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後夜祭

 各領の貴族達が並んで壇上に立つ。


「………」


『………』


 普段は喧しい兵士や冒険者は別人のように黙り、貴族らの言葉を待っている。


 やがてカッと目を見開いたテルヘロスが、勢い良くジョッキを掲げた。


「ゲル浄化作戦の成功を祝して、乾杯!!」


『うぉぉぉぉぉぉ!!!!』


 森を揺らす雄叫びと共に、掲げられたジョッキから溢れた酒が夜空へ煌めいた。






「おおー」


 一斉に掲げられたジョッキは中々に壮観だ。


 功労者として貴族達の一段下の壇上に座らされていたが、あの一体感を見ていると自然と笑みがこぼれてくる。


 特殊な関わり方ではあったが、俺もこの作戦を共に成功させた1人だと実感する瞬間であった。


「ガウッ!」


 ムアが霧にジョッキを浮かべて近付けて来たので、俺のをぶつけてガツンと鳴らす。


「おつかれさん」


「ガウッ!!」


 ジョッキの中身を2人して流し込み、同時にむせる。


「あ゛ー……やっぱ駄目だ」


「ガウゥ……」


 テンションだだ下がりで項垂れる俺とムアの背を、大きな手がバシッと叩いた。


「何へばってんだ!

 飲んでるかー!?」


「敗北した」


「ガウ……」


 ディカは俺とムアのジョッキを取り上げると、水のようにザバーと飲み干す。


「プハッ。 こりゃ帰ったら特訓だな」


「内臓治せるようになってよかったよ」


 ケラケラ笑うディカだったが、俺の斜め後ろをチラと見やると、真新しいジョッキを突き出した。


「おつかれさん。 あんたも飲めよ」


 彫像のように空気に溶け込もうとしていたファルシュは、目の前のジョッキとディカの顔を交互に見る。


「なら俺達も飲むしかないねぇ。 ジュースを」


「ガウ」


 ムアが空のジョッキにルレックジュースを注ぐ。


 渋々ジョッキを受け取ったファルシュは、諦めたように小さく笑った。


「今作戦の功労者に」


『乾杯』


「ガウッ」


 ゴツンと控えめにぶつけられたジョッキを、それぞれグーッと一気に飲み干す。


 真っ先にジョッキを空にしたディカは、ファルシュに向かってニカッと笑った。


「うちのリーチェが世話になったらしいな。

 ありがとよ」


 ディカのさっぱりした態度に面食らったファルシュだったが、その裏表の無い笑顔に毒気を抜かれてしまったらしい。


「何、私の方こそリーチェには世話になった。

 彼女は凄いな。

 あの若さで、触媒や薬学の知識を豊富に持っている。

 リーチェには何度も驚かされた」


 ファルシュの素直な賞賛を、我が事のようにディカは喜んで笑う。


「だろ?

 知識もそうだが努力家でな、ありゃ将来ルマネアに並ぶ冒険者になるだろうさ」


「ルマネアとは『魂取りのルマネア』の事か?」


「何その2つ名。 聞いた事無いんだけど」


 ディカは少し視線を泳がせたが、まぁいいかと自分で許可を出して教えてくれた。



 ルマネアがディカと出会う前の頃。


 森に住んでいたルマネアの美しさに惚れてしまった男達の様子が、まるで魂が取られたようだったのでその2つ名が付けられたらしい。


 ディカが連れ出す前の話なので、あまり広まってはいない2つ名なのだとか。


「むしろその2つ名を知ってる方が意外だぜ」


「これでも長命種だからな」


 うん?


 てことはかなり昔の話って事か。


 つまりルマネアは20歳前後に見えるが……


 ゾクッと背筋に悪寒が走る。


 ふむ、これ以上の邪推はするべきでは無いだろう。


「しかしそうか。

 ルマネア殿の弟子であれは、将来有望だな」


「自慢の妹分さ。

 ほら、噂をすれば来たぞ」


 人混みを掻き分けてリーチェがやって来る。


 それも、荒い息で。


「ど、どうしよう。

 アギトのネックレスが発動して、冒険者の人倒れちゃった!」


「酒の勢いで馬鹿な事を企んだ奴がいたんでしょうよ。

 ちょっと行ってくるわ」


 効果がしっかり発動しているようで何よりである。


 リーチェに手を引かれながら進んでゆくと、泡を吹き出しながら胸から血が出るほど掻きむしってのたうち回る男がいた。


「ア、アギト!!

