春の旅路
ギニンを出て最初の夜。
俺とムアとカイルは、ポルトとアルと共に野営の準備をしていた。
もっとも、準備と言っても俺がテントやらは生やせるので料理しかしないが。
「おいアギト、お前ギルドで…フガッ」
ニヤニヤするアルの口をジャガイモもどきで塞ぐ。
「黙って食え」
「ファ、フガァ」
「………」
愚かな連れを横目で見つつも、黙ってスープをすするのはポルトだ。
耳の早いポルトの事だからアルが知っている事はどうせ知っているのだろうが、藪をつつく気は無いようなので見逃すとしよう。
「で、次目指すのがバルガルフ領のシンズだっけ。
ポルトはあの後シンズに乾燥ルレックを売りに行ったんだっけか。
事前情報でも仕入れてたわけ?」
「そもそも去年の冬はそこで越しましたからね。
季節が季節だったので、かなり苦しい生活にはなりましたが」
するとカイルが話に参加してくる。
「その時に需要がある物を調査したの?」
「ええ。 お陰で今回はかなりプラスになりました。
カイルはこの前行商をしてみたいと言っていましたね。
その土地の溢れているものと、必要とされているものをしっかり覚えておけば、商売の種になりますよ」
ポルトが先輩行商人としてアドバイスしている様子をぼんやり眺めていたが、ふと疑問が浮かぶ。
「あれ、カイル行商やりたいの?」
「うん。 言ってなかった?」
「初耳。 でもいいんじゃない?
俺とムアと一緒に行けるし」
「ワウッ!」
膝の上に座るムアも、カイルと同行するのは賛成のようだ。
「いいの?
これまで迷惑かけてばっかりだったから、早く自立しようと思ってたのに」
カイルは驚くが、それはこちらも同じだ。
「え、自立するの?
全然迷惑じゃ無いから、一緒に旅しながら行商するもんだと考えてたんだけど」
2人して「まじ?」と顔を見合わせて破顔する。
「もう何処までも着いてきチャイナよYou。
それこそ、ポルトとアルみたいに一緒に旅すればいいじゃん」
「なら甘えようかな。
アギトとムアより心強い護衛なんていないし」
「ガウッ、ガウゥゥ!」
どうだ心強かろう、と言わんばかりにムアは巨大化してカイルに寄り添う。
「ふふ、ありがと。
実はムアにお願いして、ギニンで仕入れておいたものがいくつかあってね…」
カイルは商品を次々取り出しては、ポルトに吟味してもらう。
こうして俺達は、バルガルフ領への旅をのんびり行くのであった。
●●●●
「………」
薄汚れた服を着込んだ男達が、木々の影から馬車を伺っていた。
「4人の内、1人は子供でもう1人は女だ」
ヒュウと口笛が小さく飛び交う。
「家族連れかは知らねぇがツいてるな」
「まったくだ。
冬明けに獲物にありつけただけでもありがてぇのに、女までつけてくれるとは。
陽神様様だな」
「俺達が陽神に顔向けできるような連中だったら、こんな事してねぇよ」
潜めた笑い声がこぼれる。
「不意打ちか?」
「どうせ野郎は2人だ。
草原に出られる前に囲おう」
総勢20人を超える盗賊達は、木々の隙間を縫うように駆け抜ける。
ここはゲルの森を抜けた先、草原の中に点在する林の中だ。
見晴らしの良い草原にある、数少ない盗賊らの狩場であった。
だが彼らの不運を挙げるのであれば情報に疎い事と、長髪だけで判断したそいつは男だと言う点だろう。
意気揚々と馬車を囲んだ盗賊達は、流れるような美しい灰色の髪と、マスクから覗く整った顔立ちに舌舐りをする。
まつ毛の長い瞳で薄く睨まれても、それは盗賊らを興奮させる材料にしかならない。
「気の強ぇ女は好きだぜ」
長髪の女?は溜息をつくと、御者らに視線を向けた。
「耳塞いどいて、まだ練習中だから」
落ち着いたその声は、静かに響いて酷く中性的に聞こえる。
声は女にしては少し低いくらいか……
『筋肉破裂』
地獄の底から響くような禍々しい声に、盗賊達はコレが女などでは無いと悟るがもう遅い。
遅れて襲ってきた全身の激痛に、盗賊は1人残らず崩れ落ちるのであった。
●●●●
『おあぁぉぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?』
「うるせーうるせー。
死ね変態共」
ビチビチ痙攣する盗賊らの頭を片っ端から踏み潰して回る。
「かー気持ちわりー。
リーチェはこんな気持ちわりー感情をしょっちゅう向けられてるってのか。
よく闇堕ちせずにいられるもんだ」
林に入った途端向けられる負の感情のねちっこいことねちっこいこと。
恨まれたり殺意を向けられたりするのは養分なので全然構わないしむしろウェルカムなのだが、ドロドロの性欲はノーセンキューだ。
『あああ…』
バシュッ
最後の一人が景気よく爆散する。
しかしそれでも鳥肌が治まらなかったので、魔法でミキサーにかけて液体にし、土に流し込んだ所で一息ついた。
「二度と生まれ変わるなよ。
お前らは生理的に無理だ」
証拠隠滅に地面を埋め埋めしていると、背後から恐る恐る肩を叩かれる。
「あ、アギト?」
「何?」
「何って……さっきの何だよ。 あの『筋肉破裂』って」
「文字通りの意味だよ?
