想い人Ⅲ
アレクは意地悪そうに口角を吊り上げる。
「とりあえず食え。オレが作った料理残したら後が怖いぞ?」
「はっ、はい……!」
ミユは慌ててフォークとナイフを手にし、目の前の照り焼きチキンを頬張った。
脅すこともないのにとアレクを睨んでみる。
「あの、アレクさん」
「『さん』は止めろ。あと、敬語も禁止な」
「は……う、うん」
今まで敬語を使って生活をしていたのだろうか。小さく頷くミユに、思わず笑いが漏れる。
「で、なんだ?」
「えっと……何だっけ……」
ミユは頭に思い描いていたことも忘れてしまったらしい。彼女らしいと言えば、らしいのだろう。
これにはアレクも声を上げて笑った。
「オマエ、やっぱ……いや、何でもねぇ」
アレクも俺と同じことを思ったのだろう。腕を組み、満足そうに首を軽く振る。
笑われた事を不服に思ったのだろうか。ミユは口をへの字に曲げ、そのままポテトサラダを頬張った。今が話しかけるチャンスかもしれない。
「ミユ、美味しい?」
問いかけると、ミユはちょこんと頷く。
「良かった。俺の好物なんだ、ポテトサラダ」
ポテトのホクホク感にマヨネーズのまったりとした味が合わさって、最高のハーモニーを奏でている。
ミユは小首を傾げ、また一口ポテトサラダを口へ運んだ。
「ミユの好きな物はある?」
「うん。ケーキ」
思わずテーブルにそびえる三段ケーキに目が行った。
絶対に四人で食べ切れる訳がない。それでも、ミユの舌を満足させてあげられるのなら良いか、と思った。
「アレクとフレアの好きな食べ物は?」
「オレは肉だな」
「あたしは辛い物」
俺もポテトサラダを食べながら、二人の方を見遣る。
その二人の目の前には、きちんと好物ばかりが並んでいた。
「フレア、こっちのも辛いぞ。食ってみろ」
アレクは赤く変色したチキンをよそい、フレアに押し付ける。
「うん。……美味しい」
少しだけ睦み合うアレクとフレアに、小さく息を吐く。そんな時、ミユが俯いた気がしたのだ。
「ミユ、どうかした?」
「ううん、何でもない」
何か気に障ったのなら、聞いておきたかったのに。ミユは冴えない表情をするばかりだ。
その場の空気を呼んだのか、アレクは話を変える。
「そーだ! ここら辺でゲームでもしねーか?」
「何するの?」
「そーだな……。他己紹介ゲームなんかどーだ?」
「良いじゃん。ミユに俺たちのことを知ってもらえるし」
昨日からアレクは冴えていると思う。少しは俺の気持ちを汲んでくれているということだろうか。
頷き、アレクとフレアに笑顔を向けた。
「ミユは見ててくれ。んじゃ最初はクラウがフレアの他己紹介だ」
「分かった」
俺が一番手になるとは。いきなり紹介するとなると、なかなか性格がまとまらない。
フレアの顔を見詰め、とりあえず思った事を口にしていく。
「フレアは……そうだな、優しくて、しっかり者だよ。ミユにとっても、頼りになる存在になると思う。でも情に脆くて、涙脆い。火の魔法を使える、ガーネット育ちの二十一歳だよ」
カノンはフレアを――いや、アイリスを憎みながら死んでいった。理由は未だに良く分からない。ミユがカノンのことを思い出せば、またフレアを憎むかもしれない。複雑な気持ちを抱きながら話を締めくくる。
何故か、フレアは不服そうな表情に変わった。
「あたし、そんなに泣いてるかなぁ」
「泣いてるな」
一番近くでフレアを見てきたであろうアレクも大きく頷く。
「どこか変な所あった?」
「ううん、大丈夫だよ」
とりあえず、俺の他己紹介は上手くいったのだろう。
フレアが笑顔に変わったのを見て、肩の荷が下りていった。思わず吐息が漏れる。
「じゃ、次はフレアがオレの紹介してみてくれ」
「うん、分かった」
フレアはちらりとアレクを見ると、ミユの方へと向き直った。
「アレクは頼もしいよ。料理も出来るし、いざとなった時に役に立つと思うの。面倒見も良いし、話も聞いてくれる。風の魔法を使える、トパーズ生まれの二十二歳だよ」
フレアが他己紹介を終えると、アレクは腕を組み、口をへの字に曲げる。
「いざとなった時に役に立つってよー、この流れじゃ、オレが非常食みてーじゃねーか」
絶対にそういう意味で言ったのではない。アレクを食べようとする者なんて誰もいない。
頭を抱えていると、フレアは目を伏せる。
「非常食じゃなくて、ヒーローのつもりだったんだけど……」
「いや、フレアは間違ってねー! オレの勘違いだ!」
「そう? それなら良いんだけど」
申し訳なさそうに振る舞うフレアに、アレクはニッと笑う。
「最後はオレがクラウの紹介だな」
「変なこと、ミユに教えないでよ」
けなしたりはしないだろうとは思うが、一応、念を押してみる。
「任せとけ! クラウは……アレだ、一言で言うと無鉄砲だ。んで、生意気で、オレらの意見聞かねーし――」
「ちょっ……アレク! それ、俺のことけなしてるだけじゃん!」
「ああ? 間違ってねーだろ?」
ミユの前で何ということを言うのだろう。
アレクを信用しようとした俺が馬鹿だった。少しは俺の気持ちを汲んでくれているという思いを返して欲しい。
いくらアレクを睨んでも睨み足りない。口もへの字に曲げてみる。しかし、アレクはニヤニヤと笑うばかりだ。