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期待Ⅰ

 シャワー室の扉を開け、タオルを手に取った。

 エメラルドのどこへ行こう。先日はエメラルドの王都で苦い経験をしたから、今日は東にある、あの町にしよう。

 何となく町の雰囲気を想像しながら身体を拭いていく。

 今日はカノンに出会えるだろうか。不安と少しの期待が入り混じったまま、タオルをラックに戻した。

 そのままエメラルドの住民が着ている服に着替えようとしたつもりが、ぼんやりしてしまったせいか、間違えて魔導師の衣装を着てしまった。

 これでは二度手間だ。

 エメラルドの衣装はカイルに見つかっては処分されてしまうから、クローゼットではなく、ベッドの下に隠してある。それを引っ張り出し、早速着替えようとしたその時、あの慌ただしい足音が聞こえてきたのだ。


「クラウ様!」


 カイルはドアを開け放った途端、その場に崩れ落ちた。

 もしや、エメラルドに行こうとしたことがバレてしまっただろうか。


「すみません……。ちょっと、息を、整えさせて下さい……」


 言葉を発するのも辛そうな状態だ。余程、急いでこの部屋に来たのだろう。

 カイルが俯いているうちに、エメラルドの衣装をベッドと布団の間に隠した。


「どうしたのさ、そんなに慌てて」


 きっと「どうしたのではありません!」と怒られるだろうと思っていた。

 しかし、カイルは何も言わない。

 ひと時の間、嫌な空気が流れる。


「緊急事態が……発生しまして……」


「緊急事態?」


 聞くと、カイルはコクリと頷く。


「まさか……百年前に起きたようなこと?」


 百年前と言えば、誰もが知っている『スティアの大災害』が起きた年だ。

 嫌な予感が脳裏を掠めるが、カイルは首を横に振る。


「じゃあ、何?」


 座り込んだまま、カイルは生唾を飲み込んだ。


「地の魔導師様が……現れました」


 瞬間、カノンの笑顔が思い起こされる。自然と涙が零れ落ちていた。


「えっ……?」


 口が中途半端に開く。


「その子は……カノン?」


「恐らく、そうでしょう」


 やっと、やっと君に逢える。

 上手く言葉が出てきてくれない。震えそうな心に、身体まで震え始める。


「カノン……」


 遂に腰が抜けてしまった。

 尻を打ち付けても、痛みが分からない。頭がぼんやりとする。


「それが、何でも異世界からいらしたそうで……。すぐにお会いするのは難しいかと……」


「異世界……?」


 どおりでエメラルド中を探しても見つからない筈だ。まさか、異世界で転生するとは思ってもみなかった。

 カイルはようやく立ち上がり、俺の前まで来ると、目線を合わせるように座り込んだ。


「良かったですね、クラウ様」


 良かった。本当に良かった。段々と感情が戻ってくる。高鳴る鼓動と感動の涙は止めることが出来ない。声を上げて泣き始めた俺の肩をカイルはずっと撫でていた。


 カノンの生まれ変わりが現れても、会議が早まることはなかった。食べ物が喉が通らず、眠れない日々が続く。

 そして、会議がいよいよ明日と迫った深夜、ベッドの中で一人考えを巡らせていた。

 君は一体どんな姿なのだろう。焦茶の長い髪に、大きな丸い緑色の瞳――いや、まだ緑色にはなっていないか。小さな鼻に、薔薇色の小さな口、どちらかと言うと、美人と言うより可愛らしい顔立ちだ。

 妄想は膨らんでいく。

 声はどうだろう。低いのだろうか、高いのだろうか。高い方が良いな、と思いながら、思考は百年前へと移っていた。

 窓辺に立つ君の姿はまるで天使のようだった。

 駄目だ、このままでは本当に眠れなくなってしまう。布団を頭まで被り、一度思考を停止させた。

 それなのに。


“『地』の子、どんな顔してるのかな”


 リエルは大き過ぎる独り言を呟く。


“やっぱり、カノンに似てるのかな”


「リエル、眠れなくなるからストップ」


“あっ、ごめん”


 「ふぅ……」と大きな息を吐き出し、今度こそ眠ろうと瞼を閉じた。


 * * *


 何だか頭が痛い。睡眠不足が続いたからだろうか。

 「んー……」と唸りながら瞼を開けた。白い天蓋に白い天井――いつもの景色だ。


「今、何時……?」


 瞼を擦りながら、木製の壁掛け時計を確認してみる。

 丁度七時だ。


「カイル……早く来てくれないかな……」


 とにかく、鎮痛剤を飲んで頭痛を抑えたい。


「カイルー……」


 呼んでみるものの、声が小さすぎて届きはしないだろう。

 三十分程、溜め息を吐きながら、ベッドの中で唸り声を上げていただろうか。

 ようやく部屋の外からカイルの足音が聞こえてきた。


「クラウ様、おはようございます!」


 その大きな声が頭に響く。


「カイル、声が大きい」


「どうされたんですか?」


「頭、痛い……」


 掛け布団を掴み、何とか痛みに耐える。

 すると、カイルは部屋から出ていったのか、物音は一切聞こえなくなった。

 数分後に再び足音がすると、視界に青い短髪が映った。


「鎮痛剤をお持ちしました。飲んでください」


「うん……」


 布団を剥がし、上半身を起こしてみる。

 カイルが錠剤を二粒渡してきたので素直に受け取った。そのままコップの水で飲み込む。

 一息つくと、カイルは俺の額に温かな手を当てた。


「お熱は無いみたいですね」


 やはり、寝不足が祟ったのだろう。


「カイル、今日の予定は?」


「十時から会議があります」


 十時まではあと二時間半、と言ったところだろうか。

 それまでに頭痛が治まってくれることを願う。


「会議、遅らせてもらえるように頼みましょうか?」


「ううん、大丈夫」


 頭痛くらいで会議を遅らせて堪るものか。今日は待望の『地』の子に逢えるのだから。

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