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ギルマス

 王都のギルドは、3層目と2層目の壁を貫くトンネルのように造られていた。


 外観だけでもギニンのギルドの3倍以上の大きさがあるのは、流石王都と言った所か。


 大きな入口を潜ると、乱雑に置かれたテーブルの向こうに、壁から壁まで渡し広がるカウンターが目に入る。


 だが俺達の行方を阻むように、冒険者が4人立ち塞がった。


「見ねぇ顔だガっ!!?」


 と思ったら周囲の冒険者がその4人を殴り飛ばし、更には部屋の隅まで引きずってリンチにしている。


「あーあー、可哀想に。

 ま、自浄機能がよく働いている証拠だわな。

 王都のギルドもなかなか治安が良いらしい」


 感心している俺の横で、カイルがジト目を向けて来る。


「絶対違うでしょ。

 アギト何したの?」


「さぁ? 噂通りの事しかしてないけどなぁ」


「ガウ?」


 外で待っていたムアが中の騒ぎに顔を覗かせた事で、場は更に混沌と化す。


 ある冒険者は料理をひっくり返して椅子から転げ落ち、書類を書いていた商人はペン先を潰して依頼書を台無しにし、新米冒険者は空っぽの腰の剣を探して空を何度も掴んでいる。


「出直す?」


「冷静過ぎない?」


 呆れるカイルだが、この空気に飲まれていないあなたも俺達サイドですよと言わせていただきたい。




「やかましい!!!」




 ギルドの奥から落雷のように響いた怒号が、喧騒を吹き飛ばす。


 ガツーンと扉を開いて現れたのは、力士以上の巨躯に、ダルマの頭が乗っかった大男であった。


「ったく……モンスターの前でもそんな風に騒ぐからテメェらは何時まで経っても銅級止まりなんだよ」


 彼の言葉が胸に刺さったらしい冒険者数人が脱力する中で、大男は俺を見て凶悪に笑う。


「お前がアギトだな?

 来い」


 大男は岩が形を成したようなゴツゴツした巨大な手で扉を開けると、俺達に部屋の奥へ行けと顎をしゃくった。


「ガウゥ?」


「いや、何も感じない。

 外で待ってる?」


「ガウ」


 カイルはムアに任せれば大丈夫だろう。


 大男に促されるままにカウンターを抜け、案内されたのは広い応接間であった。


 突然呼び出されたのか、ギルドの重鎮と思しき面々が急いで席に着いている。


「そこに楽にしろや」


「じゃ遠慮無く」


 俺が椅子を引くと、まだ完全に腰を下ろしていないにも関わらず髭だるまは喋り出した。


「俺はエゼロ。 王都のギルマスだ。

 ゲル浄化作戦中じゃウチのが世話になったらしいな」


 世話になったねぇ……


「あー……どっち?」


「どっちもだ。

 感謝してるぜ、両件ともな」


 それは意外だ。


 冒険者共を食わせてやったのはともかく、マルズロの指図で悪事を試みた冒険者への処罰にも感謝とは驚いた。


「残りの連中は今何してる?」


「素行の悪い奴らだったが、嘘みてぇに大人しくなってるぜ。1人はな。

 残りは死んだ。自殺だ」


「なら良し」


 そんな俺の様子に、エゼロは威圧するように眉を寄せた。


「…………噂通りらしいな。

 お前は知りもしねぇだろうがな……」



 ガツンッ!!



 エゼロが指で、机を叩く。


 たったそれだけで部屋が揺れた。


 気で強化した気配は無かったので、固有能力だろうか。


 

 ガツンッ!!


 

 俺の意識を引くように、机が再びノックされた。


 深い影の奥で光るギョロリとした瞳から、するどい威圧が飛んで来る。


 俺の邪視に似た、一般的な精神干渉系の魔法なのだろう。


「あいつらはな、俺の後輩でもあるんだ」


 並の胆力ならとっくに押し潰されているであろう怒気による精神干渉。


 だが俺は、送り込まれる魔力を迎え入れて吸収する。


「そういう話?

