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愚か者

 異界の民であり、元クラスメイトである浜崎渚は、リニーウ軍の拠点内をさまよっていた。


 多岐に会おうとクラスメイト達から離れ、1人リニーウ軍の拠点に来たのだが、迷子になっていたのだ。


 級長こと羽鳥が多岐に会っている事は知る由もない。


「あっ」


 そんな時、闇の中で浮かび上がるような美しい白い狼が、悠々と歩いている姿を見つける。


「待って…っ」


 あの狼は多岐と一緒に居た魔獣だと気付いた浜崎は咄嗟に駆け出す。


 しかしその瞬間、浜崎の目の前を何者かが横切った。


「ひゃっ」


 突然の事に尻餅を付いた浜崎だったが、それに追い討ちをかけるように、落雷のような咆哮が響く。



『ガオォォォン!!!』



「ひっ!?」


 更に体を縮こまらせる浜崎の目の前で、ムアは突如現れた襲撃者を霧で捕獲してぶん投げた。


「ぐっ!」


 浜崎の横に、ぶん投げられた男が土煙を上げながら着地する。


「クッソ、あのバケモンが……は?」


「……え?」


 顔を見られたと悟ったのだろう。


 男は浜崎を処理すべく手を伸ばし…


「ゔ」


 不自然な体制で、今度は暴れるムアの方へ吹き飛んでゆく。


 入れ替わるようにして現れたのは、黒い和服に身を包み、灰色の長髪をなびかせ、牙を剥き出しにして笑うマスクを着けた男だ。


「……多岐く」


 名を呼ぶ声は、爆ぜるような踏み込みの轟音に掻き消された。



●●●●



 嫌な予感がして来てみればこれだ。


 知らない冒険者5人組が、リーチェを連れたムアに襲撃をかけている所であった。


 動きから察するに全員銀級相当の手練。


 しかも……


「グルゥ!!」


 いや、それは後だ。


 弾き飛ばされた男の背骨を蹴り飛ばしてへし折り、ムアの元へ向かう。


 他の冒険者らが反応する前に、手前で無防備に背を向けていた2人を骨で串刺しにする。


「なっ!?」


 目を離した隙に3人も欠けた冒険者らは、ようやく俺に気付いたようだ。


「ふざけ…」


 1人が俺に気を取られている間に、ムアの霧クローに為す術なく地面に叩きつけられる。


 あっという間に残り一人になった冒険者に飛びかかろうとしたムアだが、背に守るリーチェを思い出し踏みとどまった。


「ひ、ひぃぃぃぃ!!」


 残った冒険者はムアの気迫に気圧されて明かりが灯る方、つまり拠点中央へ逃げ始める。


「のびてるヤツら捕まえといて」


「ガウッ!」


 身体強化を駆使して逃げる冒険者だが、俺の方が早い。


 人質を取られたらたまったもんじゃないので、逃げる背中を骨槍で串刺しにする。


 冒険者の男は辺りのテーブルを吹き飛ばして転がり、食い物を派手に撒き散らしたところで止まった。


「ぐぅ……」


 虚勢を張って睨みつけてくる男を、骨槍を掴んで持ち上げる。


 このまま殺してやってもいいし、正直殺してしまいたい気持ちが強いのだが、それ以上に聞かなければならない事があった。


「お前らに依頼した馬鹿は誰だ」



●●●●



 団欒の場を騒然とさせたのは、多岐ことアギトであった。


 テーブルや食材を撒き散らして逃げ込んで来た男を槍で貫き、それを掴んで持ち上げる様に誰もが息を飲む。


 食事の手を止め、息を潜めた静寂にアギトの声が響いた。


「お前らに依頼したのは誰だ」


 ゾッとするほど冷たく、憎しみが篭もり、怒りに満ちた声音だった。


「ぐっ……」


 冒険者の男は答えない。


 もしくは痛みで答えられないのかもしれないが……


「ムア、それもちょーだい」


 アギトの視線の先を見れば、あの温厚なムアが逆立てた毛から霧を立ち上らせている。


 その霧には、意識を失った冒険者の男が4人浮かんでいた。


 アギトはムアから受け取ったその冒険者らを、今しがた生やした木に磔にして再び問う。


「誰の命令?」


『…………』


 冒険者達は沈黙を貫くばかりだ。


 アギトは「あそ」と呟くと、目を憎々しげに細めた。


