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呪い

「………ガハァッ!!」


 マルズロ・ヘトスは、今夜4度目の目覚めを迎えた。


「ゼーヒュー……ゼーヒュー………」


 脂汗を拭い、水瓶を引っ付かみ乾いた口に流し込む。


 マルズロの顔には、濃くなりすぎてたるみとなった黒いクマが刻まれていた。


「……ふーっ、ふーっ………」


 ゲル浄化作戦から、何度も何度も同じ夢を見る。


 闇の中から手が伸び、手足や臓物を引きちぎるのだ。


 痛みと恐怖に身を捩り叫ぶマルズロの目前に浮かぶのは、あの忌々しい牙のマスク。


 マルズロはアギトの呪いに苦しめられていた。


 だが、マルズロを苦しめるのはそれだけでは無かった。


 広い寝室には豪華なベッドが1つ置かれているものの、その他の家具は異様な程少ない。


 もしカーペットに指を這わせれば、四角く窪んだ箇所が幾つもあるのに気付けるだろう。


 この部屋だけではない。


 かつて屋敷を煌びやかに飾っていた殆どの物が売りに出されている。


 グレイ・リニーウら復興派による報告で、マルズロの国王派での立場は最早無いに等しい状況まで追い詰められていたのだ。


 ヘトス家は豪商であった先々代がグレーザ王に爵位を授かった事で貴族の仲間入りを果たし、先代が貴族の立場を築き現在まで上り詰めた。


 その先代が王位争いを乗り越えた時に病で倒れ、マルズロが当主の座に着いたのである。


 今代で領地を持つ野望を抱えていたマルズロだが、とても叶いそうにないのが現状だった。


「……ぶはっ…………ん?」


 空の水瓶を棚に置いたマルズロは、ガチンとビンに当たって落ちた影を拾い上げる。


 それはお香であった。


 しかも呪物。


 先代が王位争いを乗り切る際に使用した、近くの王族を示す呪物だ。


 王族の遺灰を使い作った、王を王とも思わない外道の呪物だが、マルズロにとっては紛れも無い父の形見である。


 拾い上げて傷を確かめるマルズロの指の隙間から、灰が一筋立ち上り月光に浮かんだ。


 灰は風になびきながら、フリスト王の住まう城へ向かって伸びている。


 いつも通りの光景だ。


 そのはずであった。


 負の歴史の証明程度の価値しか持たぬ、たかが骨董品。


 だが街へ向けて浮かんだ2つ目の紫煙は、新たな道を示していた。



●●●●



「ほい」


 露店で商品を受け取り代金を手渡すと、恭しく受け取られて溜息をつく。


 噂どころか目撃者が多数いたせいで、昨日からこうであった。


 宿は主人が脂汗を流しながら最上級を格安で泊まらせようとして来たり、道を歩けば譲られる始末。


 更には露店で物を買うだけでもこの有様だ。


 俺が強奪するとでも思っているのだろう。


「今の見た? 酷いよねぇ。

 そう思わない? カイル」


「思わない。 昨日のはアギトとムアがどう考えてもやり過ぎだよ」


「でもさぁ、俺達はあくまで襲って来た奴らを倒しただけだぜ? なぁムア」


「ガゥ、ガウゥウ?」


「そうそう、こっちから襲いかかった訳じゃないのにねぇ」


 盛大な歓迎をしてくれたギャング達を連れて観光した先日の行いは、目撃者によって『地獄轢き』と名ずけられたていた。


 その地獄轢きの際に撒き散らかした肉片やらが生臭かったので、俺達が現在散歩しているのは3層目である。


「そう言えば、昨日アギトがギルドマスターから直接持ちかけられた依頼あるでしょ?」


「ん? ああ、きな臭いから蹴った話?」


「そう。

 あれ調べてみたんだけど、帝国の金級が盗賊のバックにいるかもしれないんだって。

 姿を見たって旅団が3つあったから、信憑性は高いと思う」


 昨日の今日の話にも関わらず、大した情報収集能力である


「どんな金級か分かる?」


「『雷槍コクノイア』って帝国の将軍らしいよ」


「ほーん。 どんなもん強いんだろ」


「さぁ?…って、ちょっとムア!」


 カイルが俺の背丈を追い越し、ムアの背に拉致られる。


「……フスッ」


