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貴族の家庭

 一度宿に戻った俺達は、カイルを残して再びバルガルフ邸に来ていた。


「ガゥウ?」


 心配そうに聞いてくるムアを、安心なさいと撫でる。


「大丈夫だよ。

 ギチギチにした根の壁で守られてるし、食料も置いてきたから万が一長引いても夜ご飯に困る事は無いって。

 それに俺の魔石で作った呪具も渡しておいたんだし」


 しかしムアは霧で姿を隠すと、人型に変身して話しかけて来る。


「カイルが1人でご飯食べてるの、嫌」


 言われて想像する。


 小さな背中が1人で食事している様子に、胸が苦しくなった。


「……そうだね。 早く帰ろう」


「うん」


 獣の姿に戻ったムアと、バルガルフ邸の兵士に手を振る。


「お待たせ」


「何があったのかは聞いてるぞ。

 問題無かったか?」


「無かった事にしたよ」


 俺の答えに兵士は呆れたように笑うと、後ろ手で手招きする。


 どうやら案内してくれるようだ。


 兵士は先程バルガルフ親子と話した部屋の前を通過すると、扉の隙間から光の漏れる部屋の前で道を譲って来た。


 ここから先は俺達だけで行けとの事らしい。


「お邪魔しまーす、よ?」


「キャー!!」


 扉を押すと、パタパタと軽い足音が離れて行く。


「どうぞ」


 凛と張った声に促され、足を踏み入れる。


「うぉ……」


「ガゥ?」


 部屋の中には、自然光が眩く差し込んでいた。


 見上げれば、天井の半分以上がガラス張りになっているようだ。


 というかガラスはこちらにもあったのか。


「二度手間をかけたわね。

 『春の部屋』へようこそ」


 部屋の中央では、ワパル婦人が洒落たデザインの椅子に腰掛け、子供を撫でていた。


 部屋に1歩踏み込むと、肌を撫でる空気が暖かくなる。


「お、暖かい」


 ビニールハウスと言えば風情に欠けるが、似たような方法を魔法と組み合わせて部屋を暖かくしているようだ。


「こちらへ」


 指を揃えた手で示された椅子に、言われるがままに腰掛ける。


「お招き感謝します」


「あらあら、ご丁寧にありがとう。

 この子はディレイ。

 あなたにはテルヘロスの弟と言った方が分かりやすいかしら」


「!……」


 ガバッと顔を向けて来るディレイは、まだ子供ながら凛々しい顔付きをした男の子であった。


「ディレイか。

 俺はアギト。

 こっちは相棒の……ちょっと、ムア」


「……ガウ?」


 ガラスの煌めきに見とれていたムアが、呼んだ?と首を傾げる。


「………でぃれい」


 ディレイはくぐもった声で名乗ってくれた。


「ほら、挨拶してくれてるよ」


「ガウッ」


「うわっ!」


 鼻先を近付けたムアに驚いたディレイが尻餅をつく。


 しかしその体が地面にぶつかる事は無かった。


「……え?」


 ムアが霧で受け止めてあげていたのだ。


「ガウ?」


「……あ、うん」


 僅かなやり取りであったが、ディレイはムアが怖くないと気付いたらしい。


 恐る恐る伸ばされた手に、ムアが額を当てる。


 海外のドラゴン映画で見た事があるような光景に微笑ましく思っていると、隣のワパル婦人も同じ事を感じたようだ。


「……優しい使い魔ね。

 あのように賢い魔獣にはどこで会えるのかしら?」


「分からんです。

 昔バイコーンに追い回されて死にかけてた時に一緒になったんで、縁じゃないですかね?」


「縁、ね。

 運とも言うわ」


 ………そうだろうか?