 こいつが急に……」


「向けられた悪意を呪いにして返す魔法を、リーチェに付与しておいたんだよ。

 それが発動しただけ」


 俺の説明を聞いた冒険者の数人が、納得したように声を漏らす。


「あー……確かにこいつ、女の子に付き纏ったりしてたもんなぁ」


 どうやら前科有りのようだ。


 とは言え流石に食事の場で流血は宜しくないので、治療を施して呪いを掻き消してやる。


 すると男は、今度はガクガク震えながらうなされ始めた。


「治したんじゃ無いの?」


「タダで帰す訳無いでしょ。

 こいつは明日の帰還の時まで悪夢を見てもらおう。

 殺さないだけ優しく思って欲しいもんだね」


 医務室まで運んでやるのもめんどうなので、縦型のテントに蓑虫のようにぐるぐる巻きにして吊るして蓋をしておく。


「これでよし。

 じゃ、お前らもはめ外し過ぎるなよー」


 引き気味の冒険者らを後に、リーチェとムアとフラフラお祭り騒ぎの中を見て回る。


 食事は山盛りにされた料理があちこちのテーブルに盛られている、立食パーティー形式だ。


 手前に置かれていたリザードマンの肉とレタスモドキのトルティーヤを3つ取り、リーチェとムアに渡す。


「ほい」


「ガウッ」


「ありがと」


「私も欲しいです!」


 ニュッと下から生えてきた手に視線を下げると、そこには精一杯背伸びをするラグニィがいた。


 俺の分のトルティーヤをプルプル伸ばされている手に持たせる。


「ん」


「ありがとうございます!」


 リスのように食べるラグニィを眺めつつ、新たに調達したトルティーヤを1口頬張った。


「お、美味い」


 酢のような風味で味付けされたリザードマンの肉と一緒に詰まっていたのは、コリコリした食感の漬物だ。


 それがレタスの甘さに纏められており、重さも感じず食べられる。


「そういや、ギニンにも似たような出店があったよね。

 ………リーチェ?」


 返事の無いリーチェを見れば、ラグニィをジッと見つめているらしい。


 その視線の先には、俺がラグニィの部屋に置いていったイヤーカフがあった。


「……ラグニィ、耳のそれ……」


 リーチェに言われ、ラグニィはよくぞ気付いてくれましたと言わんばかりに栗色の髪をかきあげた。


 プラチナの光沢と水色の花弁が、ラグニィの耳で煌めく。


「これはアギトが私の為に作ってくれたのですよ!」


「うぬ。

 瘴気や負の感情を吸って生命力に変え、体調を整える効果を付与したんだよ。

 リーチェのネックレスの形をアレンジしてたらプラチナの破片が余ってね。

 勿体ないから作ってみた訳よ」


「あ、そうなんだ……」


 リーチェがふぅと息を吐くと、空気に乗って負の感情がこぼれてきた。


「あ、でもプラチナの量はちょっと減ったけど、元々あった成金みたいな形よりずっといいデザインになった自負はあるよ。

 ほら、見して」


「え、うん」


 襟を緩めるリーチェから目を逸らしかけ、いやそれよりも、と魔力を散らして光を屈折させる。


「ん? 何かしたの?」


「いんや、別に」


 これなら俺が煩悩を感じる事は無いし、周りの冒険者が血迷って呪いの返り討ちを食らう心配も無い。


 『共感能力』のあるリーチェの手前、あくまで無の心を貫く。


 これは善意でやった行いである。


 シャラン、とリーチェがネックレスを引き出すと、首にかけたまま俺に見せて来た。


「どこら辺をアレンジしてくれたの?」


「ふっふっふ、我ながら力作だよ。

 まずはチェーンが長すぎてダサかったので、飾りが見えやすいようにちょっと短くしました」


 そのせいで俺がネックレスを持つと、リーチェが近すぎて本人に見えてない気がしてならない。


 だがせっかく聞いてくれたのだから、工夫を凝らして作った身としてはどうしても説明したいので続ける事にした。


「元は飾りが金属の塊に宝石をくっ付けただけの成金丸出しだったんだよね。

 だから溶かして細くツタみたいに編み直したんだよ。

 赤脈の花畑でリーチェがリクエストしてくれた花も咲かせてあるでしょ?」


「……うん。 気付いてたけど、わざわざ作ってくれたんだ」


 リーチェが好きだと言った花は、剣のような形の花弁が溢れるように咲く、白くて美しい花である。


