反省会
「やらかした〜」
「ガウッ! グルルル………」
そう言いながらベッドに顔から突っ込んだ俺の横で、ムアが「あの程度じゃ足らん」と息巻いている。
「やりすぎだよ!
ボッコボコだったよ!?
寝て起きたらアギトが国軍の貴族の人蹴っ飛ばしてるし、ディカ姉から何があったか聞いてビックリしたし、アギト髪の毛まで黒くなってフワフワしてたし、もう手遅れかと思ったんだからね!?」
リーチェがプンスカ怒りながら、俺の尻をペシペシ叩いてくる。
「まぁいいんじゃないか? あたしが痛めつけるよりは余っ程痛い思いをしただろうしな」
「ディカ姉まで!
それにアギト髪の毛真っ黒になっててすっごく怖かったんだからね!?」
打ち上げられたイソギンチャクのように広がった俺の髪を、リーチェがワサワサ撫でる。
ってあれ?
「あれ、髪解けてた?」
「結構初っ端にな。
お前から溢れた瘴気で髪紐が崩れたんだろうよ」
「まじかい……って事は、今着てる服が呪いの布じゃなかったら、俺すっぽんぽんになってたってコト!?」
何それ恥ずかしい。
「それはそれで面白そうだな。
2つ名が『全裸のアギト』になりそうだ」
「嫌すぎる……」
てかこんな馬鹿話をしている場合では無いのだ。
「やらかした……。
カッとなってやっちゃったけど、報復するならもっと陰湿にやった方が絶対に良かった……」
「そこ!?」
リーチェは驚いているが、ディカは賛成派のようだ。
「流石に貴族相手にブチ切れたのはやばかったな。
今回は何とかなりそうだからいいが、敵が多い場所……王都とかでは同じやり方は避けろよ。
お前が以前相談して来た、悪の親玉みたいな未来になりかねない」
「はい。 反省しております」
「けど、丁度良かったんじゃないか?
お前こっちに合流してから、結構甘い顔してただろ。
他の軍の連中が、『癒しのアギト』とか『慈悲のアギト』って勝手な2つ名付けてたから、いい感じに軌道修正出来てたと思うぞ」
そんな意図は断じて無いし、そもそもそっちの2つ名の方が良さげでは?
ってそうだった。
「リーチェ、怪我は無い?」
「ガウゥ」
怪我なんかさせるわけない、とムアが食い気味に返事をする。
「ムアちゃんのお陰で、アギトが戦ってる時もグッスリだったよ」
それはそれで心配になる。
と、そこへ客がやって来た。
「アギト、今いいか?」
「どーぞ」
入って来たのはヴァートスだ。
「派手にやったな」
「ごめんて。 で、そっちは大丈夫そう?
不味かったら俺達のせいにしてくれれば、適当なタイミングで逃げるけど」
ディカとリーチェが咎めるような視線を向けて来るが、今回ばかりは俺がやりすぎちゃったしねぇ。
「その必要は無い。
今回の1件で、悪いのは間違いなくマルズロ・ヘトスだからな。
アギトの報復は正当性のあるもので、更には治療も施してやったんだから、咎められるべきはマルズロの方だ。
……ってのが復興派各軍の総意だ。
安心して戻ってこい」
「あざます」
「それと、父様から。
『貸しだ』と」
「ワァ……」
やばい貸しを作ったかもしれん。
が、相当甘い判断だろう。
こんな問題児を庇ってくれるとはヤミー感謝感謝である。
「それで、冒険者の処罰はどうする?
こちらで決めたルールだと、奴らには王都まで単独で帰って貰う事になりそうだ」
「絶対盗賊になるじゃん。
アイツら銀級くらいの実力あったし、報復怖いから足もいどこうぜ」
機動力が避けるし、死罪よりは軽い。
実質死刑のようなものだが、野放しにはしたくないんだよなぁ。
「そいつらはあたしが貰ってもいいか?
うちの団員を狙われたんだ。
あたしからも仕返しをしないと舐められかねない」
「分かった。 後で連れてこよう」
あーあ、アイツら死んだわ。
ディカも静かに怒ってるからなぁ。
態度に出さなくとも、俺の固有能力でビシビシ感じるくらいには怒っているのだ。
「で、俺が引っ掻き回した直後だけど明日の作戦はどうよ。
ちゃんと決行できそう?
足りない物資とかあったら力になるけど」
貸しがあるとは言え、流石にここまで派手に荒らしておいて引きこもる訳にもいかんて。
だがヴァートスは「律儀だな」と笑う。
「それについては心配要らない。
むしろアギトから何か要望はあるか?
マルズロを殺させろ、とかは聞けないが」
「ちぇ。
なら……あ、リーチェとかディカが安心して寝れるように、俺のテントの近くに2人のテントを移したいかも。
今って各部屋がバラバラにあるでしょ?
