冒険者部
行きとは姿の違う道を引き返していると、ラグニィがそっと俺の袖を引っ張った。
「2つの要求って何だったんですか?」
「俺が言いかけてたやつの事?
あれはねぇ……」
続けようとし、少し悩む。
これは言って良いものなのか……
だがリーチェと目が合ってしまったので、諦めて白状する事にした。
「『カイルの安全の絶対確保』と『リーチェとラグニィに手を出さない』事を約束させたんだよ」
「私達?」
顔を見合わせるリーチェとラグニィに、ムアが説明する。
「ルトレリがリーチェとラグニィを人質に取るかもしれない」
「ま、多分そんな事する人間じゃないってのは分かったけどね」
取り敢えず、学園最高戦力から狙われる確率は減ったと考えていいだろう。
「お」
暗い通路の向こうに、ごった返す生徒達が見える。
どうやら無事に合流出来たようだ。
新入生の群れに混じれば、あちらこちらから呼び込みの声がかかる。
フラフラ歩く新入生を集めようと声を張り上げる様は、まるで祭りの屋台のようだ。
「リーチェとラグニィは部活って何にするか決めてるの?
そもそも何があるかも知らんけど」
「細々としたのは沢山ありますけど、大きい部活で言えば
『魔工作部』
『魔法回路部』
『鍛造部』
『近術部』
『離術部』
『集団魔法部』
とかですかね」
「ほう」
字面から考えると、スポーツ的な部活では無く、将来を見越して鍛えるシステムのようだ。
「あ、これは忘れちゃダメでしたね!
『冒険者部』ってのもありますよ!
ちょうどあそこに見える人集りがそうかと!」
背伸びしながら歩くラグニィの指さす先には、半分以上の新入生を掻っ攫う注目の的があった。
「……あれかな?」
ローブでは無く、鎧や皮装備を身に付けた男女がズラッと並び、新入生のキラキラした視線を浴びている。
その中でも、特に注目を浴びている数人がいるらしいが、人集りの層が厚すぎてここからでは見えないのが残念なところだ。
「うわっ」
「う、ムググ………」
人の波に流されかけるリーチェとラグニィを俺とムアの下流に捕まえ、前列に紛れ込む。
ようやく姿を拝めたのは、男女5人組パーティーであった。
『彗星の先駆け』
これが彼らのパーティー名らしい。
「有名な人達なんかな?」
「そうなんじゃない?
それに、銀級だからだと思うよ」
リーチェに言われて見れば、ネームプレートのような物が銀色に煌めいている。
しかし、一般的には銀級が凄いのか。
……ん?
それなら、ラグニィは名の売れている銀級冒険者だし、リーチェもルマネアから銀級相当の実力だと太鼓判を貰っている事を考えると……
「銀級が凄いなら、ラグニィとリーチェって結構凄いのでは?」
「今更気付いたんですか?」
呆れるラグニィに、苦笑するリーチェがフォローしてくれる。
「まぁ、アギ…タキとムアはディカ姉達と一緒にいたもんね。
それに私達より2人の方がよっぽど有名人でしょ」
「悪名だけどねぇ。
……ん? 何か気になるものあった?」
静かになっていたムアの視線の先を辿れば、使い古された弓が展示されている。
「アルが使ってたの、やってみたい」
「弓か。 いいんじゃない?
じゃあ冒険者部にする?」
「うん」
という事で、俺とムアの部活が決定した。
「2人はどうするね」
「じゃあ私も、冒険者部にしようかな」
即決のリーチェと対照的に、ラグニィは少し悩んでいたが冒険者部にするのであった。
●●●●
翌日の初授業を終えた俺達は、早速部活へと向かっていた。
「何か拍子抜けだったね」
リーチェの感想に頷く。
かの有名な魔法学校の授業。
どんなインパクトのある話が聞けるかと意気込んでみれば、内容はこの世界で生きる上での基礎知識ばかりだったのだ。
例えば、『魔法は空気中の魔素を変化させて起きる現象である』とか、『気とは命から生み出され、血流のように全身を巡る力である』とかだ。
全てライゼンから習った内容だし、一般家庭でも言語と同じ段階で学ぶ世界の理である。
だがラグニィは別の捉え方をしたようだ。
「でも、教わる環境が無かった生徒もいるでしょうし、授業に追いつけるようにする為なんでしょうね」
「視野が広いね」
「ま、年長者ですからね!」
小さな体でふんぞり返るラグニィに微笑ましく思っていると、ムアが突然物陰にダッシュして姿を消した。
かと思えば、直ぐに満足気な顔をして帰って来る。
その手には小型の白い弓と、同じく白い刀が握られている。
石膏のように白い素材に、付き合いの長いリーチェとラグニィは思い当たるものがあったようだ。
「ねぇ、あれってさ……」
「うぬ。
半分は自前でもう半分はモンスターの素材だよん」
お察しの通り、俺とモンスターの骨である。
「昨日ノゾムが作ってくれた。 見て」
ムアから弓を受け取ったリーチェは、素材を知っているが故におっかなびっくり触れると、直ぐに気が付く。
「この弓、魔力で動かすの?」
「早いね。
骨組みの周りに、ゲルザードとかバイコーンの使えそうな筋を使って筋肉を再現してみたんだよね。
少ない力で弓を引いて、身体強化みたいに弓をしならせて発射出来れば強いんじゃないかと思ってさ」
昨晩、ムアが試し打ちした矢がドアを貫き、誰かの免除畑に消えて行ったのは内緒の話である。
「面白いですねこれ!」
ビョンビョーンと弦を鳴らすラグニィは、どうやら仕掛けが気に入ったようだ。
「もし注文あったら、2人のも作ったげようか?」
「いいんですか?
