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参戦

 第二拠点設立の翌日。


 浄化部隊を送り出した待機組は、思い思いの時間を過ごしていた。


 医療班は爆睡し、非番の兵士や冒険者はチェスのようなボードゲームを興じ、ヴァートスとテルヘロスは近衛と共に書類に目を通しては頭から湯気を登らせていた。


 そんな中、俺とムアとリーチェは調理実験をしていた。


「あっ、沸騰してきたよ!」


「おっけい。

 んじゃムア、頼んだ」


「ガウッ」


 ジュワァー


 衣に包まれた白い塊が落とされると、途端に沸き立った油が弾けて音を立てる。


 俺達はコロッケを作っていた。


 きっかけは、カピカピに乾燥したパンを捨てるか捨てまいか話し合っていた時だ。


 捨てるのは忍びないと言う事で、コロッケにしてやろうと思い立ったのだ。


 そのパンを砕いて衣にし、植物油、じゃがいもっぽい芋、玉ねぎっぽい球根を固有能力で品種改良。


 とろろ芋っぽい粘り気のある芋を卵の代わりにし、更にバイコーンの肉を細切れにして混ぜ、材料を間に合わせた。


「ガウッ!」

 

 ムアが霧で油から取り上げたコロッケは、見事な小麦色に変わっている。


 さて、問題は味である。


 実は今揚がったコロッケは3つ目なのだ。


 1つ目は味が薄く、2つ目は芋のコクを強くしようとして品種改良したら、エグ味が出てしまった。


 3つ目のコロッケを3人分に分けると、ボワッと湯気が溢れ出す。


 顔を見合せてゴクリと唾を飲み、せーので口に放り込んだ。


「あっふ」


 ホフホフ苦しむリーチェの口の中は後で治してやるとして、俺とムアはモグモグ味わう。


 カリッと軽い衣の食感の後から、じゃがいもモドキの甘みとほんのり効いた塩味、バイコーンの肉の旨味が優しく広がる。


「ガウッ!!」


「うん、美味い」


 牛肉では無いせいか風味は若干違うが、納得の行く美味いコロッケの完成である。


「おいひい〜けどあふい〜」


「はいはい」


 リーチェの顎に手を当て、舌の火傷を治してやる。


「ありがと。 ムア、残りも揚げちゃおうよ」


「ガウッ!!」


 との事で、俺が芋を生産しては切って蒸かし、リーチェが潰して混ぜて衣を付け、ムアが油周りを担当してコロッケが大量生産されてゆく。


 これは今日帰ってきた兵士や冒険者達のオヤツである。


 彼らは俺の保健室を駄菓子屋か何かと勘違いしているらしく、本拠点にいる時も小腹が空いたら食い物をたかりに来るのだ。


「これだけあれば文句も出んだろう」


 完成したコロッケは生やした綿で油を吸い取ってから、清潔な葉に包んでムアが収納してゆく。


 俺が生やした綿や葉で包装していたリーチェが、クスッと笑った。


「文句言いながらも、結局作るから貰いに来るのにね。

 昨日第2拠点に行く途中で皆がアギトに浄化作戦中の事話してたけど、お母さんに報告してる子供みたいだったよ」


「そんな事ある?

