第5話 地下セッション 前編
☆本日のセラピスト☆
沈黙の魔術師・寧々さん。
彼女のセッションルームは、香と静寂が支配する瞑想空間。
寧々(ねね)さん
特徴:沈黙と静寂の達人セラピスト。相手が喋り疲れるまで微動だにしない。
雰囲気:湖のようなまなざし。仏像のような存在感。
名セリフ:「……あなたが諦めたいのは、恋? それとも、自分を否定し続けること?」
☆本日のクライアント☆
名前:柳本 美晴
年齢:30歳
職業:美容師
相談テーマ:恋愛(職場の後輩に片想い)
最近の心の叫び:「“お疲れ様でした”の声のトーン、今日ちょっと違ってた気がするんです」
この日のセッションルームは、建物の地下にある「静養ルーム」。
蛍光灯ではなく、キャンドルのやわらかな炎が揺れている。
アロマストーンからは森林の香り。
お香は白檀、空間には静寂が広がっている。
瞑想ばっちり空間だ。
この日のセラピストは、寧々(ねね)さん。
静かで端正な顔立ちに、長い前髪。
ゆっくりと瞬きをするそのまなざしは、まるで湖のよう。
誰よりも「沈黙」を味方にするセラピスト。
——そんな空間に、軽やかなヒール音が響いた。
ヒールの高さが15センチくらいはありそうな音だ。
地下室のノックの音と共に
「こんにちは〜〜!初めてで〜す、よろしくお願いします〜!
百瀬花音っていいます〜!」
と瞑想空間とはほど遠いクライアント・・いや。失礼。
瞑想空間とは少し距離のある方が
寧々がせっかく整えた空間を、かき消すかのような
香水の匂いを振りまきながら、入って来た。
ハンドバッグのチャームがシャラリと鳴る。
ロングネイル、巻き髪、くっきりアイライン。
空間の波動が、明らかにざわついた。
寧々は、微笑んだ。……ように見えた(気のせいかもしれない)。
微笑むように努力し、か細い声で
「どうぞ、おかけください」と言った。
すると、百瀬は座るやいなや
「ありがとうございますぅ〜!あの〜〜、今日は恋愛の相談でして〜〜」
バチっと、スイッチが入るかのように、喋り出した。
「いや〜最近出会った彼なんですけど~最初はめちゃくちゃ優しかったんですけど、
LINEがだんだん既読スルーになってきて〜〜
……でもこの前は、急にスタンプだけ送ってきたんですよ~?
え?ってなりません?それって“まだ気がある”ってことですかね?それとも“もう終わってるよ”のサインですかね〜?」
寧々さんは、ゆっくりとまばたきをした。
そして、深くうなずいた。
「…………」
百瀬は一瞬止まった。が、すぐさま再始動エンジンがかかる。
「それでですね、前の彼とは5年付き合ってたんですけど~、もう信じられないくらい浮気されてて、
でも私も依存体質っていうか〜〜、なんか“いないとダメ”って思っちゃうタイプで……」
(その後、元カレエピソードが延々と続く。8分経過。)
その間、寧々さんはただ頷き、ただ座っている。
まるで風のように、音を立てずに。
——しかし、百瀬の話は止まらない。
「で、次の彼が“5G男子”だったんですけど、つまり、距離感が急に詰まるんですよね〜!」
寧々は、ふと、アロマストーンの香りが強くなった気がした。
(……いや、これは耐久戦だ。)
寧々の直感がそう言った。
沈黙 vs 饒舌。
静寂の女王 vs お話し好きなクライアント。
地上で交わるはずのなかった2つの魂が、いま静かに火花を散らしている。
――後編へ、つづく。
読んで頂いて、ありがとうございます。
後半も
お話し好きなクライアントと沈黙系セラピストの邂逅が続きます。
また読んで頂けると、作者 KOTOHA のHPが上がります。
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