呪いのネックレス
翌日の朝
俺はムアに跨り、浄化部隊の荷物を受け取っては霧に収納していた。
「ムアも来てくれるのは嬉しいけど、リーチェは一緒に居なくていい?」
「ファルシュがいるから大丈夫。
今日はジールムをしながらゆっくりお茶するの」
お見送りに来てくれたリーチェの後ろでは、ファルシュが何とも気の抜けた顔で立っていた。
初対面の時の怖さなど微塵も感じられない、寝起きの金髪美女の顔である。
あ、そうそう。
ジールム大会でファルシュは2位まで勝ち残り、緑のドライアドセットと花弁の白の妖精セットを手に入れていた。
迂闊に喧嘩売ったのを後悔し始めた今日この頃である。
因みに1位は王都の冒険者で、3位はバルガルフの騎士であった。
「アギト、そろそろ行くぞ!」
「おけー。
おっと、そういやリーチェにこれを渡しとこうと思ってたんだった」
ムアの霧から受け取ったそれを、リーチェの手にのせる。
「ネックレス?」
「そ。
ゲルのダンジョンで発掘した白金のネックレスの装飾を、俺の魔石に組み替えて魔法を付与しといた。
悪意と瘴気、リーチェのストレスを吸収して蓄えて、向けられた悪意の大きい相手に呪いを飛ばす護身具だから付けといて。
そんじゃ行ってくるわ」
「ありが、え?
今アギトの魔石って言った!?
しかも呪いって」
「男にはカッコ付けたくなる時もあるのさ、アバヨ〜」
ムアに飛び乗り、スタスタと浄化部隊に合流する。
「アギト、さっきお前の魔石がどうとかってリーチェちゃん言ってたけど、聞き間違いだよな?」
聞いてくるセトナートの冒険者に、至極真っ当な一般常識で返す。
「じゃない?
それに普通の生き物だったら、魔石抜かれる時は死ぬ時だし」
「だよなぁ」
まったくもってその通りで、生き物の魔石は心臓の近くをかっ捌かないと出てこない。
だから生きている状態で魔石を手に入れるなど、到底不可能なのだ。
普通の生き物なら。
俺は昨晩、ラグニィを寝かし付けながら、自分の内臓を再生させるついでに魔石を再現するのに成功してしまった。
内臓の治療が出来るようになってから、薄々出来そうだなーとは考えていたのだが、試してみたら出来てしまったのだ。
当然魔力はゴッソリ持っていかれたが、完成した俺の魔石は瘴気を吸収して魔力や気に変換する触媒として使い勝手が良かったので、魔法を付与して魔石付きの魔道具を作ってみたのだ。
リーチェにはあのネックレスを。
そしてラグニィには、瘴気やストレスを吸収して体温や体の調子を整え、気や魔力に変換して免疫を高められるイヤーカフを残しておいた。
我ながら便利な魔道具が作れたので早速プレゼントしてみたが、あの驚きよう。
滅茶苦茶喜んでくれたと見て間違いないだろう。
リーチェのは呪物っぽい性能だが、きっと喜んでくれたに違いない。
背中にリーチェの「帰ってきたら詳しく聞かせよ」という熱烈な視線を受けつつ、浄化作戦に出発するのであった。
●●●●
出発して早々に出くわしたのは、一昨日の激戦地に跋扈する、リザードマンの上位種の群れであった。
それも30匹は超える大きな群れだ。
「さ、やっちゃってくだせぇ」と期待の視線を向けてくる冒険者をデコピンする。
「ダメだよ。
俺はあくまでどうしようも無くなった時か、怪我した時にしか手は貸さないからね。
その代わり死なないように手は尽くしてあげるから、存分に戦闘訓練なさい」
露骨に項垂れる冒険者は、今日は楽出来ると思っていたのだろう。
だが、ディカが同行していた時も危険な時以外は人並みの仕事しかしていなかったらしいので、俺も同じスタイルで行くつもりだ。
「怪我を恐れずに実戦で訓練が出来るなんて貴重な機会なんだから、存分に当たって砕けてこい」
とびっきりのスマイルで突き放し、兵士や冒険者をリザードマンの群れにぶつける。
観察に徹していると、彼らの戦い方は一進一退ではあったが堅実なものであった。
力勝負は避けて撹乱に回ったり、魔法を躱す時は後方に注意を促したりと、見事な連携が取れている。