 兵士も冒険者も殆ど俺より年上でしょうに」


「ガウ」


 不意にムアがテントの影に顔を向ける。


 姿は見えないが、あんな場所から登場するのは1人しか心当たりが無い。


「見張り番お疲れ様。

 ちょうど出来たてだから1つ持ってきな」


「……」


 影からヌッと現れたのは、案の定ファルシュであった。


「ガウ」


「ありがとう。

 ………これは何て言う食べ物だ?」


 ムアから受け取ったファルシュは、コロッケをしげしげと観察する。


「それはコロッケ。

 俺の故郷の食べ物だよ。

 熱いから気を付けてね」


「ころっけ……。

 いただこう」


 サクッ


 ファルシュは食感に眉をピクリと動かし、1口含んで味を確かめると、その後は両手でコロッケを持ちながら、あっという間に食べ尽くしてしまった。


「ガウ」


「ん? あぁ、ありがとう」


 ムアが差し出したコップを受け取ったファルシュは、一息に飲み干して一息付く。


「……ありがとう。

 美味かった」


「あの、」


 そう言い残して立ち去ろうとするファルシュを、リーチェが呼び止める。


「……どうかしたか?」


「その、ほっぺに……」


 リーチェが自分の右頬を指で指すと、ファルシュも首を傾げながら頬を指でツンと指す。


 ……あざとい、が、意図してやった訳では無いのだろう。


 それにリーチェの伝えたかった事は違う。


「うーん……失礼しますよっ!」


 リーチェは少し背伸びしてファルシュの頬についていた衣を取ってあげた。


「ほら、これが付いてたんです」


 それに気付いたファルシュは、自分の頬をつついていた手で口元を隠すと顔から耳まで真っ赤に染めた。


「あ、ありがとう。

 ……リーチェ殿」


「リーチェで良いですよファルシュさん」


 ニッコリ微笑むリーチェに、ファルシュもフッと笑う。


「ならリーチェも、私の事はファルシュでいい」


 おお、これは遂に………


「ファルシュお前……遂に友達が出来たんだな!」


「ガゥ!!」


 感慨深くなって喜ぶ俺とムアを、ファルシュがキッと睨む。


「友人くらい私にだっている。

 それにお前達だってそうだろう。

 ……違うのか?」


 不安になりなさんな。


「大丈夫、友達だよ。

 浄化作戦初日に手を振ってくれてたもんね」


「ちがっ、あれは…」


 顔を真っ赤にして詰め寄ってくるファルシュを、ドードーと宥める。


「何かあったの?」


「浄化作戦で合流した日に、俺が…」


「待てリーチェ、アギトが今言おうとしてる事は単なる勘違いだ。

 私はあくまでフードを触ろうとしていただけだからな」


「あれ? 俺はまだ何も言ってないけど」


「貴様……」


 ブツクサ文句を言うファルシュに、コロッケをもう1つ持たせて見張りに送り出す。


「どうよ、そんな怖い人じゃ無かったでしょ」


「うん。 無口なのは人見知りだったから、なんてすっごく意外。

 それに……ふふっ」


 リーチェはどうやら、ファルシュが自分に手を振られていると勘違いした話がツボに入ってしまったらしい。


 散々いじったが、俺も同じ経験があるのは黙っておくとしよう。


 俺達が実験器具の後片付けをしていると、今度はテルヘロスが近衛を2人引き連れて堂々とやって来た。


「お疲れさん。

 朝から書類と睨めっこしてたみたいだけど、勝敗はついたかい?」


「一時休戦と言った所だ。

 ところでアギト。 個人的な頼み何だがいいか?」


「内容による。

 中で話そうか」


 テルヘロスをテントの中に通していると、リーチェがどうしたものかとソワソワしていたので捕まえて同行させる。


「い、いいの?」


「さぁ? でも聞かせて不味い話では無いんじゃない?

 それに、ムアも関係する話っぽいから1人にする訳にはいかんでしょ」


 リーチェとムアと一緒に俺の保健室に入ると、テルヘロスは既に席に着いていた。


「あんたらもどーぞ」


 俺が椅子を生やして近衛2人も座らせれば、テルヘロスは早速切り出した。


「依頼をしたい。

 食料を大量に生やして、バルガルフ領のシンズに送りたいんだ」


「希望の量と金額、輸送方法は?」


 予想は付くが一応聞くと、テルヘロスは申し訳なさそうに口を開いた。


「……銀貨50枚で、ムアに運んで貰えないだろうか。

 馬車5台分だ」


「……」


 護衛らも黙って目を伏せる。


 ………まぁしゃーなしか。


「貸しだからね。 高く付くよ」


 俺がそう言うと、テルヘロスは今にも下げそうだった頭を上げた。


「本当か?」


「それと、契約書は同じように書くこと」


「ああ、分かっているとも!