 すると、磔にされた冒険者達が突然身を捩って苦しみ出す。


『ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!?』


 絶叫が響く中で、1人、また1人と気づき始める。


「おい……なんだあれ」


「煙か?」


「いやよく見ろよ、あれは………瘴気だ」


 アギトは可視化出来るほど濃密な瘴気を、冒険者はの手足の先にまとわりつかせていたのだ。


 見ている者達は知る由もないが、まとわりついている瘴気には、濃厚な『悲しみ』と『怨み』、そして『怒り』が込められている。


 パチン


 磔にされている冒険者の指が、歪んで弾け飛んだ。


「ぐぅぅぅ!!!」


「早く答えな。 今なら治してやるよ」


 もがき苦しむ冒険者に向けられたアギトの冷酷な瞳は、死が迫っている事実を突き付ける。


「………トスだっ……」


 1人が何かを叫ぶが、他の冒険者の絶叫に掻き消されてしまう。


 アギトは煩わしそうに他の冒険者を防音の結界で隔離すると、瘴気を薄める事無く尋問、いや拷問を続ける。


「誰って?」


「マルズロ・ヘトスだ!!」


 その瞬間、磔にされた冒険者らをそのままにアギトの姿が消えたかと思えば、一瞬遅れて国軍側の拠点から破壊音が響く。


「………まさか」


 誰かの呟きは、この場の誰もが想像した状況であり………間もなく事実に変わる。



 ガラガラガラ……


 ボスッ



 鉄が引き摺られる音と、柔らかい物を殴ったような音が交互に鳴りながら近付いて来る。


「ゲッフ!」


 闇から現れたのは、土まみれになりながら転がってきたマルズロであった。


「ゲフッ」


 100キロ以上はあるであろうたるんだ巨体が宙を舞い、ベシャと地面に叩きつけられる。


「き、貴様! 離せ!」


 その向こうから姿を見せたのは、近衛兵と思われる甲冑を着た兵士を10人以上ツタに繋いで引き摺る、アギトであった。


 ドリブルするようにマルズロを蹴っていたアギトだったが、一際強烈な蹴りが炸裂して脂ぎった身体が高く跳ねた。


「グフッ!」


 ゴロゴロ転がったマルズロがぶつかったのは、冒険者達が磔にされている足元だ。


 マルズロはグッタリしていたが、アギトが刺すような蹴りを入れて叩き起す。


「ふざけたまねしてくれたね」


 静かに声を掛けるアギトの激怒に、愚かなマルズロは気付かなかったらしい。


「ぶ……無礼であるぞ! 冒険者の分際でグッ!?」


 醜く肥えた腹に、再び蹴りが刺さる。


「次話を逸らしたら足没収ね。

 で、こいつらから聞いたけど、お前の命令らしいね。

 でしょ?」


 アギトが瘴気を取り除いた事で、呼吸を整えていた冒険者達が、磔になりながらも顔を上げる。


「そうだ! マルズロにアギトを痛めつけろって言われて、手を出しやすそうなあの小娘を狙ったんだ!」


「呼び捨てなど無礼であるぞ!」


「話逸らしたので足没収です」


 アギトはマルズロの膝を踏み抜き、切断する。


「ぎやぁぁぁぁグッ!?」


「うるさい。

 で、事実なの?」


 蹴りを叩き込まれ、恐怖を増長させられてようやく、マルズロは顎の脂肪を重ねて頷いた。


「だってさ。 こいつらは好きにしていいよ」


 アギトの声に振り返ると、外の見張りをしていたディカが、騒ぎを聞き付けてやって来ていた。


「俺に痛い目見せようとして、リーチェを狙ったみたいよ。

 ムアが守ってくれたから無傷だったけど」


「……ほぅ。 舐めた真似をしてくれたな」


 鋭い眼光と場を支配する濃厚な『気』に、磔にされていた冒険者も、マルズロも騎士達も息を飲む。


「ファ……ファルシュ!! 私を助けろ!!」


 マルズロの掠れた情けない声に、帰ってきたのは溜め息だった。


「お前のお守りは私の仕事では無いし、そもそも私は冒険者協会の依頼を受注しただけだ。

 お前は雇い主でもなんでも無い。

 ましてや私怨での行動のツケの面倒を見るつもりも無い」


 ハッキリ断言したファルシュは手短な椅子を寄せると、優雅に足を組んで腰掛けた。


