ◯   ◯


 電話にも飽きて、オレは廊下の床とお友だちになってた。要するに、横になってた。

 あぁ、早くしないと日が暮れるよ。

 光ちゃん、遅いなぁ……。

車の走る音が聞こえた。

 オレは、顔を上げた。立ち上がって、廊下の手すりんとこから、地上を見下ろす。 ブルーのスポーツカーだった。オレはまだ免許ないんで、車の名前は知らない。それが、このマンションの前に止まった。

 光ちゃんが助手席から出てきた! オレは階段を駆け下りる。二段抜かしだ。 ……で、思った。誰が、運転してんだろ。弟さん? お父さん? お母さん……かも? 答えはすぐ出た。

 野郎だ!

「じゃあな、桜井」

「うん」

 階段の影に隠れた。聞き耳立てた。 

 『桜井』なんて、弟さんもお父さんもお母さんも言うわけない。

 男だ!

「じゃ、ケータイ、電話してね」

「ああ。そっちもいつでもかけてくれ」

 ケータイ……。ケータイだと⁈  オレもまだ番号教えてもらってないのに。……ってか、いつのまに買ったんだ? 持ってないっていってなかった? 光ちゃん。謎です。

「じゃあねっ、新くんっ‼︎」

「またな」

 車は去っていった。気のせいか、運転席のアイツが、こっちのほうを見た。

 光ちゃんが、こっちにくる。

「光ちゃんっ‼︎」

 オレは彼女に駆け寄った。

「あいつか⁈  新って……遠野新ってあれだろ、母さんに訊き出した、…例の……っ!」

「あ、朝人くん……? なんで? ここ、知って……? え? 新くんのこと知ってるの?  友だち?」

「誰が友だちだっ⁈ くそっ、間に合わなかったか⁈」

「なにが?」

「光ちゃん、結婚なんか、するなっ!」

「え、え?」

「オレ、母さんに聞いて、止めようと思って、だけど……」

「しないよ?」

 光ちゃんは首を傾げた。

「え……っ⁈」

「新くんは、友だちだもん」

「ハ⁈ だって、見合い……」

「ふふ、優しいね。朝人くん。私が、前に結婚なんかまだしないとかいってたのに、こんなことになって、心配してくれたんだね。もう大丈夫だよ」

「え? あれ、ちょっと違う……」

 オレはその、ただ、光ちゃんに他の男と結婚してほしくなくて……。ああ、こんな言い方じゃ、プロポーズみたいだし……なんていえばいいんだその。

「友だちだもんね♪ 朝人くんと私」

「あ、……うん」

 友だち、か。

 ……そうだよな。

「あ、そだ。ケータイ買ったんだ……番号はね……」 

 光ちゃん、好きな人、いるのかな……?


