水面の向こう
シンズを後にして数日後。
俺達は踏みならされた道を外れ、ゲルから広がる森の中へ足を踏み入れていた。
「こっちの方だって」
カイルに導かれ、木々の隙間を縫うように歩く。
ハイベルから依頼された、盗賊の討伐に勤しんでいるのだ。
「……あそこにいる」
カイルお手製の望遠鏡を覗き込むと、そこには焚き火を前に寛ぐ男達の姿が確認できる。
「6人か」
「ううん、17人いる。
土を被せて隠したテントがあって、その中で寝てるみたい」
妖精とやり取りしていたカイルだったが、不意に表情が曇る。
「……盗賊は16人で、1人捕まってる。
……女の人」
脳裏を過ぎる最悪な想像は、恐らく現実なのだろう。
「……まずは盗賊共をどうにかしようか」
「ガゥルルルル………」
獣の姿に変わったムアに跨ると、何故かカイルも乗ろうとしていた。
「危ないよ」
「分かってる。 でも僕も自分の身くらいは自分で守れるようになりたい」
「ガウッ!」
俺が返事するより早く『よくぞ言った!』とムアがカイルを霧で捕らえて跨らせる。
ま、ムアが気にかけてくれるのであれば、やばい魔法が飛んで来ても守ってくれるだろう。
「さて、まずは生け捕りにしようか。
カイルは魔法で戦うつもり?」
「うん。 それと妖精も手伝ってくれるみたい」
「おけ。 なら適当な奴を1人あげるから、そいつ相手に全力でやってみな」
「ガウゥ、ガウッ!」
ムアに励まされ、カイルの表情がひきしまる。
カイルの覚悟を確認したムアは、根の凸凹に沿うようにして、滑るように忍び寄ってい行く。
「ガウ?」
「うん、俺が選ぶわ。
ムアは逃げられないようにしておいて」
「ガゥ」
霧が盗賊達を囲って広がり、退路を完全に断った。
そのままカイルとムアを残し、俺だけ盗賊の前に姿を現す。
「……うぉっ!? 何だおめ…」
座ったまま見上げる男の顎を素早く蹴り抜き意識をお空へ飛ばす。
「てめ…」
次の盗賊が剣を抜く前に胸ぐらを掴み、足を払って浮いた体を地面に叩きつけた。
「いだだだだ!!?」
鎧すら身に付けていない男の汚い髪を鷲掴みにし、引きずり下ろして膝を顔にめり込ませ黙らせる。
背後から無言で掴みかかってきた男は、腕をねじ上げて関節を外し、肋を蹴り潰しながら肩から引き千切った。
「さて、次だね」
固有能力ばかりで戦っていたが、体術もそこそこ上手くなっているらしい。
赤脈旅団様様だ。
物音を聞いてテントから顔を覗かせる盗賊の頭を蹴ったら飛んでいってしまったので、力加減は必要らしいが。
「……ここかな」
カイルの言っていたテントを開くと、ムワッと溢れた生臭い匂いにむせそうになる。
中に裸の人影が見えたが他の盗賊はいないらしいので、一旦蓋をする事にした。
「……ん?」
隣のテントから寝ぼけまなこで出て来た盗賊がいたので、そいつの襟首を引っ掴んでムアの方へぶん投げた。
「そいつ好きにしていいよ」
「ガウッ!」
との事なので、あちらは任せて大丈夫だろう。
残りのテントは丸ごと串刺しにして無力化し、救助に移ることにした。
再びテントを開き、中の空気を入れ替えつつ温める。
裸のまま両手を縛られた女が横たわっていた。
「失礼するよ」
空気中から集めた湯で体を洗いつつ、根を刺して診察する。
腹や腕、足に打撲があるが、幸い骨折は無いらしい。
だが内蔵に酷い傷が見られる。
主に生殖器だ。
「……ふぅ」
胸の奥から湧き出てくる嫌悪感と怒りを沈めつつ、丁寧に体の内側から治していく。
つい先日人生で初めてその手の行為に及んだが、とても乱暴に扱おうとは思えなかった。
ましてや臓器だというのに、なぜそのように扱えるのだろう。
「……よし。
大丈夫?」