こいつら全員の筋肉破裂したのさ」
まだ納得が行かないアルに、仕方なく説明してやる。
「あれは『言霊』だよ。
俺の負の感情の固有能力と、言語を翻訳する固有能力あるでしょ?
あれを一緒にやったら相手の聞き取りやすい言葉に勝手になって、強力な暗示がかけれるわけ。
暗示で無防備になった相手に瘴気と『怒り』の力を反映させればああやってぶっ壊れんの」
首吊り事故物件で首吊りがしたくなっちゃう話を参考に、負の感情で筋肉を暴走させてみたのだ。
人の筋肉にはリミッターがあるが、それを遥かに無視して力ませればそりゃこうなる。
「おま……どんどんヤバくなってるな……」
「成長したと言って欲しいね。
ほら、さっさと行こうぜ。
怒りがぶり返したら、血溜まりを掘り起こして火炙りしたくなりそうだし」
「行きましょう。 全速力で」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
急いで馬を進ませようとするポルトを、アルが追いかけて行く。
2人を追って林から出ると、なだらかに広がる溶けかけた雪の丘と、遥か向こうに真っ白なアガパ山脈が見えた。
雄大にそびえ立つアガパ山脈から勢いをつけて落ちてきた空気が、鋭く冷えた風となって頬を刺す。
「ムア、カイル。
凄いよ」
カイルを背にのせたムアが駆け寄ってくるが、その表情は落ち込んでいるように見える。
その理由は直ぐに分かった。
「……」
カイルは丘と、その向こうのアガパ山脈を呆然と眺めながら、静かに涙を流していた。
カイルの様子に気付いたポルトとアルも、馬車を止めて俺達を待っている。
「カイル」
ムアに跨り、カイルの肩を抱く。
「やめとく?」
「………ううん、行く。
………行きたい」
振り返らず、確かな声で答えるカイルを撫でる。
「分かった。 行こうか」
遂にカイルは、向き合う時が来たのであった。
●●●●
「アギト!?
アギトにムアじゃないか!!
シンズに来てくれたのか? いいぜ、ゆっくりして行けよ!!」
ハイテンション過ぎて通行証を渡し忘れかけた門番に不安を覚えつつも、俺達は遂にシンズに到着した。
1ヶ月を超える長旅になったが、固有能力を惜しまず使ったおかげで超快調だ。
カイルはメンタル面では何とも言えないが。
アガパ山脈がどこに行っても視界に入るようになってからと言うもの、カイルは日に日に口数が少なくなっていた。
負の感情はそこまで溜め込んでいないので大丈夫だとは思うが、油断は出来ない。
近頃は立派過ぎて忘れかけていたが、カイルはまだ10を超えて少しの年齢である。
まだ小学校高学年、もしくはガキンチョ中学生だ。
その年齢で両親を失い、各所を門前払いされた経験は、相当の傷を残しているはずである。
傷と言ってしまえば大きな負の感情に繋がるように思えるかもしれないが、必ずしもそうでは無い。
一時的な苦痛は小さくとも、無意識に選択肢を制限してしまう、トラウマとも言うべきタチの悪い古傷なのだ。
ポルトとアルはシンズでの取引を終えたら、今日にでも出発するらしい。
2人に別れを告げ、ここからは俺とムアとカイルの3人旅である。
常に俺かムアがカイルと一緒に居られる環境の方が、何かあった時を考えると望ましいだろう。
そんな事を考えながらシンズの街並みを眺めていると、ムアを見た町人達がワラワラと集まって来た。
「ムア様……」
「ムア様だ……!!」
「救いのムア様だ!!」
え、何事ですか。
ムアに目で問うも、ツイと視線を逸らされる。
その様子はまるで、意図して呼ばせている訳では無いと言いたげだ。
集まって来た彼らはムアに触れる事はせず、一定の距離で跪いた。
「お恵みの御恩は一生忘れません……!!」
「ガゥ、ガゥゥ……」
ムアが引き気味に立ち去ろうとするので、俺とカイルも足早に離れる。
しばらくそそくさと歩いていたら、やがてムアの信者達は着いて来なくなった。