   ◯   ◯   ◯ 


 あれが、『朝人』か。 車を走らせながら、新は思いを馳せた。

 なんだ、まだてんでガキじゃん? 桜井のヤツ、ショタコンかよ? じゃ、しゃーねーよな。俺……いつのまにか、こんな、でかくなっちまった。 

 大人になんか、なりたくなかった。

 営業マンなんて、嘘の笑顔振りまいて、頭下げて、門限払いされて。 

 それでも、生きてかなきゃいけねーんだ。

「友だち……なんて、そんな、かんたんになれるかよ」

 ずっと、好きだったのに。まだ、好きなのに。

 でも、自分じゃ、彼女の輝きを、けがしてしまいそうだから……。

 だから、子供なくらいが調度いいのかもしれない。

 悔しーけど。

『遠野くん』

 中学の真っ白なセーラー服着た光が、まだ、頭の中に生きている。

『これ、先生に渡してくれって頼まれたの』

 忘れられない。

 新は込み上げてくるものを堪えきれず、路肩に車を寄せた。

『新くん』 

 光は綺麗になった。

 中学のときより、もっとキラキラ輝いている。子供のままで。でも、成長もしてて。ハートは今も綺麗で綺麗で……。壊れそうに、綺麗で。近寄れない……俺なんか。

「桜井……」

 逢えたのに、やっと逢えたのに……。

『ごめんなさい』 

 フラれたんだ。

 俺は、フラれたんだ……



 5フレーズ コンクールとクリスマス



 光は、部屋に閉じこもっていた。机の上のイラストボードに、下絵を写す。朝から晩まで、机にかじりついていた。

 頭に浮かぶのは、朝人。

 まっすぐな瞳をした、彼。

 ちょっと前、彼女はスランプだったけど。

 負けてられない。

「約束……、」

 光は呟いた。


   ◯   ◯   ◯


 朝人はギターを奏でていた。母親が買い物に出かけた今がチャンスだ。ご近所迷惑になるけど、しかたない。サイレンサーなんか、こいつにはついてない。

 自室で、自作の楽譜と格闘する。

 前に作ったヤツだ。アレンジをかけようかと思った。

 光ちゃん......。

 珍しく、詞を考える。

 光ちゃん......。

 それをノートに書き込みながら、朝人は呟く。

「光ちゃん……」


   ◯   ◯   ◯


 季節はそろそろ冬。街はやがて気の早いクリスマスカラーを演出し始める。

 光の心にも、朝人の心にも、ひとつの明かりが灯っていた。


    ◯   ◯   ◯


「ふぅ」

 光は、机の前で一息ついていた。お茶がうまい。

 もうすぐだ。もうすぐイラストが完成する。そしたら、トレーシングペーパーに文を書いて。

 傍らの、卓上カレンダーを引き寄せる。何個か、丸印がついている日がある。

「あ、そだ」

 そろそろ食料め買いに行かなきゃ。イラストに夢中で、食べ物もおざなりにしか取ってなかったけど。そろそろ、冷蔵庫が寂しくなってる。食わねば戦もできん。

「牛乳と、納豆と、あ……レタスと」

 あとは、お買い得なできあい品をゲットしてきて……。

「う~ん」

 光は、両腕を掲げて伸びをした。

「がんばるぞぉ」

 その前に、一時休戦休戦。


   ◯   ◯   ◯


 ゲーセンを通ってショートカット。駅の近くのビルの本屋へ。

「お、新刊新刊」 

 お気に入りの作家の絵本が出てた。それをめくって、脇に抱える。あとは、ちょっと立ち読みして。残りは、あとで図書館とか古本屋とかで済ますことにする。

 レジに行く前に、こないだ応募した絵本の結果をチェック。……また、落ちてた。

「ま、仕方ない仕方ない。この次、ガンバロ」

 自分を励まして。 駅ビルの本屋にも寄って。 新しい公募がないか、チェックして。 図書館行って。

 ……と、買い物すんの忘れそうになって。

 慌ててチャリで逆戻り。

 頭の中は、絵本でいっぱい。

「あと、これをこ~してあ~なってこしやって……」

 ぼーっとデパートまで歩いてると、左右からチラシとティッシュの攻撃が来た。ぼーっとしてたもんで逃げられず、いらんチラシと、ちょっと(結構?)いるポケットティッシュをもらってしまった。もう……返せない。堂々と、配布してる人に返せるヤツがいたら、ツワモノだ。コンタクトのチラシとか、その辺に捨ててく人いるけど、それはいけないことだ。……家のゴミ緒に食わせよう。━━資源のムダだ。人間はなんて愚かなんだろう。 前にああいうバイトしてたので、配る人の気持ちもなんかわかるし。チラシ配んないで捨てたら、ドヤバイことになったってなんかの本にあった罰金地獄ってヤツだ。自業自得って気もするが。ほんとかどうか知らんが、罰金額が多すぎるとこわすぎるので、みんな、ちゃんと配ろう。横暴すぎる罰金には泣き寝入りしちゃダメだ。……たまに、配ってるとこわい人に会ったりするしね。なめちゃだめだバイトといえど。

「えーと……」

 デパ地下の野菜売り場の前で、光は首を傾げる。

「なに買うんだっけ?」 

 1.きゅうり 2.キャベツ 3.トマト ━━さあ、どれだ?

「トマト! トマト食べたいっ‼︎」

 ……買った。他の肉とかなんやらも適当に買った。牛乳も納豆も忘れなかった。 でも野菜に限れば正解は4.レタスだったんだけど、光はすっかり忘れていた。

「さぁ~帰って、絵本の続き続き」

 なんか幸せそうだ。

 トマトの華やかな色が、買い物袋のなかに、揺れていた。

 

   ◯   ◯   ◯


「よ、久しぶり」

 演奏仲間の篤志あつしだった。

「お、どしたよ?」

 制服装備で、どこから見ても高校生なオレは、同じく高校生な篤志と駅でばったり会った。ちょっとあっちのがカッコイイ系のグレーの制服だった。……ちょっとオレのが、紺の地味なので、負けてた。

「朝人に会いたくてさ」

「うそこけ」

「ははは。実は藍美あいみがさ、突然デートしたいデートしたいってうるさくってさ、これから会いに行くトコ。家に帰って私服に着替えてる暇もねぇよ♪」」

「ふーん? ノロケ魔め。はよう、行け行け」 

 オレは手でヤツを追いやった。……利かなかった。

「でヘヘー。藍美さあ、最近やたらセクシーな服着ちゃってよぉ。こないだなんか、こーんな、前にスリット? 入ってるスカートでよ。座るとな座るとな……お、やべ、よだれが……」

「死ね。スケベ魔人」

 オレはきびすを返しかけた。

「な、朝人。あれ、どうなった?」

「ん?」

「いい曲だったじゃん。いいせん行くんじゃねぇ?」

「…………」

 オレは曖昧に笑った。

「今度、ライヴハウス行こーぜ? バンド組んでさ。それでおまえ、ソロであれ弾けよ、あれ」

「んー……?」

 路上ライヴとか、野外演奏のが、オレはなんか好きなんだけどな。あと、どっちかって一と、一人で弾くほうが好き。よくても、二人? たまに即席バンドで盛り上がったりもするけど。 歌もいーけど、オレは歌なしで、ギターソロってのが多い。なんか、ギターが自分の体の一部みたいでさ。自由にやりたいっていうかさ。お気楽なのがいいのかね?