肉体の治療は終わった。
後は精神面の方だが……女からの反応は無い。
ここは男の俺よりも、ムアに預けるべきだろう。
大量のコットンを生やして魔法でフェルト状に固め、女に被せてテントを出る。
外ではカイルが、盗賊相手になかなかエグい事をしていた。
「う、うおぉぉぉっのわっ!?」
威勢よく駆け出した盗賊が、突然つんのめって顔から地面にダイブする。
カイルは転んだ盗賊に追撃を加えること無く、冷静に後退り距離を置いた。
「くっそ、何だってこんな奴らに……」
盗賊は顔を上げると、辺りを見回して歯ぎしりする。
周囲はムアの霧に覆われ、退路が完全に塞がれている。
そしてその当人のムアは、カイルの後ろで静かに見守っていた。
野生動物が弱った獲物を子供に与えて狩りの練習をさせる映像を見た事があるが、まんまそれだ。
それは盗賊本人がヒシヒシと感じているのだろう。
自らの運命を悟って心が折れかけているので、少しだけ負の感情を吸収して威勢を取り戻させる。
「ぐ……なめんなよガキ!!」
四つん這いからのクラウチングスタートを切った盗賊だったが、今度は両手が不自然に地面を空振り、再び顔面からスライディングを決める。
「ぅあっつ……」
額から血を垂れ流す盗賊は、最早威勢ではかき消せない程に恐怖が顕になっていた。
身を起こそうと地面に着いた腕がガクリと脱力する。
完全に心が折れてしまったらしい。
一方で、カイルは与えられた猶予をふんだんに使って魔法を固めていた。
とどめを刺すつもりなのだ。
「出来る?」
「……うん」
カイルが翳した手の前に、半透明な槍が浮かび上がる。
周囲の空気を掻き集め圧縮して形作られた風の槍は明らかにオーバーキルなのだが……
ま、好きにさせればよろし。
「離れてて!」
「はいよ」
俺が1歩下がったのと同時に、風の槍がカメラのフラッシュのような瞬きを残して放たれる。
ゴゥゥゥゥン…………
風の槍は盗賊の男の上半身を爆散させ、その後ろの大木を3本も貫いて霧散した。
「おおー。 やるじゃん」
「あ…………うん」
当の本人は肝心の魔法炸裂の瞬間が目で追えなかったらしく、目の前に広がる惨状に呆気に取られている。
つーかこの魔法結構は凄いのでは?
状況をお膳立てしたとは言え、これだけの威力の魔法を使えるのであれば銅級、いや鍛えれば銀級だって夢じゃないだろう。
それにまだカイルは若い。
才能を伸ばしていけば、商人件凄腕の魔法使いになれるかもしれない。
……いや、俺が迂闊に褒めて気を使わせれば、カイルの選択肢を狭めてしまう可能性があるか。
「お疲れさん。
大丈夫?」
「ガウゥ?」
もっとも、カイルはたった今人を殺めたショックが抜け切っていないらしいが。
俺はいつの間にやら躊躇が無くなっていたが、それは大切な感覚なのでしっかり守っておいてくれたまえ。
さて、カイルはともかく……
「ムア、任せていい?」
「ガウ」
身体を人型に変えてテントの中に滑り込んで行くムアを見送り、安堵する。
情けない話だが、怖がられる事に注力した俺は、見た目だけで無く中身も獰猛な気質がある。
きっとムアの方が、あの女の介抱には適しているだろう。
「俺は今から仕事するから、カイルは休んでな」
「……ううん、大丈夫」
健気な返事をくれるカイルだが、先程の様子を見ているととてもそのようには思えないが……。
「ほんとに? こういうのは1つづつの方がいんじゃない?」
だがカイルは深呼吸したお陰か、落ち着いた何時もの声音で答えた。
「見た事あるし、それに僕がする訳じゃないからさ」
嘘……かどうかは分からないが、事実カイルの沸き立っていた負の感情は収まっていた。
「おっけい。 なら少し離れてな。