そろそろ武器新調したかったので助かります!」
「やったータダだー!」と貧乏性がはしゃぐ一方で、リーチェは今度は刀を手に持っていた。
「これってタキの新しい武器?」
「そうよん。
俺の故郷の刃物だね」
反りの入り方とサイズで言えば太刀に分類されるであろう刀に、今度はラグニィが首を傾げる。
「でも以前の戦闘スタイルは打撃と異形ばかりじゃなかったでしたっけ?
刃物使えるんですか?」
「いい質問をしてくれました。
だからこそ、なんだよね」
ムアが弓に挑戦するのを見て、俺も新しい事に手を出してみようとした結果が、この太刀なのだ。
これまでの俺の戦闘スタイルは、相手の攻撃は受ける前提であった。
だが一方で刀は刃こぼれしやすく、横からの力にも弱いので、人間も生き物も力がインフレしているこの世界での打ち合いには向いていない。
なので、『攻撃を避け、丁寧に切り込む』練習をするのに持ってこいだと感じて選んでみたのだ。
色々理由を付けつつも実際思いついたのはロマンである。
まともに扱えるかは不明だが。
「リーチェは新しい武器どうするよ」
「私? そもそも普段使うのがお香とかだからなぁ……」
同学年の冒険者部の群れに着いて屋外に出ると、大きな倉庫前に既に数十人が集まっている。
意外な事に、武器を持ってきている生徒は新入生だけのようだ。
倉庫に近付くに連れ、向けられる視線が増えるのを感じる。
新入生に向ける視線……と言うよりは、品定め。
ドロッとした欲望はどこに行っても変わらないらしい。
「ウザったいねぇ」
眉間に皺を寄せるムアに寄り添いながら、嘲笑に似た冷ややかな笑みが浮かんでしまうのはアギト時代から変わらない癖だ。
だがそんな俺とムアの背に、暖かい手のひらが当てられる。
「また女の子って間違われてるね」
言われて思い出す。
何時ぞやギニンで絡んできたあの冒険者達は元気にしているだろうか。
次会った時は路地裏に引きずり込んで粉微塵にしてやるとしよう。
「あの時のオッサンに比べれば、ここで雁首揃えてる奴らは可愛いもんだね」
「でしょー」
まったく、俺とした事が。
相手の空気を真に受けて噛み付こうとするなど、あまりにも浅はかである。
異世界に来てからの振る舞いを思い出さなければ。
だが俺が心意気を新たにしている間に、場数を踏んだ最年長者が真っ先に動いていた。
「こんにちは!
冒険者登録している人は別で分けられるって聞いたんですけど、今はここに集まっていればいいですか?」
よく通る無邪気な声が、場の空気を掻っ攫う。
「ああ。
後で分けるから構わないぜ。
君は……冒険者登録だけしてるのかな?」
突然出て来た小娘にたじろぐ上級生。
馬鹿にしてはおらず、むしろ齢10を少し過ぎたような容姿の子供に、ただただ困惑しているようだ。
そんな彼らに、ラグニィは追い打ちをかける。
「確かに、最近は冒険者としての活動はしていないですね。
あ、これギルドカードです!」
キラーンと陽の光を浴びて輝く銀色に、周囲が響めく。
「ラグニィと言います。
つい最近まではギルド直属冒険者として働いてました!
