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添い遂げる

 アガパの民の洞窟を拠点にカイルの母親を探し始めて、1週間が経過していた。


 成果はまずまずと言ったところだろう。


 他のアガパの民の死体はいくつか発見したが、その内の何人かは獣に掘り起こされ食われかけていたのだ。


 雪崩に飲まれた死体は場合によってはバラバラになるらしく、カイルが目を背けたくなるような凄惨な遺体も数多く見かけた。


 ここ1週間の成果がそのようなものばかりだったので、他ならぬカイルのモチベーションの下がりようが著しい。


 重い足取りで懸命に探し続けるカイルを見ていると、このまま見つからない方が良いのでは無いかとすら思えてしまう。


 どれだけ必死に探して再び会えたとしても、その姿は恐らく……


 頭を振ってネガティブな想像を振り払う。


 良くないな、カイルを励まし焚き付けたのは他ならぬ俺なのだから。


 もし残酷な現実が待っていたとしても、俺とムアがカイルの力にならなければ……


「……ん?」


「ガウ?」


 立ち止まった俺に、カイルを乗せたムアが足を止めて振り返る。


「足元から魔力を感じる。

 ちょい掘れる?」


「ガウッ」


 カイルを降ろしたムアが、霧で雪を吸い取っていく。


 しばらく雪を掘り進めていたムアだが、やがて何かを掘り当てたらしい。


 ムアは覗き込もうとするカイルを霧で止めると、俺に視線を向けて来た。


 ………そうか


 カイルを撫でてから、穴の中を覗き込む。


 霧によって浮かされていたのは、樹皮のような茶髪を首の後ろで緩く束ねた女性であった。


 帽子は無いが、服装の特徴は全て一致している。


 カイルの母親を発見した。


 だが………とてもこのままの姿ではカイルには見せられなかった。


 手足は折れて骨が服から突き出ており、顔の1部の肉がえぐれていたのだ。


 ムアと顔を見合わせ、固有能力を行使する。


 だが僅かな抵抗に気付き慌てて死化粧の手を止めた。


「……ガウ?」


 なんでやめるの?と首を傾げたムアに、カイルの母親を視線で示す。


 鼻先でツンと触れたムアは直ぐに気付いたようだ。


「ガウッ!!」


「うん。 これはカイルが受け取るべきものだ」


 呼吸を整えると、屈んでカイルと目線を合わせる。


「カイル、お母さんが見つかった」


「……っ!」


 肩を震わせるカイルに向き合い、ゆっくり言葉を探す。


「……カイル。

 今からカイルは、とても苦しくて悲しいものを見なきゃけない。

 でもカイルはその苦しくて悲しいものを見ないと一生後悔すると思う。

 お母さんの為にもカイルの為にも、カイルが受けとらなければならないものだよ。

 …………出来るね」


 カイルは青い瞳で俺を見返すと、深く頷いた。


 軽い背中を押し、穴の前に連れて来る。


「……ぁ…」


 小さな声が耳に痛く響くが、それ以上にカイルに気付いて欲しい事があった。


「カイル。

 お母さんはどんな姿になってもお前を思ってる。

 手を握ってあげて。

 大丈夫、俺達がついてる」


 カイルの震える手に、俺の手を重ねて引っ張る。


 痛々しい母親の手を包み込むように握らせると、ようやく気付いたらしい。


「これ……魔力……?」


「そう。

 強い思いによって、魔力は強く焼き付く。

 俺達が師匠から固有能力を受け継いだのと同じだよ。

 カイルのお母さんからの、最後の贈り物だ」


 カイルの母親は、自らの最後の瞬間まで息子の無事を願って死んだ。


 それが反映されたのが、カイルの母親の遺体に宿ったままの固有能力である。


 ありきたりな言い方は価値が薄れるようで嫌いだが、これは紛れも無く……


「母の愛だよ。

 受け取りな」


「……お母さんの……」


 カイルは母親の手を強く握ると、残存していた魔力を全て吸い込んだ。


 新たな魔力の気配を漂わせながら涙を流すカイルの頭を撫でる。


