期待Ⅱ
一応、決めつけてしまう前にカイルにも確認しておこう。
「地の子は体調大丈夫だって?」
「……はい?」
「アリアからは何も聞いてない?」
特別、変わったことは聞いていない筈なのに、カイルはそのまま固まってしまった。
「カイル?」
「あの……」
カイルは何故か口籠り、申し訳なさそうな顔で俺を見る。
「私、地の魔導師様が今日会議に来るってお伝えしましたっけ」
「えっ?」
言われて初めて気がついた。カイルは地の子と今日逢えるなんて、一言も言っていない事に。
まさか、俺の勘違い――。
段々と治まってきた筈の頭痛がぶり返してしまったようだ。ズキズキと痛む前頭部を右手で押さえつける。
「嘘じゃん……」
「地の魔導師様とはいつか必ずお逢い出来ます! ですから、元気を出して下さい!」
「大声出さないで」
「あっ! すみません……」
では、眠れぬ夜をまた過ごさなくてはいけないのだろうか。これでは俺の身体が持ちそうにない。
溜め息を吐いてみたが、自分が悪いのだ。カイルに八つ当たりをしてはいけない。自制心を働かせ、頭から手を離した。
「……やっぱり、会議遅刻するって言っといて」
「分かりました」
少し気持ちを切り替えよう。今日くらいはアレクとフレアも許してくれる筈だ。
去っていくカイルを見送り、何か楽しいことを考えようとしてみる。
しかし、何も思い浮かんでこない。魔導師になってからは特にそうだ。
唸りながら、頭痛が良くなるのを待っていた。結局、遅刻したのは三十分程だろうか。
いつも仲間たちが集う会議室の扉を押し開いた。
「よ!」
「クラウ、頭痛は治った?」
恐らくは談笑していたであろうアレクとフレアは、いつもの笑顔を俺に向ける。
「うん、大分良くなったよ」
「寝不足なんじゃねーのか?」
「多分、ね」
アレクの向かいの席に座り、ほっと一息ついた。
「百年ぶりの地の子だもん。寝不足にもなるよね」
フレアはアレクの隣で嬉しそうに「ふふっ」と笑う。
「今日、地の子に逢えるって勘違いしちゃってさ、テンションダダ下がりだよ」
「オマエらしいっつーかなんつーか……」
アレクも頭を掻いてはいるが、やはりどこか嬉しそうだ。
「今日の議題は?」
「なんも考えてなかった」
「……はっ?」
議題が何もないのに、俺たちを呼び出したのだろうか。
いつもの計画性のなさに段々と腹が立ってくる。
ニカっと笑うアレクに目を細めた。
「んな顔しなくても良いじゃねーか。良い暇つぶしになるだろ?」
「それはそうだけど……」
アレクは分かっていない。俺が二人に対して疎外感を抱えていることを。
「フレアは体調に変わりねーか?」
「うん、大丈夫だよ」
「そーか」
二人が仲睦まじそうにすればする程、俺が立ち入る隙はなくなってしまう。
「またキャンディー用意しとくからな」
「ありがとう」
「あぁ」
早く会議が終わらないだろうか。
目を伏せ、二人には分からないように、そっと溜め息を吐いた。
「クラウ?」
「……ん?」
「大丈夫? また頭痛くなってない?」
そんなに冴えない顔をしていただろうか。
顔を上げると、心配そうなフレアの顔があった。
「大丈夫だよ。考えごとしてただけ」
「そう」
フレアはその表情のまま、今度はアレクの顔を見上げる。
「思い詰めなくても、地のヤツにはすぐに会えんだ。もっと明るい顔しろよ」
無理難題を言うな、と思うと同時に、やはりアレクは分かっていないと眉間に皴を寄せた。
そんな俺に、アレクは肩を竦める。
「……そーだ! 地のヤツをどーやって迎えるか考えよーぜ!」
「歓迎会やるの?」
「あぁ。楽しそーじゃねーか?」
アレクにしては名案かもしれない。
フレアの顔にも明るさが戻っていく。
「あたしは花火を打ち上げるよ。二人はどうするの?」
「オレは料理でもてなすことしか考えつかねー」
「俺は……うーん……」
いきなり企画を考えようとすると、なかなか案が出てこないものだ。今回の俺も例外ではなく、何も出てきてはくれない――かと思われた。
「あっ」
一つだけ閃いたのだ。
「何?」
「氷の花束、贈ろうかな」
カノンも好きだったラナンキュラスの花――地の子も好きだろうか。
「良いアイデアだね」
「よし、花火も打ち上げんなら夜の方が良いな!」
こうして胸が高鳴るのはいつ振りだろう。心臓の鼓動に合わせてか、頬も段々と熱くなっていく。
地の子に逢えるのが楽しみで堪らない。
「それで、日にちは?」
「それは……もー少し地のヤツの状況を見てからだな」
地の子が異世界から来たということを考慮しての結果だろう。
その日がなるべく早く来て欲しいなと、小さく頷いてみる。
ただ、気がかりな事もあるのも事実だ。
「……あのさ」
「どーした?」
「俺がカノンを探してた事、地の子には内緒だよ? 恥ずかしいし……」
何より、地の子に重く思われたくないのだ。
俺がそんなことをしていたと知れば、いくらカノンの生まれ変わりだと言っても同情するのだろう。そんな愛情なら欲しくない。
アレクは意地悪そうに、フレアはにっこりと笑う。
「大丈夫、あたしは言わないよ」
「オレも保証は出来ねーけどよー、一応、考えといてやる」
「良かった」
警戒はしてしまったが、アレクもそこまで馬鹿ではないらしい。ほっと胸を撫で下ろした。