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ハイベル・バルガルフ

「おはよう、アギト」


「おはようさん。 ゲル浄化作戦以来だね」


 ノックされ扉を開くと、そこには知り合いの兵士が立っていた。


「また揉め事を起こしたらしいじゃないか」


「降り掛かって来た火の粉の元を絶っただけだよ。

 で、お呼び出し?」


「それとは別件でな」


 との事なので、身支度の猶予を貰って扉を閉める。


「やっぱり昨日の?」


 心配そうなカイルの頭を撫でる。


「いんや、多分ジャバルク軍の件だね。

 揉めそうだったら逃げるからムアと一緒にブラブラしてな。

 ムアは絡んで来た奴がいたら気絶させて捕まえといてくれればいいよ。

 後で俺が処理するから」


「ガウッ」


 獣の姿のムアが、いつものように返事をする。


 先程までは人の姿をしていたのだが、兵士が来た途端に獣の姿に変身してしまったのだ。


 昨日の一件で、人の姿を見られるのに苦手意識が出来てしまったらしい。


 せっかく人の姿になれるようになってくれたのだからもっと見たい気持ちがある反面、他の人に見られずに安心してしまう俺は心が狭いのだろう。


 そんな事を考えながら部屋を後にする。


「お待たせ」


「よし、んじゃ行くか。

 ハイベル様がお前に会いたがってるんだ」


 『ハイベル』は確か……


「バルガルフ領の現領主様だっけ?」


「ああ。 ゲル浄化作戦やムアの食料支援を聞いて、お前に興味が出たみたいだ。

 ……ここだけの話、ぶっきらぼうな喋り方はするが優しいお方だ。

 穏便に頼むぞ」


「おけおけ」


 ゲルのダンジョンが健在だった頃に話した冒険者も『ハイベル・バルガルフ』の事は褒めていたし、色眼鏡無しで接してみるとしようか。



●●●●



「おお、すごいねこりゃ」


 バルガルフ邸に入ると、長い廊下の左右に等間隔で甲冑が並んで立っていた。


 鎧の前を通る度に、甲冑から発せられる魔力が肌を撫でる。


「魔道具?」


「ああ。

 ウチは何時攻め込まれても追い返せるようにしてるんだよ。

 ほら、ここだ」


 扉を開いた兵士に続いて部屋に入ると、分厚い胸板に出迎えられた。


「アギト!! 久しいな!!」


 降ってくる声に見上げれば、うねる金髪をたてがみのように整えたテルヘロスが、太陽のような笑顔で待ち構えていた。


「まだ1ヶ月だよ。

 元気そうで何より」


「元気かどうかで言えば微妙なところだがな。

 ジャバルク軍の件で…」


「ん゛ん゛っ」


 咳払いに部屋を覗き込めば、円卓の上座に位置する場所に1人の男性が座っていた。


 鋭い目付きに、彫りの深い厳しい顔。


 長い金色の髪をオールバックにして流したその姿は、老いてなお威厳溢れる獅子のようだ。


「客人に立ち話をさせるなテルヘロス」


「おっと、確かにそうだ。

 悪かったな。楽にしてくれ」


 渋い声に咎められたと言うのに、テルヘロスは平然と俺を椅子に案内する。


「んでは、失礼して……」


 席に着くと、向かいに座った男が射抜くような視線を向けて来た。


「余は『ハイベル・バルガルフ』。

 それの父だ」


 次に、ハイベルの隣に座る物腰柔らかな女性が口を開く。


「私は『ワパル・バルガルフ』よ。

 あの子の母ね」


 ふむ、名乗られれば名乗り返さねば無礼か。


「私は…」


「楽にしろ」


 言葉を被せて来るハイベルに内心たじろぐ。


 まぁ多分、敬語で話すなって事なんだろうけど……その表情と声音で言われたら怖いですって。


「あー……」


 視線でテルヘロスに問うも、頷いて返されるだけだ。


「分かったよ。

 俺はアギトだ、どうぞよろしく。

 それで、聞きたい事があって呼び出されたんだよね?」


「単刀直入に聞くゆえ答えよ。

 『魔剣士、斬輪のルイトラ』を殺したのか」


 あ、そんな2つ名があったんですね。


「殺したよ」


「何故だ?」


 ……何故?


