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戦火

 翌日の昼過ぎ。


 ジャバルクの軍は、遠目から見てもかなりの数が山頂付近に広く陣取っていた。


 山頂が国境との話を思い出せば、言い訳の余地無く侵略行為だ。


 そんなジャバルク軍の元へ、俺は単身でノコノコと歩いて行く。


 ムアとカイルには離れた所で隠れてもらい、俺がヤバくなったら助けてくれとだけ伝えてある。


 そこまでして、俺はどうしてもしたいことがあった。


「や、どーも。

 ここにあった、ちょっくら用があって来たんだけど」


「は? 何だお前。

 通れる訳無いに決まってるだろ」


 見張りの兵士の反応は当然のものだ。


 だが、何も無策で正面突破をしに来た訳では無い。


「世捨て人だか分からんが、さっさと失せろ」


「まぁそう言いなさんな。

 こっちは噂を聞いて遥々やって来たってんだから」


「噂?」


 俺は牙のマスクをずらすと、頬をつねって笑う。


「金級の中でも屈指のブスが居ると聞いてね…っと」


 言い切る前に高速回転する斧が、俺の顔のあった場所を通過する。


 続けて頭上から落ちるように飛んできた斧を避けると、兵士を押し退けて女が現れた。


「……楽に死ねると思うんじゃねぇぞ」


 怒りでひくついた女の顔を見て、鼻で笑ってやる。


「なるほど、確かに噂通りのブスだ」


 足を狙って飛んできた斧を踏み落とす。


 実際のところ、そこまでブスでは無い。


 赤黒い髪は肩の位置で綺麗に切り揃えられており、スタイルもモデル並みでは無いが平均以上だろう。


 ただし、美人になるにはあと一歩足りない程度の容姿であった。


 この手の奴にはブスが1番効くだろう。


 それに……


「表情が不細工だね。

 醜い表情ばかりしているから、醜い表情筋の付き方をしてる。

 汚い心が顕になってるよ」


 再び飛んで来た斧を、今度は肉壁で包み込んで奪う。


「なっ!」


「ふぅん、魔力を付与した斧を固有能力か何かで浮かせてたのか。

 まるで子供の玩具だね」


 囲うように飛んできた追加の斧達も、纏めて肉で捉えて回収する。


「……何もんだ」


「目的を持ってここに来たアギトだよ。

 ジャバルクの金級冒険者ルイトラさん、あなたが何処まで関与しているかは知らないけれど、目に付いたから殺しに来た」


「………」


 憎々しげに顔を歪めるルイトラに、捉えていた斧を返してやる。


「ほら、武器が玩具でもお前が金級たる理由があるんだろう?

 俺がこれまで会った金級の冒険者は、今の所強かったんだ。

 頑張って抵抗したまえよ」


 ふむ、流石は金級だ。


 俺の安い挑発にはのらず、ジワジワと兵士達を避難させている。


 俺を正確に驚異とみなしたのだろう。


 ならばこちらも戦闘に意識を切り替えるのが礼儀か。


 ルイトラの瞳の奥へ、視線から負の感情を送り込む。


「っ!!」


 仰け反るようにして視線を切ったルイトラは、素早く飛び退くと全方位から斧を飛ばして斬りかかってきた。


「邪視持ちか!!」


「邪視ってこっちにもあるんだ」


 雪の中に潜ませていたらしい無数の斧達が、勇ましく襲いかかって来る。


 しかし、俺の広げた瘴気に触れると勢いそのままに明後日の方向へ飛んで行ってしまった。


「てめぇ! 何しやがった!!」


 やった事は至って単純だ。


 ルイトラの魔力と飛び回っていた斧の魔力の繋がりを、俺の瘴気で掻き消したに過ぎない。


 ラジコンの電波を妨害したようなものである。


 だが当然、教えない


「何だろうねぇ。

 で、次は?