「光ちゃんだっけ? あの子も喜ぶぜ?」

 ━━。

「そうかなっ⁈」

「そうそう」

「そうかなっ⁈」

「そうそう」

 ━━。

「じゃっ、……やろうかな」


   ◯   ◯   ◯


「ライヴハウス? うんうん、観に行く」

 電話したら、光ちゃんは乗り気だった。

 オレの心は決まった。

「ね、朝人くん……」

 光ちゃんが何か言いかけた。なぜかドキドキした。オレはケータイを握りしめた。……最近買い換えた、シルバーの、折り畳み式のだ。けっこー、気に入ってる。「あのね……」

「━━クリスマス」

「え?」

「光ちゃん、クリスマス・イヴ、暇━━?」

「うん」

「逢わないか、二人だけで」

「…………」

「だめ?」

「ううん、いーけど……」

「じゃ、決まり!」

 光ちゃんの心が変わる前に、オレはケータイを切った。

 …………ふふふ。やったぜ! 小躍りしながら、オレは家に向かって歩いた。クリスマスクリスマス♪ あんなことや、こんなことして……それで、最後はかっこよく。…………ん、そしよ。 あれ、光ちゃんなんか言いかけてたっけ? まいーや。 家の門を開ける。……と、郵便受け郵便受け。チェックチェック。

「あった……⁈」

 こないだデモテープ送った、コンクール。の、会社の茶封筒! 待ちきれず、門前で、封を破る。

「うわっ⁈  やった、マジ⁈」

 ……受かってた。


   ◯   ◯   ◯ 


 ギターのコンクールがあって。 オレは密かにあの曲を送ってた。 そんな、たいそうなのじゃないけど。小ホールで、二次審査がある。それに、行ける! もしも。もしもだぜ? 最終率査まで残って、そんでよそんでよ、認められたりしたら。オレは。オレはさ……。 

 すげ~ことになるかもよ⁈   

   ◯   ◯   ◯


「え……?」

 ドアを開けたら、朝人くんがいた。

 気のせいか、血走った目をしてる。

 というか……? 全身から、虹色のオーラが出てるみたい。今にも歌い出しそうなくらい。顔色すんごくいいし。体中で笑ってるみたい。なんか、足踏みしてるし。踊ってるみたい。意味もなく(?)、両手合わせて擦ってる。

「な、なに……」

 朝人くんがマンションまで直接訪ねてくるのは珍しい。

 私は牛柄のパジャマ着てた。きのう、絵本描いてて徹夜だったので、寝てた。そういえは、寝てたら朝人くんから電話あった気もする。ライヴハウスとかクリスマスとか……。眠い眠い。

「オ、オレさオレさ」

「クリスマス? 行くよ?」

「じゃなくて」

「ライヴハウス? 楽しみだね」

「でもなくて」

 じゃ、なに? あ、もしかして?

「絵本?」

「え? あ、いや、じゃなくて、ギターがコンクールで受かって最高で、いやまだ一次で」

「一時? んにゃ、もう四時くらいじゃないのかなぁ……」

「もしも~し⁈ 光ちゃん、起きてる⁈」

「……………………。ハッ⁈」 

 私は、目を擦った。起きなきゃ。

「だから、ギターコンクールで、一次審査、通ったんだよ!」

「……え? ほんと? よかったねっ!」

「うんうん。最高‼︎ それ、言いたくて! ……ごめん。お休み中のトコ。あ、さっき、電話してたときも寝てた?」

「まぁね」

「ごめん。オレ、全然気づかなかった!」

「いや、私もよくわかんないけど。電話あったよね?」

「うんうん」

「あ、じゃ、夢じゃないね」

「じゃっ、寝てて寝てて! オレもう帰る」

「バイバイ」

 朝人くんは帰っていった。私はまた布団に横になった。

『一次、通った』

 やっと、意味が飲み込めてきた。

 ……受かったのか。 

 そうか。 なんで……? 素直に喜べない……。


   ◯   ◯   ◯


 それから。朝人くんは驀進ばくしんして。どんどん審査に受かっていった。 私はその度いうの。

「よかったね。おめでとう」

 …………けど。 待ってよ、待ってよ、朝人くん!

