カイル・レグレイ・トラモント
無数に迫る骨の槍を、炎の盾で灰燼に帰すファルシュ。
だがどれだけ焼き滅ぼされようとも無限に再生するアギトは、姿を一切見せずに攻撃し続ける。
その姿はまるで、グロテスクなウニのようだ。
人から掛け離れた姿に変わり果てたアギトだが、ファルシュは姿だけでは無いと気付いていた。
何処に本体が要るかも分からない肉の塊に向かって、魔法で音を届ける。
『これ以上その能力を使うな!!
今なら混乱に乗じて見逃せる!!』
エルフであるファルシュは、精霊が見える。
精霊とは生き物の感情に非常に染まり易い存在なのだが、戦うにつれアギトの周囲の精霊が感情に染まっていない事に気が付いたのだ。
『呪物だけでいいから取り外せ!!
お前の意識が食われるぞ!!』
だがアギトからの返答は無い。
それどころか、
ウ゛ォォォォォォォォ………
響く唸り声は、最早知性の残滓すら感じられなかった。
ファルシュはギリと唇を噛み締める。
「………お前と話している時は、不思議と心が軽くなった。
……良い友人だった」
ファルシュは胸の前に極小に圧縮した業火の球を作ると、送り出すように解き放つ。
眩い光を放つ業火の球は、まるで日が沈むように肉塊に迫り……
ボッ!!!
『……ァル……!!』
激しく爆ぜ、肉塊を瘴気ごと消し飛ばしたのであった。
「……すまない」
残骸も残らず焼かれた大地を前に、自分の立場に嫌気が刺す。
森に生きるエルフに似合わぬ炎を、忌々しいこの力を少しは許せるようにしてくれた友を、自らの手で殺めた悲しみは……
『ファルシュ!! 早く戻って!!』
「?」
切迫したルトレリの声に我に返ったファルシュが見たのは、ムアの霧から飛び出したアギトが、金色の結界を破りティラックを貫いている様子であった。
「………ふふ……」
理解が追いつくにつれ乾いた笑いが漏れ、そしてフツフツと怒りが湧き上がってくる。
「……そうだったな!!
お前はそう言う奴だったな!!」
ファルシュは大鎌をグワンを振るうと、感情の昂りに任せて爆炎を放ち加速するのであった。
●●●●
ティラックの結界さえ突破出来れば、ムアが蹂躙出来る。
だが結界をチマチマ削ろうとすればファルシュの炎がそれを許してくれないので、引き離すことにしたのだ。
だがバカ真面目に身一つ丸々使ってファルシュの相手をすれば、ムアだけではティラックの結界への有効打が無くなってしまう。
なので、地中に隠れて以前学んだ『死霊術』を使ってみた。
結果は大成功。
ファルシュ相手にぶっつけ本番は2回目だが、完全に本体だと勘違いしてくれたようで、手加減して戦ってくれたお陰で時間を贅沢に使い誘導が出来た。
で、肝心要のティラックの突破だが……
「ぐっ!!」
心臓を貫くつもりで伸ばした骨槍は、間一髪で飛んで来た魔法に矛先をそらされ、ティラックの肩を貫くに留まってしまう。
犯人は明確だ。
「……ウザったい。
『目を閉じろ』」
ルトレリは俺の呪詛を難無く防ぐと、追撃させぬよう配置していたらしいミラスをけしかけてくる。
「シィィィ!!」
「っと……」
先程とは段違いの速さと力で切り上げられたミラスの刃を、棍棒で受け止める。
瘴気で侵食しようとするも糸の鎧の密度が高すぎて、一瞬の攻防程度ではちっとも削れず逃げられてしまう。
「ガウゥル!!」
「早いお帰りで」
肌を炙るような怒りに、ムアの霧の中に避難する。
目の前に引かれた炎の壁に見上げれば、怒り心頭のファルシュが戻って来ていた。
振り出しに戻ったかと思いきや、これで形勢はかなり有利になった。
「ぐ、ガァァァァァァ!!!」