「よく頑張ったな」


「あ……」


 蘇るように生前の姿を取り戻す母親に、カイルは呆然となる。


 魔力が吸い取られたのであれば、このままの姿にしておく必要も無いからな。


 カイルは眠るように目を閉じる母親をしばらく見つめていたが、目を覚まさないと悟ったのだろう。


 ムアに母親を預けると、黙々と歩き出した。


 その足取りに、ここ1週間の疲労は微塵も見られ無かった。



●●●●



「……ふぅ」


 ボワっと膨れる白い息を吐いたカイルは、雪に仰向けに倒れ込んだ。


 その手足は泥に汚れている。


「もう少し掘る?」


「ううん、これくらい深ければ大丈夫」


 カイルが掘っていたのは、両親の墓穴であった。


 自分で掘りたいと言ったので、気が済むままにさせたのだ。


「ムア、お願い」


「ガウゥ」


 ムアの霧から出されたカイルの両親は、穴の底に寄り添って横たわった。


 カイルは両親の手を取ると、2人の手を重ねて置き直す。


 そして黙々と土を被せ始めた。


 拙い魔力操作で土を被せていくカイルは、まだ少し時間がかかりそうだ。


 なら俺は……


「ちょい墓荒らしの対策してくるよ。

 直ぐに戻る」


 カイルをムアに任せ、山頂へと高速で駆け上がる。


 山頂より先はジャバルクの領土だ。


 ここから先の土地で、やっておきたい事があった。


 1週間前に作っておいた植物監獄を開くと、中には生け捕りにしたジャバルク軍が眠ったまま捕獲されている。


 そいつらを全て魔法で浮かせて山を駆け下り、土が露出した所までやって来た。


「……さて、出来るだけ苦しんでくれよ」


 兵士達を芋のように連ねて埋めて、そいつらから木を生やす。


 生やした木は黒々としており、禍々しい見た目にそぐわず、僅かに瘴気を発している。


 この木の養分は……兵士達の負の感情であった。


 俺が兵士達に与えた負の感情が悪夢となり、それが木から放出され続けているのだ。


 だがこれだけでは終わらせない。


 固有能力を通じて、木々に命令を下す。


「苦しみ続けろ。増え続けろ」


 試しに木に負の感情を与えてみると、木々はブルリと震えて根を広げ、新たな黒い木を生やし始めた。


 負の感情を養分に増殖し、瘴気を撒き散らす森。


 アガパ山脈のジャバルク側は、今年の夏で瘴気の森に覆われるだろう。


「これで戦争やら侵略やらの物騒な事は治まるといいけど」


 与えた負の感情をモリモリ吸収する瘴気の森を残して、俺はカイルの元へ急ぐのであった。



●●●●



 雪の積もる山肌でこれでもかと自己主張をする、メタセコイアのような大きな気を見上げる。


「この木でいいの?」


「うん。 お父さんとお母さんはこの木の下で出会ったって言ってたから。

 村から降りる度に、木を指さして話すから覚えちゃったんだよ」


 カイルは自らが墓標に選んだ木を見上げて苦笑する。


 その横顔に、会った時から差していた影は微塵も無い。


「……行ってきます」


 黙祷するカイルの後ろで、俺とムアは墓標に一礼して誓う。


 カイルが1人前になるまで、保護者として仲間として、共に在り続けると。



●●●●



 その日の夜は、行きに通った川の近くで過ごす事となった。


 他ならぬムアが、川に近付くにつれてソワソワし始めたのだ。


 そんな訳で、夕食は川魚を使ったフルコースである。


 塩焼きやスープだけでなく、開きのフライまで揃えた豪華な夕食だ。


 3人で食卓を囲み、団欒の時間を過ごしつつ今後の行先を話し合う。


「実は気になってた香辛料があってさ、それを買ったらセトナート領に売りに行きたいんだ」


「セトナート?」


「うん。

 バルガルフから王都に行く道はあるんだけど、セトナート領を通る商人は少ないって聞いたから、狙い目かなって。

 まぁ商人が通らないって事は、利益が少ない可能性はあるんだけど……」


 商人初心者として色々考えているカイルの頭を撫でる。


「いいんじゃない?