『ギタリストになりたいんだ』

 知ってるよ。朝人くんの夢。

 でも、待ってよ。 そんな、急に……。

 急に、どうして……? ずるい。行かないでよ。一人で、一人だけで、ずんずんずんずん行かないでよ。 

 約束。約束したじゃん? 一緒にがんばろうっ……て、そう思ってた。 

 一緒に、絵本作ろうって━━。

 朝人くんの音と、私のイラストで。

 なのに。

 ……忘れちゃったの? ただの、口約束だったの? 私、描いたのに。一生懸命描いたのに。

 朝人くんに見せようと思って。

 ……作ったのに。

 予感がしてた。

 朝人くんは、きっと受かる。

 私が、いらなくなる。


   ◯   ◯   ◯


「光ちゃん、なんで、ライヴハウス、来てくれなかったんだよ⁈」 朝人くんがそういった。 私の部屋の玄関口で。

「オレ、ずっと待ってたんだ‼︎ ケータイもつながらないし」

「うん……。ごめん、調子わるくて……その、バイトが入って……それで」 

 いいわけがましく、声が響いた。

「…………。なら、しょーがないけど」

 朝人くんの目は、まだ怒ってた。

「オレ、明日、例のコンクールの、最終審査があるんだ。見に来てくれるよね?」「うん……」

 行かない。

 行きたくない。

「……じゃ」

 私から、ドアを閉めた。

 イラストボードの束を抱えて、リビングでうずくまった。

 ……こんなの、朝人くんは、も、いらないのかな……。

 見たくない。見たくない。

 そんな、最終審査なんて、見に行ってやらない。

「負けるもんか」

 負けるもんか。

 イラストボードを放り投げた。私が描いたイラストたちが、宙に舞った。 

 朝人くんをイメージして描いたのに。 描くのが、とっても楽しかったのに。

「負けない」

 私は机に向かった。

 まっさらなボードにぐちゃぐちゃの線を描き込んだ。

「朝人になんか、負けるもんか……っ」

 涙が、今描いたばかりの説を、汚した。 負けないもん。 私も、がんばるもん.....っ‼︎」


   ◯   ◯   ◯


 来てしまった。 

 今日、ここで朝人くんの演奏がある。最終審査がある。私は、リュックを背負って、立ち尽くしていた。

 目の前に、会場がある。かなり、大きな会場だ。白と水色でコーディネートしてて、デザインも近未来的で、かっこいい外観だ。ちょっと、写真撮りたいくらい。 ……そんな、大きなコンクールだったのかな、やっぱ。

 これ、受かると、プロへの道、開けたりすんのかな。

 一般の人も立ち入り可で、公開審査っていうのかな。すごいな。今も、入り口のほうに誰か歩いていった。 朝人くんって、すごい人だったんだ…..。

 大好きだもんね。ギターが。演奏してるときの朝人くんは、とっても楽しそうで━━綺麗で、私も大好きなのに。

 なんか、微かに音が聞こえる気がする……。なわけ、ないか。

 私は会場の外壁にもたれかかった。

 赤いリュックを下ろして、座り込む。

 ……結局、なんも描けなかった。

 私って、ばか。

 目を閉じて。

 そのまま、私はじっとしてた。


   ◯   ◯   ◯


 オレは、溜め息をついた。

 光ちゃん。来て、くれるかな……。

 控え室で、練習する。 

 もうすぐ。オレの番だ。

 

