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無名の英雄たち  作者: 冷やし中華はじめました


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無名の冒険者たち

エマ・ブラッドストーンは、レイクサイド・シティの冒険者ギルドの前に立っていた。朝日に照らされた建物は、数々の冒険の物語を秘めているかのようだった。エマの青い瞳には決意の色が宿っていた。彼女はここに、ある目的を持ってやって来たのだ。


「ここに...無名の英雄の痕跡があるはず」エマは小さく呟いた。


彼女は深呼吸をして、ギルドの扉を開けた。中は活気に満ちていた。冒険者たちが談笑し、新しい依頼を探している。エマはカウンターに向かい、受付の女性に話しかけた。


「こんにちは。私はエマ・ブラッドストーンと申します。冒険者の歴史を研究しているのですが、10年前の『影の迷宮』への冒険について、情報を得ることはできますか?」


受付の女性は少し驚いた様子で答えた。「『影の迷宮』ですか?あまり良い思い出のない冒険ですね。記録はありますが、詳しいことはよく分かりません」


エマは食いつくように尋ねた。「何か、特別なことはありませんでしたか?英雄的な行為とか...」


女性は眉をひそめた。「そういえば...一人の冒険者が仲間を守るために命を捧げたという噂はあります。でも、詳しいことは分かりません。その人の名前も記録にないんです」


エマの目が輝いた。「それです!その冒険者のことを調べたいんです。何か手がかりはありませんか?」


女性は少し考えてから答えた。「生存者のリストならあります。でも、連絡先まではわかりません。それと...」彼女は声を落として続けた。「この話題は、あまり好まれないんです。多くの人が、思い出したくない記憶として扱っています」


エマは真剣な表情で答えた。「分かりました。慎重に調査します。でも、その無名の英雄の物語は、絶対に明らかにしたいんです」


女性はエマの熱意に押されたように、生存者のリストを渡した。「頑張ってください。でも、くれぐれも慎重に」


エマは感謝の言葉を述べ、ギルドを後にした。彼女の心は興奮と決意で満ちていた。


数日後、エマは最初の生存者、ガレスと会う約束を取り付けた。彼は今では引退し、町の外れで小さな農場を営んでいた。


エマがガレスの農場に到着すると、彼は畑で作業をしていた。エマが近づくと、ガレスは作業の手を止め、彼女を見つめた。


「ガレスさんですか?」エマは丁寧に尋ねた。「私はエマ・ブラッドストーンと申します。お話を伺いたくて来ました」


ガレスは無言でうなずき、家の方へ歩き始めた。エマはそれに続いた。


家の中で、ガレスはエマにお茶を出してから、ゆっくりと口を開いた。「10年前の『影の迷宮』の冒険のことを聞きたいんだろう?」


エマは驚いて尋ねた。「どうして分かったんですか?」


ガレスは苦笑いを浮かべた。「君のような若い研究者が、わざわざ引退した冒険者を訪ねてくる理由なんて、それくらいしかないからな」


エマは真剣な表情で言った。「はい、その通りです。特に、仲間を守るために命を捧げた冒険者のことを知りたいんです」


ガレスの表情が曇った。「あぁ...あの人のことか」


エマは身を乗り出した。「覚えているんですね。教えてください、どんな人だったんですか?」


ガレスは遠い目をして語り始めた。「名前は...思い出せないんだ。不思議なことに、誰も彼の名前を覚えていない。でも、あの人の行動は、今でも鮮明に覚えているよ」


エマは熱心に聞き入った。


ガレスは続けた。「『影の迷宮』は、その名の通り、常に暗闇に包まれたダンジョンだった。我々の パーティーは6人。みんな腕は立ったが、あの暗闇の中では、なすすべもなかった」


「そんな中で、あの人は常に冷静だった」ガレスの目に懐かしさが浮かんだ。「彼は暗闇の中でも道を見つける特殊な能力を持っていたんだ。我々を導き、危険から守ってくれた」


エマは興味深そうに尋ねた。「どんなエピソードがありましたか?」


ガレスは少し考えてから、語り始めた。


**エピソード1: 落とし穴の危機**


「最初の危機は、巨大な落とし穴だった。真っ暗な通路を歩いていると、突然床が消えたんだ。我々は叫び声を上げながら落ちていった。そのとき、あの人が素早く反応した」


ガレスは身振り手振りを交えながら説明を続けた。「彼は、自分の持っていたロープを使って、落とし穴の端に引っかけた。そして、落ちていく我々を次々と掴んでいったんだ。最後の一人を掴んだとき、彼自身もバランスを崩して落ちそうになった。でも、彼は全員の命を救った」


