お早い再開
脱ぎ捨てたローブを椅子の背もたれに放り投げ、2人揃ってベッドに倒れ込む。
「長すぎ………」
「お腹減った……」
学園橋を渡り終えた先の広場で待機を言い渡された新入生らは、そのまま3時間待ちぼうけさせられたのだ。
ようやく教員らがやって来て先導されたかと思えば、2時間近くかけて各自に部屋が割り与えられ今に至るのである。
部屋は贅沢に10畳ほどの広さだが、あくまで2人部屋仕様。
1人部屋は基本的に6畳程度のようだ。
ムアがリーチェとラグニィとも部屋を一緒にしたいと注文をつけたが案内役の先生に大部屋が無いと却下され、それでもごねた結果2人は両隣の部屋をあてがわれていた。
………正直な所、気まずいったらありゃしない。
ラグニィとは出発前のアレの一件で睨まれるような空気が出来てしまっているし、リーチェもムアに対してよそよそしさが感じられる。
続かない会話で3時間乗り切った疲労など露知らず、夜ご飯を霧から取り出すムアの尻尾が呑気に揺れていた。
削れた精神力と疲れた頭では何も考える気が起きず、目の前でユラユラ揺れる尻尾の先を指でくすぐる。
するとウニョン、と伸びた尻尾が俺を絡めて捉え、そのまま食卓に座らせた。
「食べる」
「もうちょいしたら食事が届けられるらしいよ?」
「ムアもノゾムも全部食べられる」
「まあね」
テーブルを彩るアギト時代に作った料理達を前に、先ずスープを啜るのであった。
●●●●
「どう?」
「超可愛い。
俺は?」
「タキしてる」
「おk」
玄関で互いの姿を確認し合い、身支度を整える。
今日は遂に入学式であった。
部屋から出ると真っ先に目に止まったのは学園……では無く、棚のように積み重なった畑だ。
「これが昨日言ってた『免除畑』か」
ムナルイン学園は王都の横に併設しているが、学園自体の面積は王都に匹敵する。
それ故に『学園都市』と呼ばれるムナルイン学園では、入学金しか払えないような貧乏学生を抱えても運営していけるような画期的なシステムがあった。
それが、毎月指定された作物を育て上納する『免除畑』である。
基本科目で学ぶ魔法や知識を使って野菜を育て、学費と食い扶持を自分で稼げ、との事なのだ。
「レタスいっぱい育てる」
「指定される野菜の中には存在しないと思うなぁ」
「レタスって何ですか?」
クイと袖を引かれ振り返れば、ラグニィとリーチェが立っていた。
「これ」
ムアは霧から取り出したレタスの玉から葉っぱを2枚もぎ取って2人に手渡し、ムア自らも食べる。
バリバリむしゃむしゃ食べるムアにつられ、リーチェとラグニィもモシャモシャとレタスを齧った。
「臭くないね」
「初めて食べましたけど美味しいですね。
タキが作った野菜です?」
「うぬ」
返事をしつつ、女の子が朝からレタスの葉を丸かじりする不思議な光景に異世界を感じていると、他の部屋からもチラホラ生徒が現れ始めた。
「さ、道草食うのもいいけど、この後は朝御飯からの入学式らしいし、俺達も行くよ〜」
寝ぼけ眼を擦る生徒の波は、そびえ立つ要塞のような学園へ吸い込まれるように流れて行った。
●●●●
朝食はバイキング形式のワンプレートディッシュであった。
比喩無しで山盛りにした料理をペロリと平らげるムアへの視線が、色目からイロモノに変わる変化はあったが、その他は特に騒ぎも起きず朝食を無事終える。
だが、入学式場である大広間に足を踏み入れた時に大問題が発覚した。
「あら」
「おうふ」
大広間の大きな扉を潜ると同時に聞こえて来た声に、思わず息が漏れる。
つい2週間程前に死闘を繰り広げた相手、『星見のルトレリ』とバッチリ目が合ってしまったのだ。
「ノゾム、あれ…」
「あんまり見ないよ」
足を止めかけるムアの背を押して歩かせる。
気付かれたのは確実だろうが、こちらが気付いていないフリをすればワンチャン荒事にならないのでは無いかと言う、日本人思想で切り抜ける算段である。
だが計算外の気遣いが横槍となった。
「……不味いんじゃ無いですか?」
「……凄く見られてるよ」
……よろしくないかもしれない。
ラグニィとリーチェは良かれと思って教えてくれたのだろうが、これは不味い。