 その花をツタから覗くようにいくつも咲かせて飾ったのだ。


「本当は魔石を砕いて花弁の形にしたかったんだけど、それだと呪いの付与が上手く出来なくてツタに絡め取られるような形に落ち着いたんだよ。

 怒られるだろうけど、実はこれ作った時に魔石1つ無駄遣いして魔力枯渇しかけて瀕死だったんだよね。

 ま、時効って事で……」


 俺が魔力消費の限界を知っていたのは、病人の横で瀕死になっていたからである。


 ムアに丸かじりされて怒られたので、それで十分反省しました。


 創作意欲が働いたらまたやるかもしれないけれども。


「何してるの……

 でも、ありがと」


 リーチェは花にも勝る笑顔を浮かべると、ネックレスを見せつけるように服の上にかけた。


「どう?」


「似合ってる。

 邪悪な魔石も霞むくらい綺麗」


「その魔石誰のだったっけ?」


 クスクス笑うリーチェにつられて俯くと、むくれた様子のラグニィが見え、慌てて屈んで視線を合わせる。


「余ったプラチナで作ったって言ったけど、そのイヤーカフも全く手抜きじゃないからね?」


「……じゃあどこら辺に力を入れたんですか」


 プイと顔を背けた……のでは無く、耳を見せてきたラグニィからイヤーカフを抜き取る。


「あっ」


「ほら、こうやって取っても痛くないでしょ? 激しい戦闘でもラグニィの耳から外れないように、ピッタリの形に合わせて作ったんだよ。

 流石にラグニィの好きな花は知らないけど、ギルドで受け付けしてる時に付けてる髪止めは水色だったから、同じ色の魔石を一緒に花にしたんだよ」


 ラグニィのイヤーカフは、耳につけると上下から花が顔を出すデザインになっている。


 その下の花には、削った水色の魔石を花弁としてあしらっているのだ。


 透き通った花弁が綺麗に形作れるまでには、神経を削る緻密な作業があった。


「……バイコーンの魔石ですか」


 ギルド職員のラグニィは直ぐに気付いてピクと片眉を上げる。


 このバイコーンの魔石は、滅茶苦茶高純度で濁りのない魔石を使っているのだ。


 売ればかなりの値が付く魔石を砕いてあしらった事で、少し気がそれたらしい。


 だがここまで語らせておいて、俺の努力を全て聞かずには帰らせない。


「それに耳の裏の部分にも、プラチナのツタの表面に黒い魔石を散らして流れてるみたいに見えるでしょ。

 上の花はあえてプラチナの造形だけにしたからこそ、下の大きい水色の花がよく生えて良いと思ったんだよ」


 どうよ、とイヤーカフを返すと、ラグニィはまじまじと見つめて呆れたように笑った。


「これくらいで勘弁してあげましょう。

 ありがとうございます。 大事にしますね」


「おうよ。 それと、出来るだけ付けとくようにしなね。

 さっきも言ったように、付けてるだけで体調と体温を整えられるから」


「いたせりつくせりですね。

 ところでこの黒い魔石は何の魔石なんですか?」


「ん? 俺の」


「ばか……」


 リーチェに肘鉄をくらい、ようやく解説気分が抜ける。


「あ、やっべ。

 今の嘘ね」


「私の固有能力忘れたんですか?」


「時が来れば分かるさ」


 はぐらかして逃げようとするも、俺の手を掴んだラグニィは根が張ったようにビクともしない。


「あー……じゃあ後で話すよ」


 ラグニィはじっと俺を見ていたが、渋々手を緩めてくれた。


「絶対ですよ」


「分かったよ。

 分かったから手を離しなさい」


「逃げるかもしれないので嫌です」


 ガッシリ俺の手を掴む……もはや手を繋いでいるラグニィに、リーチェが見かねて割って入ろうとする。


「ラグニィ、アギト困ってるよ」


 だがラグニィは、ニマァと笑った。


「嘘ですか。 そうですか」


「っ!!」


 慌てて口を抑えるリーチェに、ラグニィが普段の幼さを微塵も感じさせない笑顔を浮かべる。


 その時、突然背後から酔っ払ったリニーウ軍の兵士がのしかかってきた。


「アギトー!!

 おまえってやつは……おまえってやつはよー!!

 ギニンのほこりだぜおまえはよー!!」


「うわ、酒臭」


「もうおわっちまうのかよー!

 もっとりざーどまんでてこいよー!

