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微睡み

 アサギバルが咲き乱れた直後の事、俺達は生憎の雨に見舞われていた。


 せっかく良い旅の再開を迎えられそうな矢先にこれである。


 だが幸いにも、ムアの機嫌は良いままであった。


「美味しい」


「そりゃよかった」


 ムアがモグモグ食べているのは、先程落下して来た巨大な鳥の肉だ。


 雨に濡れて土に塗れるくらいならと爆風で花吹雪を空に飛ばしたら、通りすがりの渡り鳥らしき巨鳥の群れを巻き込んで何匹か墜落して来た。


 そいつの肉にソースを絡めて野菜と炒め、朝食の1品に加えてやったのだ。


「アサギバルは幸せを運んでくる」


「あれは事故……ま、ムアがいいってんならいいけどさ」


 水を刺して満足気な笑顔を陰らせる理由は、この世界のどこを探しても無いだろう。


「2人も追加いるかい?」


「先にサラダ貰っていい? 水みたいな甘い葉っぱに、チーズのドレッシングかけたやつ」


「レタスのシーザーサラダの事か。

 気に入ってくれたようで何よりだね」


 バルガルフで入手したチーズで頑張って作ったのだが、ここまで気に入ってくれるとは嬉しい限りである。


「私も同じものをいいか」


「ングッ……ムアも!」


「はいよ〜」


 モシャモシャ食べるムア達を前にふと、母親とはこんな気持ちだったのだろうか、と考えてしまう。


 地球にいた頃は思春期に突入してから何時も1人で食事をしていたが、今となっては親不孝を反省するばかりだ。


 だがまた会えるかも分からない家族の事よりも、今はムア達との幸せに専念すべきだろう。


 山盛りのサラダから俺の分を取り分け、味を確かめる。


 うむ、美味い。


 だが完全な再現とはいかないのが悔しいところだ。


 マヨ、チーズ、胡椒、ニンニクが入ってたのは覚えていたので再現してみたが、まろやかさがイマイチ足りない。


 卵が入手出来ていないからだろうか。


 代用品を考えつつ食事をしていると、完食したカイルが立ち上がった。


「ごちそうさま。

 シュワゥとリルが遊びに行きたいって言ってるんだけど……散歩行ってきていい?」


 妖精のお誘い=神隠しが連想されるが、許可を出したのは他ならぬムアであった。


「いい。 でも離れすぎないように」


「うん! お昼までには戻るから!」


 元気に手を振ると、カイルは雨の中散歩へ行ってしまった。


「いいのか?」


 心配そうに聞くベルヒと同意見だった俺は、許可を出した張本人に尋ねる。

 

「どうなの?」


「バイコーンの群れでも、カイルの妖精なら勝てる。

 銀級より強い。 金級程では無い」


 ほーん、って待てよ?


「ムア、ひょっとしてカイルの言ってる妖精見えてるの?」


「見える。

 人間の目だと見えないけど、ムアなら分かる」


 第六感ってやつかな。


 確かに、元が人間どころか普通の生物では無いムアなら見えても不思議では無い……のか?