 なら責任はお前にも有ると見る事も出来るけど」


「ひっ…」


 身を乗り出した俺の耳に、微かな悲鳴が届く。


 脇に目をやれば、真っ青な顔で縮こまったギルド職員が見えた。


「っと……」


「………ふん」


 瘴気を引っ込めた俺に、エゼロもまた怒気を抑える。


「ほい、十分?」


 座り直した俺に、エゼロは憎々しげに舌打ちをした。


「可愛げの無ぇガキだ」


「生憎擦れちゃっててね。

 で、こんな事して得るものあったわけ?」


「多少はな。

 本題だ」


 先程の威圧が嘘のようにすました顔をしたエゼロは、大きな手にはチンケに見える依頼用紙を机を滑らせて寄越した。


 チラと文面を見て、おや?と思う。


 依頼内容は俺がギルドに来た目的だったのだ。


「受けろって話?」


「その通り。

 指名依頼だ。 俺からのな」


「理由は」


 不躾に問う俺に、エゼロはニヤリと笑う。


「【斬輪のルイトラ】を殺したらしいじゃねえか。

 その実力を買って、お前が相応しいと判断した訳だ」


 したり顔をするエゼロだが、肝心の部分がはぐらかされている。


「説明不足じゃない?」


「そうか?」


 威圧的な笑顔で先の言葉を封じようとするエゼロにため息が出てしまう。


 この手の安い駆け引きには惹かれない。


「つまらんね。 この依頼は考えさせてもらうよ」


 荒くれ者の冒険者相手なら良い度胸試しかもしれないが、そんな無意味なリスクを負ってまで認められようとは思わない。


「はっ、噂と違って臆病らしいな!」


 席を後にする俺の背に、気丈な声が聞こえてくる。


「1人の身じゃ無いんでね」


 アホらし。


 あれらは俺とは根本的な考え方が違うのだろう。


 振り返らずに、後ろ手で扉を閉めた。



●●●●



「噂通りだな」


 アギトが立ち去った扉を見ながら、エゼロは髭をかき分けるように口を広げて笑った。


 無礼極まる交渉の蹴り方をされたにも関わらず楽しげなエゼロに、ギルド職員が恐る恐る問う。


「……つまり、新たな金級だと?」


「別の噂だ。 強えのは確かだろうがよ。

 あの野郎、自制してやがったぜ」


「自制……ですか?」


 エゼロの固有能力の一つ。


 それは『相手の闘争意思の度合いを感じる』能力であった。


 ギニンのギルドから、アギトについての情報は聞いていた。


 『温厚で優しくはあるが、一度牙を剥けば容赦をしない攻撃性を持つ冒険者』


 これがギニンの見たアギトであった。


 その報告を聞き、エゼロは長年の経験から、もしやと揺さぶってみたのだ。


 結果は彼の深い笑顔が物語っていた。


「ゾクゾクするくれぇのバケモンだぜアイツは」


 だが他のギルド職員達は首を傾げるばかりだ。


「その……怒りを堪えているようには見えなかったのですが」


「違ぇよ。 あいつはその先を見てんだ。

 受けた依頼の先でリミッターが外れれば、とんでもねぇ暴れ方するぜ。

 絶対だ。

 今の腑抜けたトラモントにはあれが必要だ。

 ………国仕えにしてやる」


 元金級冒険者『山宿しのエゼロ』は歯を剥き出しに笑うのであった。


 