 俺の感覚だが、縁は道の先が交わるもので、運は降って湧いたもののような印象がある。


 臭い表現をするのであれば、決まっていた未来と不確定な未来だ。


 そんでもって俺は、運で異世界に来て、縁によって今日まで様々な人に巡り会ってのだろう。


 ふむ、ならば運もまた間違いでは無いのか。


「どちらにせよ、幸運な事には間違いないですね」


「そんな幸運を持つ貴方に出会えた私もまた、幸運と言えるかしら?」


 流し目を向けてくるワパル婦人から顔を背け、視界の端へ追いやる。


「どうでしょうねぇ」


「あら、つれないわ」


 相手は口先三寸の切った張ったを生業とする貴族だ。


 言葉遊びに興じるのは礼儀かもしれんが、それで迂闊な事を言ってしまう可能性は十分以上にある。


 それにこのご婦人、俺に僅かな恐怖を抱いていると同時に、測ろうとしているようなのだ。


 何が目的かは分からんが、下手に言葉を重ねれば苦しむのは俺の方だろう。


 化けの皮が剥がれた自分がショボイのはよーく知っているので、全て剥がされる前にどうにかして逃げなければならない。


「……元気なお子さんですね」


「ふふっ、そうね。

 テルヘロスもディレイもやんちゃ盛りで母としては心配で仕方が無いわ」


 あからさまに矛先を変えた俺に、ワパル婦人は苦笑するも合わせてくれる。


「お貴族様ってのはもうちょい自分の命の重要性を理解してると思ってました。

 まさかゲル浄化作戦に何人も来るなんて予想外でしたよ」


「あら、聞いていなかったのかしら。

 本来はそれぞれ信頼の置ける騎士を頭に置いて、派遣するつもりでしたのよ?」


「ならどうして……って、あの豚のせいか」


 自分で出した答えにゲンナリする俺に、ワパル婦人はさぞ楽しそうに笑う。


「かなり揉めたそうね」


「どうしても相容れないですね。

 距離を置いて何事も起きなければ触れるつもりはありませんが、あっちが近付いて悪臭を放つのであれば、過敏な俺としては排除したくなるのです」


 あの顔と声を思い出すだけで鳥肌が立つ俺は、もうマルズロと言う存在が生理的に無理なのだろう。


「自分の正当性は主張しないのね」


 意外そうな顔をするワパル婦人に肩を竦めて見せる。


「土地が変われば常識も正義も変わります。

 浅い人生経験で全てに白黒つけられる程の頭の良さはありませんよ。

 俺の目の前に来るまでの相手の人生を知れば、同情するような話があるかもしれませんから」


「ならマルズロ・ヘトスの事も嫌いでは無いと?」


「嫌いですよ。

 現段階で嫌いですし、今後彼に深く関わったとしても俺は嫌いなままでしょうよ。

 相手が相手の都合を押し付けたように、こちらも同じように押し返すまでです」


 不意にワパル婦人の表情が、氷のように冷たい微笑に変わる。


「それが高貴な身分であっても?」


 同じ声音にも関わらず、名を名乗れと尋問を受けているような気すら覚える。


 ああ、これくらいの温度なら話しやすい。


「ええ。

 ですが無理なワガママなのも重々承知。

 その為に力を手に入れ、今も渇望しています」


 会話には噛み合わないが、十分以上の答えにはなったようだ。


 ワパル婦人は一度目を閉じると、元の穏やかな表情に戻っていた。


「……いいわ。

 あなた凄くいい。

 ウチの専属冒険者にならないかしら?」


「答えはテルヘロスから聞いてません?」


「私が直接声をかければ靡くかと思ったのだけれど」


「誰が言っても変わりませんよ。

 俺達はどこにも属すつもりはありません」


「それは残念ね」


 淡々と返される言葉に、どこまでの真意があるかなど俺には到底分からない。


 だがもし俺の勧誘が態々時間を作った理由なのであれば、用は済んだも同然だろう。


 どのタイミングで帰ろうかな〜と俺が探りを入れている一方で、ムアは遊び疲れたディレイにおやつを与えていた。


 霧から取り出したのは、先日大量に揚げた川魚のフライだ。


「ガウゥ」


「はいよ」