「ならさならさ、シュワゥとリルってどんな見た目?」


「うーん……」


 ムアは霧の塊を蠢かせ、ふたつの塊を形作った。


「こっちがシュワゥでこっちがリル」


 ムアがシュワゥと言って指さしたのは、長い無数のヒレで全身が覆い隠されたグッピーのような生き物であった。


 一方でリルは人っぽい姿をしているが、手足は先端が長いヒレのような形をしている。


 そして何よりも気になったのは大きさだ。


「でけぇな」


 リルは子供のような姿でありながら俺と同じくらいヒレが長いし、シュワゥに至っては獣の姿のムアに迫る程の大きさであったのだ。


「これくらい大きい。 小さくなってる時もあるけど、これが本来の大きさ。

 結構強い方。 ムアよりは弱い」


「ほぇー」


 カイルは子供にでも聞かせるように叱っていたから、もっとフェアリーな存在を想像していたが、これは……妖怪の類なのでは。


 ま、俺は『邪悪な物の怪も祀ってしまえば神様』な国出身なので受け入れるが。


 むしろ仲良くし、守ってくれるのであればありがたい。


 木製の食器を樹木に還元したところで、ふと雨の音が聞きたくなった。


 席を立ち壁に触れる俺に、ムアだけでなくベルヒも後を追ってくる。


「どこ行くの?」


「屋上にベランダでも作ろうと思ってね」


 壁伝いに階段を生やし、登った先に壁を取払った一室を構築。


 ビーチベッドを3つ用意すれば、安らぎの空間の完成である。


「落ちないように」


「あ、ありがとう……」


 ムアに手を引かれながら階段を登り切ったベルヒは、屋根付きの屋上に着くなり、呆れたような溜息をついた。


「……あんたらは本当に凄いな」


「うん。 ムア達は凄い」


 ビーチベッドの上に布団を用意し、くつろぐ気満々のムアが当然のように答える。


 やがて布団のセッティングに満足したムアは、ベルヒをビーチベッドの1つに座らせた。


「これは……こうやって寝るのか?」


「そうそう。 あ、おやつもあった方がいいでしょ。 ちょい待ち」


 強度を確かめながら寝っ転がるベルヒの顔の横へ太いツタを下ろし、鬼灯のような果実を無数に実らせる。


「これ何?」


「それはホオズキライチ。 新しく創った果物だよ」


 これは、そこら辺の草を魔改造していた時に偶然出来た果物である。


 鬼灯のような赤い被りを破ると、中からサクランボより一回り大きな白い果肉が姿を現す果物だ。


 味は名付けの通りライチに似ていたので『ホオズキライチ』。


 手を汚さず、つまむ様に食べられる美味しい果物である。


 1つむしり取り、被りを破ってムアに食べさせると、薄い表情ながら目を輝かせた。


「美味しい」


「でしょ。 ベルヒも好きなように食いな」


 俺とムアに催促され、ベルヒは見よう見まねで鬼灯を破り果肉を頬張る。


 噛むにつれ柔らかく解けるベルヒの頬に、万人受けを確信した。


 これからお偉いさんとの交渉の際は、世にも珍しい果物とでも言って使えばいいだろう。


 事実、俺かライゼンくらいしかホオズキライチは生やせない訳だし。


 ホオズキライチの味を確かめていると、湿った冷たい風が肌を撫でる。


 土の混ざった、独特の雨の匂いだ。


「寒い」


「寒い時に暖かい布団に入るのが至福なんだよ」


 ほら、ベルヒも布団から顔を覗かせて激しく同意してるし。


 俺がビーチベッドに潜り込むと、ムアも追いかけて滑り込んで来た。


「ムア?」


「一緒の方が暖かい」


 某ホラー映画のように布団の中から上目遣いを向けてくるムアを追い出す理由も無く、頭を撫でるに留める。


 ぶっちゃけ可愛すぎて頬擦りしたいが、ベルヒが居る手前気が引けるのだ。


 まぁ同じ布団に潜り込んでいる時点で、今更かも知れないが。


 だが視線を気にする俺など気にも止めず、ムアは全力で抱きしめてくる。


 そんなムアに置いていかれまいと、俺は応えるように抱き締めて包み込んだ。


「んー!」


 喉の奥で歓喜の悲鳴を鳴らすムアに、思わず苦笑してしまう。


