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肉林

 窮地に現れ、巨大な樹木と骨でリザードマンを葬ったアギトに、兵士や冒険者の押し潰されかけていた心は途端に軽くなった。


 荒々しい治療に悲鳴を上げる仲間を見て、苦笑が漏れるくらいには余裕を取り戻す。


 前線に残った者は皆腕に自信のある銀級以上の実力者達だ。


 確かな実績を積んできた猛者達だったが、リザードマンの猛攻はそんな彼らに死地を意識させる程の脅威であった。


 それを一撃で片付けたアギトに恐怖すら抱いても不思議では無い状況にも関わず、不思議と誰もが安心を覚えている。


 まるで親に守られるような、根拠の無い確信を持ってあの細い背中を見ていられる。


「遅いぞ! もう少しで死ぬかと思ったわ!」


「さっさと撤退しろアホ。 ここまで来るのに結構時間食ったんだからな」


 呆れたように返される言葉に、緊張がほぐれてゆく。


 冷静に状況を聴きながら治療を進めるアギトだが、不意に轟音が響いた。


 メキメキメキ………


 アギトの生み出した壁を押し退け、踏み潰して現れたのは屋敷のように大きなリザードマンだった。


 それも八頭。


 更に追い打ちをかけるように、地面を埋め尽くす程大量のリザードマンが押し寄せてくる。


「あ、アギト……」


 誰もが無意識に、アギトをすがるように見る。


 しかしアギトはシッシと手を払うのみだ。


「先に撤退してな。

 見ててもいいけど肉片が飛んでくるよ。

 ちぇ、ムアが居たら大儲けだったのになぁ」


「お前はどうす…」


 兵士の声を置き去りに、アギトは地獄を体現したような群れに向かって、水溜まりに飛び越えるような軽さで跳躍する。


 綿毛のようにふわりと飛ぶアギトの横顔は………裂けるような笑顔だった。


 視界を遮っていた瘴気が突然消え去り、見渡す限り跋扈するリザードマンに目を奪われる。


 そのリザードマン達は、瞬きの間に巨大な何かに飲み込まれた。



 バリィィィィィィ!!!



 僅かに遅れて襲って来た爆風と轟音、そして大地の揺れに、誰もが膝をついて耳を塞ぐ。


 しかしどれだけ耐え忍んでも、その轟音も揺れも暴風も止まることを知らない。


「なんだってんだ……!?」


 顔を上げた冒険者は呆然とした。


 地獄だと思っていた光景は、更に混沌と化していたのだ。


 巨大な肉と骨で出来た蛇が這い回ったかと思えば、その血溜まりから無数の骨槍が生えてリザードマンをこま切れにしている。


 その肉と骨の蛇の先端で不気味に笑うのは巨大な髑髏だ。


 髑髏は鎌首を持ち上げたかと思えば、巨大リザードマンに牙を突き立てた。



 グゥゴォェェェェェェェェェェ!!!



 巨大リザードマンの絶叫に兵士や冒険者達は再び耳を塞ぐが、しかし目を閉じる事は出来なかった。


 巨大リザードマンが噛まれた部分から、水滴を落としたように黒が広がって崩壊したのだ。


「な……何だあれは!!?」


 誰かが叫ぶも、のたうち回る肉の轟音によって掻き消されて誰の耳にも届かない。


 髑髏は次々と巨大リザードマンを襲っては塵に変えたが、五頭目を喰らった所で飽きたらしい。


 突然巨体が崩れたかと思えば、髑髏を割って現れたのはアギトだった。


 アギトは宙を蹴って巨大リザードマンに棍棒を振り被ると、気持ちいいほどのフルスイングで撃ち抜く。



 バカァァァァァァン…………



 巨体を弾き飛ばされたリザードマンは、殴られた部分から体を真っ黒に染めてやはり塵となって消し飛ばされた。


 巨大なモンスターを蹂躙するアギトを自分達と同じ銀級、ましてや銅級程度の冒険者なんて誰も思わない。


「………骸のアギト、か」


 バルガルフの騎士は、初めてその二つ名の意味を知ったのだった。



●●●●



「はぁ………はぁ………」


 瘴気立ち込める中、ラグニィは巨大リザードマンの死体にハンマーを突いて立っていた。


「………失敗しましたね」


 兵士や冒険者が陣形を整える時間を稼ぐべくリザードマンの群れに飛び込んだラグニィだが、度重なる戦闘で気付けばはぐれてしまっていたのだ。


 瘴気に蝕まれぬよう気を練り直すと、全身が跳ねる程の激痛に襲われる。


「っ!