 まさかこの一発芸で金級を名乗ってる訳じゃ無いよね?」


「……ああ、そうだよっ!!」


 ジャバルク軍のテントが破れ、大量の武器が塊となって飛んで来る。


 質量で潰す算段らしいが……馬鹿だな。


「ほい、捕まえた」


「んなっ!」


 ルイトラの胸ぐらを掴んで捕獲し、落下地点に瘴気を張って待ち構える。


「落ちてくるよ〜」


「ぐぅぅぅぁぁぁぁあああ!!!」


 瘴気に阻まれながらも、ルイトラは必死に魔力を飛ばして制御を取り戻そうと試みる。


 だがその努力も虚しく、俺とルイトラは刃物の雨に打たれるのであった。



●●●●



「……っづあっ!!」


 ルイトラは、頭の鈍い痛みで一瞬の気絶から目を覚ます。


 間に合わないと判断したルイトラは、咄嗟に身体強化と結界を張ったのだ。


「ってぇ………クソ、あの野郎は……」


「どの野郎?」


「っ!?」


 霞む目が晴れてくると、先程と同じ姿勢のままルイトラの胸ぐらを掴むアギトの姿があった。


 その惨状を見てルイトラは絶句する。


 肩が大きく削ぎ落とされ、胸には剣が刺さり、全身が血塗れだったのだから。


「アンデッドかよ……!!」


「失礼な。

 人間だよ」


 アギトは肉塊に包まれると、直ぐに全身無傷な姿へ戻る。


「で、次は?」


「しっ!!」


 ルイトラは、腰に隠してあったナイフでアギトの腹を深く貫いた。


「お、元気だねぇ。

 で、次は?」


 ルイトラは何度も何度も、アギトの腹と胸を刺し続ける。


 だがアギトは微塵も痛がらずに、ルイトラを掴んで持ち上げ続ける。


「……何が目的だ!!」


「あれ、俺さっき言わなかったっけ?」


「何故あたしを殺したい!!」


「さぁねぇ。 自分の胸に手を当てて考えてみな」


 ルイトラは、言われるがままに自分の胸に手を当てる。


 だがアギトが意図していなかったのは、ジャバルクには『胸に手を当てて考える』が、良心に聞いてみろという意味にならなかった事だろう。


「か……体か?」


「は?」


 何故そうなるのかと困惑するアギトに構わず、ルイトラは再び呟く。


「ま、まさか……身体目当てなのか?」


 この答えは悪手だった。


 胸に手を当てて考えた結果がこれだったのたから。


 アギトの失望は瞳の色に顕著に現れた。


「……そうかもね。 なら好きにさせて貰おう」


 アギトはそう言うなり、手刀でルイトラの胸を貫くと何かを抜き取る。


 滴る血の隙間から覗く、ルビーのような赤い輝きは……


 アギトが奪った物が何か理解する前に、ルイトラは斜面から蹴り落とされて死体となった。



●●●●



 魔石を魔法で洗い、光に翳す。


「腐っても金級か。 そこそこ魔力が詰まってら」


 ルイトラとやらは金級にしては弱かったが、銀級にしては強かった。


 それプラス魔力量を評価され、金級の位置に着いたのではなかろうか。


 あの固有能力なら、普通の銀級相当の兵士が集まったってカモだろうからなぁ。


「…………」


 視線を感じて振り返れば、自分達のトップを殺した俺を遠巻きに眺めるジャバルクの兵士達がいる。


「お前らは諸悪の根源だな」


 片っ端から兵士の恐怖を増幅させて気絶させていると、カイルを乗せたムアがやって来た。


「ガウゥ?」


「大丈夫、めちゃくちゃ弱かったよ。

 それよりカイルの村に行こう。

 案内してくれる?」


「………」


 カイルは口を一文字に結びながら、少し先に見える洞窟を指さす。


 入ってみれば、中で休憩していた兵士達がいたのでそいつらも纏めて気絶させる。


「ガウ?」


「こいつらは後で使うから生かしといて」


「グルゥ?」


「大層な事はしない、ただの親切心だよ」


 真っ暗な中を進んで行くと、何か乾いた物が爪先に当たる。


 光球を浮かべると、木や藁が無造作に散らばっている様子が照らされた。


「っ……!!」


 息を飲み、拳を握り締めるカイルの肩に手を置く。


「カイルの村の家か。

 ………酷いね」


「ガウゥ……」


 カイルは何も言わずに歩くと、やがて1つの瓦礫の山を掘り始めた。


 俺とムアも一緒に瓦礫をどかしていると、捻じ曲がった角が現れる。


「……それは僕が初めて狩ったゴーバトンの角だよ。

 弱らせたりするのは殆どお父さん達がやってくれたから、とどめを刺しただけなんだけど。

 でも僕が仕留めた肉だって、その日はお祭り騒ぎだったんだ」


「すごいじゃん。

 皆優しかったんだ」


「……うん」