 どうやら俺達だけで会話していたのが寂しかったらしい。


「ごめんごめん。 ならムアも人の姿になる?」


「ガウゥ」


「でしょ、俺も他の人にムア見られたくないし」


「アギト……」


 独占欲を隠さない俺に呆れていたカイルだったが、ふと視線が俺の向こうへ向いた。


「?」


「ガウ?」


 視線の先の人混みを睨むように見ていると、見覚えのある老婆が姿を現した。


 彼女の事はよく覚えている。


 ゲル浄化作戦中に俺のテントへやって来て、マルズロとの敵対関係をやめてくれだのほざいた老婆だ。


「ガウ?」


 殺すか問うてくるムアに待ったをかける。


「いや、悪意を感じ無い。

 恐怖はあるけど。

 マルズロが来てもどうにでもなるし、話だけ聞いてみようぜい」


 老体に走らせるのは宜しくないだろうが、迎えに行く程の仲でも無いので立ち尽くして待つ。


 だが……突然人混みの向こうから猛烈な恐怖が波のように沸き立った。


「あ、やばい。

 脱出するよ」


「ガウッ!」


「うわっ!!」


 ムアに飛び乗り駆け出す直前。


 鬼の形相で馬に跨る騎士の槍に、老婆が貫かれるのが見えた。


「あ」


「グル?」


「いんや、何でも」


 人の頭上を飛んで走るムアの速さは、地を這う馬達には届くまい。


 だがムアは3層を越えようとした所で、突然急ブレーキをかけた。


「おっ!、と?」


「ガウッ!!」


 ムアが忌々しげに睨む先には、空気中にシャボン玉のように結界が張られていたのだ。


 いや、違う。


 たった今、目の前で張られた。


 割る……猶予は無さそうだ。


「伏せてな」


 建物の影にカイルを隠し、背にして振り返る。


「間に合ったようね」


「ええ。 危うく王を逃す所でした」


 人混みの頭上に浮いて現れたのは、ゴスペルを歌いそうな黒人の女と、対照的に白磁気のように生気の無い肌をした細身の男が立っていた。



●●●●



「金級が2人向かったのなら大丈夫だろう」


 騎士は兜を上げると、汗を拭い息を吐いた。


 そして、槍の穂先で枯れ枝のように地に転がる老婆を睨む。


「やってくれたな。

 長年雇われていた恩も忘れたか」


 騎士が槍を捻るが、老婆は呻く事もせず何かをブツブツ呟いている。


「おい、聞いてるのか!!」


 騎士が老婆をひっくり返すと、くぐもっていた声が辛うじて馬上に届く。


「……滅びてしまいます、トラモントが……トラモントが……滅んでしまいま……す……」


 縋るように訴える老婆に騎士は槍を振りかぶった。


「貴様のせいで危うくそうなりかけたのだ。

 死をもって償え」


 国を守る為に鍛えられた騎士の槍は、美しい弧を描いて老婆の首を跳ね飛ばした。



●●●●



「あなたが骸のアギトと、その使い魔のムアね」


「何の用かな自殺志願者共」


「グルルルル…」


 こいつらは知っている。


 女の方は『星見のルトレリ』


 男の方は『波紋のミラス』


 『滅炎のファルシュ』と『黄金のティラック』に並ぶ、トラモント王国の誇る金級冒険者の二柱が雁首揃えてお出ましだ。


「王を渡しなさい」


 淡々と告げるミラスを鼻で笑う。


「敬意の欠けらも無い雑多が口を利いていいお方じゃ無いんでね、死んで出直すのをおすすめするよ。

 安心しな、今から送ってやるからさ」


「グルルルゥゥ………アォーン!!!」


 ムアの霧と同時に瘴気を散らばせ、周囲に張り巡らされた『糸』を消し飛ばす。


 この糸は情報が正しければ、ミラスの固有能力のはずだ。


 だがミラスは自らの糸が何の役目も果たさず消されても、顔色1つ変えない。


「確かに厄介な、そして邪悪な力ですね」


「でしょ。 まともにやりあえば後遺症を保証するよ」


「それは楽しみです」


 ミラスの鞘から現れたのは、鞘より遥かに太く、一方で刃は紙のように薄い両刃の剣であった。


「口ほどはあると良いのですが」


 ミラスの剣が風を凪いで振るわれると、その軌跡から白い波紋が広がり、斬撃となって襲い来る。