 意図が分からんが……正直に答えるとしようか。


「ジャバルク軍の占拠してた場所に用があって、ルイトラ達が邪魔だったから」


 ハイベルはピクリと眉を動かすが、質問を続ける。


「何の用があった?」


「ウチで匿ってるアガパの民の子の為に、両親の墓を作りに行ったから」


 ハイベルは目を閉じてしばらく考えたが、再び鋭い視線を向けてきた。


「ジャバルク軍はその後どうした」


「あー……1人も帰れない状態にしたよ」


 「皆殺しにした」と言いかけ、嘘になるなと訂正する。


「帰れない状態ってなんだよ?」


 口を挟んだテルヘロスにハイベルの猛禽類のような視線が向けられるが、本人は何処吹く風と言った様子だ。


「生きたまま呪いの素材にした」


「呪いだと?」


 ハイベルが俺に向き直る。


「ジャバルク側のアガパ山脈の麓に埋めて、そこら一帯に瘴気の森が広がるように呪いをかけたんだよ」


「!?」


 俺の言葉に目を剥いたハイベルだが、直ぐに落ち着きを取り戻す。


「……何故だ?」


「墓を荒らされたく無かったからね。

 それにあんたらもジャバルク軍が来ないに越した事は無いでしょ。

 少なくともアガパ山脈側からは攻めて来れないよ」


「………」


 ハイベルは無言のまま考え込んでいたが、大きな溜息を吐くと椅子にもたれかかった。


「……成程。 そこまでしたのか」


「まずかった?」


「いや、十分以上だ」


「なら良かった」


 部屋の張り詰めた空気が解けたのを肌で感じる。


 眉間のツボを抑えながら身を起こしたハイベルは、先程より僅かに柔らかくなった態度で聞いてきた。


「報奨をやろう。

 何が欲しい」


「え、特に何も。 依頼受けてた訳じゃないし」


 するとハイベルは困ったように眉根を寄せる。


「金級を葬り、敵軍を全滅させ、更にその後の工作まで行った者を手ぶらで帰す訳が無いだろう」


「そう? 偶然目的地にあいつらが居ただけだよ。

 それに冒険者の言葉をそんな簡単に信じていいの」


 するとハイベルは俺の背後へ視線を向けて見せる。


 振り返れば、俺を案内して来た兵士がバツが悪そうに立っていた。


 嘘発見器はお前か。


「おーけー。

 でも今特に欲しい物無いんだよなぁ……」


「そう言うなよ。

 アギトにはゲル浄化作戦中に端金で働かせたって言う負い目もあるんだ。

 何か無いか?」


 何か出してくれとねだるテルヘロスの言葉に、1つ思い付く。


「あ、じゃあさ。

 ゴーバトンの肉とミルクと乳製品を仕入れたいんだよね、大量に。

 信頼出来る購入口があったら紹介してくれない?」


「紹介なんて水臭いこと言うなよ。

 こっちで用意するから受け取ってくれ」


「まじ? 助かるわぁ。

 ゴーバトンは肉だけじゃなくてミルクも美味いって聞いたから、ある程度ストックしておきたかったんだよね」


「……あの、いいかしら」


 俺達が和気藹々と話していると、ワパル婦人が控え目に挙手する。


 いや、お淑やかと言うべきか。


「はい」


「今日は、ムアと言う使い魔はいらっしゃらないのかしら?」


「ムアなら今は街をブラブラしてると思いますよ。

 会いたければ後でもう1回来ましょうか」


「あら嬉しいわ。 テルヘロスから話を聞いて、是非会ってみたいと思っていたのよ」


