毎週木曜日に更新予定
※初回投稿のみ5話分投稿
各エピソードの副題は思いつけたときに追加予定
暗く闇に閉ざされた学園の中、月明かりで照らされた一組の男女が何かから逃げていた
「貴様俺が公爵家の人間だと知っていての狼藉か!」
腰に下げた剣を取ろうとしてここが学園内だったことを思い出す
「リーヴ様逃げましょう、お願い一緒に逃げて!」
取り乱す女子生徒を落ち着かせるために男子生徒は抑えた声で話しかける
「ナタリー嬢、君は逃げて助けを呼んでくるんだ」
「でも剣も無しに戦うなんて」
「これでも体術には自信があるんだ、それにナタリー嬢君だけでも助けたい」
「リーヴ様…」
「さ、行って!」
背中を押されて走り出す。いつも使っているはずの学園の廊下が果てしなく続いてトンネルの様な錯覚をしてしまいそうになる
ヒールが高くて上手く走れない、なんでこんな靴を履いてきてしまったのか後悔したところで過去には戻れない、靴を放り投げて走る
早く!早く!胸の鼓動が早鐘をうち息が上がる
月明かりの射し込んだ扉が見える
「出口!出口!もう少しよ」
どんっ!と背中に衝撃が走る、呼吸が乱れている所にまともに何かがぶつかり息が止まる
肺が酸素を求めて口だけがパクパクと必死に動く、一体何が?足元に転がる物体に目をやっても暗くてよく見えない
もう一度起き上がろうとして
「痛っ」
激痛で背中に手を当てる
!?何かがベッタリと手についた…鉄臭い匂いに背筋が凍る、もう一度物体に目をやって解った…解ってしまった
「リーヴ…様」
物言わぬはずの頭部がぐるりとこちらを向いた、思わず手で口を抑えてしまいべちゃりと口元に血が付着する
「いや、いやぁぁぁ!誰か誰か助けてぇ」
後ずさる彼女が何かに触れた、恐る恐る顔を上げるナタリー
「え…なんで…」
まるで理解できない困惑に歪む顔、彼女の最後の表情だった
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「あった!あった!」
日差しも禄に届かぬ暗い森に似つかぬ幼子の明るい声が響く
「最後の一つは水辺に群生してるんだっけ、う~んちょっと遠いなぁどうやって行こう」
頬に付いた泥をものともせず籠いっぱいの茸や野草
「よいしょっと」
籠が大きすぎて背負っているのに背負われている…ふらふらと危なっかしいが彼女の目は希望に満ちていた
「姫様~、ヘレナ姫様何処ですか~!」
「ヘレナ姫様は見つかったか?」
森を出るととそんな叫び声があちらこちらから聞こえてくる
「ここだよ~」
バレるのは織り込み済みだし早めに安心させてあげないと申し訳ない、私はさっさと観念して手を振り無事を伝える
お母様怒るだろうなぁ、でもこれだけは譲れないのだから仕方がない…でも痛いのはやっぱりやだなぁ~
ここはゲームの世界
と言ってもモニター越しの世界でもなければVRでもフルダイブMMOでもない正真正銘ゲームの中の世界、生前のめり込んだ乙女ゲームの中に私は居るのだ
《《基本的》》には中世ヨーロッパっぽい生活水準なのだけど王都やゲームの舞台となる学園は段違いに上がる、その辺やっぱりゲームの世界なんだなと思わずには居られない
人種は様々、人間に亜人にエルフ、それぞれのハーフやクォーター
だけど変わっているなと思うのはエルフと言われる種族は私が知る限り前世ではダークエルフと呼ばれる褐色の肌のエルフだけで色白なエルフは存在しない
白エルフとドワーフは滅んでいて人と白エルフ、人とドワーフの間に生まれた者、所謂ハーフの血を継いだものしか居ない
魔法は存在するけど一番の使い手であった白エルフの滅亡に拠って使える者は激減、魔力持ちの希少価値は高いが魔法に変わって台頭してきたのがマナタイトと呼ばれる魔力を含んだ鉱石を使用する『魔導具』、これに拠って魔法使いでなくとも恩恵に預かっている
魔法は在ってもスマホもネットもない不便な世界
だけど家族にも恵まれ、今の私には兄様に姉様…私の下には双子の兄妹まで居る
ここがゲームの世界だとしても関係ない、かけがえのない家族だ
ゲームの知識を使って成り上がってやろうだとか、主人公に取って代わって王子の婚約者になろうとも私は思わない
そんな事より家族が大事ゲームの知識を使うとしたら家族のためだ
お貴族様に生まれたのも幸運だけどそれは付加価値なようなもの
お貴族様でも家族仲が最悪ならば私にとって意味がないのだから…
使用人たちに某宇宙人よろしく両手を握られ連行された私はやっぱりお母様にしこたま怒られた、叩かれはしなかったけど泣かれてしまった…これなら叩かれた方がましだったかもしれない、泣かれるのは苦手だから
「レナ…聡い貴方がターニャのために何かしようとしているのは判ります、でもそれとこれとは別です貴方がターニャを想うように私も貴方を想っています、それに貴方はまだ七歳なのよ」
そう言われてしまえばもう何も言い訳できない
「ごめんなさいお母様」
「何もするなと言っているのでは有りませんよ貴方は領主家の娘なのです、手順を踏めば良いだけなのです、それとも貴方の周りに居る者たちは信用できませんか?」
最近他の領地で子供ばかりを狙った殺人事件が続いている所為だろうかお母様のお説教にも熱が籠もる、だけど…
「いいえ」
みんなみんな大好きだ…でも信じてもらえないと思ったから…
「ちゃんとお願いなさい」
「はいお母様…」
「それとこれからは書庫に入るときも許可を取るように」
