朝の光 【中編】
※前編を読んでくださった方、ありがとうございます。
前回までのあらすじ
フリーターの光は、ひょんなことからアマチュアギタリストの朝人と出会う。夢を追う二人は次第に心を通わせていく。そんな折、光にお見合い話が舞い込む。相手は初恋の相手・新だった。
「━━━━。ウ、ウソっ⁈ ウッソ⁈ えぇぇぇっ⁈」
な、なにいって⁈ だって、さっき変わってないっていったじゃん⁈ みんな、そういうの。変わんないって。童顔だから━━って、えっ、えぇぇぇええっ⁈
「その……なんか、変わってないんだけど、変わったっていうか」
わけわからん。
「……綺麗になった」
ま、また言う⁈ や、やめて! 嬉しくなっちゃう。そんなこと、いわれたことないもん。
「あ、新くん……じゃない、遠野くんだって、かっこよくなったよ!」
「え? そっかな?」
新くんはキョトンとしてる。なんかそういう天然っぽいとこ好き。天然って天然だから、うそがないっていうか……あ、私もわけわからなくなってきたかも。私のほうこそ、緊張しちゃうよ……?
「あ、遠野じゃなくて、新でいいよ」
「えと?」
「新って呼んで。みんな、そういうんだ」
「……うん」
私はちょっと笑った。そうだった。クラスのみんな、そう呼んでた。だから、私も心のなかでは新くん、って呼んでたの……。
「あ、じゃ、私も光でいいよ。私最近、結構みんなにそう呼ばれてる気が……」「い、いいよ、まだ、恥ずかしいから」
彼は頭の後ろを掻いて、はにかんだ。
「え? そう? じゃ、会社でも下の名前で呼ばれてるの?」
「そ。遠野って超近くにもう一人いるから、紛らわしくて」
そんなもんかね???
「か、会社……教材の、だよね?」
「うん。営業」
「ど、どう?」
「うーん。あんま、売れないよ。いつ、クビになるか冷や冷やしてんだ」
「そ、なんだ? 大変だね……」
私はフリーターしてます。
って、ちょっとイイツライ。ま、もうバレてるか。お母さんがいろいろ言ってそう。
「ね。知ってる? 深山。こないた、バイクで事故ったんだ。はかだよなあ。木野はビール工場で働いてて、中溝は何やらかしたんだか、自分の子供に嫌われたって嘆いてて……」
そんなことになってたのか、元クラスメートら。
「あ、でさ、新……くん。会社ってどんな感じ? 私、ちゃんとしたトコ行ったことないからよくわかんないっていうか」
「ん~? それよか、桜井さ、これ食ったらどこ行く? まだ十時だし。好きなとこ、言ってよ。車で来たんだ」
ちなみに私は、車の免許持ってない。原チャのも。けっこ~周りのみんな免許取ってるけど(弟も、原チャだけじゃなくて、車の免許も、今度取るらしい……ファイト)、私はさっぱり。今ではあんまりそ~でもないけど(?)、昔、父の車に乗ってて吐いたことあるほど、車酔いする子供だった(毎年、夏と冬の二回、今でも父の車で、私は、父方のじーちゃんちに行く。こないだもちょっと行った。弟と母は最近忙しがって全然来ない……さみし~)。母はなぜか、昔免許取ったくせにあんま車乗らんで、しかも、免許自分で捨てちゃった〜とかいってた。うちの母って……時々理解不能~。それに、免許取るのはお金かかるのだっ‼︎ とか、偉そうに言ってると、友だちは言う。「貯金しろ。それか、親に前借りして、後でちゃんと返せ。いろんなとこ行けて楽し~ぞ。世界広がるぞ~?」…………ま、そのうちな。ちゃんと自分で働いて、金に余裕できたら、な。
私は、「どこ行く? 俺、前にあそこ行って、それでさ……」とかいってる、新くんの話を、必死に遮った。
「ん、ん……。あのさあのさ、新くんはどうしてその会社に入ったの?」
知りたいの。
「うーん? ……なりゆき、かな。なんとなく」
「それだけ……?」
「そっ」
「…………。でも、たくさんある中から、そこを選んだんだもん。なんか、理由あるでしょ⁈」
「そ〜だなぁ。知り合いのツテっていうか、知ってるヤツがそこやってて、じゃ、俺もそこでいいか~……みたいな」
「━━━━ウソ……⁈」
「ほんと。ん~、しいていえば、外回りのが自分にゃ向いてっかな? ってくらい?」
