前編 廃部の危機
「う~~~っ…!!」
共立ワールドツリー魔法学校。世界各国から魔法の才能を有する子女が集められる巨大な学舎。
その中庭の、片隅。
日当たりがあまり良くないその場所に作られた花壇の前で、1人の少女が呻いていた。
「うがああああ! どうすりゃいいのぉ!!」
黒ずんだ茶髪の彼女は、シトヒ。13歳。
現実の困難な壁に直面している真っ最中だ。
「期限までに部員をあと2人~…! どうしても増やせない~…!」
土と水の属性に適性を持つシトヒは、園芸クラブに所属している。
魔法の力で草花の成長を助ける地味ながらも意義深い活動をしていたこのクラブは、先輩達が卒業して部員数が3人になってしまっていた。正式に活動が認められるには5人以上の登録が規則上必要である。
この春に入ってくる新入生達からなんとか見繕えるだろうと、勧誘活動に勤しんでいたシトヒ達だったが…。
「あんのバトルクラブのお貴族様めぇ~~!! やることが陰湿過ぎなのよ!!」
他の生徒から妨害を受けていて、危機的な状況に陥っていた。
相手は魔法戦を学ぶ為の武闘派クラブに所属する、貴族達。しかもその代表は、帝国の皇子様が就いている。魔法学校内では国の序列・階級は関係なく平等である、と謳っているものの。やはり実際には影響を免れない。
その皇子様一派が流した噂やら直接の脅しやらで、園芸クラブに近づく新入生は皆無であった。
「こうなったら~…! やっぱり魔法決闘を受けるしか~!!」
生徒間の問題解決の一手段、それが「決闘」であった。
今回はバトルクラブから、園芸クラブが保有する花壇及び倉庫の土地を賭けて勝負を挑まれている。勝てば、部の存続が認められる形にはなるのだが、それはあまりにも無謀な戦いだった。
そもそも平民出身のシトヒと幼い頃から勉強する貴族とでは、元々の教育環境に雲泥の差がある。その差を埋める為にこの学舎は存在しているが、世の中はそう簡単にことは進まない。
総魔力量、魔法操作技術、戦闘構成の組み立て。どれをとってもシトヒが勝てる要素は無かった。
「こっちは水魔法だって使えるのよ…! あいつの派手なだけの火炎魔法なんてジュッ!って消してやるんだから…!」
「もう諦めた方が良いよ、シトヒ。」
無謀なシトヒを止める声が響く。眼鏡を掛けた、明るいオレンジ色の髪の少女が歩いてきた。
「悩んだって答えは変わらないよ。」
「なんで、そんなこと言うのよ~…、サンディ~。」
「非効率的だから。」
このクール少女は、サンディ。シトヒと同じ園芸クラブの同級生だ。魔法制御の腕はかなりのものだが、荒事には向かない職人タイプの学生である。
「この花壇が! 先輩達が大切に育てたこの花達が! 捨てられて取られちゃうんだよ!? 許せないじゃん!!」
「だから、花を移し替える場所を見つけてここを明け渡す方が賢明。そうすれば花は助かるし、あいつらとも衝突しなくて済む。」
「そんなのおかしいじゃん! バトルクラブの奴ら、立派な部室が既に有るのに! 日陰を『休憩所』にしたいって言ってんだよ!? どう考えても嘘じゃん!」
「ま、単なる嫌がらせでしょうね。でもこっちにはその意見を跳ね除けるだけの実績が無い。」
「うぅ~…!!」
シトヒには貴族の流儀は分からぬ、だが必ずや邪智暴虐の皇子を生かしてはおけぬ!
でたらめ反抗謎ストーリーを脳内展開する彼女の元に、もう1人の仲間が合流した。
「僕も、諦めた方が良いと思う…。ほら、この花達ももっと陽当たりの良い所に移したら、喜ぶかもだし…。」
「アイゼン! 園芸部部長のあなたがそんなんでどうするのよ! そもそもそんな場所なんか無いでしょ!?」
現れた少年の名は、アイゼン。魔力総量は学校内で上位ではあるものの、内気で弱々な頼りない同級生である。
「ごめん…。
フェニス様が僕らに目を付けたのも、僕が原因なのに…。」
「あんな奴に様付けなんて必要ないわ! と言うかアイゼンのお兄さんなんでしょ!」
「いや、フェニス様とは母が違うし、何より僕の立場はすごく弱いから…。」
実はこのアイゼン少年も帝国皇帝の血筋ではある。しかし、アイゼンの母は皇帝の第3夫人。しかもその祖国は政乱で帝国の属国となり実質的には消滅したとか何とか。
シトヒには理解できないが、嫌味な兄が内気な弟をただ気分で虐めていると言うことは分かっているつもりだ。
間違っているのは向こうなのに。平民のシトヒとは比べられないほど魔力を持っていると言うのに。目の前の少年は現実に歯向かおうともしない。
「もういい!」
諦観ムードの2人を残し、シトヒはその場から逃げる様に離れたのだった。
──────────
「なんで…、なんで2人とも…。」
自分達で、先輩達と一緒になって、コツコツと作りあげてきた場所なのだ。
そう簡単に諦めることなどできる訳がない。
腸が煮えくりかえりそうだった。
せっかく魔法が使えるのに。平民からすれば夢の様な、凄い力が使えるのに。
こんな理不尽1つ、打ち砕けないなんて。
誰も、私に賛同してくれないなんて。
「こうなったら…! 私1人でも決闘を申し込むしか…!!」
「──傑作だよなぁ。」
「!!」
突然聞こえてきた声に思わず物陰に飛び込む。
そっと確認すると、嫌味皇子ことフェニスとその取り巻き達が歩いていた。
シトヒには気づいていないらしく、しかし大声でシトヒ達園芸クラブを馬鹿にする発言をしながらゲラゲラと笑っている。
相手は同級生、そして同じ年齢ではある。
だが向こうは皇族である為に、そこらの貴族よりも魔法のレベルが高い。
おまけに攻撃性能の高い火炎を操るフェニスと、その火を強化する風魔法の取り巻き達。
防御・支援タイプの土属性使いばかりが集まる園芸部が勝てる見込みは絶望的だった。
(でも、油断してる今なら…。)
耳障りな会話を続ける彼らをじっと見るシトヒの心に、暗い思考が過る。
(私でも、『泥弾』を当てるくらい…、)
できるかもしれない。
いや、取り巻き達が防ぐに違いない。そもそも、当てたところで何になる? 泥の塊では大したダメージは与えられず、顔に貼り付かせてやれば呼吸をできなくさせられる程度。しかしそれも、向こうが倒れる前にこちらがやられる。
よしんば倒したとして。私闘は明確な校則違反だ。良くて、停学。もしも退学処分になどなれば、園芸部を守るどころか最後の一撃を自らの手で下すことになる。
(けど、けど…!!)