 どんな事にも経緯がある訳だし、それを紐解いてみれば思わぬ儲けが出るかもよ。

 ワンチャン新しい商売の種を見つけられるかもしれないし」


「ガウッ、ガゥゥ」


 ガンガン行こうぜの俺達に、カイルは照れくさそうに笑う。


「まだ机上論だよ」


「無いより余っ程いいさ。

 その後は?」


「まだ迷ってるんだよね。

 王都の商品も見てみたいけど、治安だけじゃ無くて物の売り買いも詐欺紛いのが横行してるって聞くし……」


「あ」


 王都と言われて思い出す。


 これは話しておかなければならなかった。


「カイル、ちょっと大事な話があるんだけど……」


「んっ、……何?」


 突然改まった俺に、カイルは魚フライを飲み込んで答える。


「カイルってさ、父方の祖母の話って聞いてる?」


「当然聞いてるよ。

 僕の王族の血はそこからだって、お父さんに教えられたもん」


「!」


 目を見開くムアに、うなづいて返す。


 これで確定だ。


「カイルのお婆さん親友、ファルシュの話は?」


「その人も聞かされたよ。

 トラモントで一番強い金級の冒険者で、優しいけどおっかないって言ってた。

 剣を鍛えて貰ったけど、ボコボコにされてばっかりだったんだって」


 「その人がどうかしたの?」と問うカイルに、意を決して提案する。


「俺とムアはそのファルシュと、ゲル浄化作戦の時に知り合ったんだよ。

 カイルのお婆さんとお父さんの事をよく知ってるみたいだった。

 肉親、みたいな感じ。

 ……会ってみたい?」


 カイルとファルシュを引き合せるかどうかは、ギニンに帰ってからムアと何度か話し合った。


 散々迷った挙句出た結論は、カイルに委ねるだったのだ。


「ガゥ、ガウゥ」


 「急いで決めなくていいんだよ」とムアが鳴く。


「……それって、危なくないの?」


「少なくともファルシュは話が通じそうだった。

 貴族が敵対してきたら俺とムアで蹴散らすけど」


「ガウッ!!」


 威勢の良い俺とムアに、カイルは返事を渋る。


 どうやら気を使っていると思われたらしい。


「ま、現実的に考えても、現在の王は存命で病の話も出て無いし、コソッと会いに行ってコソッと抜け出せば大事にはならないと思うよ」


 カイルの迷いは短かった。


「会ってみたい」


「よしきた」


「ガウッ!!」


 今後の方針も決まった所で完食し、俺達は眠る準備に入る。


 と言っても、カイルは奥のテントで寝て、俺とムアはぼんやり起きるつもりでいるのだが。


「歯磨いた?」


「うん」


「体だけ洗っときな。

 風呂はどうする?」


「今日はいいや……」


 カイルはウトウトしながら水球を浮かせて全身を洗うと、奥の部屋へ消えて行った。


 気配が静まったのを確認し、俺はいそいそと準備を進める。


 ここ数日はとてもそんな気分にはなれなかったが、カイルの両親の件に方がついた今、少しは旅を楽しんでも良いだろう。


「……ガゥ?」


 ムアは俺の生やした盤を見て首を捻る。


「これはジールムって言って、駒を取り合うゲームなんだよ。

 リーチェとファルシュがやってたでしょ?

 あれ」


「グルゥゥ」


 2人の対局を思い出したのだろう。


 ムアは盤を挟んで俺の向かいに座る。


 駒の動きを説明しながら動かしていると、やはり最初はムアが不利になり始めた。


「……ガゥ」


「最初はそんなもんだよ。

 俺も他の兵士にボコボコにされたし」


 だからと言って、俺がわざと負ければムアは絶対に気付くだろう。


「……ッ! ガウッ!」


 ムアは「ちょっと待ってて」と鳴くと、霧に包まれてしまった。


 拗ねた訳では無さそうだが……突然どうしたのだろうか。


 ジールムの攻略本みたいな物を偶然持っていて、霧の中で猛勉強中でもしてるのかな?


 次の一手を考えながら待っていると、霧は徐々に小さくなっていく。


「ああ、小さくなってただ……け?」


 霧の中から現れたのは、真っ白な女の子であった。


「…………」


「…………」


 見つめ合う事しばらく。


 相手も喋らないので俺から切り出す事にした。


「………ムアさん?」


「ムアだよ」


 リンと鈴のように澄んだ声が響く。


 少しづつ理解が追いつくにつれ、更に頭が混乱し始める。


「……うそん………」


「ムアだよ」


 ムア【人の姿】は、改めて名乗るのであった。

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