 おれが……おれが……」


 はた迷惑な兵士は、力尽きるとそのまま人の背中で爆睡しやがった。


 地面に転がしてやってもいいのだが、面倒な事に知り合いなので医務室まで届けてやる事にする。


「じゃ、俺はこいつ簀巻きにしてくるわ。

 2人ともディカの所行ってな。

 酔っ払いは何しでかすか分からんからね」


 リーチェとラグニィから離れ、ほっと一息つく。


 前から気付いていたが、リーチェもラグニィも少々負けず嫌いの気があるらしい。


 技術や実力で競えば比較的平和的だろうに、俺をダシにしないで欲しいものだ。


 人集りを抜け、静かなテント街を歩く。


「ガウッ」


「お、ありがと」


 ムアの霧に兵士を預け、うーんと伸びる。


「大変だったけど、なかなか楽しかったねぇ」


「ガウ」


 医療班に抜擢された時は退屈な依頼かと思ったが、蓋を開ければ扱き使われまくっていた記憶しかない。


 だかその分色んな冒険者や兵士、貴族に出会えた。


「そういやマルズロは帰ってこなかったねぇ」


「ガウゥ、グルルルル……」


 あんなヤツ帰って来なくていい、とまだまだご立腹のムアに笑ってしまう。


 俺だってマルズロは嫌いだし、次また揉めたら今度こそ殺すつもりでいるが、結果だけ見れば良いスパイスだったのは事実だ。


「明日には荷物纏めて帰還かぁ。

 あと1ヶ月ちょいで雪解けらしいよ」


「グルゥ、ガウッ」


「確かに。 でもカイルなら上手いことやってるでしょ。

 ルマネアとスターニーも居るし。

 あ、でも寂しがってるかもねぇ。

 俺も早く会いたくなってきたわ」


「ガウゥ」


 無人の医務室に入ると、兵士をベッドに背負い投げして一息つく。


「ガゥ」


「ありがと」


 スープを2人で飲んでいると、テントの外に気配を感じた。


「いいよ」


「いいのか? 入るぞ……」


 恐る恐る入ってきたのは、級長と金城。


 そして浜崎さんであった。


 ムアも日本語を聞き取れるように魔力を散らしつつ、保温の結界を張り直す。


「お疲れさん」


「お、サンキュー」


「ありがとう、いただくよ」


「わ、ありがと……」


 スープを手渡し、椅子を生やして座らせる。


「そういや、マルズロ帰ってきて無いけど級長達帰れそ?」


「唐突だな。

 馬車も魔道具も残ってるから、何とか帰れそうだ」


「食いもん足りなかったら帰り道分くらいあげるよ。

 グレイには俺から言っとくから」


「何でもありだなお前は」


 級長は呆れたように笑うと、スープを1口啜って眉を上げる。


「お、これも美味い」


「ガウッ!」


 でしょ! とムアが元気に返事する。


「これは俺とムアで、見張りしながら夜通し煮込んだんだよ。

 モロヘイヤのスープを作ろうとしたら、小松菜っぽくなったけれども」


「いや、しかし美味いな。

 多岐君は地球でも料理をしていたのか?」


 金城が趣味を探るように聞いてくる。


 その様子はまるで先生……あ、この人先生だったわ。


「いえ、全然ですよ。

 食べ歩きが趣味だったので、記憶を頼りに作った結果がこれなんです。

 魔法が使えなかったら料理なんて億劫な事、とても手なんて出してませんでしたよ」


 俺の言葉に金城は快活に笑う。