 合わせるのは構わないが、念の為カイルと接触させるのは避けた方がいいだろう。


「じゃ、話はこんなもんかな?」


「まだだ。

 新たに依頼をしたい」


 ハイベルが指をクイと曲げると、後ろに控えていた兵士がすかさず円卓に地図を広げる。


 文字を見るに、バルガルフとセトナート間を記した地図らしい。


 形や道、村などを細かく示しているので、確実に軍事機密っぽいが……まぁいいか。


 兵士は地図の数箇所に、赤く塗られた石を置いた。


「これは?」


「盗賊だ」


「討伐して来いと」


 頷くハイベルに代わり、テルヘロスが詳しく説明してくれる。


 何でも、この時期に現れる盗賊は傭兵や冒険者崩れ、場合によっては帝国やジャバルクの兵士が紛れ込んでいるようで、かなり手強いらしい。


「アギトとムアなら盗賊程度問題無いだろ?」


「ディカ達赤脈旅団とか、ファルシュみたいなバケモンが紛れ込んでなきゃ勝てるよ」


「あれらは一握りだ。

 そして報酬の額だが……全額前払いで、金貨5枚を約束しよう」


「多すぎない?」


 ギニンで盗賊討伐の依頼は何度か見たが、報酬はせいぜい銀貨3枚程度だったはずだ。


「アギトとムアは、ゲル浄化作戦時に端金では足りない程の働きをしたと各方面から耳にしている。

 その分だ」


「なら普通に渡してくれればいいのに」


「こっちも面子があるんだよ。

 いくら赤脈旅団団長にドヤされたとは言え、それで『報酬を後から上げました』なんて話は世に出したく無いんだ。

 受けてくれるな?」


「まぁいいけど、セトナートに行くまでに見つけた分しか殺さないよ?」


「十分だ」


 テルヘロスの差し出した手を叩くように握り返す。


「依頼、確かに承った」


 商談成立である。



●●●●



 屋敷を出てギルドの方へ向かうと人集りが出来ていた。


 騒ぎの中心は見るまでも無く分かる。


「やあやあ、楽しそうな事してるね?」


「アギト遅ぇぞ!! どこほっつき歩いてたんだ!!」


 人混みを割って入ると、ムアの隣に立っていた知り合いの冒険者が怒鳴ってきた。


「どうしたのさ」


「どうもこうも無ぇよ!!

 お前がいない間にムアちゃんが絡まれてたんだぞ!!」


「これに?」


 ムアを庇わんと息巻く冒険者達と対峙するのは、金物の重そうな装備を纏った者達だった。


 対人向けの装備から察するに、こいつらは……


「傭兵か」


「ああ。 ムアちゃんを寄越せとかふざけた事抜かしやがる」


「なるほどね。

 ムアが手出してたら大事になってただろうし、助かったよ。

 後はやるわ」


 俺が冒険者らの先頭に立つと、傭兵集団は鼻で笑う。


「お前が飼い主か?

 使い魔の首には、証をかけておかなくちゃだめだろう。

 こいつは侵入した魔獣として俺達が預からせてもらうぞ」


 あちゃー失敗したな。


 人の姿で入って来たせいで、使い魔の証を貰い忘れていたのだ。


「なら今から兵士に証を貰ってくるよ。

 それなら解決でしょ?」


「その魔獣が今にも暴れ出すかもしれないだろ?」


 確かにムアはかなり苛立っている。


 しかし今こいつらが生きているのが何よりもの証拠なのだが……まぁいいや。


「お前らみたいな蛮族とは比にならないくらいムアは理性的だから安心しな。

 街中で人間様から剥ぎ取った玩具でイキリあがって恥ずかしく無いの?