 包むのに手頃な葉を生やすと、ムアはフライをその葉で包んでディレイに渡した。


「あれは何かしら?」


「魚の揚げ物です。

 毒味は済んでるんでご安心を」


「1つ頂けるかしら」


「ガウッ」


 ムアがフライアウェイしたフライを魔法で捕まえ、葉に包んでワパル婦人に渡す。


「熱いんで気を付けてください」


「貴方もムアも素敵な固有能力を持っているのね」


「便利に使ってますよ」


 言葉一つ一つの裏を勝手に予想してしまうのは良くないんだろうが……警戒するに越したことはないか。


 しかしそんな俺など気にも止めず、ワパル婦人はフライを齧ると口元を抑えながら驚きの声を上げた。


「まぁ、美味しいのね。

 元々味が付けられているのかしら」


「揚げる前に魚に揉み込んだのと、衣にも混ぜてあります。

 冒険者の食いもんですが、口に合ったようで何より」


「テルヘロスが、貴方達の用意する料理はどれも美味しいと褒めていたから気になっていたの。

 噂以上だわ」


「お褒めに預かり恐悦至極」


 雑な返事を返しつつ、俺もフライを頬張る。


 うむ、美味い。


 俺は香辛料になり得る植物を生やしただけで、実際に味付けなどの調合を行ったのは殆どがムアとカイルだ。


 特にムアの気合いの入りようは凄まじく、人間の姿になった事で発達した味覚を試そうと試行錯誤していた。


 サクサクホクホクと食べ進めて行けば、あっという間に完食してしまう。


 丁度ディレイとワパル婦人も食べ終えたので頃合だろう。


「さて、俺達はそろそろお暇しましょうかね」


「あっ……」


 俺の言葉に反応したのはディレイだ。


 悲しそうな顔でムアと俺を交互に見てくる。


「あー………」


「もし宜しければ、夕食までどうかしら?」


 有難いお話ではあるが、そこまで長居してしまえばカイルは1人で食事をする事になってしまう。


 それは避けたかった。


「いんや、申し訳無いけど俺達は帰ります。

 その代わりと言っちゃ何だけど……ムア、飴ある? 4つくらい欲しい」


「ガウ?」


 ルレックとツダの樹液で作った飴をムアから受け取り、球状の結界で包む。


「『温まり溶けろ』『回れ』」


 結界の中央で高速回転した飴が、少しづつ曇って姿が見えなくなる。


 飴が完全に溶けきった頃には、結界の中は白いモクモクした物で完全に埋め尽くされていた。


 作ったのは綿飴である。


 そこに枝を突き刺して渡すと、ディレイは食べ物とは思わなかったようでキョトンとしていた。


「………?」


「食べてごらん。 雲の味がするよ」


 大嘘だが、ディレイは素直に頬張って目を輝かせた。


「……おいしい」


「そいつは良かった。

 んじゃ、俺達はここで失礼するよ」


「ガゥガウッ!」


「帰ったら作るって」


「あの」


 あの食べ物はなんだ、と圧をかけてくるムアを宥めながら扉まで行くと、ワパル婦人に呼び止められる。


「はい」


「アギトとムアは、テルヘロス事をどう思っているのかしら?」


 俺とムアは顔を見合わせる。


 主従って訳では無いし、かと言って冒険者仲間でもない。


 強いて言えば ……


「友人、ですかね」


 貴族相手に滅茶苦茶不敬ではあるが、怒られたらそれでいいやと適当に吐いた言葉。


 しかしワパル婦人は怒るどころか、安心したような笑顔で息を吐いた。


「……それは良かった。

 もしあの子が今後苦しむ事があったら、きっと力になってあげてちょうだい」


「おお、待て待て」


 頭を下げようとしたワパル婦人を慌てて止める。


「分かりました。 近くに居たら手を貸すくらいはしますよ」


「是非お願いね」


 にこやかに微笑むワパル婦人に見送られて部屋から出ると、廊下では兵士とテルヘロスが談笑しながら待っていた。


「何を話してたんだ?」


「食いもんと世間話」


「そうか。 あ、肉とミルクは新鮮な物を買い占められるだけ集めてあるぞ」


「まじ? 助かるぅ」


 その後ムアに肉とミルクを収納してもらい、俺達はバルガルフ邸を後にするのであった。