「分かるよその気持ち。

 俺は地球じゃ男の一人暮らしだったから、全部一人でやってたんだ」


「へぇ。

 なら先生は残してきた恋人とかは居ないんだ?」


「元カノがいたくらいだなぁ……」


 しみじみと遠い目をしている金城は、美しかった頃の思い出でも見ているのだろう。


「そう考えると多岐君は羨ましいな。

 こんなに頼りになる相棒がいて、友人にも恵まれているのだろう?

 大勢の兵士や冒険者と仲良くやっていたのを見て、ほっとしたよ。

 マルズロをギタギタにしていた時は度肝を抜かれたが」


 ハッハッハと軽く笑う金城は、どうやら順応能力が高いらしい。


 この人柄なら地球であのまま先生を続けていても、きっと良いクラスになっていただろうに。


「あ、そうだ。

 ディカには怒られるかも知れないけど、これだけ渡しておきたかったんだよ。

 ほい」


 級長と金城は布に包まれたそれを見ると、顔を見合わせた。


「何だこの……白いクナイ、か?」


 2人に渡したのは、真っ白な刀身に黒い魔石が埋め込まれたクナイであった。


「これってディカさんから借りたクナイの色違いか?」


「うん、あれはプラチナだったからね。

 それは俺の骨」


「うっそだろ……」


 毒蛙でもつまむように体から離して摘む級長に、更にもう一本投げる。


「うおおぉ!!?」


 うねん、と身を捩って躱す級長に感心する。


「おぉ、地球に居た時より運動神経が良くなってる」


「当たり前だ!

 てかまじで何だよこれ」


「それは再生クナイ骨バージョン。

 怪我した時に傷口の近くに刺したら、その先の手足が生えてくる便利アイテム」


 それを聞いて金城がハッとなる。


「多岐君の治癒能力か」


「そ。 2人がリーダー格でしょ?

 有事の際に上手に使ってよ。

 あ、でもこんなの量産出来るって知られたら面倒だから、あんまし吹聴しないでね」


 2人……いや、浜崎さんも神妙な面持ちで頷く。


「そういや浜崎さんは何か用事でもあったの?」


 声を掛けると、浜崎さんは椅子に座ったまま器用に飛び上がった。


「わわわ私わわわ……」


 あれ、こんなあがり症の人だったっけ?


 俺の記憶では、むしろ引っ込み思案で根暗……俺と雰囲気が近いタイプの人間だったはずだ。


「ふぅ………私は、ただ多岐君にお願いがあって……」


「俺に? どっか怪我したなら見してみ」


「ううん、そうじゃなくて……

 私達と一緒に来て欲しいの」


「ごめん、それは無理」


 俺の即答に浜崎さんが固まる。


「俺は団体行動で足並み揃えるのは苦手だし、ムアとこの世界を旅する予定だから無理だよ」


 付け足して説明してもなお、浜崎さんは固まったまま動かない。


 気まずい空気に、級長が口を開く。


「……まあ、多岐の性格だと来ないってのは分かってたし、そう気にするなよ」


 これは一体どちらに言った言葉なのだろうか。


「同郷の人間が嫌いとかじゃなくて、この世界を相棒と見て回りたいんだよ。

 一緒に行動したりはしないけど、またどっかで縁があったらまた話そうや」


 さ、これでこの話はお終い……のつもりだったのだが、浜崎さんは食い下がってくる。


「でもその後はどうするつもりなの?