 ありがとう! やはり持つべきは友だな!」


 満面の笑みで手を握ってブンブン振るテルヘロスだが、商談は成立してもまだ聞かなければならない事がある。


「で、いつ届ければいいわけよ。

 シンズからここまで、馬車でどれくらいかかるのさ」


「20日だな」


「ならムアで往復2日くらいか」


 俺の言葉にテルヘロスと護衛が目を剥く。


「そんなに早いのか?」


「うん。

 てか全速力で行けば片道1日かからずに行けるくらいには速いよ。

 俺の変わりにディカを連れてくるって考えたら、マルズロが不在の間に行ってきた方がいい?」


 思案したテルヘロスだが、首を横に振る。


「本拠点の守りを薄くする訳にはいかないし、アギトは戦力でも治療においても出来ることが多すぎる。

 ムアのみで行ってもらいたいが……部下を同行させる事は可能か?」


「ムアの気分次第だねぇ」


 視線が集中したムアは、露骨にしょげて見せる。


 別行動をする事はあっても、2日も離れ離れになるのは嫌らしい。


「そもそもヴァートスには話したの?」


「当然だ。

 元々リニーウ軍の依頼を受けている冒険者に、新たな依頼をねじ込むのだからな」


「ふーん」


 後はムアが首を縦に振るかである。


 ぶっちゃけ俺としては、気乗りしないのが正直な所だ。


 妥協しても、浄化作戦から1度抜けて俺とムアが2日で往復するくらいだろうか。


「……ガゥ」


「え、いいの?」


 渋々鳴いたムアに驚く。


「ガウ、ガウーゥ」


「ただし、銀貨50枚追加らしいけど……どうするる?」


 不満を盾にふんだくる気満々のムアに、ヴァートスは項垂れて契約書を書き直すのであった。



●●●●



「ガゥーウ、ガゥーウ」


「うんうん、俺も寂しいよ」


 暴れ回るように全身を擦り付けて来るムアを、強化した体で受け止めて撫で回す。


 しかしムアにはそれでも足りなかったようで、舐めるどころか食べる勢いで俺を口に含んでいた。


「分かった分かった。

 早く帰って来るんだよ」


 上半身をスッポリ食われた俺は、ガジガジ甘噛みするムアの下顎を撫でる。


「アウアウ」


 同様の別れの儀式をリーチェにもしたムアは、名残惜しげに見つめてくる。


「大丈夫だって。 たった2日でしょ?