今回みたいに暗がりを襲われたらたまったもんじゃ無いから、もうちょい治安を良くしたい。
報復もありそうだし」
「あたしもか?」
俺の言葉に、ディカが怪訝そうな顔を目を向ける。
「馬鹿が逆恨みして来たら嫌だもん。
それに女だから弱いとか馬鹿な事は言わないけど、ジロジロ家の周りを見られたりしたら嫌かなと思って」
「まぁ、そうだな……」
「それと、俺とムアの寝床をもうちょいリニーウ親子の近くに移したい」
俺の言葉にヴァートスが驚く。
「僕達か?」
「うん。 俺の人質にされそうな人の近くには居を構えておきたくてね」
ヴァートスは目を見開いたが、フッと笑うと頷いた。
「………分かった、父様に伝えておこう」
「無理にとは言わんよ。
それと、頭は冷えたから顔出していい状況になったら教えてちょーだい」
「……大丈夫なのか?」
ヴァートスの視線の先には、まだまだ怒り心頭のムアがいる。
「大丈夫、俺よりよっぽど理性的だから」
「それもそうだな。 なら今から行こう」
即答するヴァートスに解せないものを感じつつ、促されてテントから出る。
テントの外では、ツダルパ野郎ことトーデルが待機していた。
「派手にやったな、アギト」
「反省はしたけど後悔はしてないよ」
それを聞いてトーデルは快活に笑う。
「だろうな。 俺もスカッとしたぜ」
「トーデル」
ヴァートスが窘めると、トーデルは江戸っ子のように額を叩いた。
「……っと、失礼しました。
お坊ちゃんがあまりにも領主様の姿と被ったもので、思わず反省する所でした」
「踏みとどまるな、反省しろバカ」
漫才のようなやり取りに気が抜けそうになるか、トーデルなりの気使いなのだろう。
俺に向いていた恐怖が和らいでゆくのを感じる。
「で、どんな感じに進んでるよ?」
「っと、そうだった。
マルズロ……様は、ウチらの領主様達で囲って逃げられないようにしてる。
まだ判断は下されて無いが、まぁ……多数決だろうな」
「結果は分かりきってる、と」
ありがたいこって。
ただし、自分が情だけで不問にされたなどと考えるほど、頭の中お花畑のつもりは無い。
食糧事情とか、治癒力とかで重宝されているのと、マルズロの悪事を晒しあげて叩くってのが目的なのだろう。
そんなマルズロを糾弾する声が、会議室代わりのテントから聞こえてきた。
「他領の冒険者を、更には直接手を下さず陰湿なやり方をするなど貴族のやる事か!
この恥知らずが!!」
おお、この声はグレイっぽいな。
普段の穏やかな姿からは想像出来ない怒号に、内心テンションが上がってくる。
一方のマルズロ君も負けじと怒鳴り返す。
「黙れい!!
この儂に!! ヘトス家の者に手を上げるような冒険者を連れて来た貴殿らの落ち度であろうが!!」
「そうなの?
じゃあグレイ、俺を今ここで解雇してよ。
そうしたらこいつの事殺していいんでしょ?」
喧騒が飛び交っていた会議室が静まり返る。
「……アギト、頭は冷やして来なかったのか?」
グレイの咎めるような質問に笑顔で答える。
「冷やしたよ。
冷静になった結果、やっぱりこいつの事殺しておきたいんだけど、ダメかな」
「だめに決まってるだろ……」
テルヘロスが思わずこぼし、ハッと口を抑える。
随分怖がられたものだ。
「聞いてれば威勢のいい事騒いでるじゃん?
俺が言った事忘れちゃった?」
「……あ……あぁ……」
口をパクパクさせながら顔を真っ白にしたマルズロは、俺の事がすっかりトラウマとなったようだ。
腰が抜けてしまったのか、椅子からはみ出た肉の重みに耐えきれず滑り落ちて床に座り込む。
「不安の種が残ってたら、臆病で気の弱い俺としては摘んでおきたいんだよね。
で、さっき何て言ってたっけ?」
「………はぁ……ふぁぁ………」
呼吸すらままならないマルズロに助け舟を出そうと国軍の兵士が口を開きかけるが、恐怖を操作し気絶させる。
「そもそも事の発端はお前な訳でしょ?
ほら、悪い事をした時は何て言うんだった?」
「……か………うぁ……」
「ん?」
顔を覗き込むと、マルズロは顎の肉に顔を半分近く埋めながら消え入りそうな声で言った。
「……申し訳……ございませんでした……」
「お、えらーい。 次は無いからね」
しっかり目を見ながら座っていた椅子を瘴気で包んで粉々にすると、ヘナヘナと潰れてしまった。
「はい、後は煮るなり焼くなりお好きにどうぞ。
とは言っても、こんなに食欲が減退する肉は滅多に見られないけどね」
「アギト……」
さぞ頭が痛そうに額を抑えるグレイだったが、気を取り直して会議の続きを行う事にしたらしい。
その後の会議は拍子抜けするほどスムーズに進んだ。
気力も何もかもを削ぎ取られたマルズロを国軍の兵士が必死に庇って代弁していたが、会議の進行は復興派の予定していた落とし所に難なく収まった。
マルズロは次揉め事を起こしたら強制送還。
俺の報復は正当なものであり、大事にしない代わりにマルズロからは賠償金が支払われるらしい。
頭が潰れてしまい、勢いも人数も圧倒的に不利な状況で国軍の兵士達は頑張っていたが、焼け石に水であった。
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「お気を確かに……」
「おい、もっと力入れろ!」
「やってるって!」
マルズロに肩を貸して潰れている国軍の兵士を見て笑っていると、後頭部をはたかれる。
「アギト」
「あ、はい」
振り返れば、予想通りオコなグレイが居た。
他の領主達は気まずそうに視線を逸らしている。
「今回の件は貸しだ。
それと今後は報復する前に私に相談に来い。
あんなやり方で無くとも、方法はいくらでもある」
「す、すません……」
でも切り捨てるって判断を下されないくらいには、有用性を示せているようで何よりだ。
「まったく………。
そもそもお前が脅さなくとも済むように、こちらで証人は用意しておったのだ。
だと言うのに引っ掻き回しよって……」
「証人?」
証人なんて今回の1件でおったんか?
「ああ、国軍から勇気を出して名乗り出てくれたのだ」
グレイが手で示した先には、こちらの世界では滅多に見ない黒髪と、見覚えのある顔があった。
1人は級長、そしてもう1人は……
「あ………」
口をパクパクさせて立っていた彼女は、確か……浜崎だったか。




