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大きな木陰

 食事を平らげて一息着いたベルヒは、気まずそうに頭を下げた。


「……ありがとう、あんたらのお陰で助かった」


「ご丁寧にどうも。

 ベルヒだったっけ? 希望の行き先があったらそこまで送ってくよ」


 盗賊に捕まっていた件については触れずに話を進めようとする俺に、ムアも合わせてくれる。


「遠慮しなくていい。 ムア達は自由な冒険者だから」


「……私は……………」


 ベルヒはしばらく考え込んでいたが、思い付いたように呟いた。


「……王都だ。 王都まで行きたい」


 都合良いリクエストに、俺達は顔を見合わせる。


「なら丁度いいね。

 俺らもシュテナに寄ってから王都まで行くつもりだったんだよ」


「っ……」


 だがベルヒはシュテナの名を聞くと、僅かに表情を強ばらせた。


 すぐさま取り繕ったベルヒだが、ジワジワと溢れ出す恐怖は、俺には隠し通せない。


「ま、王都に先に寄るって手もあるけどね」


「い、いや……大丈夫、そのままでいい……」


 それだけ言って黙り込んでしまったベルヒを質問攻めにする訳にもいかず、このまま野営の支度をする事にしたのだった。



●●●●



 ムアと夕飯の仕込みをしながら、今後の予定とについて話し合う。


「ムアは王都に先に行くのいいよ」


「ありがと。

 でも今になって考えれば、カイルの身分がバレて逃げる時を考えたら、王都を出てそのまま西に逃げて行きたいんだよね」


「ディカ達が居るから?」


「それもそうだし、旅をするのであれば西側の小国群を抜けてく方が位置が特定され難いからさ」


 国境は多く跨げば跨ぐほど、追っ手も足止めを食らうだろう。


 カイルとファルシュが会った後の事を考えれば、王都付近をウロウロする期間は短い方が安全なはずだ。


 ベルヒにどんな事情があるかは分からないが、保護対象とは言え身内を危険に晒すのに比べれば多少の我慢はしてもらいたい。


 こんな事を考えてしまう俺は相当冷たい人間なのだろうが、後で後悔するよりは堅実な道を選ぶ。


 だが一方で、情に厚いのがムアだ


「ムアならファルシュかディカみたいなのが追い掛けて来ても逃げ切れる。

 王都が先がいい」


「ぬぅ………」


 確かにムアの爆速なら、追われるどころか待ち伏せされていたとしても突破は容易だろう。


 だが心配性な俺としては、どうしても不安が残る訳で……


 ゴボボボッ


「おわっ」


 2人して考え込んでいたら、いつの間にやら鍋が煮立って溢れていた。


 慌てて火を消す俺の横で、ムアは溢れた具材を霧で受け止める。


「勿体ない」


 床に落ちる前に回収出来たようで、ムアは霧に浮かべたゴーバトン肉のキャベツ巻きをつまみ食いした。


「お味は?」


「美味しい。 でももうちょっと味が染み込んでた方が美味しい」


 人間の味覚を獲たムアはグルメに磨きがかかっていた。


 シェフのアドバイス通り弱火でジックリ煮込んでいると、背後から気配を感じて振り返る。


 部屋から出てきたベルヒが、目を擦りながら周囲を不思議そうに見回していた。


 ベルヒが入った植物テントに連結させる形で廊下や部屋を作ったので、覚えの無い景色に困惑しているようだ


「もう少しで夜ご飯出来るから休んでていい」


 ムアの姿を見たベルヒは、状況は理解出来ずとも危険は無いと安心したようで、安堵の息を吐いた。


「あ、ああ………」


 しかしベルヒは返事をしたものの、俺とムアが料理を作っている手前部屋にも戻れず、居心地悪そうに立ち尽くしている。


 話しかけようとする気配は何度か感じたが、それと同時に恐怖が湧き上がっているようだ。


「ベルヒ、味見を頼んでいいかい?」


「……」


 ベルヒは俺とムアの顔色を伺うと、恐る恐る小皿を受け取り、肉巻きキャベツを齧った。


「……っ!?」


 味を知るなり残りも直ぐに平らげたベルヒに、ムアと顔を見合わせて笑う。


「おいしいでしょ」


 微笑むムアに気付いたベルヒは取り繕うように口の端を拭った。


「……美味しかった」


 鼻の奥に残る風味を噛み締めるように呟くベルヒにおかわりをよそい、同じ小皿をもう一つ手渡す。


「カイルにも食べさせてあげて。

 あっちで勉強してるから」


 廊下の先に灯る明かりを振り返ったベルヒは、俺達に向き直ると消え入りそうな声で言った。


「……ありがとう。

 ムアさん、ノゾムさん」


「あー……うぬ。 少ししたら行くから待ってな」 


 廊下を歩くベルヒの後ろ姿を見送ると、ムアに袖をクイと引かれる。


「ムアがノゾムって呼んでたからノゾムだと思ったみたい。

 アギトじゃ無くて良かったの?」


「まぁいいんじゃない?