よろしくお願いしますね!」
なんとまぁ、パワフルな自己紹介ですこと。
可愛い後輩の女の子を品定めしていた連中なんか、理解が追い付かずにずっと読み込み中だし。
「ほら、リーチェも」
「あ、うん」
そっと出された銅級のギルドカードに誰かの安堵の息が漏れるが、見聞の広い者が目ざとく気付く。
「あの赤の印……赤脈旅団じゃないか!?」
今度はざわめきがより大きくなる。
まるで伝説の勇者パーティーが身分を明かしたようだ。
その流れで俺とムアにも期待の視線が向けられる。
だが真っ黒な身元を晒せば勇者パーティーどころでは無くなってしまうので、霧からギルカを取り出そうとするムアを抑えた。
「ご期待頂いたところ悪いけど、俺達は今ギルカ持ってないよ」
周囲が「なーんだ」と僅かに馬鹿にした空気になったのを見計らい、ラグニィがポツリと呟いた。
「まぁ、この2人が1、2で強いですけどね」
疑い混じりのざわめきの中で、満足気にほくそ笑むラグニィが見える。
どうやら全て彼女の思わぬ通り動いたようだ。
お陰様で当初の舐め腐った空気は消え、主に俺が出る杭として見られているようだ。
ムアのタゲが減って有難いが、すまし顔をしていた俺が男だと分かり、気に食わない先輩方がいるらしい。
本当に強いのか? と疑う視線がまばらに突き刺さって来る。
慣れた何時もの負の感情に、ようやく安堵の息を吐く。
「結局今日は何するんだろうねぇ。
意気込んで得物持ってきちゃったけど」
「珍しい武器だね」
すっかり片手を埋める荷物と化した刀を、手持ち無沙汰にしていると、上級生の中でも一際大きな男が、ズンズン近付いて来た。
浅緑の長髪をうならせた筋骨隆々の彼は、確か……
「彗星の先駆けの……」
「『カルノ』だよ。 君は?」
穏やかに微笑むカルノの第一印象は、優しい筋肉である。
「タキ」
「タキか。 見せてもらっても?」
差し出された大きな手は、ハンサムな顔には不似合いにゴツゴツしている。
カルノは刀身を見やり顔を顰めた。
「……薄いな、それに軽い。
これでモンスターを?」
「コツがいるんだよ。
まだ練習不足だから、偉そうな事は言えないけど」
カルノはしばらく興味深そうに見ていたが、刀を俺に返すと次はムアの弓に目を向けた。
「見せてもらっても……」
「………」
弓を抱え、睨むように見上げるムアに手を引っ込めるカルノ。
「ムーアっ。 大丈夫だよ」
それでもしばらく黙っていたムアだが、渋々弓の封印を解いた。
「……ノゾムがムアの為に作ってくれた弓。
大事に扱って」
「ああ、当然さ」
カルノの巨体にはあまりに不似合いなコンパクトな弓だが、仕組みに気付くと興味を引いたらしい。
「引いてみてもいいか?」
「どうぞ」
「あっ……むぅ……」
許可を出してしまった俺にむくれるムアだが、カルノがどこからともなく用意した矢を引き絞ると顔色が悪くなる。
「割れる……」
「大丈夫、あれくらいじゃ壊れんよ。
いざって時には盾になるように作ったんだから」
バシュッ
俺がムアをなだめている間に、カルノが矢を放つ。
跳ねるように飛んだ矢は、新入生の頭上を越えると不自然な放物線を描き、的に吸い込まれる用に突き立った。
ど真ん中にぶっ刺さりだ。
「お見事」
新入生だけでは無く、上級生からも感嘆の声が漏れる。
カルノは誇る事無く弓を興味深げに見ていたが、ムアに礼を言って返すと俺に視線を向けて来た。
「見た事ない作りだ。
ノゾムはタキの事かな?」
「そうよん。
師から受け継いだ特殊な技術で作ったもんでして」
まぁ、嘘は言っていない。
だがカルノは別の所に意識が向いたようだ。
「下側の弦、付け根をもう少し太く固定すればより安定するよ。
良い弓だ」
「……アドバイスどうも」
カルノは俺の肩をバスッと叩くと、他の新入生の方へ歩いて行ってしまった。
「だってさ」
「ノゾムの弓が良いのは当然」
そう言いつつもムアは心配そうに弓の調子を確認していた。
さて、カルノが………銀級って点でぶっちゃけ軽く見ていたが、正直驚いた。
確かなカリスマ性と技量を感じさせられ、スゲーと素直に思わされたのだ。
「凄いね。 ラグニィより威厳あったイタタタタ」
「場が整っていれば私だってあれくらいのアドバイス出来ますよ!
……後は体格なんじゃないですか?」
恨めしげに広い背中を見るラグニィに苦笑する。
「でもラグニィは今のままの方がいいんじゃない」
「なぜですか」
「愛嬌がある方が世渡りしやすそう」
するとラグニィは少し考えた後、俺の顔を覗き込んで来た。
「愛嬌、人によって使い分けてるつもりですけど……気付いてました?」
「っ……」
脳裏を過ぎるのはギニン出発の日の事だ。
思わず引き攣る顔を見て満足したのか、ラグニィは口を閉じて笑みを作ると、何時もの愛嬌に戻る。
……多分、ラグニィは俺とムアの関係に気付いているのだろう。
弓を真剣に手入れするムアを横目に、どうしたものかと空を見上げるのであった。