それと今日は、何時もと違う事をしてみるつもりなんだよね」
「ふーん?」
鋭く伸ばした骨槍で地に伏す盗賊を突き刺し、並べて磔に処す。
「……うん……?」
ズラっと並べた所で、磔にされた盗賊の1人が目を覚ました。
しかし両手を貫かれているにも関わらず、その目覚めは穏やかなものだ。
夢見心地のような微睡んだ瞳でぼんやりと空を眺めている。
その不穏な様子に、カイルは思い当たるものがあった。
「………中毒?」
「残念。 だが惜しいとも言えるね。
こいつには今、一切のストレスを与えてないのさ。
痛みだけじゃ無い、生きる為に必要な防衛本能さえ麻痺するくらいの安堵を与えてるんだよ。
いや、正確には…」
「負の感情を、奪う?」
「正解」
負の感情やストレスは、良い意味合いで捉えられる事は殆ど無い。
だが生き物にとって負の感情は、身体に備わった必須機能だ。
恐怖も、怒りも、悲しみも、そして時には怨嗟さえ、懸命に足掻く命の助けとなり得る。
それら負の感情は強烈に心を抉るが、それと同時に戒めを与え、生きる術を学ばせる。
ならば当然、本能を取り除いてしまえば人は野生を失うどころか、生き物としても危うくなる訳で……
「やぁ、俺が見えるかい?」
盗賊の脳に必要最低限な養分を与えると、彼の半開きの瞳に僅かな理性が灯った。
「……なんだぁ……」
「ちょっと君に聞きたい事があるんだよ。
こんな大きな集団なんだ、名の知れた奴が居るんじゃないかと思ってね」
盗賊の男は汚い口周りを歪めて微笑んだ。
「……そうだぁ……俺達はでけぇから……すげぇんだ……頭が国軍のクソ野郎をよ……」
「うんうん」
子供をあやす様に相づちを返しながら、刺激を極力減らしつつ自白させる。
聞けるだけ聞いたところで理性を取り戻させ、青ざめた顔をしっかり拝んだところで順番に殺していった。
賞金首だけ回収して、死体は地中に還元、還元♪
「あ……」
声を漏らしたカイルの視線の先を追えば、ムアに連れられてテントから出て来る女の姿があった。
どうやらムアに服を着せてもらったようで一安心。
女は顔にかかった前髪の隙間から、俺とカイルを見つめている。
ジワジワと伝わってくる恐怖から察するに、俺達が自分に危害を加えないか警戒しているようだ。
「大丈夫かい? 安心しな、俺達は旅の冒険者1家だよ。
まずは休める場所に行こう。
ムア、これ頼める?」
「うん」
ムアは盗賊の溜め込んでいた財産と賞金首を霧に飲み込むと、獣の姿へ変身して女を担ぐのであった。
●●●●
「ご飯出来たら持ってくるから、ゆっくり休んでな。
ムア、任せたよ」
「任された」
ムアに女を預けて部屋に残し、息を吐く。
女を休ませるべく植物テントを作ったは良いが、その間彼女は何も喋らなかった。
伝わって来るのは、発作のように膨れ上がる激しい怒りと、常に深くある悲しみだ。
そんな彼女にどんな声を掛けたら良いか分からず、結局部屋に押し込んでしまったのが経緯である。
男の俺やカイルが側に居るよりはムアの方がいいだろうと2人きりにして来たが……果たしてこれで良かったのだろうか。
だが悩んでも経験も知識も無い俺に思い付くことなどたかが知れている。
ならば今出来ることをするまでだ。
「カイル、ご飯作るよ」
「分かった」
2人で即席の台所に並び、野菜をサクサク切り刻む。
当然、魔法でだ。
次に、ムアが無言で置いていった肉を手に取る。
カイルは肉の色を見て呆れた顔をした。
「またゴーバトン?」
シンズを後にした最初の夜にゴーバトンの肉食べたのだが、ムアがいたくお気に召したようで、それから今日までずっとゴーバトンなのだ。
「ムアからのリクエストなんだから仕方が無い」