●●●●



「早いね」 


「ガウゥ」


 合流したムアの前には、早速男達が倒れ伏していた。


「買い物してたら絡んで来て、僕とムアでやっちゃった」


「カイルもやったの? やるじゃん」


 頭を撫でられはにかむカイルだが、ハッとなって頭を振る。


「えへ……いや、そうじゃなくて。

 何人か逃がしちゃったんだけど、スラムのギャングだったみたい」


「あー報復か」


「うん。 それっぽい事言ってたから来ると思う」


 すると、話している俺達の目の前を巡回兵がスーッと通り過ぎようとしていた。


「あ、意味ないよ」


 通報しようとする俺を止めるカイルだが、そんな事は分かりきっている。


 俺はマスクを外して声をかけた。


「こいつらに襲われたらしいんだけど、どうにかしてくれる?」


 巡回兵はムアに気付きギョッとしたが、俺とカイルを見て鼻で笑うと悪びれもせずに言い放つ。


「こいつらはスラム街の連中だろ。

 4層は管轄外だ」


「3層にいるけど?」


 巡回兵は見えがよしに溜息をつくと、伸びてる男達を魔法で浮かし、目前にあった4層の向こうへ放り投げた。


「ほら、管轄外」


「………」


 不穏な空気を滲ませるムアを宥め、魔法で周囲に声を響かせて確認する。


「つまり、4層目で何が起きても管轄外だと」


「そうだ」


 面倒くさそうに返事をする巡回兵に内心ほくそ笑む。


「そうか、手を煩わせて悪かったね。

 お勤めご苦労さん」


「ん? お、おう……」


 突然の礼に面食らう巡回兵を置き去りに、ムアとカイルを引き連れ4層目に踏み込む。


「あ」


 丁度曲がった角の先から、20人程の汚らしい男達が向かってくるのが見える。


「いいねいいね。

 手間が1つ省けた」


「ほんとにもう……」


 牙のマスクを付け直す俺と軽いステップで歩くムアに、カイルは天を仰ぐのであった。



●●●●



 ギルドに急報が舞い込んで来た。


「っ………どうしたんだ急に」


 カウンターで対応した職員は、鼻を突くすえた臭いに顔を顰める


 息を切らせて駆け込んで来た者達は、殆どが4層目の住民だったのだ。


「ギャングの連中が引き摺られてるんだ!!」


「どうにかしてくれ!!」


 カウンターから身を乗り出し詰め寄る男を、ギルド職員は押し戻して落ち着かせる。


「ギャングの抗争なんてよくある事だろ。

 関わらなければ良いだけの話だ」


「違う!! ギャングが全部喰われてんだよ!!」


「全部って……」


 いまいち要領を得ない説明に困り果てていると、横から馴染みの商人が声を掛けてきた。


「おい、外やばいぜ。

 見に行った方が早いぞ」


 ギルド職員が言われるがままに外に出ると、南の門へと続く大通りは人が溢れかえっていた。


 それも妙な人の集まり方をしている。


 4層の方へ群がってはいるのだが、野次馬にしてはまるで行列を囲むように大通りいっぱいに広がっているのだ。


「……見ろよあれ」


「うわ……どうなってるのかしら」


 どよめく野次馬をかき分けるギルド職員が真っ先に気付いたのは、異様な錆臭さだ。


「ケホッ、なんだよこの匂い………ん?アイツは……」


 人混みを抜けたギルド職員が目にしたのは、丁度建物の影から姿を現したアギトとムアであった。


 同時に、アギト達の行手を阻むように現れる30人程の集団。


 その何人かに、ギルド職員は見覚えがあった。


「ありゃ『ヤーフィス』の連中か?

