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ケモノビト

「カイル、元いた所に返して来なさい」


「そんな事言わないでよ。

 木の影で雨宿りしてたから可哀想になっちゃって」


 可哀想ねぇ……。


 牙が剥き出しな荒々しいその姿からは、雨に濡れて可哀想ってより、ワイルドって表現が相応しい気がするけれども。


 だが二足歩行し、衣類も身につけているのを見るに恐らくこの虎は……


「もしかして擬人種?」


「うん。 喋って」


 カイルの雑な促しに、巨躯な虎のケモノビトは凶悪な牙が覗く口をガパリと開いた。


「は……腹が減った……」


「やっぱこいつ危険だぜ?」


「もし見境無く襲ってくる人だったら僕はとっくに食べられてるよ。

 ほら、中に入って。

 ムア、朝ごはんの残りあるよね。出して貰っていい?」


 テキパキ指示を出しながら虎を魔法で乾かすカイルに流され、俺はテーブルと椅子を、ムアは1人前の食事を用意してしまった。


「ありがてぇ……」


 虎は椅子にどっかり座ると、爪の生えた手で丁寧に食器を扱い、あっという間に平らげる。


 『どうする?』


 『さぁ?』


 コップの水を飲み干しプハァと息を吐く虎を前に、ムアとアイコンタクトで会話していると、シマシマの大きな背が突然振り返った。


「ありがとな、助かったぜぇ!!

 っと、名乗るのが遅くなったな!!

 俺はティラックってんだ!!」


 鋭い牙を剥き出しにし、大きく口を開けたティラックに愛想笑いが引き攣る。


 多分笑いかけてくれてるんだろうが、見上げるような巨躯相まって今にも噛みつかれそうでならない。


 だが悪意は微塵も感じないので、怖がるのも失礼か。


「どーも、俺はノゾム。

 旅してる冒険者だよ」


「こんにちは。

 ムアも冒険者」


「僕はカイルね。

 さっき名乗ったけど、お腹減りすぎて多分覚えてないでしょ」


 カイルの言葉に、ティラックは鋭利な爪で後頭部をボリボリかいた。


「いやぁ、スマン!

 つーか俺は腹減ると気が立っちまうんだが、怪我とかさせてねぇか?」


 何それ怖い。


 知らん間にカイルは危険な橋を渡っていたようだ。


「むしろ不安になるくらい眠そうだったよ。

 不調は無い?」


「おうよ! 体だけは頑丈なんでな!!

 っといけねぇ、礼を忘れてたぜ」


 ティラックは背負っていた鞄に肘まで突っ込んでまさぐると、貨幣を1枚取り出し指で弾いて寄越してきた。


 って……


「これは貰いすぎ」


 ティラックが払ったのは、何と銀貨だったのだ。


「気にすんな! むしろ見ず知らずのケモノビトを受け入れてくれただけありがてぇってもんだ!」


「それでもだよ。

 ムア」


「うん」


 俺が拡張したテーブルに、ムアがズラっと料理を並べる。


「銀貨には及ばんが、せめて腹一杯食えばいいさ。

 あんたの図体じゃ絶対足りないだろうに」


 ティラックは湯気が立ち昇る料理達を唖然と眺めていたが、こぼれそうになったヨダレにハッとなり慌てて口元を拭う。


「い、いいのか?」


「好きなだけ食べればいい。

 ムア達もお昼ご飯にするつもり。

 ベルヒも食べる?」


 ムアの視線の先を辿れば、ベルヒが階段の上で気まずそうに立っていた。


「私は少しでいいかな……。

 そんなにお腹減ってないし……」


 ほんのり漂ってくる香りから察するに、ベルヒは俺達が下にいる間、ホオズキライチをかなり食べていたようだ。


「何食べてたの?」


「新しい果物。 ほら」


 壁から生やして、カイル、ティラック、そしてムアとベルヒにも渡す。


 女性陣が食べ方を教えている様子を見ながら、途端に賑やかになったテントにどうしたものかと頭を搔くのであった。



●●●●



 山盛りの食事を平らげたティラックは「寝させてもらうぜ」と宣言し仮眠をとったかと思えば、20分程で目を覚ました。


「おはよ。起こした?」


「いや、もうすぐ雨が止みそうだ」


 ティラックはスンと鼻を鳴らすと、天井の向こうにあるはずの曇天を見上げる。


「良く分かるね」


「嫌いだからな。

 雨は毛が湿気っちまって気持ちわりぃんだよ。

 浴びるなら別だけどな」


「そか。

 てか料理全部食べてくれたけど、幾つか食っちゃ駄目なのあったでしょ。

 気を使わせたようで悪かったね」


 どうやら図星だったようで、ティラックは気まずそうに頬を掻く。


 食事中、ティラックが負の感情を持って口に運んでいた料理が幾つかあったのだ。


 完全に失念していたが、人間が食べられる物の中には、他の生き物にとって毒になる物が沢山ある。


 なので万が一中毒を起こした時に備えて、俺だけティラックの眠る1階に残っていた。


「バレちまってたか。

 別に不味いって訳じゃなかったぜ?