 ムアには、俺達人間の気にする見栄など関係無いのだろう。


 ならば俺も、ムアの隣に立つ者として人の常識に囚われずにありたい。


 俺とムアが二人の世界を作りかけた時、気まずそうに身動ぎする布団の音で、もう1人居ることを思い出した。


 しっかり目が合ってしまったベルヒは今更知らないフリをする訳にもいかず、視線を空に泳がせ言葉を絞り出す。


「……邪魔して悪い。

 ……ノゾムさんとムアさんは、そう言う関係なんだろう?」


「うん!」


 布団からぴょっこり飛び出したムアが、勢い良く返事をする。


「そ。

 ちなみにカイルは養子件、駆け出し行商だね」


「そうか。

 実は私も行商を始めたばかりにあいつらに捕まってな。

 ノゾムさんには話して無かったろ」


 如何にも初耳ですと装いつつ身の上話を聞くに、ベルヒは今後王都で行商を再開したいそうだ。


「じゃあ王都から再出発するんだ?

 なら盗賊から取られたものもあるでしょ。

 好きなの持ってきなよ」


 ベルヒは俺の言葉に慌てふためく。


「そんなつもりで言った訳じゃ無いよ。

 それにあれはもうあんたらのもんさ」


「元はベルヒの物。

 ムア達はお金に困ってないから遠慮しなくていい」


 そう言い切るなり、ムアはベルヒの返事を待たずに戦利品を床に並べ始める。


 「ほんとにいいんだよな?」と念押したベルヒは、並べられた物の中からポーチと小物を幾つか拾い上げた。


「それで全部?」


「他は野菜だったから……食い尽くされたみたいだ」


 忌々しげに目を細めるベルヒの背を、ムアが宥めるように撫でる。


「野菜ならノゾムが生やすからいい。

 あいつらは殺した。

 もう大丈夫」


 ムアに言い聞かせられベルヒは目を閉じて深呼吸すると、ただ疲れたように溜息をついた。


「……ありがとう、落ち着いたよ」


 それでもしばらくベルヒの背を撫でていたムアだが、ふと何かを思い付いたらしい。


「飴を回してモクモクさせてた食べ物、あれ食べれば元気になるかも」


「モクモク……?

 あ、わたあめか。

 そういやあの後作ってなかったね」


 事が事なのでそこまで単純に行くとは思えないが、話題を変えるには十分だろう。


 ムアに渡された飴を結界で覆い、溶かして回してモクモクさせれば完成である。


 顔より大きな綿飴に枝を突き刺し、2人に渡す。


「これは……?」


「わたあめ。 美味しいって言ってたから美味しい」


「………?」


 ムアの主語がすっ飛んだ説明に困惑するベルヒだが、わたあめを1口食べるなりどうでも良くなったらしい。


 俺は甘い物の気分では無かったので、具無しスープを啜りつつ雨の音に耳を澄ませる。


 雨粒が屋根を打つ音も、湿った空気の肌寒さも、僅かに香る土の匂いも、地球となんら変わりは無いらしい。


 気付けばムアとベルヒはわたあめを完食したようで、残った甘さを溶かすようにスープを口に含んでは白い息を吐いている。


「ノゾム」


 ムアに手を引かれ、布団の中に潜り込む。


 心地良い微睡みに目を閉じようとした時。


「およ?」


 外から感じた強い鼓動に、ムアと揃って身を起こした。


「カイルと一緒にいる」


「ぽいね。 悪意とかは無さそうだけど……」


 突然起き上がった俺達を、ベルヒは何事かと微睡んだ瞳でみつめている。。


「行く……までも無さそうだね」


 強大でありながら静かな気を有すその存在は、なんとカイルに連れられて俺達の植物ハウスに向かって来ていた。


 2階で寝そべっている訳にもいかず、ムアと1階に降りる。


「あれ、人のままでいいの?」


「うん」


 俺達が玄関で待っていると、雨の中にも関わらずゆっくり歩いて来たカイルが扉をノックした。


「開けてー」


「はいよ」


 ツタで厳重に閉ざされた扉を開くと、カイルに続いて入って来たのは、大きな大きな二足歩行する虎であった。


「カイル、元いた所に返して来なさい」

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