●●●●



 宿に踏み入れると、ざわめき声がピタリと止む。


 知り合いの冒険者連中がいれば違ったのかもしれないが、生憎この宿には春になって他所から来た商人が殆どだ。


 目に付かぬよう、気に触れぬように息を潜める商人の間を縫って進むと、階段の下の所に屈強な男が4人倒れていた。


 格好と汚さから見て傭兵だろう。


「おい」


「はいっ!!」


 縮こまって掃き掃除をしていた宿の主が、飛び上がって返事をする。


「留守の間に馬鹿が来たね。 この宿の奴?」


「いえっ!! 一切関わっておりません!!」


「あそ。 因みにどこの奴かも分からないね?」


「分かりません!!」


 嘘は言って無さそうなので宿の主は解放する。

 

「グルルル………」


「うむ。 お持ち帰りだね」


 ムアが霧に傭兵達を浮かばせて連れて行く。


 俺達の部屋の扉を見れば、表面に僅かな擦り傷が付いていた。


 昨晩修復した際、扉周りに呪いを仕込んでおいたのだが、その1つが作動したらしい。


「馬鹿な連中だね。

 ただいま」


「ガウッ!」


 扉を開くと、カイルは日中買い集めていた本を片手に、勉強に励んでいた。


「あ、おかえり。

 留守の間誰か来てたよ」


「みたいだね。

 外で伸びてたからちょい吐かすわ。

 防音の結界張ろうか?」


「ううん、そのままでいいよ。

 僕も気分転換したかったし」


 今から俺がするのは拷問なのだが、果たしてそれは気分転換に良いのだろうか。


 少なくとも情操教育には確実に宜しくないが……ま、今更か。


「ムア、拘束頼んだよ」


「ガウッ」


 室内だと言うのにまだ獣の姿のままのムアは、本格的に人嫌いになってしまったようだ。


 それはさておき、男達を蝕む呪いを解除する。


 彼らを苦しめていたのは全身への絶え間無い激痛と、死なない程度の呼吸困難だ。


「ひゅはぁーーっ!」


 久々に吸った空気はさぞ美味かろう。


 しかし味わう喜びを与えるために呪いを解いた訳では無い。


 だからこそ、目覚めさせたのは1人だけなのだ。


「なん…グッ!?」


「はいおはよう。

 よく来たね」


 目覚まし代わりに腹に一発入れるが、流石は傭兵だ。


 呻くだけで直ぐに睨み返してくる。


「骸のアギトか」


「2つ名知ってる上で来たの?

 馬鹿だねぇ。 で、どこの差し金よ」


 傭兵の吐いた唾が瘴気に触れて消え去る。


「……化け物め」


「知ってて来たんなら早いとこ吐いた方がいいよ」


「ガウルルル………」


「………」


 傭兵はしばらく睨んで来たが、ムアを前に虚勢を張っても意味が無いと悟ったらしく、不貞腐れたように呟いた。


「……『ニルゴの角』だ」


「何それ」


「ニルゴは草原に群れてる、4本角が長い大型の草食モンスターだよ。

 『ニルゴの角』は素行の悪い傭兵団で、ラフネ草原の帝国側で盗賊行為を働いてる傭兵を束ねてるみたい」


 妖精に話を聞いていたのだろうが、それにしても大した情報収集能力だ。


 そう思ったのは俺だけでは無いらしい。


「ガキの癖に耳がいいな。

 ウチで雇ってやろうか」


「比にならないくらい強い専属護衛がいるから間に合ってるよ。

 それより自分の心配した方がいいんじゃない?」


 カイルにすげ無く切り捨てられた傭兵は、にへらと笑って上目遣いに見てくる。


「との事だ。

 雇い主を話したんだし、多めに見てくれよダンナァ」


「馬鹿言え。

 擦り合わせるに決まってるでしょうに」


 結果として言えば、最初に尋問したこいつは正直に吐いていたので、俺達に敵意を抱いたら発芽する種を植え付けて逃がしてやった。


 他の奴は嘘をついたり攻撃的だったので瘴気で塵にした。


 我ながら物騒な能力だが、便利だから仕方が無い。


 カイルの話では、ニルゴの角とやらはシンズ内にいるらしい。


 今夜も楽しい散歩になりそうである。

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