   ◯   ◯   ◯


「帰ろう……」

 私は呟いた。

 朝人くんは受かるよ。

 空を仰いだ。

 青空だ。

 ほら。地球さえも、朝人くんを祝福してる。

 リュックサックを背負って。

 私は駅に向かった。

   ◯   ◯   ◯


「森谷さん、そろそろ出番です」

「あ、はい」

 俺は、ギターを携えて、控え室を出る。

『朝人くん』

 通路を進む。

『よかったね』

 進む……。

『おめでとう』

 彼女は、笑っていた。

 いつも、オレを応援してくれていた。

『……じゃ』

 本当は、とても泣き虫なのに。

 泣きそうな目で。いつも、一生懸命我慢して。

 時には、大きな瞳から、戻を流して……。

『後悔しないようにするのが、きっと一番いいと思う』

『夢……叶えてね』


   ◯   ◯   ◯


「光ちゃん!」

 電車のドアが閉まる直前、見慣れた影が車内に滑り込んできた。

「朝人……くん?」

 どうし……

「フケてきた。これから、光ちゃんのトコ、行こうと思って。したら、光ちゃん、電車のなかに見えたから、急いで走ってきた!」

「なんで ?コンクールは?」

「知らない」

「知らない……って⁈  なにいって、朝人く……」

「だって、意味がないんだ」

 朝人くんは少しの間息を切らしてた。それから、ゆっくりとこういった。

「光ちゃんがいなきゃ、意味がない」

「……」

「あの、曲は、コンクールで弾いてたのはさ、光ちゃんを……光ちゃんを想って書いた曲だからっ‼︎」

「…………」

「光ちゃんがっ、光ちゃんがいなきゃっ、意味ないんだっ‼︎」

「ばかみたい」

「え?」

「ばかじゃない。せっかくのチャンスだったじゃんかよっ⁈  なにやってんだよっ! 帰れよっ、今からなら、まだ間に合うかもしれないだろ⁈」

「だって、光ちゃん……。このごろ、変だし。オレさ、心配で……」

「心配なんかいらない!」

 私のわがままだから。

「だって、だって……」

 なんで、涙が出てくんのかな。

「だって、朝人くん、夢、叶ったかもしれないのに」

「そんな簡単なもんじゃねーよ。いいんだよ、べつに、オレは」

「うそ」

「好きなんだ!」

 朝人くんは、私を抱き寄せた。

「光ちゃんがいればいい。光ちゃんがいないと、オレ、生きてけない。ギターなんか、弾いてらんない」

「うそ」

「全然キダーうまくいかない。光ちゃんいないと弾きたくない。光ちゃんのせいだ」「や」

「もともと、あの曲は、光ちゃんがいたからできたんだ。光ちゃんがチャンスくれた。なのに、光ちゃんいなきゃ、だめじゃんよ」

「あ……」

 朝人くんは屈んで、私の顎を持ち上げた。

「朝人く……んっ」

 私の唇は朝人くんの唇に塞がれてた。

 車内には人が結構いた。

 うそみたいだけど。

 私のファースト・キスは、こんなんでした。……


   ◯   ◯   ◯ 


 私たちは、マンションの私の部屋にいた。

 考えてみれば。 私が、朝人くんを部屋に上げたのは、これが初めてだ。朝人くんも、なぜかいつも玄関のなかには入ってこなかった。

 ちゃぶ台挟んで、向かい合わせに座って、私たちはうつむいていた。

「あ……の……」

 さっきの、キスの感触が、忘れられない……。

「ご……め、光ちゃ…....」

 彼も、同じことを考えていたようだ。

「あ、謝らないで.....」

 いいから。

「あ、あの……」

 私はずっと、唇を押さえてた。

「そんな、供えないで……なんもしないよ」

「う、うん……」

 私は横に置いてあったリュックを引き寄せた。中身を取り出す。

「こ、これ……!」

 卒業証書授与みたいに、ばか丁寧に、私はそれを差し出した。

「え? これって、絵本……?」

「の、原稿」

「朝人くんと、合作したくて、描いたの。後は、朝人くんに音、つけてほしいの……」

「へぇ……」

 朝人くんはそれを読みだした。

 居心地悪くて、私は座り直した。座布団の位置も直した。

「あ、私、お茶出すね……」

 私は立とうとした。

「いいよ、これ、すごく!」

 輝く瞳で、朝人くんが言った。

「そ、かな」

 私はやっぱ座った。

 朝人くんは、ケースから、ギターを取り出した。

「ちょっと、うるさいかもしれないけど」

 ご近所を気にするように、朝人くんがいった。

「ま、いいや、まだ日中だし」

 朝人くんが曲を奏でる。

 どこかで悪いたことがあるような、不思議と懐かしい曲だった。……聴いたっけ? これ。 そうだ。あれはまだ、夏祭りの前。知り合って間もないころ。朝人くんは、駅前の広場でこんな曲を弾いていた。

 うそ。そんな……前から、私を思って書いてくれてたの? こんな、素敵な曲を。 アレンジがかかって、もっとすてきになっていた。 明るくて、繊細で、壊れそうで、心に響くメロディー。優しくて、透明で、温かくて、涙がでそうよ……。

「うそ、こんなの、全然、私のイメージじゃないよ」

「光ちゃんだ」

 メロディーを奏でながら、掠れそうな低い声で、朝人くんがいった。

「オレの、光ちゃんだ……」

「........っ」

 曲が終わった

。「詞を作ったんだ。前向きで、一生懸命な光ちゃんのイメージで。歌って欲しい……」

「え? そ、そんな、私」

「光ちゃんに、歌って欲しいんだ」

「う、うん……」

「これ」

 朝人くんが、歌詞つきの楽譜を差し出した。

「私、楽譜読めない。教えて」

 私は座布団の位置変えて、朝人くんの隣に座った。

 朝人くんが、少しだけ曲を奏でた。

「こう。わかる?「う、うん……」

「いい?オレのまねして」

「あ、うん」

「いくつものよるを数えて」

「いくつもの夜を数えて」

が明けるよ」

「夜が明けるよ」

 朝人くんはとても一生感命な顔をしていた。私は不意に、朝人くんとの距離が━━近くて、すぐそばに彼がいるのを意識して、心臓がドキドキした。

 でも、彼はそんなことお構いなしで。

 曲を愛でるの。歌を口ずさむの。

 うそつき。ほんとはこんなにギターが好きなのに。

 私なんか、どこがいいのよ。

 ギターはあなたの命なのに。

 なんで? なんで、君は、こんなに優しいの……?

「これ、さ」

 彼が曲を止めていう。

「もし、よかったら、光ちゃんの絵本につけてもいいかな? 途中から、ずっとそのつもりだった」

「約束……覚えててくれたの?」

「ああ。もちろん」

 私は嗚咽を抑えた。

 ばかみたいばかみたい。私、どうして言じられなかったの? 朝人くんは、覚えててくれてた。

「これからもさ、」

 朝人くんは、まっすぐ私の瞳を覗き込んでた。

「一緒に、がんばってこーよ」

「ん。夢叶えよう」

 もう、わがままは言わないよ。 

 大好き。

 朝人くんが、大好き。

「光ちゃん……」

「朝人くん……」

「好きだ」

「私も……」

「ほんとに?」

「うん」

「でも、オレ、年下で。ガキで」

「そんなことない。私のがガキ」

「光ちゃんは、そのままでいいよ」

「ううん。大人になりたい……。朝人くんに恥じないような」

「光ちゃん……。オレも、もっと、立派にさ、なってさ、光ちゃんと……光ちゃんと……」

 ━━未来を。

 一緒に未来を見よう。

 たくさんの、今を数えて。

 いつか、辿り着こう。

「好きだ」

 朝人くんの手が、優しく、どこか途惑ったように、私に伸びた。

 私は、彼にすべてを任せた。

 彼は、私をそうっと包み込んで……。

 優しく優しく、口づけてくれた……。


   ◯   ◯   ◯ 


 窓が割れた。

 突然。

 すごい音。

 ......マジだった。

 なんでか、見るとそこには、朝人くんのお母さんがいた。


   ◯   ◯   ◯


「んげっ⁈  か、母さん⁈」

 オレは、慌てて光ちゃんを離して、彼女を背後に庇った。

「あ、あさちゃ~ん」

 鬼だった。悪魔だった。地獄だった。

 すげ~顔してた。

 こわすぎだろっ、母さんっ⁈ なんでか金属バット持ってた。

 ……確かここは、二階だ。

「な、なんでなんでなんで???」

 光ちゃんがパニックしてた。当然だろう。

「お母さん、見てたわっ!! 窓にずっと張り付いてたけど、二人とも全然気づかなかったわ。いちゃいちゃしてたっ!!」

 でも、母さんは泣いてた。

「ちょっと、感動したわ。テレビドラマみたいだわ~って、母さん、油断したっ‼︎ ま、ま、まさかキス、キス、キスするなんてっ⁈」

「ち、ちょっと母さん……」

 やめてくれ。

「今日はあさちゃんのギター聴きに行ったのよ、母さんっ、したら、通路であさちゃん見つけたから声かけようとしたのに━━あさちゃん急に会場飛び出すから慌でて追いかけたっ‼︎ でも母さん、後一歩のところで、情けないけど電車に追いつけなかった‼︎」