 俺は人間と近い味覚してるからよ。

 ただ、こればっかりはどうしてもな……」


「いいよ気ぃ使わんでも。

 俺の固有能力が治療系なんだけど、毒残ってたら治そうか?」


「大丈夫だ、今しっかり休んだからな!

 それに、食ったもんも血肉に変わったし十分だぜ!」


 どこまで本当かは分からないが、眠っている時に気をギュンギュン流しているのは気付いていたので、深堀りはよそうか。


「やっぱし食性は肉なんだ?」


「まぁな。 でも野菜が食えないって訳じゃねぇぜ。

 あの臭くなくて水みたいな野菜は美味かったしよ」


 レタスの事か。


 俺が好きなので気合いを入れて創ったレタスだが、擬人種の口にも合うとは驚いた。


「つーかカイルはあの歳なのに大した落ち着きっぷりだな?

 俺を見たら大の大人ですら逃げ出すやつもいるってのによ」


「でしょう? 肝も根性も座っててどっしり構えてるもんだから、ちょくちょく脅かされるよ」


 世辞が混じっていると分かっていてもつい褒めてしまうのは、身内にかける色眼鏡だろうか。


 何にせよ、悪い気はしない。


「何かデケェもん乗り越えた顔してたぜ。

 ありゃ相当な大物になるな!」


 ガハハと快活に笑うティラックにつられ、自然と笑みがこぼれる。


 だが、脳は体と切り離されたように冷静に言葉を紡いだ。


「……あの子はアガパの民でさ、つい最近両親を亡くしてるんだよ。

 だから否が応でも覚悟が決まっちゃったんだろうね」


 反応を伺うも、ティラックは息を潜めるように黙って続きを促してくる。


「ま、俺達としてはその才能を腐らせずに、本人が望む形で将来に繋げさせてあげれれば十分だね」


 言い切った俺に対し、ティラックは安心したような顔をした。


「……そうか、ならいいんだけどよ。

 お前らが一緒にいれば大丈夫だな」


 話は終わりとばかりに、ティラックは体をゴキゴキ鳴らしながら立ち上がる。


「あぁ、そうだ。

 この道って事は、お前ら王都に行くんだろ?

