真打
「じゃ、お世話になりました」
「滅相もございません……」
縮こまる宿の主の恐怖を煽りつつ、チェックアウトを済ませて通りに出る。
「さ、行こうか」
「ガウッ!」
元気いっぱい返事をするムアとは対照的に、カイルは呆れた顔をしていた。
「昨日の夜何したの?
前までは避けるだけだったけど、屈強な傭兵が走って逃げてくなんて相当だよ」
俺達が姿を現すなり平和そのものになった大通りに、カイルは溜息をつく。
「別に悪い事はしてないよ。
ただ法に則ってシンズに潜んでいた盗賊を処罰しただけさね」
疑わしげな視線を向けてくるカイルに、ギルドに向かいながら弁解する。
「俺がハイベル・バルガルフに盗賊討伐の依頼をされた話はしたでしょ?
だから昨日報復する前に、念の為手配書を確認しておいたんだよ。
そしたらドンピシャがいたから、晒し首にしてギルドに献上して来たって訳」
それを聞いてギルドへ向かうカイルの足取りは、途端に重くなってしまったようだ。
そんなカイルを、ムアは親切にも背中に乗せて悠々と進み続ける。
「何言われるんだろう……」
「何も言われんさ。 ただ討伐に応じた報酬が貰えるだけだよ」
「ガウゥ」
ゲンナリするカイルを、俺とムアで励ましつつ退路を塞いで連行して行く。
ようやく着いたギルドは案の定浮き足立っていたが、昨晩俺が並べた晒し台は無くなっていた。
「アーギートーさんっ!!」
「あ、どーも」
勝気な受付嬢が、冒険者達を押し退けて突進して来る。
「どーもじゃないですよ!!
せめて手渡しにしてください!!
出勤して最初に目に入ったのが生首だった人の気持ち考えた事あります!?」
「めんごめんご」
手渡しならいいんか。
どちらにせよ必要な手続きがあるので、受付嬢をあしらいつつギルドに入る。
すると次に待ち構えていたのは兵士達であった。
「アギト〜」
「うわ、来るなよ」
ニコニコしながら近付いてくる兵士を押さえ付けると、その顔にはクッキリと濃いクマが浮いていた。
「体調悪いん? 話聞こか?」
「その為に待ってたんだよ!
夜中に叩き起されて行ってみれば死体の見聞させられて……最悪の気分だ……」
「はいはい。
で、何が聞きたいんだい?」
「……他にあると思うか?」
ゲッソリした顔を見るに相当まいっているようなので、大人しく事情聴取に協力する。
聞けば、俺が刈り取ってきた首は間違いなく賞金首のものであり、報復も正当防衛として処理されるらしい。
「バルガルフ親子様様だね。 拝んどこ」
「勝手な奴だな。
ま、俺達も便利に使わせて貰うけどよ」
「と言いますと?」
「ジャバルク軍討伐の為に招集をかけた傭兵のせいで、治安が悪くなってるんだよ。
だからアギトが暴れてくれれば抑止力になるだろ?」
さぞ名案のように言う兵士には悪いが……
「俺達今日出るよ」
俺の言葉に、兵士は耳を疑う。
「嘘だろ?」
「マジマジ。 その手続きしにギルドに来たんだし。
ほら」
俺が話している間にも、ムアに付き添われたカイルが護衛依頼の手続きを行っている。
「後は自力で頑張んな〜」
「そんな〜。 俺荒事嫌いなのに……」
兵士の背中を押して業務に向かわせ、カイルとムアの元へ戻る。
「どうよ。 分かんない所ある?」
「大丈夫。 書き方はポルトさんに教えて貰ってたから」
「用意周到だね」
書類を仕上げていくカイルを眺めていると、視線を感じ顔を上げる。
カウンターの向かいでは、ギルド職員の若い兄ちゃんが俺をまじまじと見ていた。
「あんたがアギトか」
「おうともさ」
難癖つけられるかと身構えたが、彼は小さく頭を下げた。
「ヤンさんを見つけてくれたらしいな。
それにウチの奴らも世話になったって聞いた。
俺から言うのはおかしいかもしれないけど……ありがとよ」
あれからヤンの遺体はギニンで火葬され、ゲル浄化作戦の終了と同時にバルガルフ軍に預けられたと聞いた。
遺族に遺体との別れをさせてやれなかったのは残念だが、幸か不幸か目の前の青年は割り切っているようだ。
「これも仕事のうちだよ」
「それでもさ。
また来てくれ。 あんたとはじっくり話してみたい。
噂が突拍子も無いもんばっかりで、どんな奴かさっぱり分からねぇんだ」
はてさてどんな噂が流れているのやら……。
「……よし。
これでお願いします!」
カイルが今し方書き終えた書類を受付の男に渡すと、彼は目を通して片眉を上げる。
「豪華な護衛だな。
兄弟か何かか?」
「いんや。 でも家族ではある」
ポンと頭を撫でると、カイルはくすぐったそうに首を竦めた。
「そうかい。
セトナートの『シュテナ』までの護衛依頼だ、間違いないな?」
『シュテナ』はセトナート領の領都だ。
ゲル浄化作戦で顔を合わせた、カテクト・セトナートが住まう平和な街らしい。
ムアと一緒に目を通すが問題は無さそうだ。
「依頼、確かに受注した」
「ガウゥ」
「うん、よろしく」
俺達の新たな旅が始まるのであった。
●●●●
シンズの城壁が見えなくなった頃、ムアがソワソワし始めた。
辺りを見回してから、俺の近くに駆け寄ってくる。
「ガウゥ?」
「うん、そろそろ大丈夫だよ」
白い巨体が霧に包まれると直ぐに吸い込まれ、人間の姿になったムアが現れた。
「んぅ………はぁ」
「………」
伸びをするムアの横顔と風になびく髪に見とれていると、ふと視線を感じ隣を見やる。
カイルが俺を見て微笑んでいた。
まるでその顔は、中年がアオハルを微笑ましく眺めているかのようで……
カイルは俺と目が合うと、邪魔はしないとでも言うように目を閉じて顔を背ける。
このガキ……
「カイルー?
