第4話:一言も話さない人
✦前書き✦
心理学者カール・ロジャーズ曰く
「沈黙は、時に最も雄弁な言葉である」
こんにちは、笑野はなえです。
今日はスリッパを整え、笑顔を10分間仕込み、
心をこめて「沈黙と格闘」してまいります。
☆セッション開始5分前——
ふわふわスリッパ、OK。
アロマも今日のテーマに合わせてラベンダー。
あらら。いつもラベンダーじゃ芸がないわ。
今度、新しいアロマに挑戦してみよう。
はなえはそんなことを考えながら
鏡の前で口角上げて深呼吸した。
そして、おまじないのように
「わたしは、癒しの存在。わたしは、光。わたしは、セラピスト☆」
と唱える。
唱えるだけで、ちょっとテンションが上がるのは何故だろう。
☆☆今日のクライアント:田所慎さん☆☆
年齢:26歳
職業:公務員
紹介者:上司(産業医経由)
事前情報:「最近、会話が成り立たない」「返事がない」
第一印象:視線、声、反応、ゼロ
クライアントのプロフィールを読んだはなえはちょっと心配になる。
「こんにちは。どうぞおかけくださいね」
いつもより、優しく丁寧に・・そう思いながら声をかけた。
椅子に腰かけた慎さんは、無言でうなずいた…ような気がした。
いや、わからない。微動だにしない。
これでひるんではいけない。
まずは、呼吸だ呼吸。
「まずは、ゆっくり呼吸を整えましょうか」
反応なし。
えっ?
息できてるよね?
止まってないよね。はなえは焦った。
あ~だめだめ。
落ち着いて落ち着いて。
えーっと。眠れてない・・そうそう睡眠について質問だ。
はなえは、聞き取りやすいようにゆっくり聞いた。
「最近、眠れてますか?」
シーン。
え~!?これ、どういうことかな。
ずっと、このまま喋らないのかしらん。
ラベンダーの効能に一抹の不安を感じる。
だめだめ。
焦っちゃダメ。そうそう。職場関係のこと聞かなくちゃ。
きっと仕事でのストレスよ。
はなえはとびきりの笑顔で
「……職場のことでも、日常のことでも、なんでもいいですよ」
と優しく聞いた。
沈黙。が・・・・10分経過。した。
この部屋に幽霊がいたら、たぶんそっちのほうがリアクションするだろう。
15分経過——
「……大丈夫ですよ、ここは安全な場所です」
もう、これ以上優しくなれる自信がない。
これって、よくある刑事ドラマ取調室の黙秘権ってやつ??
ここ、警察じゃないから~!!
田所慎さんは、表情も変えず、ずっと壁を見つめている。
ずっと、何も喋ろうとしない。
「…………」
はなえは、焦りまくったが・・ふと先輩の言葉を思い出した。
「無言の人に会うと、何で来た?って思うけど、無言にもちゃんと意味があるんだよ。
その人は、今は話せない。なんだ。」
あぁ~!先輩!
何で、地方に行っちゃったんですか~(泣)
30分後——
はなえは、気を取り直し
「今日は、来てくださってありがとうございました」
と伝えた。
「……」
最後の最後で、ほんの一瞬、慎さんのまつ毛が震えたように見えた。
あれはきっと、心が動いた瞬間。そう、信じたい。
ーセッション終了ー
「話してくれない=意味がない」ではないのです。
沈黙の中にある“声なき声”を、はなえは今日も聴こうと耳を傾けております。
ふわふわスリッパの足音は、そっと心に寄り添う音。?かどうかは疑問。
読んで頂けると、嬉しいです!