 再び黙々と探していると、今度はムアが何かを見つけたらしい。


 掘り出されたそれは、大きな牙を連ねた首飾りであった。


「それは『エナガーナ』って言う、6本足の馬の牙だよ。

 僕達がまだ村に来て間も無い時に、エナガーナが村を襲って来たんだ。

 お父さんが誰よりも勇敢に戦ったおかげで村に受け入れて貰えた、ってお母さんが言ってた」


 「僕はまだ小さかったから覚えてないけど」と、カイルは付け足して寂しそうに笑う。


「カイルのお父さんは強いね。

 家族の居場所を自分で作ったんだから」


「…うん………うん」


 カイルは噛み締めるように頷く。


 再び瓦礫を漁っていると、今度はカイルが何かを探り当てた。


 引き抜かれたそれは、紺色に無地の剣の鞘である。


「……これはお父さんの剣。

 ……あの日お父さんは他の狩人を連れて、僕達の逃げる時間を稼いでくれたんだ。

 洞窟の入口を押し返して、それで……」


 言葉に詰まるカイルの背を撫でながら負の感情を吸収するが、それでも呼吸はまだ荒いままであった。


 少し休ませるべきだろう。


「ムア、ちょいカイル任せていい?」


「ガウ?」


「捜しもの」


 それだけ告げて洞窟から出る。


「……あいつでいいか」


 身なりの整った兵士を引っぱたいて起こす。


「んなっ!? 何だおまグフッ!?」


 余計な事は騒がせず、腹に蹴りを入れて黙らせる。


「質問にだけ答えな。

 殺したアガパの民は何処へやった?」


「……あ、あそこだ……」


 指さした先を見れば、一際ボロいテントが見える。


 中を覗けば、惨殺された死体が積まれている。


「ご苦労」


「ひギュ」


 首をへし折った兵士を捨てて、テントの中の死体を魔法で浮かせながら探る。


 上に積まれた新しい死体は、バルガルフ軍の死体らしい。


 ゲル浄化作戦中に話した冒険者の目を閉じさせつつ探していると、血みどろの死体の中で輝く金色の髪が目に止まる。


「………あんたか」


 引きずり出した生首は、幸いにも傷は殆ど無かった。


 つまり……戦闘で殺されたのでは無く、その後に捕まり斬首された可能性が高い。


 こんな状態ではカイルに見せられないので、切り離された体も見つけて繋ぎ合わせる。


 死体に再生能力による治療は効果が無いので俺の肉で代用し、死化粧を完成させた。


「………美形だな」


 改めて顔を見れば隠しきれない王子様だ。


 いや、髭が生えているからむしろ王だろうか。


 優しい目元やウェーブのかかった金髪は、しっかりカイルに引き継がれているようだ。


 外から近付いてくる気配から察するに、カイルとムアは洞窟から出てきているらしい。


 カイルの父親を魔法で丁寧に浮かせ、テントから連れ出す。


「……お父さん」


 掠れるような声で呟くカイルは、父親の手に恐る恐る触れた。


 固く冷えた手には、幾つもの傷跡と分厚い皮が張っている。


 カイルの父の生き様は、死してなお肉体に刻まれていた。


 カイルは父の手を握り締めたまま目を固く閉じていたが、しばらくして何かを探す。


「母さんは」


「テントの中には男の死体しか無かった。

 女でジャバルク軍に捕まった人はいた?」


「僕の村にはいなかったよ。

 ……そっか。

 一緒に埋めてあげたかったんだけど……」


 カイルの母親は雪崩に飲み込まれたままなのだろう。


「探そうか。

 せっかくここまで来たんだから、一緒に眠らせてあげないと可哀想だし」


 俺の言葉にカイルが驚く。


「えっ……いいの?」


「何を今更。

 でもタイムリミットは山の雪が溶け始めるまでだよ」


 この山で育ったカイルは、俺の言った意味が分かったのだろう。


 歳に似合わぬ、覚悟を決めた顔で頷く。


「ガウゥ」


「うん。 ムア、お父さんをお願い」


 カイルの父親をムアの霧が飲み込む。


「さて探すのは決定として、カイルの固有能力って聞いた事無かったけどどんなの?

 探すのに使えそう?」


「ううん。

 僕の固有能力は、『人の意識がどこに向いてるのかを見る力』と、『声を遠くまで響かせる力』だから難しいと思う。

 それと……」


 カイルにつられて空を見れば、日は間もなくし沈もうとしていた。


「もうすぐ真っ暗になるから今日はやめといた方がいいかな」


 その日は、カイル達の住んでいた洞窟を借りて夜を越すのであった。

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