何がマズイって、2人が俺とムアと親しいと気付かれたのがよろしくない。
俺とムアだけをターゲットにしてくれれば対処のしようはあるが、リーチェとラグニィを人質に取られる可能性が出来てしまったのが最悪だ。
こうなってしまっては仕方が無い。
簡易的な防音の結界を張って囁く。
『ラグニィ、リーチェ。 俺かムアから離れずにいて』
顔を強ばらせる2人の手を、ムアが固く握る。
だが、今度は俺の顔が強ばる番であった。
『そんな心配は無用ですよ。 骸のアギト、雲海のムア』
耳元で聞こえた声に、ルトレリを横目で盗み見る。
その顔は悪意の一切を感じない、穏やかなものだ。
『ただし、後で少しお話をしましょう』
入学式当日から呼び出しを食らった非行少年らしく、精一杯のウンザリ顔をしてみせる。
そんな俺にルトレリは目を丸くしたかと思えば、口元を抑え声を潜めて笑った。
「……どうする?」
今にも飛び出しそうなムアの両肩に手を起き、席に座らせる。
「大丈夫。
悪意は弱かったからバトるつもりは無いと思うよ。
しっかし星見のルトレリは先生だったのか……」
「え、知らなかったんですか?」
ムアの隣から身を乗り出して聞いてくるラグニィの追求から逃れるように、視線を逸らす。
「敵対した時用に、情報収集を能力に絞ってたもんで」
俺の言葉にリーチェが溜息をついた。
「護衛依頼の時、先生を同じ目で見て文句言われてたのに……」
「ごめんリーチェ。
ノゾムはあまり成長してない」
「グッ……」
突然背から刺してくるムアにダメージを負うも、そんな俺にリーチェは安心したように笑った。
「色々あって心配したけど、変わらずにいてくれて良かった」
褒め言葉と取っても良いのだろうか……?
「近々見違えるような成長を遂げられるといいなぁと思ってるからまぁ見ていたまえよ。
多分」
「信用なりませんねぇ」
ガヤに混じって話していると、ざわめきが小さくなり始めたのに気付き口を閉じる。
周囲の視線を追えば、壇上にずらっと教員らが並んでいる。
ハリポタ程では無いものの、個性様々な教員を両脇に控えさせ、星見のルトレリは中央に立っていた。
「……ルトレリって校長なの?」
俺の呟きにリーチェが身を寄せて囁く。
「ううん、ムナルイン学園に校長先生はいないんだよ。
でも星見のルトレリが1番偉いから、実質校長みたいなものだけどね」
「……なるほどね」
そりゃ自分の学校に殺し合った相手が入学して来れば睨みも効かせたくなるわ。
むしろ速攻つまみ出され無いだけありがたいものである。
先生方の自己紹介や、有難いのであろうお言葉を聞き流していると、締めにルトレリが長々と話して入学式は終わった。
組み分け等は無さそうである。
この後は部活を決める流れらしいので、人の波に紛れて退散しようとするも、視界におかしなモノが写った。
透明な羽を煌めかせながら、蝶が飛んでいたのだ。
蝶は俺達の前で旋回すると、誘うようにゆったり羽ばたいた。
鱗粉のように散らばる魔力は、2週間前に食らった魔力とよく似ている。
………面倒臭いなぁ。
……でも今話して落とし所を決めておかないと、後からもっと面倒なんだろうなぁ……
「わ、すごいですね!」
「ほんとだ、キレー」
ラグニィとリーチェのように、何も気にせずに鑑賞出来たら幸せだったろうに……。
だが、足を止める俺達を迷惑そうに避けた生徒に、ふと違和感を覚える。
どうもこの蝶、他の生徒には見えていないようなのだ。
見えているのは、俺とムア、それとリーチェとラグニィだけらしい。
よろしい、ならば道連れである。
「ついて行ってみようか」
蝶に導かれるまま集団を外れ、迷路のような通路を何度も曲がり、階段を上がっては下る。
ようやく辿り着いた部屋の扉は、俺達が前に立つと招くように開いた。
「ヤホ〜」
「いらっしゃい」
手を振る俺を、ルトレリは大きな教卓の向こうで優雅に迎えた。
「………」
一方、無言で警戒心を顕にするのはムアだ。
「大丈夫だよ。
……とは言ったけど、2人は俺とムアの側にいて」
リーチェとラグニィは俺達とルトレリを交互に見たが、やがて渋々部屋に踏み入った。