先程貫かれたティラックの肩から腕にかけて、毛皮越しでも分かるほどに蔓延った根が隆起していたのだ。
「ティラック!?」
ルトレラが駆け寄るも、未来を見通したらしく俺を睨む。
「……やってくれましたね」
「殺すつもりだったんだけどね。
流石は金級だ」
脱落かと思われたティラックだが、しかし意地を見せて来る。
「ぐぅぅぅぅ、カッ!!!」
自身を侵食する根を抑えつつ、絞り出した気で結界を張ってみせたのだ。
抵抗されるとは予想していなかったが、根を張った種を除去しようとすれば腕ごと切り落とさなければならないのは、俺が1番良く理解している。
「何時まで持つかな」
「持たせる必要など無い。
……もう情けはかけ無いぞ」
途端にファルシュの魔力が膨れ上がり、周囲を炙る熱気に陽炎が立ち上る。
揺らめく景色の中、大鎌を構えるファルシュの影は変わらずそこにあった。
「それはこっちのセリフ。
今のお前が相手じゃ手加減は出来なさそうだし」
「グルルルル……」
溢れ出す瘴気と霧がファルシュに迫り、熱風に触れバチバチと音を立て相殺される。
「………」
「………」
言葉はもう必要無い。
あるのは覚悟と、鋭利に研ぎ澄まされた殺意のみ。
もう周囲への配慮も何も要らな…
『戦闘を止めろ!!』
「ガウ!?」
「なっ!?」
「うっそだろ!?」
瓦礫の影から飛び出してきたのは、まさかのカイルであった。
●●●●
アギトがファルシュを誘導しに離れた時を見計らい、カイルは瘴気が薄い間にシュワウとリルを呼び寄せていた。
「おい!! 早くしろ!!」
立ち止まったカイルに、恐怖を怒りで誤魔化していた騎士が怒鳴りつける。
だがカイルは伸びてきた手の指を取り、ひねり上げて転がすと、落ち着き払った様子で騎士を見下ろした。
「いってぇなっ………!?」
齢10程度とは思えない程冷めた青い瞳に、騎士の罵声は喉の奥で勢いを失ってしまう。
「僕はあなたに殺されかけた事があるんだ。
覚えてなくてもいいけど、勝手に復讐させてもらうよ」
指を振り下ろしたカイルに、シュワウとリルが応える。
兵士らが耳鳴りを覚え空を見上げると、肉眼で歪んで見える程圧縮された空気の塊が落ち、暴風と共に騎士を爆散させた。
「……………え?」
突然の出来事に放心する兵士を残し駆け出すカイル。
しかし唯一我に返った兵士が、腰を抜かしたままカイルに縋り付いた。
「っ! 離せ!!」
「お、お待ちください!!
民が……家族が殺されてしまいます……!!」
懇願する若い兵士が零す涙が何処から来るのか、嘘も感情も見えないカイルの固有能力では分からない。
「……」
一度足を止めたカイルだったが、戦場の真っ只中から悪寒を感じ、兵士の手を振り払って走り出すのであった。
●●●●
「ファルシュ!!」
「っ!!」
慌てて魔法を止めたファルシュの残った熱気を、瘴気で相殺しカイルを守る。
声も無く駆け出すムアとミラスに、しかしカイルは手の平で2人を制止させた。
「ガウッ!?」
ミラスだけでなく、ムアに対しても、だ。
「……カイル?」
カイルは俺達へ顔を向けると、頷いて見せる。
いったいどんな策を思い付いたかは知らないが、ミラスもカイルの雰囲気に呑まれ身を固めている。
深呼吸したカイルが口を開いた。
『僕はカイル・レグレイ・トラモント。
トラモント王国の、新たな王だ』
諭すように落ち着いた声は、固有能力によって広く、広く響き渡った。
「おいおいおい……」
冷や汗と同時に、カイルの気迫にゾクリと鳥肌が立つ。
『骸のアギト、雲海のムアは、僕を王都まで護衛してくれた恩人だ。
一切の手出しを禁止する』
まさか、俺達を庇う為に?