エマは感動的な表情で聞いていた。「素晴らしい反応速度ですね」


ガレスはうなずいた。「ああ。あの人がいなければ、我々はその時点で全滅していただろう」


**エピソード2: 幻影の迷路**


「次に遭遇したのは、幻影の迷路だった」ガレスは続けた。「壁が常に変化し、道が分からなくなる。我々は恐怖と混乱に陥った。でも、あの人は冷静さを失わなかった」


「彼は、壁に特殊な印をつけ始めたんだ。そして、その印を頼りに、少しずつ進んでいった。途中、仲間の一人が幻影に惑わされて別の方向に行こうとしたとき、彼は自分の命を危険にさらしてまでその仲間を追いかけ、連れ戻した」


エマは熱心にメモを取りながら聞いていた。「彼は本当に仲間思いだったんですね」


ガレスは悲しげに微笑んだ。「ああ、そうだった。我々よりも、仲間の命を大切にしていたよ」


エマはしばらく考えてから、静かに尋ねた。「では...最後はどうなったんですか?」


ガレスの表情が暗くなった。「最後か...それは、『影の巨人』との戦いだった」


**エピソード3: 影の巨人との戦い**


「ダンジョンの最深部で、我々は『影の巨人』と呼ばれる恐ろしい魔物と遭遇した」ガレスの声は震えていた。「それは、暗闇そのものが形を成したような存在だった。我々の攻撃は全く効かず、逆に次々とパーティーメンバーが倒れていった」


エマは息を呑んで聞いていた。


「そのとき、あの人が叫んだんだ。『みんな、目を閉じろ!』と。我々が目を閉じると、突然まばゆい光が辺りを包んだ。目を開けると、巨人は弱っていた。でも...」


ガレスは言葉を詰まらせた。


「あの人の姿が、少しずつ透明になっていくのが見えた。彼は自分の生命力を光に変えて、巨人を弱らせたんだ。最後に彼は笑顔で言った。『さぁ、トドメだ。みんなで力を合わせろ』と」


エマの目に涙が浮かんでいた。「そして...彼は」


ガレスはうなずいた。「ああ、消えてしまった。我々が巨人を倒し終えたとき、彼の姿はもうそこにはなかった。ただ、かすかな光の粒子が舞っているだけだった」


部屋に重い沈黙が流れた。


エマはしばらくして、静かに尋ねた。「ガレスさん、彼の名前を本当に思い出せないんですか?」


ガレスは首を振った。「不思議なんだ。彼といる間は、当然名前で呼んでいた。でも今は...まるで霧の中にあるようで、どうしても思い出せない」


エマは深く考え込んだ。「まるで...彼の存在自体が消えてしまったかのようですね」


ガレスはうなずいた。「そうかもしれない。でも、彼の行動、彼の勇気は、はっきりと覚えている。それだけは、決して忘れない」


エマは立ち上がり、ガレスに深々と頭を下げた。「貴重なお話、ありがとうございました。彼の物語を、必ず世に伝えます」


ガレスは微笑んだ。「頼むよ、お嬢さん。あの英雄の物語を、忘れないでくれ」


エマはガレスの農場を後にした。彼女の心には、無名の英雄への敬意と、その物語を明らかにする決意が燃えていた。


次の数日間、エマは他の生存者たちを訪ね歩いた。彼女は、無名の英雄についてのさらなる情報を集めようと必死だった。


ある日、エマは元冒険者で今は酒場の主人をしているマーサを訪ねた。


「マーサさん、『影の迷宮』の冒険について、お聞きしたいんです」エマは丁寧に頼んだ。


マーサは少し警戒した様子で答えた。「あの冒険か...あまり思い出したくないねぇ」


エマは諦めずに言った。「特に、仲間を守るために命を捧げた冒険者のことを知りたいんです」


マーサの表情が和らいだ。「あぁ、あの人か。確かに、素晴らしい人だった」


「どんなところが素晴らしかったんですか?」エマは熱心に尋ねた。


マーサは懐かしそうに語り始めた。


**エピソード4: 毒の罠**


「『影の迷宮』には、至る所に罠があってね。ある日、我々は毒霧の罠に引っかかってしまった。みんな咳き込み、目が見えなくなり始めた」


マーサは続けた。「そのとき、あの人が素早く行動したんだ。彼は自分の服を破いて、全員に渡した。『これで鼻と口を覆え』って。そして自分は、毒霧の中を進んで罠の解除装置を探し始めたんだ」


