2 パメリの回想
私の腕の中で泣く少女
最初は厄介なものに見つかってしまったと思った
どうしてそっとしておいてくれないのかとも思った
貴族の金稼ぎのために息子の命が弄ばれるなど許せない、そんな事を考えていた矮小な自分を呪いたくなる、姉君のターニャ様の症状はヒースの比ではなかった
体中に広がっていたあの線というよりも亀裂、ヒースの顔にある罅の様な線も…
怖い想像が頭に浮かぶ症状が進行すればヒースも…もしそうなってしまったら私は正気でいられるのだろうか?いやきっと耐えられない、今までだって一杯一杯だったのだから
ヘレナ姫様が条件を出されたときは子供とは思えない凛とした振る舞いに同じ人間なのだろうかと感じたけれど今目の前にいる少女はなんてことはない年相応の家族を想う女の子だ
その気持ちを私には痛いほど解ってあげられるはずだ私もヒースもこのお方に希望を頂いた報いねばならない
覚悟を決めて姫様を抱きしめ直した
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翌日から薬師様の下で我流であった薬草に関しての知識を学び直し並行して文字を習う、今まで私が使っていた水草は『水精草』という名前だと教えて頂いた
ターニャ様の病を治す為には『水精草』『結晶』『月下草の花弁』が必要で、これを配合して作るのだけれどまだその配合の比率や抽出方法などは未解明なのだという、そこでヒースの出番なのだ
何十何百通りもの様々な配合作り少量から投与し適正且つ効果的な量になるまでヒースに投与する
ヒースを量りに乗せ体重を量り、身長を測る、投与する薬の量を決めるためなのだという
場当たりではない計画的な進行には安心感を覚えるとともに間に合うのかという焦燥感も湧いて来る
「もっど…大丈夫」
ヒースも同じ気持ちなのだろう投薬量を増やしてと言う、けれど姫様も薬師様も首を縦に振らない
薬効が認められても代償として副作用と呼ぶ好ましくない薬効を抑えるためにもこのスケジュールで行くのだという…強い、姫様だけでなくそれを支えるシグナディア家の人々にも尊敬の念を抱く
支えるなどと言ったのに気がつけば支えられているのは私達の方だった
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私が文字を書けるようになり、息子も従者としての立ち振舞が出来るようになってきた頃にはヒースの容態は目に見えて快方に向かっているのが判った…それはもう激的と言ってもいい程だった、何年もの間『水精草』でかろうじて進行を遅らせていた頃とはまるで違う
顔の形は変わらなかったが顔に走っていた罅のような線が薄くなり、まともに動かなかった顔にははっきりと解る表情が見えた、息子の笑った顔を初めて見れたときには涙が込み上げた
今日は遂に姉君であるターニャ様へ新薬の投与が始まる
五人の年子の長子で九歳のターニャ様は成長が止まってしまっているようにしか見えず一番下で六歳の双子様と比べても大差がない
ご家族と私達親子を含めた事情を知る者たちがターニャ様の部屋へと集まる中、眠るターニャ様へ姫様が液状の薬を経口投与する石膏の様な身体で嚥下出来るのかは私には解らない、それでも効いてくれることを願わずにはいられない固唾を飲んで見守る
目の錯覚だろうか、一瞬ターニャ様の顔から淡い光が発せられたように見えた
顔に亀裂の様に走る線には変化は見られない、息子を激的に治す薬でも効果がでないのか…俯きかけた私の耳にも聞こえた小さなつぶやき
「レ…ナ…」
「姉様!ターニャ姉様!」
顔を上げれば薄っすらと目を開けたターニャ様が居た
「効いた…」
そう呟いて薬師様が慌てて駆け寄り確認する頃にはもう目は閉じていたけれどシグナディア家の人々は抱きしめあい、この記念すべき第一歩に沸いた
「があざん…良かっだね」
私の手を握る息子に
「ええ、ええ…本当に良かった」
息子の手を握り返した
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息子と違いターニャ様は激的に快方に向かうことは無かった、それでも一年経つ頃には白かった顔には赤みが帯び始め少しずつ亀裂のような線も薄くなり始めた
身体は動かせなくともお話は出来るようになりヘレナ様の看病はより熱を帯びてきた、その様子は姉に懐く普通の妹でありそこに貴族らしさは感じられない
コロコロと表情の変わるヘレナ姫様はとても可愛らしい、こんな方にお使え出来るなんて私もヒースも幸せ者だ
そんなヒースは兜の代わりに双子の弟妹様から誕生日の祝に仮面を頂いた、それも弟妹様の魔力の込められた特別製
たとえ貴族であっても魔力持ちは希少な存在そんな弟妹様からのプレゼント、ヘレナ姫様が言うには筋肉をサポートするもので発音するのを助けてくれるのだという、これで強すぎる怪力もコントロールできるようになるという
外に目をやればヒースは双子様のお遊びの相手をしている、仮面には認識変換という効力が付与されていて生まれつきの歪んだ顔は整って見えている。どんなに綺麗事を言ったところで見た目で判断する人はする、仮面のお陰で今のあの子は何事にも臆すること無く生きて行ける
もう返せないほどの恩を受けた、いや返すなどとおこがましい私達はシグナディア家の人々が好きで一生をかけて尽くすのだ