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想い人Ⅳ

 怒りはマグマのようにふつふつと煮えたぎる。

 そこへフレアが声を上げた。


「もう、喧嘩しないでよ。ミユを怖がらせちゃったかもしれないでしょ?」


「あっ……ごめん! そういうつもりじゃ……」


 ミユの名前を挙げられ、一気に怒りは収束していく。更にフレアに溜め息を吐かれ、恥ずかしさが沸き起こる。堪らずに俯いてしまった。

 俺の気持ちを知ってか、フレアは話を続ける。


「今のはアレクが悪いんだから。少し反省してね。クラウの他己紹介はあたしがするから。……そうだなぁ、人一倍、感受性が強いんじゃないかなぁ。笑って、怒って、たまには泣いて。そう、情熱家なんだよ。水の魔法を使える、サファイア生まれの十九歳だよ。……大丈夫だった?」


「うん」


 はっきり言って、話の内容はほとんど頭に入っていない。アレクとは違い、フレアは俺を誉めてくれたということがぼんやりと分かる程度だ。

 ミユの様子を見てみると、先程と変わらず、丸く可愛らしい瞳で俺を見ていた。

 再び目を伏せる。


「まっ、こんな感じだ。ミユ、これからよろしくな」


「よろしくお願いします」


 俯きながらも、ミユがお辞儀をする気配を感じ取れる。


「オマエもそろそろ機嫌直せよ。ミユに変人だと思われても知らねーぞ?」


 いや、怒っているのではなく、恥ずかしいのだ。それよりも、ミユに変人だと思われるのは回避したい。

 ミユの方を向いて、思い切り首を横に振ってみせる。どうか、俺のことを変人だと思わないで欲しいという願いを込めて。

 それが通じたのか、ミユはちょこんとお辞儀をする。

 良かった。言葉が出てきてくれない代わりに、しっかりとお辞儀を返す。


「はい。ミユ、ケーキ好きなんだもんね。あたし、甘いもの苦手だから、あたしの分も食べて」


「良いの?」


「勿論」


 ミユに手渡されたのは、いつもの夕飯とさほど変わらない量のケーキだった。

 そんなに食べられるのか怪しく思いながらも、今度は俺の方に差し出されたケーキを受け取った。こちらはカットケーキ一人分の適度な量だ。

 ミユは待ちきれないと言わんばかりにフォークを持ち、ケーキを掬う。口に入れた瞬間のその表情は、至福そのものといった幸せそうなものだった。

 よほどケーキが好きらしい。


「美味しい……」


 呟くと、ケーキを口に運ぶペースは徐々に上がっていく。


「これもアレクが作ったの?」


「ああ、そうだぞ」


「凄く美味しい!」


 何だかこちらまで幸せになってくる。思わず笑ってしまった。

 俺もフォークでケーキを掬い、頬張った。甘酸っぱいベリーの味と、まろやかなミルクの味が混ざり合い、絶妙な甘さを引き立てている。


「また作ってやる。次は……三日後だな」


「三日後?」


「ああ。オマエらにちょっと聞きたいことがあってよー」


 アレクの表情に、僅かに雲が掛かる。

 何か嫌な予感がする。胸もざわつく。


「詳しくは三日後だ。それまではいつも通りのんびりしてよーぜ」


 まさか――いや、そんな筈がない。自ら出した最悪のシナリオを打ち払い、唇を噛んだ。


「フレア、そろそろあれやろーぜ。準備は出来てるのか?」


「うん。すぐにでも出来るよ」


「そーか! クラウ、ミユ! こっち来てみろ!」


 あれとは、花火のことを言っているのだろう。アレクとフレアが窓辺へ近付いていくのを確認し、ミユの方へと振り向いてみる。

 先ずは一発目――白の大輪の牡丹のような花火が、星の煌めく夜空に咲き誇った。


「ミユ、早く」


「うん」


 早くミユにも見せてあげたい。多少急かしてしまうかもしれないが、手で窓を指し示し、四人で窓辺に並んだ。

 今度は緑の花火が打ち上がる。


「これもフレアの魔法だ」


「……凄い」


「だろ?」


 ミユとアレクが会話をしている最中も花火は上がり続ける。

 流石はフレアの魔法だ。サファイア――俺の故郷で見る花火よりも華やかで大きく感じる。


「私、この世界に来た時、ホントに怖かった。これから先、どうなっちゃうんだろうって」


 左隣にいるミユは小さな声で話し始めた。


「元の世界に帰りたい気持ちは変わらないよ。でも、ちょっとなら、この世界にいても……良いかな」


 照れ隠しなのか、ミユは小さく笑う。それにつられて俺たちも笑い声を上げた。

 今はそれで良い。いつか――いつか、この世界を選んでくれる時が来るのなら、俺と一緒にいたいと思ってもらえる時が来るのなら。

 ぼんやりとしながら花火を眺める。フレアの悪戯で緑の花火、ハートの花火、青の花火が一列に並んだ時には冷や冷やした。ミユの顔を見てみると、花火に夢中になっているのか目を輝かせるばかりだった。ほっと胸を撫で下ろし、再び窓の外へ視線を向ける。

 スターマインが花火の幕を下ろす。儚く残る光の残影が尾を引き、脳裏に残る。

 フレアに礼を言おうと左側を見てみる。


「あれ?」


 そこにいるべき二人の姿がない。


「アレクとフレアがいない」


「えっ?」


 テーブルの方を見てみても、扉の方へ目を遣っても、やはりアレクとフレアはいない。

 キョロキョロとしているうちに、不意にミユと目が合った。

 まっすぐにミユを見ることが出来ず、そっと目を伏せる。


「え、えっと……」


「今日はミユに会えて良かった。ゆっくり休んで」


「う、うん」


 いきなりミユと二人にされると、なかなか思い通りに言葉が出てきてくれない。折角二人きりになれたチャンスなのに。

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