そういや、ギニンで仲良くしてた女の子とはあの後どうなったのさ」
「えっ!? し、知らないよそんなの……」
途端に年相応に赤くなるカイルにほくそ笑む。
「そうかそうか。
あれ? でも俺の記憶が正しければ、赤脈の花畑の打ち上げに来てたような……」
「仲良い友達は皆呼んでただけ!
アギトだって人の事言えないでしょ!」
縮こまるカイルを擽りなら捕獲するが、確かにその通りだなと思い直す。
「………じゃあさ、俺が頑張ったらカイルもギニンに手紙出しなよ」
僅かに固くなった俺の声に、カイルが顔を上げる。
「………え、怖いの?」
「当たり前だわさ。 そりゃ俺だって…うおっ」
突然飛びかかって来たムアにバランスを崩しかけて踏ん張る。
「早く行こ」
「はいはい」
首にぶら下がったままずり落ちそうになるムアを抱き上げる。
格好で言えばお姫様抱っこだ。
そんな俺を見てカイルが疑わしげな視線を向けてくるが、怖いのは紛れも無い事実である。
今だってムアは俺を信頼してスキンシップも沢山してくれるが、その度にこっちは跳ね回る心臓を固有能力で押さえ付ける日々である。
それに密着すれば当然、まぁ色んなコトを意識してしてしまうのが男ってもんだ。
この下心を知った時、ムアがどう思うのか考えただけで恐ろしい。
1歩踏み込む事でこれまでの信頼が崩れてしまうのを想像すると、興奮していた下心が冷水を浴びせられたようにしぼんでしまう。
悶々としながら歩き続け、ムアがそろそろ歩くと言った時には昼時になっているのであった。
●●●●
その日の夜。
植物テントを態々2つ建てさせたカイルは、早々に勉強がしたいからと閉じこもってしまった。
残されたのは空っぽの植物テントと、俺とムアの2人きりである。
何も起きないはずが無く……ジールムをしていた。
カイルが閉じ籠った直後、俺から提案したのだ。
我ながら悲しくなるくらいのヘタレである。
あれから何度か対局をしていたお陰か、ムアと俺の勝敗は5勝4敗に落ち着いていた。
ギリギリ俺の勝ち越しである。
だが昼にカイルのカウンターを食らったせいか脳みそが上手く働かず、惚けたままに盤面だけが進んでいく。
気付けば、俺の王は退路を完全に失っていた。
「ムアの勝ち。
これでノゾムと同じ」
盤の対面で満足気に笑う顔を直視出来ず、駒を急いで元の位置に戻す。
「じゃ、もう一回…」
「今日はもういい」
ムアはジールムを霧に飲み込んで消し去ると、突然のしかかるように押し倒して来た。
「おっ……と」
ふわっと香る甘い匂いにキマりかけるが、理性にビンタしムアを抱きとめる。
「考え過ぎて頭疲れた」
「……俺もやばいわ」
いやもう、本当にやばい。
俺の胸の上で無邪気に寝そべるこの子は天使なのだろうか?