 大して強くも無いのにガチャガチャ音鳴らしてやかましいねぇ」


「なっ……!」


 怒りで硬直する傭兵の胸当てをノックする。


「薄っぺら。

 いい歳してこんな鉄板でごっこ遊び。

 痛々しいにも程があるね」


 怒りを固有能力で更に煽ると、傭兵達はみるみる真っ赤になっていく。


「ガキが……大人を舐めたらどうなるか教えてやる、よっ!!」


 傭兵は振り被った拳を素直に振るう。


 そして勢いそのまま……


「うぉっ!?」


 俺にめり込んだ。


 咄嗟に腕を引き戻した傭兵だが、めり込んでいた腕は綺麗さっぱり消え去っている。


 傭兵の腕が触れる場所に合わせて、瘴気で受け止めて分解してやったのだ。


「……は、あぁ!?」


 失った腕にキレる傭兵に手を伸ばす。


「うぉお!!?」


 尻もちを着いて後退る傭兵に、最初の威勢は微塵も見られない。


 このまま殺してもいいが、流石に街中では不味い。


 けど無罪放免ってのもムカつくんだよなぁ……


 ………あ


 言い訳が立ちそうないい事考えたぞ。


「『平伏せ』『脱力』」


 俺の呪いの言葉に、突っ立っていた傭兵達が崩れ落ちる。


「『頭を上げて』『弓なりに』」


 今度は糸で釣られたかのように、傭兵達が身を起こした。


 よし、後は……


「『平服しろ』『脱力』」


 ガチンッ


 金属の兜が、地面にぶつかって鈍い音を立てる。


「『もう一度』」


 ゆらりと持ち上がった頭が、まるでバランスが取れなくなったように落ちて地面にキスをする。


「『もう一度』『もう一度』『もう一度』」


 俺の固有能力に相手を操る力など無い。


 今やっているのは、背中の筋肉を『怒り』で力ませて身を起こさせてからの、頭の自重落下である。


 人の体とは不思議なもので、怯んだ精神に言霊で囁かれると、あっさり信じ込んでしまうらしい。


「もう一度 もう一度 もう一度」


 俺の言葉に合わせて、傭兵達はガンガンと頭を地面に叩き付け続ける。


 途中からはただの催眠なのだが、素直に従うだけの体力はまだあるようなのでもう少しヘドバンしてもらうとしよう。


「もう一度。 ま、こんなもんか」


 頭から血をダバダバ流し白目を剥く傭兵達の『恐怖』を増長させて叩き起す。


「ふぐぉ!?」


「次お前達の姿を見たら問答無用で殺す。

 失せろ」


 悲鳴も上げずに一目散に逃げて行く傭兵を見送り振り返った。


 周囲の冒険者の反応は……予想していた通りのドン引きである。


 もう慣れっこだ。


「ムアを庇ってくれてありがとね」


「あ、ああ……」


 後退る冒険者だったが、やがて俺達を囲う輪から吹き出す笑い声が漏れる。


「ったく、アギトは相変わらずおっかねぇな!!」


「何でさ。 これ以上平和的な解決方法はそうそう無いと思うんだけど?

 傭兵達が悔い改め、平謝りして逃走。

 ほら平和」


「何処がだよ!!」


 ギャアギャア楽しそうに騒ぐ冒険者達に囲まれながら、ムアの元へ行く。


「ごめん、もっと早く戻れば良かったね。

 大丈夫だった?」


「ガウ」


 そんな事より、とムアは足元で隠していたカイルを押し出した。


「無事?」


「うん。 さっきの傭兵は東の方に走って行ったよ。

 アガパ山脈の方から出てくんじゃないかな」


 平然と追跡しているカイルの図太い事よ。


「気になる物はあった?」


「今日はイマイチ。

 シンズを出入りした人自体が少ないみたい」


 大した情報収集能力だ。


「ひょっとして妖精から聞いたの?

 妖精って色んな事が出来るんだねぇ」


「そんなに万能じゃ無いよ。

 気分屋だから教えてくれない事もあるもん。

 でもアギトの側は心地良いんだって。

 アギトの事は好きじゃないみたいだけど」


 矛盾した言葉に首を傾げると、カイルは苦笑しながら教えてくれる。


「アギトの周りは空気が澄んでるんらしいよ。

 でもアギトは淀んだ物を溜め込んでるから嫌なんだって」


「勝手な奴らだね」


「…おい、アギト! お前聞いてたか?」


「さっぱり。 何の話?」


 聞き返す俺に、冒険者達が見えがよしに溜息をつく。


「だから、ムアちゃんの二つ名を決めようって話だよ。

 骸のアギトって2つ名は、お前が絡まれて揉め事を起こさないように付けられたんだろ?

 だったらムアちゃんにも付けてやろうぜって考えてたんだよ」


「ムアの2つ名ねぇ……」


「ガウ?」


 改めてムアをマジマジと見る。


 特徴を上げるとすれば、雪のように白い体毛と長いフサフサの尻尾だろうか。


 フカフカの頬に指を沈めると、もっと撫でろと顔を押し付けて来る。


 相変わらず可愛い過ぎる。


 付けるなら『天使のムア』とか『癒しのムア』だろうか。


 愛らしい人間の姿を考えれば、間違っても俺のような死体呼びは避けなければならない。


「『白い閃光ムア』とかどうよ!!」


「だめよ。 ムアちゃんはもっとフワフワしたのがいいわ。

 『クリームのムア』ならぴったりよ!」


「食いもんじゃねぇか。

 もっとカッコイイやつをだな……」


『あのっ!』


 各々が好き勝手言っている所に、子供特有の高い声が響く。


 声を上げたのはカイルであった。


「『雲海のムア』とかどうでしょうか……」


 屈強な冒険者に見下ろされ、カイルの言葉は尻すぼみになってしまう。


 各々目を閉じて真剣に響きを吟味する中で、いち早く反応を顕にしたのは本人であった。


「ガウッ!! ガウゥ!!」


「うわわっ!!?」


 ムアは鼻先でカイルをすくい上げると、霧で捕獲して背中に座らせる。


「気に入った?」


「ガウッ!!」


 本人がそう言ったのなら決定だ。


「よし、じゃあ今日から『骸のアギト』と『雲海のムア』で噂を広げるぞ!」


『おおー!!!』


 ゲル組の冒険者達は高らかに拳を掲げる。


「良かったねムア」


「ガウッ!!」


 嬉しそうな2人を微笑ましく思いつつ、ふと懸念が脳裏を過ぎった。


 噂を広げると言っていたが、彼らは俺達のどんな噂を広げるつもりなのだろうか。


 あまり良い未来は見えないが………なるようになるか。


 興奮冷めやらぬ冒険者らに別れを告げ、一旦宿へと戻るのであった。

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