「じゃ、『ここの会社だからっ!』ってのは━━ないの?」
「ないない。たまたま。そんなつまんねーことよか、桜井はどうなの? バイト楽しい?」
つまんないの? 就職って━━そんなもん? なんか、違う…...。
違う気がする。
新くんって、こういう人なの? それで、人生、楽しいのかな。
目標とかさ、夢とか……ないの? 朝人くんなら。仕事してもさ、ギターは続けるって……。
「それじゃ、趣味とかは?」
「趣味? ん〜、なんだろな。寝ること?」
「……………………」
「あと、友だちと遊ぶことかな。休日とか、知ってる奴らと遊んで騒いで。それが楽しみかな」
「生きがい?」
「そんな、たいそうなもんじゃないけど……」
「…………」
「ま、そのために働いて金稼いでるってのかな、じゃなきゃやらねーよ。あんな仕事」
暴言暴言暴言。それは暴言じゃないでしょーか、新くん? 私が間違ってるの? そんなもんなの? 仕事とか、夢とかさ、これが自分の命だ、宝物だって、そういうの……。そういうのがさ、私はさ……。
「で、でも、友だちと遊ぶっての、新くんらしいね」
そうだよ。それもいいじゃん。誰かに会いたいから。友だちと一緒に遊びたいから。恋人とデートしたい。家族とのんびりしたい。そういうの、人間らしいよね? あったかいよね?
でもさ、私は、就職ってのは……。
夢の延長っていうか。 どうしても、やりたいことっていうか。
そういうのがいーの。
子供かな? 子供なのかな、私? 朝人くんも、ギタリスト目指すけど、仕方ないから仕事するかもって、私も、絵本描きたいけど、いろんな会社受けたりして。 同じじゃん。変わんないじゃん? 新くんは、私と逆っていうか。仕事は生きるため、仕方なく。遊びが趣味で。ああでも、私もバイトが今現在は生きるためだから……そうしないと、一人暮らし続けていけないから。それで、絵本描いてて。絵本は生きがいだけど……。まだ仕事じゃなくて。 そんな変わんないのに。別にさ。
「じゃ、お金のために、結婚するのってどう思う?」
「いいんじゃない、別に」
「……そーなの。そーなんだ、新くんて……」
なんか、違うよ。 違うよ......。
私、新くんは教材とか、子供とか好きなのかな? って思ったの。やつぱり、愛があるから結婚する━━そうじゃないとヤダって。だから、私なんかきっと好きじゃない断られるでもいーやって……。会えればそれでいいって。 こういうのって、いけない? 自分と考え違う人認めないみたいで、やっぱいけないこと?
「じゃさ。なんで、新くんは今日来たの? 親に何か言われたから? 見合いしろって、かったるいな、って……? 愛してない人とでも、結婚するんだね? なんで? 世間体? 当たり前だから? ……そういうの、よくわからないよ……」
「桜井……」
「私は、会いたかったの。だから、来たの」
私は泣いてた。なんか、悔しかったから……。
「俺も、逢いたかった」
「.....え?」
「ずっと、逢いたかった」
「…………」
「今のは、他の人の話。俺は.....俺はさ……やっぱ、好きな人と結婚したいよ」
そっか……よかった。
「ん、じゃ、こんなとこで、私なんかと見合いしてる場合じゃないね、あはは、ごめん、変なことばっかいって、なんかさ、見合いっぽくないからさ、って私がこんなこといったせいだけどさ、だから、私、変なことばっかで……。よくわかんくなっちゃって。あ、でも、会いたかってのはほんと。だって、久しぶりだもん。私、新くんと━━」
「好きだ」
「…………え?」
「愛してる。結婚して━━くれないか……?」
◯ ◯ ◯
「ずっと、好きだったんだ。中学の時から」
光はしきりに瞬きしていた。
「好きなんだ」
信じられなかった…...。
◯ ◯ ◯
「光ちゃん……」
朝人は、マンションの二階の、光の部屋のドアをノックしていた。
「光ちゃん! いないのかっ⁈」
一週間ギター禁止の条件の下、やっと母親がこの部屋を教えてくれたのだ。
「くそっ……」
朝人は手を下ろした。
ドアに背を当て、座り込む。
「どこ……行ったんだよ?」