「……ふぅ、びっくりしたよ。
腹減ってる所にご飯あげたからかな、滅茶苦茶懐かれたみたいだね」
「ガウ………」
ムアはさぞ迷惑そうに頷く。
「あの人達の気持ちも分からなくは無いけどね。
僕も、ゲルを出てからアギト達とご飯を食べた時になってようやく、助かったって思ったもん」
かつて難民の1人だったカイルの言葉は重い。
「やっぱし食いもんの力は偉大なんだなぁ」
「そう言えば、あの人達にはどんな料理あげたの?」
「ガウゥ!」
コロッケ!と元気に返事をするムアに、何時ぞや落ち込んでいたムアを思い出し笑みがこぼれる。
「カイルに食べさせて無かったっけか。
ムア、まだ残ってる?」
「ガウッ!!」
3人でコロッケをかじりながら、まばらに人が行き交う通りを歩く。
着いた先はギルドであった。
「僕も入るの?」
「うん。 大丈夫、俺とムアがいれば絡まれても勝てるから」
やはりギルド=荒くれ者という認識はあるらしい。
だが俺達の方が傍若無人を貫き通した自覚はあるので、チンピラなんて可愛いものである。
「おじゃましまーす……およ?」
ギルドの中はガラガラだった。
受付の女性が俺を一目見るなり、うたた寝していた近くの冒険者を叩き起こして確認する。
「んう……? って、アギト? なんでこんな所にいるんだよ」
「俺だって一応冒険者よ? 久しぶりだね」
今起こされた彼は、ゲル浄化作戦でバルガルフ軍として参加していた冒険者の1人だ。
「随分人気が無いね?
バルガルフは春になったら貿易で栄えるって聞いたけど」
「アガパ山脈にジャバルクの軍が踏み入って来たからって、皆駆り出されてんだよ」
やっぱし間に合わなかったか。
ま、そこまで拘っていた訳では無いので別にいいが。
「お前は? 銅級だったでしょうに」
「寝過ごして置いてかれた」
馬鹿である。
「でアギトは何しに来たんだよ。
今は国境付近でバチバチやり合ってるから人も物も殆ど入って来ねぇし、大した依頼は無いぞ」
「依頼はいいや。
それよりも、アガパ山脈の登山ルートみたいな情報って売ってる?」
「ありますよ。 少々お待ちください」
受付にいながらも聞き耳を立てていたのだろう。
受付嬢が中へ引っ込む。
「お前も参加すんのか?」
「合流できたら力は貸すかな」
「くっそ、勝ち戦だったのかよ。
寝過ごさなきゃ良かったぜ……」
頬杖をつきながらそんな事をぼやく冒険者を放置し、戻ってきた受付嬢の元へ行く。
「こちらになります。
山脈を抜けてジャバルク国へ通じる道の地図が銅貨6枚。
村の位置まで入れたものになると銅貨10枚になります」
「ガウッ」
ムアが霧から取り出した銅貨を、カウンターに積み上げる。
「わ、ありがとうございます。
……9、10。確かに」
「どーも。
じゃ、お前もしっかり働けよ」
「おうよ! また来いよ〜」
すっかりギルドに住み着いているらしい冒険者に手を振りつつ、東の門へと歩を進める。
「今日出発するの?」
「カイルさえ良ければ」
「なら今日行く。
宿屋よりアギトの生やしたテントの方がずっと寝心地がいいもん」
務めて明るく振る舞うカイルの頭を撫でる。
「思い立ったが吉日って言うし、早速行こうか。
……あ、物の売買だけ先に済ませとく?
時価はどうしてもあるでしょ」
「あ、そうだった!」
どうやらすっかり忘れていたらしい。
「出発は日を跨いでからでも構わないから、やりたいようにやんな。
俺らは後ろから着いてくから」
「……うん」
上の空の返事をするカイルは、もう頭の中で計画を立てているのだろう。
その真剣な横顔は、とても10と少しの子供とは思えない程の貫禄がある。
そしてどうやら肩の力も多少は抜けたらしい。
仕事で誤魔化すなど気休めにしかならないだろうが、これでカイルが少しでも楽になるならいい。
霧から受け取った商品を抱えて歩くカイルを、俺達は目を離さぬよう見守るのであった。




