入学式
ゾロゾロ蠢く人混みに抗い、ムアの手を引いて歩く。
視界に映る人間が皆同じ紺色のローブを着ているせいで、まるでカーテンを掻き分けているようだ。
「ムア大丈夫?」
「うん」
小さな手を握り直し歩みを進める。
人混みを縫って辿り着いた先には、入学手続きの受付があった。
申し訳程度に集まる列の最後尾に並び、一息着く。
先程抜けて来た人混みは、待ち合わせやらでたむろする新入生の群れだ。
今日はムナルイン学園に入学する為の受付の日であった。
王都3層目からムナルイン学園に続く学園橋に入るには、ここで受付をクリアしなければならない。
「ノゾム屈んで。 髪の毛」
「ん。ありがと」
ムアは乱れた俺の髪を手ぐしでほぐすと、肩に流して1つ結びにした。
アニメで頻繁に死ぬお母さんの髪型である。
「似合ってる。 アギトっぽく無い」
「そりゃ何より。
ムアも似合ってるよ」
「前のノゾムとお揃い」
ムアは高い位置で1つ結びにしたポニーテールを楽しそうに揺らして笑う。
俺達は正体を隠し、ムナルイン学園への入学を試みていた。
「次!」
「はーい」
事前情報によれば、受付の人間は嘘を見抜く、もしくは人の悪意を感知する固有能力持ちが採用されているらしい。
対策はバッチリである。
「名前は?」
「『タキ』だ」
「入学金をここに」
「うい。 ツレの分も一緒に入ってるよ」
受付の男は隣に立つムアに目をやり頷くと、契約書を寄越してきた。
内容に軽く目を通すも、概ね聞いていた通りなのでサインし返す。
慣れない手つきでペンを握るムアを見守っていると、背後でチリッと悪意を感じ振り返る。
見れば、ヒョロガリな男が若い男女に向かって歩いている所であった。
ヒョロガリは、若い男の方にぶつかると「失礼」と告げて離れようとする。
「ノゾム」
「ね。 ちょい行ってくるわ」
カウンターを離れると、一息に距離を詰め、逃げる男の手首を捻り上げる。
「痛っ!?」
その手には、チャリと音を立てる小さな袋が握られていた。
スリである。
しかも新入生のローブを着てウロウロしている辺り、常習犯と見て間違いなさそうだ。
「あっ、俺の!!」
「でしょうね。
ほれ」
ひったくった袋を若い男に投げて寄越し、ヒョロガリの襟首を鷲掴みにして受付の前まで連れて行く。
「スリ捕まえたけど、こいつも入学するの?」
「そんな訳無いだろう。
ありがとう、こちらで対処しよう」
「……らぁっ!!」
俺が受付に渡そうとした隙を見計らっていたのだろう。
ヒョロガリがローブの隙間からナイフを突き出して来るが、肩を殴って潰し再び持ち直す。
「はい。 しっかり持っててよ。
ご覧の通りまだ活きがいいから」
「ああ」
ヒョロガリはゾロゾロ集まってきた学校教員に魔法で雁字搦めにされ、どこかへ連れて行かれてしまった。
受付の男は溜息を着く。
「毎年スリに遭う新入生が何人かいるんだ。
これで1件でも減ればいいんだが……
っと、お手柄だったな。 冒険者上がりか?」
「まぁそんなとこ。
受付の途中で離れて悪かったね。
次はどこに行けばいい?」
「カウンターの向こうで手続きがあるからそっちへ行ってくれ」
「はいよ。 ムアー?」
振り返ると、白い髪が人混みに突進して消えて行く所であった。
またスリでも見つけたんだろうかと追いかけようとするも、ムアは直ぐに戻ってくる。
その両脇にはなんと、リーチェとラグニィが抱えられているのであった。
「へ!? な、何!?」
「ちょっと、持ち上げないでくださいよ!!」
ムアはニコニコしながら歩いてくると、2人を解放した。
「捕まえた」
「ポ〇モンかよ
つーか2人とも無事?」
混乱するリーチェとプリプリ怒るラグニィだが、一目見て俺が誰だか分かったらしい。
「「アギっ!?」」
咄嗟に2人の口を塞ぐ。
「『タキ』だよ。 久しぶり」
アイコンタクトで言い聞かせ、口を解放する。
だがリーチェはその手を掴んでギュッと抱き寄せた。
「……無事で良かった……」
ホロホロ泣き出すリーチェを人目から避けローブの影に隠す。
俺とムアが金級達と殺し合ったのを聞いて、不安にさせてしまっていたようだ。
って事は、赤脈旅団とかその他諸々にも結構心配かけるのでは?