 それはよかった。ホントによかった。

「別に母さん年じゃないわ、太っちゃないわ⁈  ね? ね⁈ ……で、光さんの家まで来たわ。そしたらそしたら」

「母さん」

 オレはごまかそうとした。

「さっきのは、目の錯覚だ」

「ウソよ、ウソ、母さん見てた‼︎  もう少しで、舌が入りそうだった‼︎」

「え?」

 光ちゃんはキョトンとしてる。この子は、純度百二十パーセントのダイヤモンドみたいに心の綺麗な子だった。

「な、やめてくれ、母さん⁈  な、な、頼むから━━っ⁈」

「見てたわ見てたわ見てたわ。しかも、もっとすごいことしようとしてたっ‼︎」

「うわぁぁぁぁぁあああああっ‼︎」

 我ながら、地球が滅亡しそうな絶叫だった。振り返ると、光ちゃんは無邪気に首を傾げてる。……これ以上、毒なセリフはこの子には聞かせられない。

「やめろよっ、母さん! 邪推! 侵害! 息子が信じられないのかよ⁈」

「母さん、あさちゃんのこと、見損なったわ。そんな変態に育てた覚えなんてないわ」

「だれが変態じゃっ!」

「見てた見てた見てた。あさちゃんの眼、すげくえっちだった‼︎」

「やめてくれぇぇぇぇぇえええっ‼︎」

「どうしたの、朝人くん?」

 光ちゃんは不思議の国に迷い込んだようだ。

「光さんっ‼︎」

「ぐげっ⁈」

 オレは突き飛ばされた。実の母に……。━━母さんは、光ちゃんを抱き締めてた。「かわいそーに、光さん……。こわかったわね」

「は、はぁ……?」

 アリスもかなわぬかわいさだ。光ちゃんのこういうボケた━━いやいや、真っ白なとこがオレは大好きだ。

「あさちゃん、出てきなさいっ‼︎  もう、この家に近寄ることは母さん許しませんっ‼︎」

「なんでなんだぁぁぁぁぁぁぁっ⁈」 

オレは猫みたいに首の後ろ掴まれて、部屋から追い出された。

 後日、オレはなんでか母さんがブッ壊したガラスの修理代を払わされた。 

 ……オレは無実だ。

 まじだって。


   ◯   ◯   ◯


 そんなこんなで。クリスマスは最悪だった。

 会えるには会えたけど、母さんが彼女をガードしてて、ちっともロマンチックじゃなかった。

 ジングル・ベルの鳴る街の中で、母さんは光ちゃんにひっついていた。オレだけ、ちょっと離れて歩かされてた。 光ちゃんは、とってもかわいい、ちょっとサンタっぽい赤と白の服を着てた。葉が白くて大きくて、後ろに赤のチェック入ってたりもして、もうめちゃくちゃかわいい。スカートが短いトコもいい。なんか、どっかのお嬢模みたいに清楚でもある。ケチで有名な彼女が、どうやってそれを調達しのかは謎だ。一説によると、バイトの衣装らしい。それをどーにか拝み倒して、ちょっくら、バイト大変なはずのイヴの今日だけ━━借りてきたらしい。……いいのか、光ちゃん……。どんなバイト先や? でも、かわいいからいーや。

 光ちゃんにプレゼントを買ったので(←じつはチューリップ柄の白いワンピース。季節にあんま合ってないけど。デパートで、値札見ずにレジに持ってたら、なんでかめちゃくちゃ高かった。騙されたのかっ⁈  騙されたのかっ⁈  オレっっ⁈)、あんまいいカッコをオレはしてない。いつものくたびれたトレーナーとかズボンとかコートって感じ。いや、じつはアイロン念入りにかけたりした。

 母さんは、いつにもましてケバケバしい服着てた。あんたホントにオレの親か、ってくらい……。多くは語るまい。

 しかたないから、オレは二人についていきながら、その辺の店先を見回した。クリスマス・ソングが流れてる。

 店頭ワゴンを覗く親子連れ。マイク持って、なんかアナウンスしてる、お店の人。友だちどうしで笑い合ってる人々。あんなことやこんなことを、目の前で見せつけやがるカップルども。なんか、みんな、楽しそうだ。