「流石に銅級以上なだけあるね。
次の動きに迷いが無い」
「探索後に集合して、皆で意見を出し合って決めた対策だからな。
全員がその行動の意味を理解してやってるのさ」
「すげー」
団体行動が苦手な俺には、中々難しい芸当である。
でも一斉に引いて槍で突いたり、盾で押し返したりする波のような動きは見ていて面白い。
ボーッと観察に徹していたが、ムアが何かに反応した。
「ガウッ」
「うん、来たね。
一昨日の巨大リザードマンって、今のメンバーで一度に当たるとしたら、何体なら討伐出来そう?」
浄化部隊の隊長を務めているバルガルフの騎士に質問すると、兜の上から顎髭を擦りながら答えた。
「ふむ、万全を期すのであれば1体につき銀級相当を4人は当てたい。 しかし今日居る銀級相当は冒険者含めて9人なのだ。
その言い方だと、恐らく巨大リザードマンが近いのだな」
「お、察しがいいねぇ。
6体来てるから……」
ズドン、ズドン、ズドン、ズドン
樹木の槍を地面から生やし、巨大リザードマンをモズのハヤニエ状態にする。
「んなっ…」
「2体残したよ。
さぁ、君達の手柄にするといい」
突然丘の向こうに生えた巨大リザードマンにたじろぐバルガルフの騎士だったが、直ぐに意識を切り替えて指示を飛ばし始める。
素早く陣形が整えられてゆくのを見て、その柔軟な発想に驚かされる。
「あのリザードマンの死体はバリケードにするみたいだね」
「ガゥ」
スゲーと眺めていると、遂に巨大リザードマンが姿を現した。
グゴォォォォォォ!!
現れたリザードマンを見てムアが気付く。
「ガウ」
「ほんとだ、模様が違うや」
巨大リザードマンの腹から尾にかけて、黒い線が何本も続いていたのだ。
イレギュラーな能力持ちだと被害が出そうなので、目を光らせておくに越したことはないだろう。
もう片方は普通の巨大リザードマンだったので、視界の端に収めるに留めておく。
黒筋リザードマンは人間を見つけるなり助走を付けると、勢い良く腹滑りし始めた。
「おお」
よく見れば口から粘液を垂れ流しにして、潤滑剤にしているようだ。
汚い。
腹滑りしながら大口を開け、クジラのように丸呑みするつもりなのだろう。
だが浄化部隊も負けていない。
「散開!!
魔法が使える者は口の中を炎で攻撃!!」
素早い指示の下、ワッと散る兵士や冒険者はまるで小魚のようだ。
その小魚達の置き土産が、黒筋リザードマンの口の中で炸裂する。
突然口内を襲った激痛に跳ねる黒筋リザードマンに、当然騎士はその隙を見逃さない。
「腹を狙え!! 手足には近付くなよ!!」
騎士が叫ぶ前から駆け出していた兵士や冒険者らは、それぞれの刃物で黒筋リザードマンの腹を切り裂き、傷口を広げてゆく。
「離れろー!!」
そして広がった傷口に溜めた魔法が炸裂し、黒筋リザードマンは息絶えるのであった。
「お見事お見事。
怪我人はいるかい?」
幸いにも黒筋リザードマンの突進を避けた時の擦り傷しか怪我は出ていないようで一安心。
「この様子なら俺は適度に間引いてれば十分そうだね」
その後も何度か襲撃は受けたが全て危なげ無く対処し、帰路に着くのであった。
●●●●
「……ですので、今後の戦闘は更に過酷になる事が予想されます」
騎士の報告を聞いたテルヘロスは、重い溜息をついた。
「アギトの報告と全く違うぞ。
あいつ、『この調子ならペース上げても良いかも』なんて言ってなかったか?」
『お前の連れて来た冒険者だぞ』とテルヘロスにジロリと視線を向けられ、ヴァートスは肩を竦めた。
「アギトからしてみれば余裕だったんだろう。
兵士達が過酷だと感じていても死なない程度に守られているだろうし、訓練がてら無理をさせてみてもいいんじゃないか?」
ヴァートスは楽観的に見ているようだが、テルヘロスはそうでは無いらしい。
「確かに金級相当が2人と1匹もいる環境は貴重だが、彼らの感覚が我々常人とズレている可能性は大いに有りうるんだぞ」
「どうかなぁ。
僕が見てきたアギトは人の心に敏感で、案外庶民的な見方をするように思えるけれど。