エマは驚いて聞いていた。「でも、それは危険すぎます」


マーサはうなずいた。「その通りさ。彼が戻ってきたとき、顔は青ざめ、体中が震えていた。でも、笑顔で『大丈夫、解除できたよ』って言ったんだ。その後、彼は二日間高熱に苦しんだ。でも、我々全員の命を救ってくれた」


エマは感動的な表情で聞いていた。「本当に仲間思いの人だったんですね」


マーサは悲しげに微笑んだ。「ああ、そうだった。自分よりも仲間を大切にする人だった」


エマはしばらく考えてから、静かに尋ねた。「マーサさんは、彼の名前を覚えていますか?」


マーサは眉をひそめ、困惑した表情を浮かべた。「奇妙なことに...思い出せないんだ。確かに名前で呼んでいたはずなのに、まるで霧の中にあるようで...」


エマは深くため息をついた。「ガレスさんも同じことを言っていました。まるで彼の存在自体が消えてしまったかのようです」


マーサは静かにうなずいた。「そうかもしれないね。でも、彼の行動、彼の優しさは鮮明に覚えている。それは決して消えない」


エマは熱心にメモを取りながら言った。「他に、彼についての思い出はありますか?」


マーサは少し考えてから、話し始めた。


**エピソード5: 迷宮の闇からの脱出**


「最後の記憶は、迷宮の最深部からの脱出のときのことだ」マーサの目は遠くを見つめていた。「我々は『影の巨人』を倒した後、迷宮が崩壊し始めたんだ。天井から岩が落ちてきて、足元も不安定になった」


エマは息を呑んで聞いていた。


「みんなパニックになって、てんでばらばらに逃げ出そうとした。でも彼は、冷静さを失わなかった」マーサは続けた。「彼は大声で叫んだんだ。『みんな、落ち着け!俺についてこい!』って」


「彼は先頭に立って、我々を導いた。崩れる岩をかわし、不安定な通路を渡り、時には自分の体を使って仲間を守った。彼の背中を見ていると、不思議と勇気が湧いてきたんだ」


エマは感動的な表情で聞いていた。「素晴らしい指導力ですね」


マーサはうなずいた。「ああ、そうだった。彼がいなければ、我々は絶対に脱出できなかっただろう」


「でも」マーサの表情が曇った。「出口が見えたとき、突然大きな岩が降ってきたんだ。彼は...最後の最後で、仲間を押しのけて自分が岩の下敷きになった」


エマの目に涙が浮かんだ。「そして...」


マーサは震える声で続けた。「我々が振り返ったとき、彼の姿はなかった。ただ、かすかな光の粒子が舞っているだけだった。まるで...彼の存在そのものが、我々を守るために消えてしまったかのように」