 長居すんのはよしとけよ。

 あんまいい場所じゃねぇからな」


「分かってる、覚えておくよ。

 あ、声掛けてく?」


 鞄を背負ったティラックは天井を見上げると顔を横に振った。


「眠りを妨げてまでする挨拶じゃねぇさ。

 助かったって伝えといてくれ」


「おけい」


 植物の根を操り入口を開くと、外は確かに雨が上がっている。


「次会ったら、もうちっとゆっくり話そうぜ。

 出来れば王都からもっと離れたところでな」


「ごもっとも。

 んじゃ、また縁があれば」


 ティラックは満足気に雨の残り香を嗅ぐと、振り返らずに去って行ってしまった。







 姿が見えなくなってからもぼんやり外を眺めていると、背後から腕が回される。


「行った?」


「うん。 間違い無く」


「どうだった?」


「バレてたね」


「どっち?」


「どっちも」


 ムアはしばらく黙っていたが、無言で抱き締める力を強めて来た。


「………追って殺す?」


「多分大丈夫」


 踵で振り返り、大きなフカフカの耳を撫でる。


「悪意は感じ無かったよ。

 それに………多分俺とムアのどっちかだけでも勝てる」


 ムアは俺の腹に埋めていた顔を上げた。


「『黄金のティラック』はそんなに強く無い?」


「弱くは無いだろうけど、ディカ達とかファルシュに比べたら全然まし」


「なら良かった」


 『黄金のティラック』はトラモント王国に仕える金級冒険者の1人だったのだ。


「しっかしビックリしたよ。

 そもそも擬人種が珍しいのに、見た目まで一致してまさかなーって思ってたら本人だったもん。

 毒でも盛ろうかと思ったわ」


「料理を不味くするのは駄目」


「分かってますって」


 湿気った冷たい風から逃れるように、華奢な背中を押し部屋に戻る。


 生やしたソファに2人で腰掛けたところで、ふと思い当たった。


「ひょっとしてティラックはバルガルフに向かってる最中だったんじゃない?」


「そうなの?」


「俺達がアガパ山脈に登ってる時、すれ違った騎士が金級を呼ぶとかって言ってた気がする」


 ムアは目を閉じて僅かに考え、閃いたように顔を上げる。


「情報が入れ違った」


「多分ね。

 ま、ティラックには無駄足運んで貰うとしましょうか。

 その方が王都も安全になるし」


「ならティラックが居ない間に王都に行く」


「そうしようか。 明日からは甘えていい?」


「沢山甘えて」


 両手を広げるムアを、思いっきり抱きしめるのであった。



●●●●



 よく晴れた翌日の朝。


 植物ハウスを土に還す俺の横で、ベルヒは名残惜しげに跡地を眺めていた。


「ベルヒ、忘れ物した?」


 ムアに聞かれ、ベルヒは苦笑する。


「勿体無いって思っただけだよ。

 あんたらからすれば何時もの事なんだろうけど、私はこんな豪華な家に住んだ事は無かったからさ」


「何時か家が欲しくなれば、ムア達に言えばいい」


「いつか自分の店を持てたら頼むよ」


 笑いながら返すベルヒから、負の感情は感じない。


 憂いはこの数日間でかなり薄くなったようだ。


 溢れ出すように膨らんだ霧に包まれると、ムアは大きな獣の姿に変身する。


「私が最初に見たムアさんだ」


「ガゥゥ」


 ムアに促され、大きな背に3人並んで跨る。


「け、結構高いんだな……」


 立ち上がったムアの高さに声を震わすベルヒを見て、ふと脳裏に懸念が過ぎった。


「高いけど、直ぐにそれどころじゃ無くなるかもしれんよ」


「ん? それはどう言う……」



 ゴウッ!



 水のように重くなった空気が、俺達の全身にぶつかってくる。


「お、ムアにしては緩かな走り出しですねぇ」


 普段のムアだと、俺とカイルが前傾姿勢でいなければ痛みすら感じる程の速さで走り出すのだが。


「アギト、ベルヒが…っ………」


 振り返れば、最後尾に座っていたベルヒが仰け反って吹き飛ばされかけているでは無いか。


 その胸ぐらをカイルが必死に掴んでいる。


「くっ………背中支えてあげて!」


 カイル渾身の叫びに応えるように、不可視の背もたれが吹き飛ばされかけていたベルヒの身を起こさせる。


「「あ」」


 戻ってきたベルヒは、白目を剥いていたのであった。



●●●●



「はっ!?」


 悪夢から目覚めたベルヒは、跳ねて起きた。


「おはよ」


「……おはよう」


 見渡すと、部屋には本を片手に優雅に寛ぐノゾムだけしか見当たらない。


「ムアとカイルなら飯作ってくれてるよ」


 無意識にムアを探すベルヒに気付いたノゾムは、本から目を逸らさずに答える。


「すまない、移動中の記憶が無くて……眠ってしまっていたみたいだ」


 正確には気絶していたのだが、乙女に「白目剥いてたぞ」と言うのも酷かと考えたノゾムは苦笑に留める。


「……カイルだけじゃなくて、ノゾムさんも勤勉なんだな」


「あー……どうだろ」


 返事に困るノゾムに、まさかエロい本かと本をチラ見したベルヒは目眩を覚えた。


「うっ……」


 比喩でも何でも無く頭がグワンと揺れ、酷い酒の酔い方をしたような頭痛に、額に手を当て俯く。


「あぁ、いかんいかん」


 遠くでノゾムの声が響く。


 沈みかけた意識を浮上させたのは、ノゾムの人差し指であった。


 額に押し付けられる指に、痛みが吸い込まれていくのを感じる。


 しばらくそうしているとようやく治まった頭痛に、ベルヒは息を吐いた。


「っつう………今のは」


「おっと、危ないよ」


 正体を確かめようとしたベルヒの視線を遮るように、ノゾムは本を自らの影に隠す。


「危ない?」


「この本は呪いの本だからね。

 禁書ってやつ」


 耳を疑う言葉にベルヒは目を剥く。


「そんな物騒なもん、何処で手に入れたんだい」


「盗賊が隠し持ってた箱にあったよ。

 封印されてたけど解けちゃったから、仕方なく読んでるってワケ」


 『読んでいるワケ』とやらはサッパリ理解の追い付かないベルヒだったが、怖いもの見たさで聞いてみる。


「……禁書って、どんな内容が書いてあるんだ?」


 ノゾムは背後の本をチラ見すると、平然と答えた。


「死霊術」

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