  ……本当に、失敗しました」


 ラグニィの左手は、薬指と小指を失っていた。


 噛み付いてきたリザードマンを間一髪で交わした際に犠牲になったのだ。


 激痛を噛み殺し、ハンマーを両手で握り締める。


 巨大リザードマンは仕留めたものの、上位種はまだまだ大量にいるのだから。


「アギトの固有能力が羨ましくなってきますね」


「呼んだ?」


「うわわっ!!?」


 背後からの声に、ラグニィは巨大リザードマンから足を滑らせかける。


「おっと。 って……」


 ラグニィの腕を掴んだアギトの表情が険しく歪む。


 その視線の先には、指の欠けた手があった。


 バツが悪くなったラグニィだったが、一瞬傷口にこそばゆさを感じて見れば、左手は元の5本指に戻っている。


 どうやら治療して貰ったらしい。


「あ、ありがとうございます」


「……すまん。 もうちょい早く来てれば良かったね」


 謝りながらも、まだ険しい顔をするアギトにラグニィは話題を逸らす。


「他の人達は大丈夫でしたか」


「無事だよ、後はラグニィだけ。

 ………だから、もう気を張らなくていい」


 途端にカクンと膝が笑い出す。


「あ、あれ?」


 ハンマーを杖にして縋るラグニィを、アギトが手を貸しゆっくり座らせる。


 ラグニィの体は、恐怖に急かされて動いているだけであった。


 その恐怖を吸われたラグニィは、操り人形の糸が切れたように力が入らない。


 すっかり脱力したラグニィを、アギトがヒョイと背負う。


「あの、まだリザードマンが…」


 両手の塞がったアギトに焦るラグニィだが、辺りが静かな事に気が付く。


「あ……」


 上位種も通常種も異常個体も、全て平等に串刺しにされていた。


 アギトは足元の巨大リザードマンを魔法で切り裂いて魔石を取り出すと、ラグニィに握らせる。


「流石に肉は持ち帰れんから、今日はこれで我慢しな。 帰るよ」


 木々を飛び移りながら移動するアギトだが、不思議と揺れは感じない。


 その気遣いにようやく助かったのを実感したラグニィの目から、涙がとめどなく溢れ出す。


 アギトはそれに気付くと、歩を緩めたのであった。



●●●●



「………ほい」


 背中でラグニィが泣き始めたので、コットンを薄く伸ばして渡す。


 怪我を見た時は血の気が引いたが、人の背中で元気に鼻をかめるくらいには復活したらしい。


「ズビッ……助けてくれてありがとうございます。

 他の人達は無事なんですよね?」


 この期に及んで他人を気遣う優しさに、溜め息が出てしまう。


「人の心配する前に、まず死なないように立ち回りなさい。

 次怪我したから、治療とセットで頭に花を生やすからね」


 返事は無かったが、背中から僅かに笑う音が伝わってくる。


 まぁ、叱って変わるような性格であれば、味方の窮地に咄嗟に飛び出したりはしないのだろう。


 言いたい事は言ったので、こんなもんにしてやるか。


「手の他に怪我した所はある?」


「全身がダルいです」


「それは頑張りすぎ。 無茶しよってからに」


「アギトには言われたく無いですよ」


「こら、暴れるな」


 足をブランブランして抗議するラグニィを背負い直す。


「……前にも、アギトにおんぶされた事ありましたね」


「俺の昇級依頼の時か。

 あ、そういえばスノーゴーレムの魔石、2つセットで金貨4枚の値段が付いたよ」


「金貨4枚ですか!?」


 突然叫ばれ耳がキーンと痛くなる。


 囁かな抵抗に衝撃を殆ど殺さずに木に飛び移ったら、背中をベシベシ叩かれた。


「じゃ、じゃあ私の取り分は……」


「金貨1枚だね」


「金貨1枚……」


 日本円にして1000万相当の金額に、ラグニィは何とか理解を追いつかせている。


「ちな、買い手はグレイね。

 もっと高く買い取る奴がいたら、競走させるけど」


「ななな何言ってるんですか、もう決まりですよ!!