部屋に重い沈黙が流れた。


エマはしばらくして、静かに言った。「彼は、最後の最後まで仲間のことを考えていたんですね」


マーサは涙を拭いながらうなずいた。「そうだ。彼は真の英雄だった。名前は忘れてしまったが、その精神は決して忘れない」


エマは決意に満ちた表情で立ち上がった。「マーサさん、ありがとうございました。彼の物語を、必ず世に伝えます」


マーサは微笑んだ。「頼むよ、お嬢さん。あの英雄の物語を、多くの人に知ってもらいたい」


エマはマーサの酒場を後にした。彼女の心には、無名の英雄への敬意と、その物語を明らかにする決意がさらに強く燃えていた。


数日後、エマは大きな決断をした。彼女は「影の迷宮」そのものを訪れることにしたのだ。


ギルドの人々は彼女を止めようとした。「危険すぎる」「もう誰も行かない場所だ」と。しかし、エマの決意は固かった。


「私は、彼の最後の痕跡を見つけなければならないんです」エマは真剣な表情で言った。「彼の物語を完全にするために」


ギルドは最終的に彼女の意思を尊重し、経験豊富なガイド、トーマスをつけてくれた。


「気をつけろよ、お嬢さん」トーマスは心配そうに言った。「あの迷宮は、10年経った今でも危険なんだ」


エマは強くうなずいた。「分かっています。でも、行かなければならないんです」


二人は長い準備の末、ついに「影の迷宮」に足を踏み入れた。


迷宮の入り口に立ったとき、エマは身震いした。周囲は異様な闇に包まれ、まるで光そのものが吸い込まれているかのようだった。


「これが...彼らが直面した闇」エマは小さく呟いた。


トーマスは特殊なランタンを灯した。「このランタンを頼りに進もう。でも、気をつけろ。この迷宮の闇は、普通のものじゃない」


二人は慎重に前進した。エマは、生存者たちから聞いた話を思い出しながら、迷宮の様子を観察した。


突然、トーマスが足を止めた。「ここだ」


エマは息を呑んだ。そこには、巨大な落とし穴があった。


「ガレスさんが話していた場所...」エマは慎重に穴の縁に近づいた。


そのとき、彼女は何かを見つけた。穴の縁に、かすかに光る印がついていたのだ。


「これは...」エマは驚いて声を上げた。


トーマスも近づいてきた。「何か見つけたのか?」


エマは興奮した様子で説明した。「これ、彼が残した印かもしれません。生存者の一人が、彼が特殊な印をつけていたと言っていたんです」


二人は注意深くその印を調べた。それは確かに人工的なものだったが、まるで迷宮の一部のように溶け込んでいた。


「彼の魔法の痕跡かもしれない」トーマスは呟いた。


エマはその印をスケッチし、詳細にメモを取った。


彼らは更に奥へと進んだ。幻影の迷路、毒の罠、そして最後の大広間。それぞれの場所で、エマは無名の英雄が残したであろう痕跡を丹念に探した。


最後の大広間に着いたとき、エマは息を呑んだ。そこには、巨大な魔法陣が描かれていた。


「ここで...彼は消えたんだ」エマは震える声で言った。


彼女は慎重に魔法陣に近づいた。すると、魔法陣の中心に小さな光の粒子が浮かんでいるのが見えた。


「トーマスさん、見てください!」エマは興奮して叫んだ。


トーマスも驚いた様子で近づいてきた。「これは...彼の魂の欠片か?」


エマは決意に満ちた表情で言った。「これを持ち帰りましょう。彼の最後の証として」


二人は慎重にその光の粒子を特殊な容器に封じ込めた。


迷宮を後にしたエマは、集めた全ての情報を整理し始めた。彼女は夜も寝ずに作業を続け、ついに無名の英雄の物語を再構築した。


エマはギルドに報告書を提出した。最初、ギルドの幹部たちは懐疑的だった。しかし、エマの熱意と収集した証拠の前に、彼らも次第に心を動かされていった。


「エマ・ブラッドストーン」ギルド長は厳かな声で言った。「君の調査結果を踏まえ、我々は正式にこの無名の英雄の功績を認めることにした」


エマの目に涙が浮かんだ。「ありがとうございます」


ギルド長は続けた。「彼の名前は分からないままだが、我々は彼を『影の守護者』と呼ぶことにした。その勇気と献身を讃えて、特別な記念碑を建立する」


エマは感動で言葉を失った。彼女の努力が実を結び、無名の英雄の物語が正式に認められたのだ。


その後、エマは「影の守護者」の物語を詳細に記録した本を出版した。本のタイトルは『名もなき英雄の軌跡』。彼女は、英雄の名前は分からないままだったが、その勇気と自己犠牲の精神を世界に知らしめることができた。


本の序文には、こう書かれていた。


「この本は、仲間のために全てを捧げた、ある無名の冒険者の物語である。彼の名前は歴史に刻まれることはなかったが、その精神は今もなお、多くの冒険者たちの心に生き続けている。この物語が、真の勇気と献身の意味を考えるきっかけとなることを願う」


本は冒険者たちの間で大きな反響を呼び、多くの若い冒険者たちが「影の守護者」の精神に触発された。


ある日、エマはギルドで若い冒険者たちと話をしていた。


「でも、エマさん」一人の若者が尋ねた。「名前も知られず、存在さえ消えてしまうなんて、悲しくないですか?」


エマは優しく微笑んだ。「確かに、一面では悲しいことかもしれません。でも、彼の行動、彼の精神は、このように多くの人の心に生き続けている。それこそが、真の不朽ではないでしょうか」


若い冒険者たちは、深く考え込む様子だった。


エマは窓の外を見た。街には活気があり、多くの冒険者たちが行き交っていた。彼女は心の中で、「影の守護者」に語りかけた。


「あなたの物語は、確実に受け継がれています。そして、きっと多くの人の心に火を灯すでしょう。だから、安心してください。あなたの犠牲は決して無駄にはなりません」


エマは再び若い冒険者たちに向き直った。彼女の目には、強い決意の光が宿っていた。無名の英雄の物語を伝え続けること、そしてその精神を次の世代に引き継いでいくこと。それが、彼女の新たな使命となったのだ。


(了)

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