 ケーキ……食いたい。七面鳥、食いたい。あのケバいオバサンを、誰かどーにかして。

「いい? 光さん、あさちゃんは、狼よ」

「はぁ? あれ、でも、朝人くんって人間じゃ……」

「犬よ犬」

「知りませんでした。……朝人くんがそんな」

 真に受けないで、光ちゃん。

「でも、こんなふうに三人でお出かけってのも、楽しいね。朝人くん?」

 ゼンゼン。

 ちきしょお。来年こそは、二人っきりでロマンチックなクリスマス・イヴだ‼︎ ……頼むぜ、ホント。

 でも、オレは。

 光ちゃんといられるだけで、幸せだ。

 彼女と一緒に。

 一生。いつまでも。

 キターを奏でて行きたい。

 夢を追って生きたい。



フューチャーフレーズ  朝日



 光たちは、ライヴハウスにいた。

 いつかの埋め合わせに、光は朝人の演奏を聴きに来た。

 お客の入りもまずまずで。知らない人たちの熱気と自分が一体になるようで。ちょっと圧倒されて。でも、楽しくて。

 バンドを組んで、ステージで盛り上がってる彼は、年相応に幼く見えた。とてもエネルギッシュだ。友だちが用意するといって利かないと、彼がぼやいていた、赤と青紫のはでな衣装も、よく似合っている。周りの女の子たちも、ステキだと褒めていた。 曲が終わると、他のメンバーは引っ込んで、彼一人で、あの曲を弾きだした。 一通り弾き終わると、ステージの上で彼が呼んだ。

「光ちゃん! 歌おうぜっ!」

 光は駆け出した。

 チューリップ柄のワンピースの裾を揺らして。

 ステージに上がる。

「オレのギターと、彼女のヴォーカルで、曲は『朝日』」 最初は『ひかり』という曲名だったけど。

 光が思いついたのだ。 朝人と光で『【朝日】』。 そのタイトルが、二人とも気に入っていた。



   いくつものよるを数えて   が明けるよ

   が明けるいくつもよるを数え   が明ける 

   朝が光る


   占いなんて当てにできない   震える子猫   信じている 

   自分の夢だけ


   夜が明けるいくつも夜を越え   夜が明ける 朝が光る   


   誰かの言葉なんて 嘘ばかり   泣いてる小鳥

   迷わないで オレがそばにいる

  

   夜が明ける いくつも夜を越え   夜が明ける 朝が光る

   太陽と青い空 目指してる   真白き翼   真っ直ぐに 君は光ってる

  

   夜が明ける いくつも夜を数え   夜が明ける 朝が光る

   

   ◯   ◯   ◯


 朝人のアイディアで、ライヴハウスで絵本を売った。カセットテープつきの。

 光が絵と文と歌、朝人がギターを担当した。

 コピー本で、作った部数は少ないけど。 完売した。



   ◯   ◯   ◯ 


 光と朝人が二度目に出逢ったあの公園。

 光と朝人は、地面に座り込んで夜空を見上げていた。ベンチは無視されていた。 ちなみに、二人が最初に逢った占いショップは、すでにつぶれてしまった。……ちょっとさみしい気もするが、朝人は安心した。……あの店は、なんかこわかった。

「あーあ、でっかい花火上がんないかなぁ」 

「無理じゃないか? いま、冬だし」

「もうすぐ、春よ春!」

「春でもダメ」

「む〜。線香花火やりた~いっ‼︎」

「それもムリ」

「朝人くんのイジワル。きらい」

「えぇぇっ⁈ そんな⁈」

 朝人は周りを見回して、自分の母親の影がないのを確かめてから、光の肩を抱いた。……ちょっと小心者だ。

「なぁ、光ちゃん、ほらっ! お月さまと、お星さま! 綺麗じゃん?」

「そだね」

 光は朝人の腕にもたれて、気持ちよさそうに目を閉じた。今日は風もなくて、そんなに寒くなかった。 赤いダッフルコートが、彼女にはとても似合っている。ちなみに、朝人が着てるのは青いダッフルコートだ。なにげにおそろいだった。

「へへへ」

 朝人はだらしなく笑った。光がかわいかった。自分の腕にかかった彼女の髪を、そっと撫でてみる。サラサラしていた。シトラスな香りがする。シャンプーだろうか。嬉しくて、そのまま抱き締めたくなる。キスしたくなる。……案外やっぱ、彼も狼かもしれない。

「でもさ…....、」

 不意に目を開いて、光は口を尖らせた。

 朝人は、慌てて手を引っ込めてて、顔を引き締めた。……自分の不純な考え(?)を見透かされたようで、ばつが悪い。

「どういうこと、これ⁈」

 光はネズミ色のショルダーバッグから、封筒を取り出した。三通あった。

 内容は、どれも、『絵本買いました。夢のある作品で、かなりよかったです。カセットもよかったです。すてきな曲ですね。でも、ヴォーカルの彼女は、かわいい声だし、一生懸命さは伝わってくるけど、はっきりいって音痴だと思います』

 こんな感じだ。

「……ショック。歌には自あったのに……」

「い、いいじゃん、光ちゃんは絵も物語のセンスもいいしさ」

 フォロー、フォロー。

「朝人くん……、知ってるのよ」

 いきなりキツイ眼差しを、光はした。

「な、なにが」

「朝人くんのお母さんに聞いた。手紙、朝人くんのトコにも、一通届いたんでしょ」

「う”っ……」

「なんで見せてくれないの?」

「そ、それは……」

 見せられない。

『ギター弾いてるあなたがずっと好きでした。よく駅前とかで弾いてましたよね。実は私、あなたの追っかけしてました。私の写真同封します。自分ではけっこーかわいいと思ってます。あなたのためなら、私なんだってします!  つきあってください‼︎』