 静観を貫く姿勢を顕にしたファルシュを睨みつけるマルズロのもう片方の足を、アギトが躊躇無く引きちぎる。


「ヒィ、ヒィィグッ」


 悲鳴が再び蹴りで封じ込められる。


「ヘトス家を、我がヘトス家を敵に回す事になるぞ!!」


「そりゃ怖い」


 表情をピクリとも動かさず返すアギトに、マルズロは勢い付く。


「今命乞いをすれば、口くらいなら聞いてや…」


「怖いから根絶やしにしようか」


「……え?」


 言っていることが理解できなかったマルズロが、間抜けな声を漏らす。


「お前を媒体に、血族全員に呪いをかけて殺すとしよう。

 たとえそちらで防御策を講じたとしても、お前の身柄さえあれば俺は呪いを送り続けられるし」


 頭を掴もうと伸びてくるアギトの手に、マルズロは後退る。


「ひ…」


「俺は臆病なんだよ」


 闇より深い底無しの瞳が、牙のマスクから覗いている。


「やめ……」


「不安の種があったら夜も眠れなくなるくらいにね」


 マルズロの声は、ガチガチ鳴る歯の音に混じって窄んでゆく。


「お前が末代だ」


「お待ち下さい!!」


 アギトの前に立ちはだかったのは、小柄な老婆であった。


 覇気も何も無い老婆が、息を切らせながらもアギトの目を真剣な瞳で見つめる。


 だがアギトは無情であった。


「ひっ、ぐぅぅぅぅ!?」


 老婆は突然胸を抑えて蹲る。


 顔を真っ白にし、全身から脂汗を流しながら何度も咳き込んだ。


 アギトは、老婆の恐怖の感情を爆発させるように膨らませ、それを一気に取り除いたのだ。


 ジェットコースターのような感情の起伏は、老体には酷なものであった。


 障害が取り除かれたアギトは、再びマルズロに歩を進める。


「待って!」


 次に立ち塞がったのは、何とリーチェであった。


「危ないから…」


「えいっ!!」


 バチィン………


 容赦無い挟み込みビンタが、アギトの両頬を強かに打った。


「い、痛ぁ……」


 ビンタは頬よりも心にショックを与えたらしい。


「……戻った?」


 自分でやったビンタの威力に苦笑いしつつ、リーチェはアギトの両頬に手を添える。


「……俺は正常ですが」


「じゃあもう1発…」


「戻りました!」


 降参と言わんばかりに手を上げるアギトだが、ふと顔を覆っていたマスクが無い事に気付く。


「ガウ」


 ボスッと後ろから小突かれて振り返れば、ムアが霧にマスクを浮かべている。


 そしてようやくアギトは、周囲の様子に気が付いた。


「……あらら、俺やっちゃいましたか……」


 誰もが怯えを顕に、アギトを見ていた。


 いや、1部の親しい者は安堵の苦笑を浮かべていたが。


「アギト、その程度にしておけ。

 マルズロを治してくれれば、後はこちらでどうにかする」


 グレイが恐れる事無くアギトの肩に手を置く。


「………分かったよ。 悪ぃ」


「少し頭を冷やしてこい」


 アギトはドスッと枝を冒険者とマルズロ、兵士達に突き刺すと、メキメキ音を立てながら乱暴な治療を施した。


『ぎゃぁぁぁ!!?』


「………アギト」


 グレイの咎める視線にアギトは顔を逸らす。


 それどころか、マルズロの髪を引っ掴んで持ち上げると、耳元で囁いた。


「次は殺す」


「グヒッ!?」


 涙と汗の鼻水でグチャグチャのマルズロは、アギトの手が離れるとテディベアのように足を投げ出してへたりこんだ。


「アギト……」


「……いいでしょ、これくらい。

 嘘は着いてないんだし」


 それの何が良いのかは、アギトもグレイもよく分からないが。


「「あ」」


 そんな2人の横を、ムアがノシノシと通り過ぎる。



『ガァオン!!!!』



 それは、激怒の咆哮でだった。


 直撃を食らったマルズロは、口を鯉のようにパクパクさせながら、ゆっくりとひっくり返る。


「はぁ。 行こ」


「ガウゥ!」


 怒り冷めやらぬムアとアギトは、ディカ達を連れて自らの寝床へ帰って行くのであった。

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