 そんな恐れ多い事を……

 絶対に余計な事言わないでくださいよ!?」


「ハッハッハ」


「ちょっと!?」


 背後から首をギチギチ締めあげられながら、俺達は第二拠点へのんびり帰るのであった。



●●●●



 第二拠点に帰った途端、周囲の視線が突き刺さる。


 まぁ、やっぱりそうだよなぁ。


 我ながらやり過ぎたなーとは思ったんだ。


 鋭利な骨を筋肉からグロテスクに生やし、のたうち回って雑魚を処理。


 ムアがいないから死体は要らんと瘴気を叩き込んで粉々にしたのだが、よくよく考えなくとも派手にやり過ぎだ。


 このファンタジーな世界でも正気を疑われるレベルの暴れ方をした自覚はある。


 瘴気だけに、正気ってな。


 ガハハ。


 ………こりゃ怖がられたなぁ。


「おいアギト、お前滅茶苦茶強くなってないか!?

 今度赤脈旅団と模擬戦する時は、お前に賭けるぞ!!」


 おや?


「さっきは逃げるのに必死で気付かなかったけど、俺の足たぶん折れてるわ。

 見てくれないか?」


 おやおや?


「つーかお前、魔石まで吹っ飛ばしたのかよ? もったいねー」


「元からお前のじゃ無いだろ」


 おやおやおや?


 全然怖がられて無いぞ?


 これが信頼って奴か……


 ……うん、違うな。


 固有能力の影響だろう。


 俺はどうやら、無意識下でも負の感情を吸い取っていたらしい。


 通りで仲良くしようと思えば仲良く出来る訳だ。


 俺が近くに居れば、自然と心が軽くなるのだから。


 全然俺のコミュ力が成長したとかでは無いじゃないか。


 ふむ、ちょっと後ろめたくなって来た。


 ……いや、それよりも。


「皆静かに。

 ラグニィ寝てるから」


 俺の背中で爆睡するラグニィを休ませてやらねばならない。


 普通に話してたのに、突然スイッチが切れたようにコテンと寝てしまったのだ。


「怪我人は医務室に行って治療。 俺の治療を希望する奴は大人しく待ってなさい。

 ラグニィを布団に放り込んだら直ぐに行くから」


 全く……生きて帰った途端に元気な奴らである。


 ラグニィは本人の部屋に寝かせて置き手紙を残し、急いで医務室へ向かう。


 医務室には、ズラッと並ぶ野郎共(時々女郎)が居た。


 リーチェら医療班は診察くらいしかしていないらしい。


「皆アギトに治療してもらいたいんだって。

 ご利益があるとか何とか」


 ぶー垂れるリーチェを宥めつつ、一人一人治してゆく。


「お前はかすり傷だから他のやつに治して貰うように。

 お前は肩が外れてるだけだから、頑張って嵌め込んでから治療してもらうように。

 お前は風邪です。 何で今日の浄化作戦に参加したんだ。 リーチェにお薬出してもらって来なさい。

 お前の足はしっかり折れてる。 どうやって歩いて帰って来たんだ。

 お前は……」


 異様にテンションの高い患者を消化しつつ、アイドルの握手会はこんな感じなのだろうかと考える。


 治療が終わった頃には、精神的にどっと疲れていた。


「あ゛ー……」


 自分で生やしたベッドにひっくり返っていると、額をペシペシ叩かれる。


「アギト、今日何してきたの?

