アンドロイドと化した妻のパスワードが分からない
『第5回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞』参加作品です。
キーワードはパスワード。
夫婦ものです。
どうぞお楽しみください。
「ご、ごめん! 上司に大仕事が終わった祝いだって言われたら断れなくて……」
「パスワードが違います」
「ご馳走作ってくれるって約束、忘れてた訳じゃないんだ! ただ上司の行動が読めなくて……!」
「パスワードが違います」
俺は無表情で機械的に答える妻に、ひたすら頭を下げていた。
悪いのは俺だ。
大きな仕事が終わる今日まで残業続きだった俺に、
「頑張ったね! 今夜はご馳走作っちゃう!」
と張り切ってくれていた妻の夕食より、上司の飲みの誘いを優先したからだ。
上司が大仕事の後、必ず飲みに連れて行ってくれるのを忘れていた俺が悪い。
そして家に帰ったら妻はアンドロイドと化していた。
「お帰りなさいませ。現在家事以外の機能はロックされています。パスワードを音声で入力してください」
玄関で無表情でそう言う妻に、俺は血の気が引いた。
元劇団員の妻は、これまでにも時々こういう遊びをしていた。
『傲慢だけど召使の事が大好きな女王様』をやられた時は、新たな性癖に目覚めそうになった。
だが今回のは遊びじゃないだろう。
パスワードっていうのは謝罪の言葉だと思うんだけど……。
「本当にごめん! 今度必ず埋め合わせをするから!」
「パスワードが違います」
「次は何があっても約束を守る!」
「パスワードが違います」
うう、どうすれば……。
はっ!
まさか、あれか!?
多くの勇者が挑んだというあの言葉……!
しかしあれは……。
……いや、悪いのは俺なんだ。
言わなくては……!
「あ、あのさ」
「はい」
「……あ、愛してる……!」
「……! ぱ、パスワードが、ち、ちが……」
え!?
これでもないのか!?
……絶望だ……。
顔真っ赤にして、これは更に怒らせたか……!?
「……それ、ずるい……」
「え?」
だ、抱きついてきた……?
「アンドロイドモード解除。通常モードに移行します」
妻はそう言うと、俺の腕の中でにっこりと笑顔を見せてくれた。
「本当ごめんな。こんなにご馳走作ってくれたのに」
「いいよ。冷蔵庫に入れて、明日の朝食べよ」
「ありがとな。で、さっきのパスワード、何が正解だったんだ? その、あ……、あれは想定してなかったんだろ?」
「そ、それは、その……、し、仕事も大事だけどお前はもっと大事だよ的な事を言ってくれたら……」
「ご、ごめん、不安にさせて……」
「ううん。あの言葉の方がもっと嬉しかったから」
こうして無事妻の機嫌は直り、
「……ねぇ、もう一回言って?」
「え」
新たな危機が訪れるのであった……。