 旅が終わった後の事は考えて無いの?」


「終わらないよ。

 それにもし旅をやめる事があっても、その理由は旅の途中で見つけるさね」


 そもそも俺はライデンに貰った固有能力で寿命が長いらしいし、ムアは不思議生物なので測りようが無い。


 それを考えると、旅の終わりはかなり遠そうに思える。


 だが浜崎さんは違う考えを持っているらしい。


「そんな無計画じゃ良くないよ。

 多岐君が滅茶苦茶なのは昔からだけど、それでもその内普通に生きなきゃいけなくなるんだよ?」


 言わんとする事は分からんでも無いが、どこか根本的な所が、俺と浜崎さんでは違う気がする。


「別の世界に飛ばされて、就職先どころか命も危ない状況で当てはまる普通は俺の常識の中には無いよ?」


「っ、……」


 俺の突き放すような言い方に浜崎さんは面食らったような顔をしたが、直ぐに噛み付いてくる。


「わ……私が言ってる普通は、定住するような仕事をして……結婚して、家庭も持つ事だよ。

 これはこの世界でも同じでしょ?

 私変な事言ってる?」


「さぁ。

 でも常識は人の数だけあるよ。

 俺が会った夫婦だと、子供を親戚に任せて両親は冒険者をしながら遠征。

 定期的に子供に会いつつ、その子が大きくなったら一緒に旅に連れてくって家族がいたし」


 これは赤脈旅団のあの夫婦の話である。


 彼らは自分の子供を実家、つまり祖父母に預けて出稼ぎに出ているのだ。


 だが愛情が無いかと言えばそんな事は全く無く、少しでも話せば子供の事ばかり教えてくれるし、カイルや俺を見ては子供を思い出しているくらいだ。


 日本の価値観で言えば色々な意見はあるだろうが、彼らは彼らで立派な家族だと思う。


 だが浜崎さんはそれでも納得がいかないらしい。


「でもそんな事出来るの若い間だけだし……それにその人達だって夫婦なんでしょ?

 その魔獣の子だって、何時までも一緒に居られない…」


「ガウッ!!」


 ムアが突然吠えた。


「キャッ!!?」


「こらこら、落ち着きなさい」


「グルルルル…………」


 ムアはどうやら、浜崎さんの「一緒に居られない」の言葉がカチンと来てしまったらしい。


「浜崎さん、今日はもう帰りな。

 明日からの帰りに備えて休むといい」


「え、でも……」


「さ、帰ろうぜ。

 ……多岐、ムア、すまん」


 浜崎さんを押し出した羽鳥が、去り際に謝りそのまま出て行った。


「ふぅ……」


「グルルル……」


 まだお怒りのムアを抱き締めて宥める。


「大丈夫大丈夫。

 俺達の旅は終わらないし、俺とムアは何があっても一緒にいるよ」


「……ガウ」


 ガブッと腕をかじってくるムアを、そのまま捕獲して更に撫でる。


 機嫌を直すのにかなり時間はかかったが、ムアはようやく怒りを沈めてくれた。


「多岐君、その……すまなかった」


「先生が謝る事でも無いでしょうよ。

 それより、他の生徒も皆こんな考え方なんです?」


 金城は視線を逸らすと、言いずらそうに「……まぁ」と返した。


「お疲れさんです」


「ははっ。 そう考えると、自主的に行動出来ているのは羽鳥君と多岐君くらいなんだな」


「手が掛からなくて楽な生徒でしょ?」


「とんでもない悪餓鬼だよ」


 席を立った金城を追って、俺とムアも医務室を出る。


 級長が連れて行ってくれたのだろう、浜崎さんはもう居なかった。


「そんな、見送りなんていいのに」


「打ち上げに合流するだけですよ。

 そうお気になさらず」


 俺の返事に金城は突然笑い出す。


「すまない。

 ただ君は悪餓鬼でも、捨て猫を拾ってくるタイプの悪餓鬼だと思っただけだ」


「?」


 ピンと来てない俺に、金城は種明かしをしてきた。


「俺の固有能力は『嘘を聞き分ける能力』なんだ」


 またかよである。


 俺はこの世界の神様に、嘘をつけない星の下にでも連れてこられたのではなかろうか。


「多岐君には終始驚かされてばかりだったから、その顔を見れただけ今日の収穫だな」


 金城は笑いながら級長ら国軍陣営の野営地へ去ってゆく。


「はぁ……してやられたね」


「………ガウ」


 ムアのご機嫌ナナメは別の理由だろうが。


「疲れちゃったし飯食いまくろうぜい。

 さっきもあんまり食べれなかったし」


「……フンスッ」


 ムアの怒りは、結構根が深そうであつた。

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