 こんな白昼堂々とやり合う気かよ」


 『ヤーフィス』とは王都に巣食うギャングの一角だ。


 素行の悪さで懸賞金をかけられている者がいる反面、銀級相当の実力者を何人も抱え込んでいるせいで軍もギルドも手が付けられない危険なギャングである。


 そんな彼らがこんな大所帯で、しかも顔触れを見るに最高戦力を揃えているようだ。


 一方アギトの足取りは変わらず、平然と『ヤーフィス』の方へ歩いて行く。


 『ヤーフィス』のリーダーと思われる男が何かを叫ぶと、それを皮切りに30人が一斉に襲いかかる。


 炎の魔法が無数に煌めき目がくらんだ。


「っ、おいおいまじかよ」


 だが目を瞑ったギルド職員の耳には、予想していた魔法の着弾音は届いてこなかった。


 あるのは時が止まったかのような沈黙だけだ。



「………?」


 恐る恐る目を開いたギルド職員が見たのは、アギトに襲いかかろうとする体制のまま硬直するギャング達であった。


 放たれていた魔法も全て消えている。


 魔法の行方を探そうと目を細めたギルド職員が代わりに見つけたのは、アギトから伸びる無数の紐。


 よく見れば赤黒いその紐は、ギャング一人一人を貫き、石畳に突き刺さっているようだ。


 アギトはその紐を手繰るように引っ張り、ギャング達を背後へ放った。



 トサッ



 ギルド職員の目の前に何かが落ちて来た。


 使い古された皮に見える塊を、ギルド職員は爪先で蹴ってひっくり返し後悔する。


「……靴の先? うわっ!?」


 靴の先端と思われたそれには、なんと中身が入っていたのだ。


 まさかと顔を上げると、何かを背負い直したアギトは何事も無かったように歩き始める。



 ズズ……ズズ……



 1歩、1歩。


 アギトが歩く事に、何かを引き摺る音がする。



 ………う゛う゛……



 サビ臭さと共に、呻き声が風に乗って運ばれて来る。


 先程までは、建物に隠れ見えなかったモノが見えてしまった。


「おいおいおい………嘘だろ………」


 アギトに引き摺られて現れたのは、巨大な肉塊であった。


 いや、違う。


 それは全て、人であった。


 アギトから伸びた紐に拘束され引き摺られる、人間だったのだ。


 小さくなってしまってはいるが、100人は優に超えているだろう。


 血に汚れた衣類の残骸の中に、王都で猛威を奮っていたギャング達のエンブレムが幾つも散見される。


 先程アギトに惨敗した『ヤーフェス』も、たった今その中に加わってしまったらしい。


 だが『ヤーフェス』の者達はまだ叫ぶ元気があるにも関わらず、トロトロ歩くアギトに追いつけないようだ。


 それどころか立ち上がっては自ら転んでいる。


「まさか………」


 ギルド職員は足元に転がる靴の先端を思い出し、身の毛もよだつ想像をした。


「道を開けろ!!」


 そんなギルド職員を我にかえらせたのは、背後から押し寄せる鎧の音であった。


 国軍の登場である。


 普段は4層目の犯罪など見て見ぬふりを通す彼らだが、事の重大さと規模の大きさに動かざるを得なくなったようだ。


 勇ましく現れた国軍であったが、野次馬が割れ開けた視界に絶句する。


 4層を1周する大通りには、インク樽を馬車で持って来ても足りないようなドス黒い赤がグルリと線を引いていた。


 それも恐ろしい事に、アギトがまだ進んでいない場所まで赤が続いていたのだ。


 ギルド職員は近くの男の肩を叩いて尋ねる。


「……あれは何周目だ」


「分からない。 だけど俺が見てから、これで2週目だ」


 少なくとも、2週目。


「そりゃ大した腕力なこった」


 覚えのある野太い声に、ギルド職員は顔を上げる。


「エゼロさん」


「おう、すげぇ事になってんな」


 エゼロはそう言いながらも横目で国軍を見やる。


「馬鹿だな、自分達から放置したってのによ。

 あいつらじゃ歯も立たねぇぜ」


 呆然としていた国軍だが、渋々士気を取り戻したようで再びアギトを直視する。


 だがアギトが顔を向けた瞬間、国軍は阿鼻叫喚となった。


 ある兵士は絶叫し、ある魔法使いは気絶、更には指揮官である騎士が腰を抜かし水溜まりを作っている有様だ。


「はぁ………」


 あまりの惨状にエゼロは溜息を着くと、アギトを威圧するように睨みつける。


 常人どころか銀級ですら意識を飛ばす程の精神干渉攻撃だが、アギトはつまらなそうに視線をやっただけでさっさと歩いて行ってしまった。


 残されたのは、地面に濃く染み込んだ血の道と、まばらに転がる肉片と臓物だ。


「……エゼロさんの感、当たりましたね」


「……こんなに早いとは思ってねぇよ。

 くっそ、報告よりずっとイカれてやがる。

 要らねぇわ、手に負えん」


 エゼロはボサボサの眉毛が繋がる程眉間にシワを寄せ、唸るのであった。

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