「良いのですか!」
「やっぱり隠れて入っていたのですね!むしろ今の様に隠れて入ろうとする方が駄目です」
「ひゃい」
カマ賭けられた…お母様するどい
バレているのならここはもうお願いをしてみた方が良いのかもしれない
「お母様、お願いを聞いてもらえないでしょうか」
「バレたと解った途端現金な子」
もう!と口をとがらせながらも私のホコリまみれの髪を梳くお母様の目は笑ってくれていた
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「レナ本当にこんな所に有るのか?」
私が最後の素材『水精草』を探しに湖に行きたいとお願いをしたらウーヴェ兄様が付いてきた、本当は貴族の兄妹が一緒に遠出はしない方が良いと思うのだけれど私の護衛と言い張って引いてくれなかった、護衛と言われても兄様私と歳が一つしか変わらない八歳なんだけど
まあ大人の護衛も付いてきてくれているしそこまで危険な場所に行くわけでも無いのだから問題ないんだけどね
ウーヴェ兄様はなんというか熱苦しい…シスコンとはこんな感じだろうか、いや兄妹全員に対してこうなのだからシスコンとは言えないのかもしれない、ファミ…いや何かに引っかかりそうな気がするから止めておこう
「兄様、それを今から探すのです有るかどうかは判りません」
「そうだったな、よし!探すぞ」
「兄様…薬草の見た目知らないですよね」
猪突猛進が兄以上に似合う人を私は知らない、がウーヴェ兄様もターニャ姉様を大切に思ってくれているのだと思うと暖かい気持ちになる
長女であるターニャ姉様は床に臥せっている、今はまだ治すことの出来ない病だけど私は治し方を知っているしその為の財力も家には有るのだ躊躇う必要はない
絶対にターニャ姉様の病を治してみせる
今居るのは我が領のウッズボロウ湖、避暑でも訪れるのでまるで知らない土地ではない、兄様にも言った通りここに最後の薬草が有るのかどうかは定かではない、私の知っている画面越しの知識の中には『名前は水精草』『水辺に群生』『薬草の見た目』しかないけど、もしここに無ければ見つかるまで場所を替えて探すただそれだけのこと、一発で当たりを引けなかったとしても気に病んだりしない
別邸に荷物を降ろしていると
「早く探しに行くぞ」
せっかちな兄である
「まだですよ、それよりも護衛の皆さんに手分けしてお店を回ってもらいましょう」
「なぜだ?」
「住民に聞いてから探した方が場所を絞れるではないですか」
「おお!確かにそうだな偉いぞレナ」
ぐりぐりと私の頭を撫でる…というかこねくり回す兄様、嬉しいけどもうちょっと力加減を覚えて欲しい折れるかと思った、そんな理由で死にたくない
聞き込みで得た情報に気になるものが一つ
湖の畔に住むパメリという女性が病気の息子に使っている野草の話、早速尋ねてみることにしたのだけれど知らぬ存ぜぬの門前払いを食らってしまった、とても怪しい、というか怪しんでくださいと言っているようなもの
貴族の権力でゴリ押しも出来るのだろうけど後味が悪い結果になりそうで嫌だ、出来れば穏便に済ませたいここは一つ三顧の礼に習って粘り強くなんて思っていたのにあっさり解決してしまった
兄様恐るべし…
粘る覚悟で挑んだ訪問二回目
「お話だけでも聞いていただ」
「ですから何も存じません」
どうしてここまで頑ななのか、権力を振りかざされば罪人扱いに成りかねないというのに私がそんな押し問答をしていると家の裏手からこちらの苦労を微塵も解ってない元気な声が飛んでくる
「お前強いな!もう一回やろう!」
こくこくと嬉しそうに頷く袋を被った男の子
護衛たちの見守る中、力比べを楽しむウーヴェ兄様、剣は危ないからか取っ組み合いというか相撲をしていた、この世界にも相撲有るんだ…
「なっ何をしているのヒースおよしなさい!家に戻って!」
どうやらこの子が病気のパメリの息子さんのようだ…それにしては元気に見えるのだけど普段は症状の出ない病気だってあるのだから先入観で見てはいけないだろう
悲鳴のような声で息子を止めるパメリであったがよっぽど楽しいのか兄様もヒースも止める様子はない、病気って聞いていたけどすっごい元気だった
でも顔は頭からすっぽりとズタ袋を被っていて袋に開けた穴から片目が覗いていた、顔に傷があるのかそれとも病は皮膚病でそれを隠しているのか
「よっこいしょぉぉ」
「ウウウウゥゥ~」
兄様の綺麗な上手投げが決まり転がされるヒース、その拍子にズタ袋が外れてしまう
楽しげだったヒースは途端に怯えズタ袋を被り直そうとしているけど慌てすぎて上手く被れていない
視界に入ったその顔は左半分が溶け崩れ左目も異様なまでに膨れ上がっていた、そして顔に走る一筋の線これが病気の正体だろうか…
「どうした?貸してみろ」
それがどうしたと言わんがばかりにズタ袋の向きを揃えて整える
「これでよし!なんだ?何処か怪我をさせてしまったのか?すまん本当にすまん!」
言葉にならぬ声で嗚咽を漏らすヒースに驚きあわあわとしている兄様
ふらふらと泣いているヒースに近づいてくるパメリ
「申し訳ない、泣かせるつもりはなかったのだ」
「息子の顔をご覧になりましたよね…」
「ああ見たぞ、それがどうした?そんな事より貴殿の息子はとてつもなく強いな我が家臣にしたいくらいだ、世辞ではないぞ」
「息子を見ても普通に接してくれたのは貴方様が初めてでございます」
ヒースを抱きしめたパメリの頬を涙が伝っていた