 アギトの名前で広まってる噂の中には物騒なのもあるだろうし、不必要に怖がらせるかもしれないでしょ。

 ……あ、他の人にノゾムって呼んで欲しく無かったとか?」


「何で?」


 不思議そうに聞き返してくるムアからは、嫉妬の感情は微塵も感じられない。


 嫌な思いをしていないなら良いが、僅かでも嫉妬していたらそれはそれで楽しみだったのだが。


 そんな心中など知らず摘み食いが加速するムアを、俺は慌てて止めるのであった。



●●●●



 暖かい寝床と、一切の不調の無い体、空きっ腹に染み渡る美味い食事と来て、追い打ちをかけるように用意された花の浮かぶ大きな湯船に、ベルヒは遂に自らの死を疑っていた。


「………はぁ………」


「んふー……」


 肩まで湯に沈めつつ、共に湯船に浸かるムアを盗み見る。


 あどけなさの残る愛らしくも美しい顔、小柄ながら豊満な身体に、輝くような白い髪と耳。


 世の男どころか、女でさえクラッと来るような浮世離れした美しさだが、ベルヒは知っている。


 神獣と言われても信じてしまいそうな、神々しい獣の姿を。


 ノゾムは湯船に向かう2人に平然と果物を生やして渡して来たし、カイルは虚空に語りかけたかと思えば独りでに食器が浮いて消滅した。


 旅の1家と言われたところで、それを鵜呑みにしようとすれば喉が詰まるには十分なほど異常なメンツだ。


 湯に浮かぶ皿からカットされた果実を摘み、爽やかな甘みを目を閉じて味わう。


 これまでの人生が嘘にすら思えるような時間であった。


「どうしたの。 どこか痛い?」


「………え?」


 目を開けると、ムアが両の手でベルヒの頬を包み、親指で涙を拭っていた。


 ベルヒが自分の目から溢れる涙に気付いた頃には嗚咽すら漏れており、何が悲しいのかも分からずに泣き続ける。


 一方でムアは、アギトの魔石が負の感情を吸収している事に気が付いていた。


「全部流せばいい。

 苦しかった事、悲しかった事、全部出してい」


 ムアはベルヒを胸に抱きしめるのであった。



●●●●



 ベルヒをムアに任せて送り出した後、俺は少し後悔していた。


「……任せっきりにし過ぎたかな」


 風呂の提案はムアからだったが、だからと言ってぶん投げ過ぎた気がしないでも無い。


 探りつつにはなるが、俺の出来る事を増やす

べきだな。


 それとは別に作っておきたい物があったので、勉強するカイルの横で、俺は白金の装飾品と魔道具を広げた。


「何するの?」


「人型になったムアでも付けれる、俺の魔石アクセサリーを作ろうかと思ってね」


「これみたいな?」


 カイルは輝く金髪掻き分け、左耳を見せながら問うてくる。


 カイルの左耳で揺れるのは、ムアの毛と俺の魔石を組み合わせたピアスであった。


 俺とムアで作った自慢の逸品であり、御守りでもある。


「そ。

 せっかくムアが可愛いから似合うやつをあげたいんだけど、ネックレスかチョーカーで迷ってててさ」


「腕輪とかはどう?」


「ムア料理する時とか腕まくりしてるから、汚したく無いと思うんだよね」


「あー、そうだったっけ」


「そうなんです」


 並んで料理をする時なんかは、腕まくりする度に内心ときめいてたりするもんだ。


 髪を耳にかけたり、背伸びをしたりと、何気無い仕草が全て愛しく思えてしまい仕方がない。


 俺が惚気を語ろうとする気配を察知したカイルに勉強に逃げられたので、1人虚しく加工を始める事にした。


 ムアを飾るネックレスならば、チェーンも工夫した物を使いたい。


 そんな匠の意向によって、無骨なチェーンも湾曲を連ねた美しい形に早変わり!!