………そんな必要は無い。
カイルは周りに流されず生きればいい。
共にあると誓ったのは、他ならない俺達だ。
そんな雑多共、今すぐ皆殺しにして…
「ガウッ!!」
突然咥えて来たムアに路地裏に連れ込まれ、周囲の喧騒が聞こえない所で解放される。
「……ごめん、頭に血が上ってた。
今すぐ回り込んで……」
「違う!」
人の姿に変わったムアに、壁に押し付けられる。
「大丈夫、不意打ちで1人削ればもっと安全に…」
「だから、違う!」
顔を挟んで捕まえてきたムアに正面から見つめられ、その怒った様子に面食らう。
「あれは! カイルの意思!」
「……………え?」
言葉が頭に上手く入ってこない俺に、ムアは再び言った。
「王になるって言ったのは、カイルの意思」
じわじわと意味が伝わるにつれ、再び頭が混乱する。
「でも、カイルは俺達を庇って…」
「庇ったかもしれないけど、王になるのはカイルの意思。
ノゾムの魔石、カイルには反応しなかった。
ノゾムが1番よく分かるはず」
言われて記憶を辿る。
だが、血の昇った俺の記憶には何も残っていない。
いや、まさか……俺が気付きたく無かった?
「どうして王になんて……」
「それはムアにも分からない。
でもカイルは覚悟を持ってた」
目眩を覚え壁からずり落ちる俺に、ムアが屈んで視線を合わせてくる。
「ムアは人間の感覚は分からない。
けど、カイルは自分で判断したように見えた。
きっとノゾムが思ってるより、カイルはしっかりしてる。
だから大丈夫」
氷のように冷たい息が暖かくなるまで深呼吸をする。
反省すらカイルの意思を軽んじている気がして、地の位置がグラつくような錯覚を覚える。
「大丈夫。 カイルなら大丈夫」
浅く吐く息の震えが消えるまで、ムアはずっと寄り添っていてくれた。
●●●●
巨大な霧で一帯を包み姿を消したアギト達に、カイルは安堵の息を吐いた。
頭に血が昇ったアギトが王都の民を無差別に殺すのでは無いかとヒヤヒヤしたカイルだが、去り際のムアの静かな瞳に安心する。
それよりも、カイルは真っ先に話さなければならない人がいた。
「……私は……なんて事を……」
デスサイズを地面に力無く降ろし、幽霊でも見たような顔のファルシュをどう励まそうかと思案する。
アギトからファルシュと祖母の関係について聞いていたカイルが悩んでいると、城の方からドタバタと大勢の足音が近付いて来た。
「ゼヒッ、王族は!
ハァ、ハァ……王族は捕まえたのかね!?」
護衛を置き去りに、腹の肉を揺らしながら汚い汗を流す肉だるまを一目見たカイルは、直ぐに分かった。
「ははっ、あれが噂のマルズロか。
確かにアギトは嫌うだろうなぁ」
様々な意味で汚い男に、カイルは思わず吹き出す。
だが、思い出の苦笑は冷たい微笑に変わった。
「王どころか、人を人とも思ってない発言だね。
優しいムアも怒る訳だ」
足を上げているのか、身体を傾けているのか分からない歩き方でヨタヨタ近寄って来るマルズロを、カイルは魔法でドンと突き飛ばした。
「フグァ!?」
ビトッと尻餅をつくマルズロを助け起こそうとしたルトレリだが、ふと目にした未来に『妥当だ』と考え、差し出した手を引っ込める。
ゴウッ!!!
突然強く吹いた突風がマルズロを空高く吹き飛ばし、そのまま誰も助けずに石畳に落ちた。
「……グゥ」
ひっくり返って呻くマルズロに、カイルが冷ややかな視線を向ける。
「アギトが言ってた通り頑丈だ。
今回の騒動の元凶はお前だね。
みんな、彼の事おもちゃにしていいよ」
カイルの許可に、王都に無数に蔓延る不可視の妖精達がマルズロに群がる。
「痛っ、痛いぞ!!
早くどうにかしないか!!」
髪の毛を引っ張られ喚くマルズロに兵士達が駆け寄る。
だがマルズロに触れようとした兵士の手は、静電気のような音と共に弾かれてしまった。
「うわっ、何だ!? どうなっている!!」
今度は跳ねるように転がり始めたマルズロに、恐怖を覚えた兵士達が後退る。
そんな彼らにお上の声が響いた。
『道を開けて、案内しろ』
人以外の気配が満ちる場に、当初あった拉致対象はもう居ない。
アガパ山脈産まれ、乱暴者育ちの王が、トラモントに君臨したのだった。