一言も発さず一心不乱に食べるムアを見てしまったら、あの可愛い顔を拝むべくリクエストには答えなければならない。
「甘々だなぁ」
「甘々だからね」
そんな俺にも呆れたカイルだが、ゴーバトンの肉を俺が細切れにし始めると怪訝な顔をする。
「そのまま食べるんじゃないの?」
「いや、アレンジする。
流石に毎日同じ味だと飽きる」
とろろっぽい芋と、刻んだ玉ねぎモドキ、ゴーバトンのミンチに塩を加えて練り練りする。
今日はサッパリ系のハンバーグにするのだ。
「やっぱりアギトも同じ事思ってたじゃん」
「いいんだよ。 ムアが可愛いのが悪い」
「はいはい」
カイルに惚気をあしらわれながらもハンバーグを作っていたが、ふと思い付き小さく薄っぺらいハンバーグを新たに焼く。
火の通ったハンバーグを、レタスモドキとシンズで仕入れたチーズのスライス、甘辛雑煮ソースをかけて重ね、表面をカリッと炙ったパンで挟めば完成である。
「何これ?」
「ハンバーガー。 俺の居た世界の料理だよ。
食べてみな」
カイルはハンバーガーを口を大きく開けて齧ると、ピクッと眉を上げた。
「美味しい」
「でしょ」
肉厚なハンバーグは数個に留め、残りの肉は全てパティにしてハンバーガー行きにしてしまう事にした。
ソースや具材を変え、バリエーションに富んだハンバーガー達が完成したところで、ムアと女の待つ部屋の扉をノックするのであった。
●●●●
女はベルヒと名乗った。
アギトとカイルが食事を作っている間にムアが聞き出したのだ。
初めはムアなりに話し掛けてみたが反応は薄く、ならばと獣の姿で寄り添い、更にアギトの魔石ネックレスで心の負担を吸収してようやく口を開いた。
「身体は痛くない?」
「……ああ」
人の姿に戻って質問するムアに、ベルヒは呻くように答える。
「名前は?」
「………ベルヒ」
「ベルヒ、どこに帰りたい?
ムア達が送ってってあげる」
「……別に」
素っ気無い態度にムアが困り果てていた時、ようやく扉がノックされた。
「いいよ」
「お待たせ〜」
アギトとカイルが大皿を机に置くと、ベルヒの腹の虫が鳴った。
「あ……」
音を立ててしまった事で機嫌を損ねたのではと、ベルヒは恐る恐るアギトを盗み見る。
だが、凶悪なマスクを外して素顔を晒したアギトは、当初の印象とは正反対に穏やかに微笑んだ。
「お腹空いてたんだ?
無理はしなくていいから、遠慮無く食べな」
「……ぁ……はぁ……」
気の抜けた声を返すベルヒに構わず、ムアは身を乗り出して皿を覗き込む。
「これ何?」
「ハンバーガーだって。 アギトの……故郷の料理らしいよ」
「ハンバーガー……」
ムアは一際肉の大きいハンバーガーを手に取ると、可憐な口を大きく開けてかぶりついた。
「…………!? んむー!!」
カッと目を見開いたムアは、口いっぱいに頬張りながら目でアギトに訴えかける。
「うんうん、美味しいでしょ。
そのままにしてな」
アギトがムアの口の端のソースを拭うのを眺めていたベルヒだが、カイルにハンバーガーを差し出され顔を上げる。
「どうぞ。
食べられる分だけで大丈夫ですから」
ベルヒはカイルからハンバーガーを受け取ると、小さく口を開けて齧った。
小さな一口をゆっくりと咀嚼したベルヒは、僅かに頬を緩ませて零す。
「……おいしい」
カイルは安心したように息を吐くと、ようやく本人もハンバーガーに手を伸ばした。
「スープもある」
ムアから野菜たっぷりのスープを受け取ったベルヒは1口啜ると、優しい口当たりと濃厚な旨味に感嘆のため息を漏らす。
緊張の解けてきたベルヒの様子に、アギト達もまた、張り詰めていた意識を緩ませるのであった。