ここで何もしなくても潰れる。なら。なら、いっそ──!!
「──ねぇ、場所を尋ねたいのだけど。」
「!」
バッと後ろを振り向く。
いつの間にかそこに立っていた人物が、シトヒに声を掛けてきた。
青い髪をポニーテールにした、少し年上の女の人。先輩だろうか。いや制服を着ておらず、冒険者の様なフィールドワーク用の服装をしている。外部の訪問者か。
「土属性担当の職員室はどちらか分かるかしら?」
「…それ、なら、知ってますけど…。」
「なら、案内を頼める?」
「…、…はい。」
シトヒは泥弾をそっと消し、その女性を伴ってゆっくりと移動をはじめたのだった。
──────────
「ありがとう。助かったわ。」
「…いえ。」
土属性の担当校舎に着いて、目的の場所への道筋を教えたところで女性から感謝を述べられた。
「何かお礼をしなくちゃね。」
「大丈夫です…。では…、」くるり…
「さっき──
貴女、他の生徒に魔法を撃とうとしてたみたいだけど?」
「!!?!」
やっぱり見られていた。この人は、分かってて声を掛けてきたんだ。
シトヒは焦る。でも、もうどうしようもなかった。
諦めて俯くシトヒに、優しい声色が届く。
「私で良ければ話を聞くわ。
お礼代わりにお喋りしない?」
──────────
シトヒは赤裸々に話した。外部の人に、それも今日会ったばかりの人にこんなことを伝えたところで何も変わらない。
しかし、心に溜まった淀みを少しでも吐き出さずにはいられなかった。
「──そっか。お友達が諦めていることが、悲しかったのね。」
「…はい………。」
そうだ。2人の態度に怒りもしたし、消極的な言動に嫌気が差しもしたが。
何よりも、「諦めている」ことが悲しかったのだ。
「私、私…! 皆と、楽しく、魔法で、学んでっ。凄い人にっ、魔法で皆を助けられる魔法使いにっ、なりたくて! この学校に入ったのに! 嫌なことばっかりでっ…!」
シトヒの目尻から涙が零れそうになる。泣くまいと堪えてみても、溢れた想いは頬を伝う。
そんなシトヒの頭を、女性は優しく撫でた。
「よしよし。」ぽんぽん…
「うっ、ぐっ…。」
「落ち着いたみたいね。」
「あ、ありがとうございます。もう大丈夫です…。」
人前で泣くなんて、シトヒは自分自身驚いていた。家族から離れて、長く寮生活をしていたからだろうか。
気恥ずかしさから若干距離を取る彼女に、女性がゆっくりと探る様に声を掛ける。
「その、バトルクラブの何とかって皇子様をぶっ飛ばしたいのよね?」
「え? あ、はい。でも、勝てる見込みなんかゼロで…。」
「ふっふっふ~っ。諦めるのはまだ早いよ、シトヒさん。ここは、ワールドツリー魔法学校。世界樹が加護をもたらし、エルフが見守る大学校。
──奇跡も、魔法も、有るんだよ?」
綺麗で真っ直ぐな顔なのに、後半の言葉から何故か邪なものを感じてシトヒは内心身構えてしまう。
「んんっ! 今の台詞はダメだな。私がキュ○べえになって消されちゃう…。」
「…?」
「まあ、ともかく私に任せて! 魔法戦闘のコツくらいなら少しは教えられるし。どうせ負けるなら真っ向勝負で正々堂々負けて! おもいっきりやってから、やり直せば良いのよ!」
「な、なるほど…。」
まあ、その言い分には一理有る。どうせダメで元々。あとはケジメ、心の問題である。
だが、本当にこの人を巻き込んでいいのだろうか?
「え、えっと、本当に、お姉さん?に任せて良いんですか…?」
「良いですとも! あ、そっか。私、名乗って無かったね。」
そう言って、こめかみに指を当てて悩み出す謎の女性。
「うーん…。『テイル』でいいわ。よろしくね、シトヒさん。」
「よ、よろしくお願いします。テイルお姉さん…。」
「まずは他の部員の人を紹介してくれる? 皆で力を合わせて! 廃部を乗り越えるのよ!」
「お、おー!」