……再開の際の説教は甘んじて受けるとしようか。
一方でラグニィは、異様な程静かになっていた。
「あー……久しぶり?
ラグニィもムナルイン学園に入学するんだ?」
ラグニィはしばらく沈黙していたが、ゆっくりと顔を上げる。
張り付いていたのは、妙に迫力のある笑顔だ。
「ええ。 実家に大金を納めたので、自分の為に生きてみようかと思いまして」
「そっか、良かった良かっ…」
「で、この子は誰ですか?」
あ、逃がしてくれなかった。
「ムアだよ」
俺が答える間もなく即答するムアに、周囲を密かに伺う。
幸いにも受付の男性は離れており、周りも気に止める様子は無くて一安心。
白い耳と尾を見たリーチェが、恐る恐る口を開く。
「ムアって、……ムアちゃん?」
「そう。 久しぶり!」
2人を抱き締め満面の笑みを浮かべるムアの腕の隙間から、リーチェとラグニィが視線で問うてくる。
俺は2人に頷き返すと、受付の向こうへ目をやった。
「先に手続き諸々を済ませようか。
聞きたいこと沢山あるでしょ」
●●●●
馬鹿長い学園橋を歩きながら、ギニンを後にしてからの経緯を大雑把に話す。
リーチェとラグニィは何か言いたそうにしながらも黙って聞いていたが、俺とムアが「昨日もカイルに会ってきたんだけど……」と言ったとこで待ったがかかった。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ?
アギ……タキとムアが派手にやって、結局新しい王様になったんですよね?
何で会いに行けてるんです?」
「何でって、城の警備がザルだったからに他ならんよ」
戦争用の結界を突破し、金級4人とバトれる相手の侵入を防ごうとするならば、そりゃ当然同じだけ用意しなければ侵入は防げないだろうに。
つくづく思うが、貴族共が王族の重要性を理解して無さすぎて呆れるばかりだ。
俺とムアの説明に、2人は苦笑いを浮かべ顔を見合わせる。
「ならカイルも無事なの?」
「元気にしてる。
でもご飯が美味しくないって言ってた」
「俺も料理見たけど、素材が高いだけのあれは美味しくないよ絶対」
あんな飯酷いよなぁとムアと頷き合う俺に、ラグニィは頭痛でもするかのように眉間を揉んだ。
「……2人が心配するような状況では無いのは分かりました。
ところで何故学園への入学を?」
「身分隠して王都で活動するのにピッタリだからね。
カイルのお陰で指名手配は避けられたけど、あれだけ派手に暴れたら流石に肩身が狭くてさ」
先日、試しに街中を『アギト』の姿で歩いてみたら、大通りが阿鼻叫喚になってしまった。
舐められないように日々強気に生きる努力してきたが、行く先々でこんな大騒ぎになってしまってはカイルを影から見守るなど、あまりに現実味が無い。
「ま、色々知識を付けたいって純粋な動機もあるんだけどね。
俺達はまだまだこっちの常識知らないからさ」
「こっち?」
「つーかリーチェは赤脈旅団とは何時別れたのさ」
新たな話題を投下し、ラグニィの疑問を流す。
「私は皆と王都まで来たのが20日くらい前だったかな。
それからは宿で過ごしてたよ」
「1人? 危ない目に遭ってない?」
心配そうに手を握るムアに、リーチェは首のネックレスを見せる。
「ありがと、大丈夫だよ。
ネックレスが守ってくれたから」
「………?」
ムアが手を伸ばすと同時に、リーチェから知らない負の感情が漏れ出たのを感じ、顔を伺う。
「ん?」
だが微笑んで見上げてくるリーチェからは、もう負の感情は感じられ無い。
ムアの行動が何かトラウマでも刺激したのだろうか?