◯ ◯ ◯
新の車で、海に向かった。
埠頭で波を見下ろして、光は黙りがちだった。
後ろに、新がいる。なんだか、まじめな顔をしている。
ビーチではなく、湾港だった。所々に船が泊まっており、鴎が飛んでいる。釣りをしている人たちなんかもいた。何匹も魚を釣っている子供もいた。でも、親のほうは全然釣れてなかった。テトラポッドもあった。……大きかった。 昔、光は新と水族館に行きたいと思ったことがある。なぜ水族館だかはわからないが、そう思ったものだ。 でも、光はそのことを言わなかった。
新に任せたら、なぜかここに連れてこられた。
「桜井、歩こうか」
「う、うん……」
新に手を引かれ、光は歩きだした。
進む進む進む。
倉庫の裏に回った。
気のせいか、人気がなくなっていく。
「新くん……?」
不安げに、光は訊いた。
◯ ◯ ◯
「あ~光ちゃん光ちゃんどこ行ったんだ光ちゃんっ⁈」
朝人は壊れていた。
光の部屋の前の廊下の床を、のたうちまわっていた。
ご近所からクレームがくるのももうすぐだ。
◯ ◯ ◯
「桜井……」
人気のないところに光を連れ込んだ新は、辺りを見回している光の名を呼んだ。「へ~、結構穴場だねぇ」
なんもない倉庫裏なのに、なぜか光はそこが気に入ったようだ。新の手を離して、走っていく。
新は少し脱力した。
「ん~、こんなとこで意外にライヴってのは、どうだろ。少し人気が足りないけど、仲間うちで静かな曲を流すってのはどう? 秘密ライヴって感じ!いいぞいいぞ。絵本ギャラリーって手もあり?」
なんかやたら盛り上がっている。
ムードがとても足りない。
……ま、倉庫裏だしな。
なんか、桜井。勘違いしてるけど……。
それとも、わざとボケたこといって、俺のこと誘ってんのかな? なんかずんずん奥のほう行くしな…...。
新は光を追いかけた。
「ねー、新くん、ここって……」
光が振り返ろうとした瞬間。
「桜井……」
「きゃっ⁈」
後ろから、新は彼女に抱きついた
。「━━好きだ。愛してる……」
耳元でそう囁いた。
「や……」
光は妙に色っぽい声を上げた。━━ように、新には思えた。
◯ ◯ ◯
ご近所からクレームがやってきた。
「ちょっと、あんた、桜井さんのナニ⁈」
「うっさいぞ! また浪人しちゃうだろ⁈」
「落ち着きが足らん!」
主婦と浪人生とどっかのオヤジだった。それぞれ竹等と参考書とうちわを装備している。
「す、すいません」
朝人は素直に謝った。
「で、あんたこんなトコでなにしてるの⁈ 桜井さん、留守なんでしょ⁈」
「ぼ、ぼくの心のレインボウ光さんに、なななんのようですか⁈」
「主、まさか巷で有名なストーカーか⁈」
「ち、違います、オレは光ちゃんの━━」
光ちゃんの━━ナニ⁈ 朝人はちょっと考えた。
友だち……?
『光さんはやめときなさい。あさちゃんのカノジョには向かないわ』
母親の言葉がリフレインした。
━━なんで、決めつけんだよっ⁈
頭に来た。
で、言った。
「カレシ」
◯ ◯ ◯
「やっ……」
光はもがいた。
「やめて、新くん! くすぐった~い‼︎」
ウィークポイントだったようだ。耳元で何事かささやかれた光は、げらげら笑い出した。
新は唇を結んだ。
試しに、もう一度耳元でなんか言ってみる。
「王様の耳はロバの耳。桜井の耳は……?」
「きゃん」
やっぱり、妙にそそる声だった。
でも、すぐ甲高い笑い声に変わる。
どうもよくわからない。
からかわれてんのかな。
新は首を傾げる。
けっこー、彼は天然だった。
「桜井」
新は、光と向かい合うよう、彼女を抱き直した。
ヌイグルミのようにぎゅっと抱く。抱き心地はサイコーだ。
「愛してる」
バカの一つ覚えのようなリップサービスも忘れない。女はコレに弱い。彼の辞書に、そうある。
新は光の顎を片手で持ち上げた。
自分の唇を、彼女のそれに近づける……
◯ ◯ ◯
「あんた、桜井さんのカレシ?」
「うそだ、うそだっ‼︎」
「なぜ、彼氏殿が、オナゴの部屋の前をゴロゴロ転がっておる?」
朝人はちょっぴしピンチしてた。
「そ、それはえ~と……」
教訓:口からでまかせはよそう!