 石造りの塀を両断してなお勢いの衰え無い斬撃だが、噂が確かであれば……


 空に届きそうな程広がった白く波打つ斬撃は、空気を濁らせる俺の瘴気に触れると、溶けるように消えた。


「口ほどに無いね」


 やはり、ミラスは俺の敵ではなかった。


 と言っても、ミラスが弱い訳では無い。


 彼の固有能力は『魔力によって糸を造る能力』らしいが、糸の細い形では瘴気の浸透が滅茶苦茶早く、瘴気には歯が立たないのだ。


「あなたじゃ相性が悪いわね、ミラス」


「……そのようですね」


 ルトレリの言葉に、ミラスはようやく渋い顔をした。


 力関係はルトレリの方が上のようだ。


 ボーッと観察するフリをしていると、ルトレリが目だけでこちらを睥睨する。


「骸のアギト。 そんな事をしても無駄よ」


「そう?

 いけそうだけどね」


 背後に濃縮していた瘴気を薄め、一部が茶色く変色した結界を見せる。


 瘴気を散らせた時からずっと結界を溶かしていたのだが、時間さえかけて溶かせば何とかなりそうなのだ。


「あんたの固有能力は、盲目とはむしろ正反対だったはずだけど」


 ルトレリは顔を俺に向けると、ニッコリと母親のような優しい笑顔を作る。


「正解、よく勉強してるじゃない。

 その通りよ」


 ルトレリが手を一つ叩くと、結界を蝕んでいた瘴気が新たに流れて来た魔力に押し返される。


「ちっ」


 張り直された結界によって、何とも厄介な事に俺がコツコツ削っていた分はチャラになってしまったようだ。


 もしこれを割ろうとするのなら、傷を付けて瘴気で侵食し、もろくして叩き割るしかないだろう。


 ムアと俺が本腰入れて結界を割ろうとすると、地面に何らかの魔法陣が浮かび上がる。


「させないわよ」


「ムア!」


「ガウッ!」


 カイルを咥えたムアと共に、その場から飛び退く。


 だが踏んだ先の地面に微弱な魔力を感じ、今度は瘴気で満たした肉の根を張って爆発を相殺した。


「なるほどね。 これはうざい」


 『星見のルトレリ』の固有能力は『近い未来の可能性を見る』と言う厄介なものであった。


 先程刺されていた老婆の未来予知の別系統だろう。


「でしょう? 諦めるのも選択の1つよ」


「そんな未来が見えるなら、丸腰のまま情に訴えかけてみれば?」


 するとルトレリは呆れたように溜息をついた。


「困った子達ね」


「逆賊に等しい貴族のはた迷惑な勢力争いを棚に上げてよく言うよ」


「それについては同意するわ」


「………」


 清々しいくらいあっさり頷くルトレリの隣で、ミラスが苦虫を噛み潰したような顔をする。


「なら現在、トラモントに王が不在なのは知らないわね?」


「フリスト王がいるでしょうが」


「崩御されたわ。 今朝よ」


 よりによって今かよ。


「若いって聞いてたけどねぇ。

 どうせ殺されたんでしょ?

 まだ生きてるってでっち上げなよ」


「公表されてしまったわ。 王都の外にまでね」


「馬鹿じゃないの?」


 頭が痛くなってくる馬鹿さ加減に嫌になってくる。


「毒殺ですよ、あれは」


 不意に口を開いたミラスに顔を上げる。


「何処かの貴族が殺したに違いありません。

 まだ王家の血筋を辿る呪物の所有者がいたのだと思われます」


 ミラスは先程とは打って変わって、真剣な眼差しで見つめて来る。


「禍根の根は必ず断ちます。

 どうかトラモントの王を、保護させては頂けないでしょうか」


「元王が死んでるのが何よりもの証拠でしょ。

 論外だね」


「グルルル………」


 話している間に兵士達が包囲しているが、あの程度の雑魚が群がった所でなんの驚異にもならない。


「他を当たりな」


 会話の最中に根を張り巡らせておいたので、先程のような妨害も意味はなさない。


「そう。 ……なら仕方が無いわね」


 『怒り』を溜め込んだ骨と筋肉と魔法の手榴弾を押し付けて爆発させ、結界に穴を開けた。



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