 そんな手紙━━見せらんないだろ⁈ 実は似たような内容で、もう何通か━━今日届いたんだけど……内緒だ内緒。

「と、父さんがボケでてパンと間違って食べちゃって……」

 父を生け贄にした。

「ふーん?」 光の目は冷たい。朝人の母の影響か、最近疑り深くなったようだ

。……ナニ吹き込んだ、あの母親。

「いつか、ちゃんと出版したいね」

 光は言った。

「そのためには、もっとがんばらなきゃ!」

「おう」 

ギターを、朝人は弾く。手始めに、同じ旋律を何度も繰り返した。

 光はスケッチブックをバッグから取り出して、素速く新しいイラストのアイディアを描き込む。色鉛筆で軽くそれを塗る。

 青い空に、白く太陽が輝いている。大地はまだ暗くて、道もまだぼんやりしていて、でも、その道は太陽に━━朝日の方角に向かっている。

 そんなイラストだ。 やがて彼女は手を休め、彼のギターに合わせて歌い出した。 彼が彼女を想って作った曲だ。彼女が彼を想って歌う曲だ。 そして、自分を━━二人を、明日を歌う曲だ。

 『朝日』だった。

「いーよね、こういうの。ライブハウスとかもいーんだけど。こんなふうに、自由にリズムを刻むの」

「ああ」「私、夜の公園って好き。夜っていうのも、嫌いじゃない」

「そうだな」

 光は、もう少し色を重ねてから、スケッチブックを掲げた。 街灯に照らされて、それははっきりと二人の目に映った。

「いつかさ、なりたい自分になれるかな」

「なれるさ」

「競争、だね⭐︎」

「負けねーぞ。オレのが、三歩くらいリードしてっかな」

「むむむ。私のが才能あるわいっ!」

「オレだ!」

「私っ‼︎」

「━━」

「━━」

 同時に吹き出した。

「あははは」

「はははは」

 肩を震わせて、二人で笑った。

「私ね、朝人くん。新しい作品考えた。『小さな太陽』っての」

「じゃ、オレは『小さな光』」

「まね、しないでよっ‼︎」

「ははは」

 光は、朝人の下ろしたギターと、自分のスケッチブックを、並べた。 膝を抱えて座り直す。

 近くの、家やお店やホテルなんかの明かりを見つめた。

「ね、朝人くん、なんか、朝人くんのおばさんが、最近うちのお母さんと仲良くなったみたいで……」

「いつの間に⁈」 

 なにやってんだ、あの人。 朝人は頭を抱えた。

「で、うちのお母さんがいろいろ話したみたいで、うちのお父さんと、弟が、朝人くんの顔見たいんだって?」

「━━いっ⁈」

 もとプライヴェート・アイ情報によると、光の父親は相当厳しいらしい。弟なんか、実は超々々々々シスコンらしい。

 大丈夫かな。

 オレ、殺されないかな……。 

 ま、なんとかなるだろ。

 たぶんな。


   ◯   ◯   ◯ 

 

 私は、一人、自分の部屋の窓辺に腰掛けてた。

 風が出てきたらしい。窓の端で、白いカーデンが揺れた。

 朝人くんは、私を部屋の前まで送ってくれた。手を振って、帰っていった。 

 私は生まれてこのかた、日の出を見たことがない。

 もしかしたら。幼いころ。見たことがあるのかもしれないけど。 

 覚えていない。

 テレビや、写真でなら、見たことがある。

 夕日なら、何度も何度も、見たのだけれど。

 私は朝が弱い。小学生並みに、よく眠ると、友だちが呆れていた。

 今日は、ずっと起きて。

 朝日を見てみようと思う。

 春が来て、私はもうじき、二十二歳になる。 

 私の二十一年間は、

 どんなものだろう。

 二十二の私は、

 どんなものだろう。

 そして、もっともっと先の未来。

 私は、どうしているだろう。

 今の自分を、どう思うのだろう。

 聞いてみたい。

 ねえ? 昔の私。

 考えてた?

 こんな、今の私。

 あなたは、あなたの今を生きることで、精一杯だったよね。

 私は、今の、二十ーの私は、

 こんなことを考えてるよ。

 未来の私。

 こんな気持ち、

 もう、忘れちゃったかな?

 変わってないかな。

 逢ってみたいね。

 でも、いつかきっと、逢えるよね。

 なりたかった私に。

 なりたい自分に。

 逢えるよね?

 笑うかな。こんな私を見たら。 

 ガキだな、

 って。

 どんな自分になるとしても。

 私ね、

 捨てたくないものがある。

 諦めたくないものがある。

 あなたにも、ある? こんな気持ち。

 いつか、いつか。

 私は、

 あなたに逢う。

 笑って、逢いたいね!

「ばかだね」

 って。

 笑い合って。

「がんばったね」

「がんばろーね」

 って。

 自分で自分にそういうの。

 私は、今の自分の日記を閉じて。

 窓の外に、目をやるの。

 まだ、辺りは薄暗いね。

 家々の明かりが消えて。

 もっともっと、暗くなるね。

 独りっきりじゃ、さみしーかもね。

 でも、ね。 

 きっともうすぐ、

 日が昇るから。

 朝の光が、私を照らしてくれるから。

 あなたは、独りじゃないから。

 いつか、逢おうね。


読んでくださって、ありがとうございました。

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