「わかったわ! 桜井さんにフラれたのね‼︎」
「そうだそうだ」
「諦めの悪い……」
「ち、違う! えーと……」
言葉に詰まった。
「かくれんば! かくれんぼしてたんだっ!」
意味不明だった。
◯ ◯ ◯
「きゃあああぁぁぁぁぁああっ!⁉︎」
新は光にアッパーかまされた。━━顎に決まった。会心の一撃だった。顎の骨折れて死にそうになった。
「......なんで???」 顎抱えて、新はうずくまった。
もう少しで、キスできるところだったのに。
照れてんのかな?
焦らしてるのかな?
嫌がっているという第三の選択肢は、彼の頭の中になかった。
だって、ハンバーガー屋で、光は自分に会いたかったといって泣いてた。それって相思相愛だろ? なにがいけなかったんだろ?
歯……磨いた。ネクタイ……締まってる。髪……七三になってない。なんでなんで?
場所か⁈ 場所が悪いのか⁈
やっぱ。倉庫裏ってのはムードないか……でも、表のほうは釣り師の皆さんでいっぱいなのだ。皆さんの前でキスぶちかますよりいいだろ⁈ ……ハッ。まさかそれとも、そっちのほーがいーとか……? 桜井って意外にも目立ちたがり屋さん?
「桜井。すまんが、ここで我慢してくれ。俺は照れ屋さんの部類なんだ」
「いやぁぁぁあああああああっっっ‼︎」
今度もあと少しのところで腹にストレート・パンチが炸裂した。━━痛い。心も体も全部。
「……な、な、なぜ……?」
彼はかなりオポンチだった。
◯ ◯ ◯
「そう、かくれんぼしてたのね……」
「じゃあ、仕方ないね.……」
「かくれんぼには歯が立たない。もう降参」
……クレームたちは去っていった。
「ふう。我ながら、あっぱれ」
朝人は妙な自信をつけた。
━━こうなったら、ここに座り込みだ。
公園ライフしたオレだ。これくらいわけないさ。
「はぁ。光ちゃん、いつ帰ってくんだろ……」
暇なので、ケータイいじくる。メタリックブルーの、こじゃれたヤツだ。ストラップがジャラジャラついてる。ギターのマスコットとか。天使のマスコットとか。友だちが勝手に貼ったプリクラは、なんかちょっと写りが悪いヤツだ。その友だちと二人で、笑ってる。
「あ、もしもし、オレ。あのさ……」
早く帰ってこないと、料金がうなぎ登りだ。
◯ ◯ ◯
「いやぁぁぁぁぁっ‼︎」
「なんでえぇぇっ⁈」
「やめてぇぇぇぇっ‼︎」
「どーしてぇぇっ⁈」
なんかヘンだぞ。 新がやっとそう学習したのは、阿度光の叫びを聞いたあとか。結局、殴られるばっかでなんにもできていない。光もさっさと逃げれよ。いや、光は驚いてそれどころじゃなかったのだ。こわくて、戻ボロボロだ。
もしかして……。
ほんとに、初めてなのかな。
新はやっと思い当たった。
か、かわいい! 桜井ってなんてピュアなんだ。
かわいすぎるっ‼︎
「ゴメン、桜井。俺はケダモノだった。ここ数年ですっかり汚れちまった自分が恥ずかしい。……今度は、ちゃんと、優しくするから……」
「いやぁぁぁぁぁああああっ‼︎」
いいかげんにしろ。ここにもクレームがやってきそうだ。
「な、なんで逃げんだよ、なんで泣くんだよ、なぁ桜井! 桜井は俺のこと━━好きじゃ、ないのか……?」
新は光の手を掴んで問うた。
「嫌い、なのか…………?」
「だっだって……」
「俺は本気なんだ。桜井だって会いたかったっていったじゃん」
「ち、違うの。私はただ…....久しぶりだから、会いたかっただけで」
「だって、見合いだろ」
「そ、そうだけど……」
「俺、わかんねぇよ」
「だ、だって、新くんは私のことなんか好きじゃないって思ったから……。ただ、会うだけで、終わりだと思って。それで……私、と、とも……」
「最初から、断る気だったのか⁈」
「だっ、だって、新くんのほうから断ってくれるって思っ……」
「だって、仕事がどうの結婚がどうのって」
「そ、それは人としての生き方に興味があったというか。わ、私……」
「うそだろ。それだけかよっ⁈」