「何が目的かしら?」
「国王様の安否を、新しい身分で見守ろうかと思ってね」
「そう」
ルトレリは少し考え込んだ後、ニッコリと微笑んだ。
「ならいいわ。
あなた達の入学を許可しましょう」
「そりゃどーも」
今の間に俺達の返答を予知したのだろうか。
改めて厄介な固有能力だ。
「それともう2つ…」
「立場を弁えたらどうかしら」
「あんたの立場と力関係を理解した上での発言だよ」
互いに笑みを浮かべたままピリつく空気に、リーチェとラグニィが身を竦ませる。
だからこそ、これだけは言質を取らなければならない。
だが、ルトレリはあっさりと態度を崩した。
「はぁ、いいわ。
別に要求されなくても、それは本来私達の責務だもの」
目の前のルトレリからは、恐怖や怒り、悪意などの感情は感じない。
……信じてみてもいいだろう。
「話は以上……何これ」
俺達とルトレリの間にスキップしながらやって来たのは、四つ足の円卓であった。
円卓はジャンッ!と言わんばかりに足を突っ張らせて立つと微動だにしなくなる。
ルトレリは部屋の隅から浮かばせて来たティーカップを茶で満たし、人数分用意した。
柔らかく鼻孔を満たす湯気に、リーチェは覚えがあるようだ。
「あ、ルドルのお茶だ……」
リーチェの言葉にルトレリが微笑む。
「流石、ルマネアの弟子ね」
「先生と会った事があるんですか?」
「彼女がまだ単身で冒険者をしていた頃、ムナルイン学園の教師にスカウトした事があるのよ。
旅がしたいからと断られてしまったけれどね」
なるほどねぇ。
人柄を知ってるから、ルマネアはリーチェを安心して送り出せたのか。
「ラグニィ、あなたは若くして銀級になるような才能を持っていながら、家庭を支える為に力を尽くしていたらしいわね。
きっかけが何だったのかは知らないけれど、入学してくれて嬉しいわ」
「私も、お会い出来て光栄です。
臨時収入がありまして、ずっと夢見ていた独り立ちのスタートを学園で切りに来ました」
模範解答に応用を加えたようなラグニィの返事に、ルトレリは母親のように暖かい笑顔を浮かべ何度も頷く。
「いいじゃない、いいじゃない。
沢山学んで行って頂戴。
それで、タキとムアなのだけれど……」
リーチェ、ラグニィへと順に向けられていた視線が、俺達へと流れて来た。
「あなた達は目立つ能力をしていながらも、経歴がさっぱり分からなかったの。
………あなた達、恐らく異界の民よね?」
「お、よく分かったね」
ルトレリに悪意が無いようなので軽い調子で答える。
一方でリーチェは驚き、ラグニィが混乱していた。
「え、いいの?」
「異界の民ですか? あの、時々発見されてる」
ラグニィの言葉に、今度は俺が困惑する。
「時々発見されてるの?」
「あ、はい。
時々、異界の民と思われる体の一部や、未知の物体が地中から掘り出される事があるそうなんです。
マニアックなコレクターが集めているそうですよ」
つまり、『生きてはいない』と。
思い出してみれば、俺達が吸い込まれた亀裂の出口は空中であったが、高度が違えば生きてこの地を踏むことは出来なかっただろう。
それを考えると、俺達は相当ラッキーだったようだ。
「って、そんな事はどうでもいいんです。
アギトとムアって異界の民だったんですか?」
「そうよ〜。
丁度1年くらい前かな?
ムアと一緒にこっちの世界に落ちて来たんだよ」
「もうムア達が強いのは証明したから、隠さなくても大丈夫」
かつて俺が懸念していた事を覚えてくれていたのだろう。
キリッと言い切るムアに苦笑する。
「あくまで、『骸のアギト』と『雲海のムア』ならね。
タキとムアは一般人だよ」
「今は一般人」
そうそう。
話に一区切りついた所で紅茶を飲み干し、席を立つ。
「そろそろおいとましましょうかね。
今の所は身を潜めてカイルを見守る方針だから、あんたの心配するような目的では無いよ」
無数の質疑応答の未来を見たのだろう。
ルトレリは穏やかな笑顔で頷くと、両手を広げた。
「なら信じるわ。
では改めて……
ようこそ、ムナルイン学園へ」
こうして、俺達の学園生活が始まったのだった。