 皆の話聞いても、よく分からなかったんだけど」


 目を開けると、患者を取られてむくれるリーチェが見下ろしていた。


「数が多かったし、大物もいたから実験も兼ねて派手に暴れてみただけ……」


 そのまま目を閉じようとするも、再びおでこをペシペシされる。


「具体的に」


 逃がしてはくれないらしい。


「固有能力の実験をしたんだよ。

 瘴気には負の感情が乗って、それぞれ違った特徴があるの。

 今回は『怒り』を筋肉に込めて暴れたら派手な感じになってしまった」


「それアギトの身体に悪くないの?」


 間髪入れず刺してくるリーチェに気圧され目を逸らすも、両頬を挟まれ捕獲されてしまう。


「悪く無いよ、むしろ餌。

 普通の人間なら余裕で死ねるけど、俺は再生と瘴気の吸収でお釣りどころか儲けが出るからね」


 俺の目をじっと見ていたリーチェだったが、感情のゆらぎから嘘じゃないと判断したのだろう。


 ようやく両頬を解放してくれた。


「無理した訳じゃ無いならいいよ。

 だったらアギトは本当に強くなっちゃったんだね。

 皆がアギトは金級相当だって噂してるもん。 急に遠い人になったみたいで焦っちゃった」


「俺が金級になったって何も変わらんよ。

 自由気ままに旅して、自分勝手に振舞って、マルズロをいつか殺して、美味しいもの食べて幸せに生きるだけだし。

 ムアもカイルも歓迎するだろうし、席は空けとくから何時でもおいで?」


「……うん」


 突っ伏すように俺の肩に額を当てたリーチェは、今にも眠りそうな程穏やかだ。


 しかし静寂に波紋を立てる気配が医務室の外から近付いて来る。


「リーチェ、スカウトがバレたかもしれん」


「え……え!?」


 俺の言葉の意味を理解したのだろう。


 リーチェが跳ねて離れると同時に入って来たのは、やはりディカであった。


「無事そうだな?」


「ごたいまんぞく」


「頭は治らなかったか」


 俺のベッドにディカが腰掛け、視界がグワンと揺れる。


「リーチェも、こっちに来てから危ない目には合ってないか?」


「うん。 ムアちゃんが……って」


「その事で来たんだよ。 とんでもない音を響かせながらムアが走ってったもんだから、何かあったかと心配になってな」


「あー、実はね……」


 テルヘロスからの依頼の件を話すと、ディカは顔を顰めた。


「安請け合いしすぎだ。

 この季節に新鮮で高品質な食料を馬車5台分揃えようとしたら、銀貨どころか金貨が何枚飛んでくか、分かって無いだろ」


「でも嫌になれば縁を切っちゃえば良いだけだし…」


「それだよ」


 ズビシと指を立てられ口篭る。


「アギト達が金にも名誉にも興味が無い事は、相手もとっくに気付いてるんだよ。

 テルヘロス・バルガルフへの貸しで、何を要求するつもりだったんだ?

 土地か? 大金か? 既に金持ってて旅するお前にはどっちも要らないだろう」


「た、確かに……」


 それに、とディカはまだ終わらない。


「もし今後欲しい物が出てきたとしても、お前は現実的な範囲でしか要求しない。

 絶対だ」


 全くもってその通りなので、ベットに正座する。


「今日まで見てきたが、お前は優しすぎる。

 冷酷さは確かにあるが、何でも妥協し過ぎだ。

 自分の中で許さないラインを決めているのは良いが、その直前まで甘い顔をするとギャップにビビった奴が根も葉もない噂をばら撒き始めるぞ」


 『優しい人程、怒ると怖い』ってやつだろうか。


「もうちょっとお前は怒れ。

 マルズロにやったブチ切れだけじゃなくて、押されたらちゃんと押し返せ」


 ごもっとも。


 ごもっともなのだが……


 オズオズ挙手した俺に、ディカが顎でしゃくって許可をくれる。


「怒り方が分からんのですが」


「……はぁ?」


「正確には、怒った後の処理の仕方が分からんと言いますか……相手との関係を壊すか、復讐する時くらいしか怒り方が分からんのです」


 ディカは頭痛でもするように額を抑えるが、「ああ、そう言うことか」と何かに気付いたらしい。


「アギト。

 お前怒る事を『攻撃』と捉えてるだろ」


「え、違うの?

 負の感情の1つだし、攻撃だと思ってたけど」


「違う。 近しいかもしれないが別物だ。

 これはあたしの経験だが……」


 話を聞きながら、『俺のコミュ力が固有能力頼り』などという考えを思い直す。


 側で行動を見てくれていたディカが言うのだ。


 主観なんぞとは比べ物にならない程の事実だろう。


 経験談もとい道徳の授業を1時間近くしたディカは、テルヘロスのテントに立ち寄ってから本拠点へ帰って行ったのであった。

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