少なくとも人間とは思えない。
いや、そもそも人間じゃないか。
眠くもないのにフワフワする頭をノックし、お前は正気かと問うてみるが、その音すらも脳内に反響して聞こえてくる気がする。
ふむ、ダメそうだ。
ムアは俺の胸の上で抱き着いて来たり、額を擦り付けたりしている。
その行動は、どれもムアが獣の姿をしていた時と同じものだ。
そんな時俺は、ムアを逆にひっくり返して同じようにやり返していたっけ。
今同じ事をすれば、全く意味合いが変わってしまうのがとても不味い。
だがそれは、俺が余計な動きをしなければ良いだけの事だ。
今俺が専念するべきは、固有能力によって三大欲求の1つを鎮める事である。
これだけは隠し通さなければならな
「んっ」
頬に、瞼に、そして唇に確かな熱が触れて離れていく。
理解が追い付くまでに、かなりの時間を要した。
「………ムアさん?」
「なに?」
首を傾げたムアの背から髪が流れ落ち、白いカーテンが視界を囲う。
これではまるで、ムアと俺だけの世界のようだ。
「さっきの、その……キスの意味は分かってる?」
「分かってる。
だからノゾムにした」
さも不思議そうに俺を見つめる瞳は、全てを見通せるような水色に澄んでいる。
「ノゾムはしてくれないの?」
不安そうに伏せられた目に、慌てて身を起こす。
「するよ。 ……俺も、ずっとしたかった」
白い頬に手を添え親指で撫でると、ムアは気持ちそさそうに目を閉じる。
獣の姿の時と同じ仕草だ。
だが今なら分かる。
ソワソワと落ち着かずに揺れる尻尾も、緊張して震える耳も、不安と期待の入り交じったまま伺うように開かれる瞳も。
互いに恐れながら同じ気持ちだったのだ。
それでもなお歩み寄ってくれたムアを、幸せにしたい。
華奢な肩を抱き、腰に腕を回し引き寄せる。
こちらに来てから何時も安心させてくれた香りに包まれ、世界一の幸せ者である事を自覚したのだった。
●●●●
肌に触れる暖かい感触で目を覚ました。
「ん……?」
見慣れた緑色の天井に、薄暗く灯る魔力の明かり。
そして俺に寄り添う、長毛のケサランパサランの姿があった。
「おはよノゾム。 起きた?」
素肌に触れる暖かく柔らかな肌に、昨晩を思い出して思わずムアを抱き締める。
「うん。 ムアの顔が見たくなってね」
「いっぱい見て」
ゴロンと寝返りをうって目の前に来たムアの顔に、反射的にキスをしてしまう。
「キスしたら顔見れない」
「ムアがこんなに近くに来たらキスするに決まってるでしょ」
「むぅ。 なら……」
仰け反って距離を取ろうとするムアだが、肌と肌が離れる寂しさに、咄嗟に胸に抱き寄せる。
「何で離れようとするのさ。 せっかく一緒になれたのに」
「顔見たくないの?」
「なら離れないで見せてよ」
上目遣いで見上げるムアとしばらく見つめ合い、どちらからともなく唇を重ねた。
「ノゾム」
「今のはムアからでしょ。
もっかい試してみようか」
ツダの蜜が渋く感じるくらい甘い時間をしばらく過ごしていると、ムアがムクリと体を起こした。
「そろそろ朝ご飯にする。
カイルがお腹空かせちゃう」
変身のような早着替えに、可愛いお尻があった場所を名残惜しく眺めていると、ムアが俺の布団を霧に飲み込んでしまう。
「ノゾムも着替える」
「はい」
霧による早着替えと同時に髪を結び直す。
「ムア、こっち来て」
「?」
素足でヒタヒタ歩いて来たムアを前に向かせ、長く美しいフワフワな髪を湯で洗い流し、櫛で梳かした。
「どの匂いがいい?」
昨晩ムアの寝顔を見ながらこっそり作っておいた、オイルを3つ並べて見せる。
ムアは香りを確かめると、スイレンのように甘く癖の無い香りのオイルを選んだ。
効果は自分の髪で確認済みだ。
「これで髪を梳かすとサラサラになるんだよ。
最も、ムアの髪は元々綺麗だから気休め程度だけどね」
「やって」
「はいはい」
木製の荒い櫛にオイルを染み込ませて拭き取り、ムアの髪に通していく。
満遍なく梳かして温風で乾かすと、水のように流れた髪がムアの肩から流れ落ちた。
「……これ好き」
「気に入って貰えたようで何より」
「ノゾムにもやってあげる。
同じ匂いの」
との事なのでやってもらい、かれこれ30分近くかけて身支度を終えてからテントから出る。
カイルはとっくに起きており、昨晩の食事で使った椅子に腰掛けて優雅に本を読んでいた。
「おはようさん。 待たせたね」
「おはよ、カイル」
寄り添って出て来た俺とムアにカイルは目を丸くする。
「ご飯出すから本どかす」
「う、うん」
テキパキ準備するムアから後退りつつ、俺に視線を向けてくる。
「は、早くない?」
「元々一緒にいた時間が長かったからね。
さて、カイルはシュテナに着いたら、1番高い封筒と紙を買わなくちゃいけなくなったな。
恋のお悩みなら相談のるぜぇ」
「自分が上手く行ったからって調子乗って……」
ウザそうにむくれるカイルの可愛いこと可愛いこと。
「カイルだって俺とムアがギクシャクしてたら居心地悪いでしょ?」
「そんな事ないよ。
いっつも余裕ぶってたアギトが挙動不審になってるの見てると面白かったし」
ふてぶてしく言ってのけるカイルのカウンターだが、有頂天な俺には痛くも痒くも無い。
「そんなひねくれちゃって。
誰に似たんだー?」
「アギト」
即答するカイルに苦笑しつつ、ムアが霧から取り出した料理を並べていくのであった。