 俺が魔道具を使いつつコネコネしていると興味を引いたらしく、カイルが後ろから覗き込んで来る。


「魔道具?」


「そ、魔道具。

 ゲルザードと共存してた人類文明の技術だよ。

 やってみる?」


「うん」


 カイルに手渡したのは、俺が瘴気を吸収して魔石の穢れを取り除いた、指輪と腕輪がチェーンで繋がれている魔道具だ。


 俺は白金アクセを魔法で浮かべると、結界で包んだ。


「手をかざして魔力を流してみ」


 カイルが魔道具を作動させると指輪の魔石が淡く光り、手をかざした白金から陽炎が立ち上る。


 この魔道具は物、それも白金が融解する温度まで熱する事に長けた魔道具であった。


 ゲルの文明が白金の加工技術を有していた裏付けになるこの魔道具は、効果が判明して直ぐにディカに交渉して俺の分割分に入れてもらっていた。


「飛び散らないように結界は張っとくから、好きなもん作ってみな。

 カイルのにしていいからさ」


「……うん……」


 カイルは15分程試行錯誤していたが、やがて満足行くものができたらしい。


「出来たよ」


「おーけー」


 光沢が崩れないよう冷やし完成したのは、2本の杖であった。


「これ妖精のやつだよね?」


「うん。 って、ちょっと!」


 杖はフワリと浮き上がったかと思うと、あっという間に掻き消えてしまう。


「どうよ反応は」


 カイルは虚空を目で追って笑う。


「すごく喜んでるよ」


 ペシッ


 カイルの視線の先の壁から、ラップ音のような物が響く。


「……心配になるくらい喜んでるや。

 こらっ、程々にするんだよ」


 虚空に話しかけるカイルは、まるで長男が弟を叱りつけているかのようだ。

 

「名前とかあるの?」


「2人だけなら。

 他の妖精は日替わりでいなくなっちゃうけど、『シュワゥ』と『リル』はアガパ山脈に居た時から一緒にいてくれるからプレゼントしたくて。

 くれるって言われたからあげちゃったけと良かった?」


「いんじゃね?

 『シュワゥ』『リル』、姿は見えんけどこれからも頼むよ」


 バシッ


 ピシッ


 室内にラップ音が2つ響く。


 悪魔とでも契約したような返事だが、カイルの笑みを見る感じ悪い奴らでは無いのだろう。


 そうと信じるしかあるまい。


 見えんし。


「そういや王都に先に行くって話になっちゃったけど良かったの?」


「事前情報が少なすぎて、タイミングが変わったところでどんな損得があるかも分からないからね」


 あっけらかんと言うカイルに我慢している様子が無くて一安心である。


「それより、アギトはムアのアクセサリー作ろうとしてたでしょ。

 2人がお風呂から出てくるのに間に合う?」


「大丈夫、イメージは練ってあるから」


 白金の塊を溶かして細く伸ばして絡め、整形していく。


 太陽のように輝く白金が独りでに踊る様子に、カイルが目を見張った。


「……すごい」


「3回目ともなれば流石に慣れるさね」


 リーチェで1回、ラグニィで1回作っているから慣れたものだ。


 しかもその2回はスヤッスヤに眠る病人の横で息を潜めての作業だったものだから、魔力や結界の制御は否が応でも腕が上がった。


 ※病人の横で火気の取扱は厳禁である。


「………よし、こんなもんかな」


 完成したのは、俺の魔石を渦のように捻れた糸が捉えた飾りのネックレスであった。


 異世界に来てからというもの、ムアの包容力には助けられてばかりだったので、包まれるイメージを具現化したデザインになっている。


 更に両脇には同じく渦状に歪ませた糸の真ん中に、バイコーンの水色の魔石を仕込んで完成だ。


「……綺麗」


「でしょ。 カイルもリクエストがあれば作ってあげようか?」


「うーん……僕はいいや。 あんまりジャラジャラ付けるの好きじゃないし、ネックレスはもう間に合ってるから」


 カイルが襟を開いて見せた首周りには、エナガーナの牙が飾られている。


 たしかに、父親の形見に勝る首飾りも無いだろう。


「おっと」


 風呂場から出て来る気配に、ネックレスを懐にしまう。


「?」


「どうせ渡すならオシャレに渡したいでしょ。

 2人が出たら先に風呂入っといで」


 呆れ顔のカイルにバチコーンとウィンクを飛ばし、髪の毛が濡れたまま飛び付いて来たムアを抱き留める。


「乾かしてオイル付けて」


「はいはい。 ベルヒも良かったら使ってみな」


 髪の毛を乾かされるのが心地好いらしいムアは、風呂上がりは何時もビショ濡れなのだ。


 そんなムアに困惑するベルヒにオイルの入った皿を渡すと、指先に触れた滑らかさと爽やかな香りに目を丸くした。


「こんなに良い香油、見た事も無いぞ」


「良い匂いでしょ。

 アギトが作ってムアが混ぜた」


 自慢げなムアに促され、ベルヒは恐る恐る髪に手ぐしを通す。


 ベタつかず滑らかな手触りに、手櫛を通すたびベルヒの表情が和らいでいく。


 すっかり女っ気の強くなった部屋から逃げるように、カイルは風呂場へそそくさと向かうのであった。

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