 それより道は分かる?」


「ガゥ。

 ガウガゥ」


「うん、リーチェの事は任せて」


 ムアは何度も振り返りながら、トボトボと第2拠点の出口に向かう。


 しかし結界を抜けた途端同行する騎士を霧で捕らえると、爆発音を連続して響かせながらあっという間に姿を消した。


「めっちゃ早く行って、めっちゃ早く帰ってくるつもりみたいだねぇ」


「あの騎士の人大丈夫かな……」


 バルガルフの騎士は「うわぁぁぁぁぁぁ……」と悲鳴を響かせながらムアの巻き上げた雪に消えていった。


「……まぁ、死なないように配慮はするんじゃない?」


 きっと多分、恐らく大丈夫であろう。知らんけど。


 あの様子だと以前俺と各軍を回った時の様に、全速力で移動するつもりなのだろう。


「明日の夜には帰って来そう」


「早すぎ」


 ムアが作った雪のトンネルを眺めていると、テルヘロスが恐る恐る聞いてきた。


「……なぁ、ムアって魔物の位で言ったら、どれくらいなんだ?」


「さぁ?」


「さぁって………」


 魔物の位ってのは、以前ラグニィがスノーゴーレムを『銀級での討伐が推奨』って言っていたあれだろう。


 けど知らんもんは知らん。


 だがリーチェはポンと手を叩いた。


「そう言えば、ディカ姉達が『ムアは少なく見積って金級相当』って言ってましたよ」


「す、少なく見積もって、か……」


 唖然とするテルヘロスや野次馬達だが、俺は悪い気分はしない。


「すごいでしょ、ウチのムアは」


 俺がドヤっていると、兵士がドタドタ駆け寄ってきた。


「アギト、今すぐ来れるか!?」


「何処に…って、お前。 浄化作戦に行ってるんじゃ無かったっけ?」


 彼は赤脈の花畑の常連で、朝送り出した面子の1人のはずだが。


「広範囲に魔法を使う上位種と、見た事ないくらいデカイ個体、それに馬鹿みたいに硬い奴に押されてる!」


 上位種とデカイ個体は想像が付くけど、硬い奴は分からんな。


 しかし彼の疲労具合から見て、一刻の猶予も無いのは確かだろう。


「おけ、直ぐ行……あ」


 思い出して振り返れば、リーチェの隣にはいつの間にかファルシュが立っていた。


「頼める?」


「友人を守るのだ。……頼まれるまでも無い」


 ほんのり頬を染めるファルシュの勇気と成長に感涙が溢れそうだが、それは後だ。


「私は大丈夫! 急いで行ってきてあげて!」


「分かった。

 怪我人は出来るだけ治すけど、余裕が無かったら第2拠点に送るかも。

 準備だけしといて」


 それだけ言い残し浄化部隊の後を追う。


 雪が凍った地面を踏み砕きながら駆けていると、20分も経たずに地響きが聞こえてくる。


 その地響きから逃げるように、兵士や冒険者が負傷者を担いで道を引き返していた。


 殆どの者が恐怖に混乱している中で、比較的冷静な兵士がいたので捕まえる。


「アギトさん!?」


「状況は」


「あ、はっ!

 前線は現在銀級相当の兵士や冒険者が抑えており、我々は負傷者と共に退却を進めております!」


「ご苦労。 俺も前線に行く。

 この道以外、森の中に逃げた奴は?」


「おりません!」


「分かったよ」


 ならばと、目につく負傷者に応急処置を施しながら前線を目指してかけて行く。


 足を止めず、辻斬りのように枝を刺して治療を施したので相当痛いだろうが、やむ無しである。


「あれか」


 道の先に見えたのは、上位種のリザードマン達を食い止める冒険者や兵士達だった。


 全員動きが良いので銀級相当の評価も納得である。


 だがいくら腕が良かろうと、数と質量で負ける相手に押されているようだ。


「ちょっと失礼」


 飛び交い注意を引く身軽な冒険者を避けて無数の骨と樹木の槍で巨大な壁を生やしつつ、リザードマンを殺して安全地帯を作る。


「アギト! 来てくれたのか!」


「お疲れさん。 怪我人はどんなもんいる?

 まさか死んだやつは居ないだろうね」


 グルリと見回すと、負傷者は数人見受けられるものの全員意識はありそうだ。


「遅いぞ! もう少しで死ぬかと思ったわ!」


「さっさと撤退しろアホ。 ここまで来るのに結構時間食ったんだからな」


 助かった途端に調子のいい奴らだ。


 冒険者の野次を聞いて、兵士がハッと顔を上げた。


「死人は出てないけど、森の奥に殿になった奴が3人いるんだ!」


「おけ」


 話を聞きながらも負傷者を纏めて串刺しにして治していると、俺の生やした壁がバキバキと壊され始める。


 そこそこ頑丈に生やしたつもりだったが、この程度では大した障害物にはならないらしい。


「やっぱし複数いたんだねぇ。

 こんなに居るとは予想してなかったけど」


 現れたのは、無数のリザードマンを引き連れた八匹の巨大リザードマンであった。

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