「リーチェ、王都に来てから何かあった?」
「? 何にも無いよ?」
そう返すリーチェから、負の感情は一切感じられ無い。
普通、どんな人間でも常に何かしらの負の感情が必ずある。
本人がリラックスしていても、無意識下でストレスが存在しているからに他ならない。
………心を閉ざされている。
スターニーと模擬戦をした時に、殺意を隠蔽するのに使われた技術だが、まさかリーチェに心を閉ざされるとは思ってもみなかった。
何かやらかしただろうか。
カイルを王にした事?
旅を止めて王都に入学した事?
周囲の被害を考えずに金級と殺し合った事?
自問自答を繰り返すも核心には触れられていない気がしてならない。
悶々と考えていると、手を握られハッとなる。
「アギト?」
いつの間にか目の前に来ていたリーチェに、真正面から目を覗かれる。
「……タキだよ」
辛うじて返せた言葉はこれだけだった。
迂闊に踏み込めば拒絶されそうで恐ろしくて聞けない。
リーチェは両手で俺の手を取ると、額を胸にぶつけて離れた。
しかし手は繋いだままだ。
「何か悩んでるみたいだったけど、タキこそ大丈夫?」
首を傾げて覗き込んでくるリーチェの目を見つめ返す事が出来ない。
当の本人を前に悩みを相談するなど、臆病な俺にはとても出来なかった。
「……まぁ、ちょっとね…」
「いた!!」
突然かけられた声に振り返れば、先程スられていた若い男女が駆けてきていた。
「さっきはありがとな!!
俺は『ガトア』ってんだ!!
アンタ名前は?」
おぉ、少年誌の主人公みたいなのが来たな。
「タキだよ。 どうぞよろしく」
「タキか!! タキも今日から入学なんだろ?
歳近そうな奴、意外と少なかったから安心したぜ」
前のめりに来るガトアだが、実はこの手のタイプは苦手だったりする。
陽キャは陽キャでも、級長のようにある程度距離を保ってくれれば安心して話せるのだが………。
しかし新たな環境に身を置くのを選んだのは他ならない俺達だ。
この場に合わせたキャラを用意し受け入れるしかあるまい。
「確かに、年齢層広かったもんね。
こっちこそ話しかけて貰えてありがたいよ。
よろしく、ガトア」
柔らかく、優しく、朗らかに。
緩く束ねた髪型に合わせ、眉尻を下げ、目付きも緩ませ、口元には僅かな微笑を。
自覚しているアギトの姿からかけ離れるよう意識した俺の様子に、幸いガトアは違和感を覚え無かったようだ。
「もう結構集まってるな!!
俺達も行こうぜ!!」
言うが早いか駆け出すガトア達が振り返らないのをいいことに、そのまま送り出す。
「さよーならー」
「……多分彼の言っていた『俺達』には、タキも含まれてたと思いますよ」
知らん知らん。
「全く……それよりも、なんですかその顔は」
「これ?」
ガトアに向けたのと同じ表情に切り替え微笑んで見せる。
だが女性陣の反応は酷いものであった。
「うわ……」
心を閉ざしていた事も忘れ、隠しもせず嫌悪感をぶつけてくるリーチェ。
「マスク付けてた方が100倍マシですよ」
とは、逃げるように身を引くラグニィ。
果てはムアに「気持ち悪い」とドストレートに言われてしまい、俺の新たなキャラは早くも粉微塵にされてしまうのであった。