ま、アギトの意見とは別に急いで浄化作戦を終わらせたいって気持ちはあるけどね」
テルヘロスの目が鋭く細められる。
「マルズロ・ヘトスか」
「ああ。
君はあまり関わりたく無いだろ。
少なくとも、今は」
「………」
テルヘロスはしばらく考え込んだ後、騎士に訪ねた。
「このままのペースで進めば、どれくらいでゲル跡地に着きそうだ」
「吐き出されたダンジョンによる地形の変化を考慮しても、1週間以内にはゲルのダンジョンの洞穴があった場所には辿り着けるかと」
「そうか……。
ならば、このまま進もう。
ペースは変わらずだ」
「承知いたしました」
話し合いを終え地図を片付けていると、不意に外が騒がしくなる。
「様子を見てき…」
「失礼します。 リザードマンが大挙して押し寄せて来ています」
「何だと?」
急いでテントから飛び出したテルヘロスが目にしたのは、反り立つ巨大な壁であった。
「何だあれは!?」
「ああ、あれはアギトが生やした防壁です。
『防衛はやっとくから休んでな』と言われたのですが、そうもいかず報告に参りました」
「良くやった」
自分で判断して報告に来てくれた騎士に感謝である。
「で、そのアギトはどこに?」
「あそこです」
アギトは蠢き膨張する壁に手を当てていた。
どうやら植物を操り、壁を築き続けているらしい。
邪魔しないよう声を掛けぬべきかとテルヘロスが迷っていると、アギトの方が気付いて2人を呼んだ。
「おはよ。 夜中に起こしてごめんねぇ。
今ムアが外でリザードマン狩りまくってるんだけど、死体何割か欲しいよね?」
「え……………いやいやいや、そもそも外はどうなってるんだ!?」
「あ、見る?」
植物の壁にトンネルを開き、アギトはテルヘロスとヴァートスを連れて潜り抜ける。
「んな……」
第二拠点の外は地獄絵図が広がっていた。
見渡す限りのリザードマンが蠢き、波のよう押し寄せていたのだ。
大量のリザードマンはアギトの生やした壁をよじ登ろうとするが、白いモヤに呑まれ消え去ってゆく。
「楽して稼ぐに越したことはないね」
カッカッカッと軽く笑うアギトだったが、テルヘロスは声が出せなかった。
これだけの力を示したアギトがあまりにも平然とし過ぎていて、思考がストップしてしまったのだ。
強大な力を持つ存在には、これまでにも会った事があった。
代表的なのはファルシュだ。
力を示さずとも彼女のような実力者は、ただ立っているだけで注意を引く。
ましてや銀級の冒険者でさえ風格が感じられるというのに、アギトはあまりにも馴染みすぎている。
領主の息子として様々な経験を積んできたテルヘロスからしても、アギトを測る判断基準が見当たらない。
本能はアギトを脅威と見なしていない。
しかし……目を離したくない、と考えてしまう。
理性が恐怖を叫んでいるのに、寝ぼけたような本能が邪魔をする。
きっと今思考を外してしまえば、今感じている恐怖はたちまち忘れてしまうのだろう。
「ガウ」
「うおっ!?」
突然足元から駆け上がって来たムアに腰を抜かしかけたテルヘロスは、ヴァートスに支えられた。
「あ、ビビった」
「ガウー」
「今のは誰でもビビるに決まっているだろ!」
テルヘロスの反応に満足したムアは、くるりと尾を向けるとアギトに頭を擦り付けて甘え始める。
「おつかれさん。
これで10年くらいはリザードマンの肉には困らなさそうだね」
「ガウッ!」
「当然、ギニンにも降ろしてくれるんだろう?」
「いいよ〜」
「シンズにも頼むぞ!」
商談に乗り遅れまいと声を上げたテルヘロスに、アギトがニタァと笑う。
「いいけど……ディカに怒られちゃったし、2人ともお値段は要相談って事で」
「安心したまえ、僕は金貨2枚は好きにしていいと言われている。
後はこの額でどれだけ得をするかさ」
「金貨2枚だと!?」
突然敷居を跳ね上げられ、テルヘロスは頭を抱える。
その脳裏には、先程抱いていた恐怖は微塵も無い。
テルヘロスがかつて抱いた恐怖か正しかったと悟るのは、かなり先の話である。




