瘴気の森
翌日の探索は中止となった。
昨日の探索で怪我人を出し過ぎた為、急遽作戦会議が行われる事になったのだ。
そんな会議に医療班の1人としてお呼ばれしていた俺だったが、凄腕の治癒魔法使い達の間で飛び交う専門用語に着いて行けず、お人形をしていたのであった。
怒鳴り合いながらも意見を交わす軍人や治癒魔法使いを眺めながら、ムアを撫で撫でする。
「……お腹空いたねぇ」
「ガウゥ……」
喧騒も慣れれば子守唄だ。
現に国軍の代表である汚豚は、会議に加わらずに船を漕いでいた。
人はやかましい音に目が覚めるのでは無く、環境の変化に起きるのだと何かで聞いた事がある。
昨日名前を知った汚豚、マルズロ君には最後の最後まで静かにしていて貰えればそれに越したことはない。
会議に参加しない事がマルズロに出来る最大の貢献である。
対して他の領主様達の勤勉な事よ。
魔法使いを1人手元に置き、分からない内容が話されればその都度確認しているのだから。
俺?
とっくの昔に置いてけぼりである。
だが話だけは聞いていたので、たった今出た結論は何とか理解出来た。
俺が復興派に配ったひょうたん水筒の口を大きくして、酸がかかった患部を洗い流す応急処置が提示されたのだ。
さて、そうなるとどうやって試そうかとなる訳で……
暖かい会議室から外に出た俺達は、リニーウ軍、バルガルフ軍、セトナート軍に見守られながら、リザードマンの解体を行っていた。
俺が生やした樹木でリザードマンを吊り下げ、そのまま魔法でサクサク解体してゆく。
やがて取り出されたのは、パンパンに膨れた水袋であった。
中には兵士や冒険者を苦しめた酸がタップリ入っている。
「ほい、じゃあかけるよ」
酸袋を傾けると中から黄緑色の液体が溢れ、俺の腕に落ちた。
何とも無いな?と思った直後に焼け付くような痛みが走り、皮膚が泡立つ。
「み、水をかけます!!」
ヒョウタン片手にスタンバっていた若い兵士が声を裏返させながら、必死の形相で俺の手を洗い流す。
ヒョウタン丸々1本分を使い切った兵士は、汗だくになりながら荒い息をしていた。
彼には少々刺激が強すぎたらしい。
対照的に逞しいのは医療班である。
「ほれ、好きに見るといい」
俺がズイと腕を突き出すと、餌にでもありつくかのように群がって観察し始める。
「今の短時間でどれくらい酸が浸透したのか確かめたい。 触れてみても?」
「どーぞ」
ピンセットのようなもので傷口をつつき、「おおぉ……」と声を上げる医療班達。
楽しそうで何よりだが、周りの兵士達はドン引きである。
様子を見に来たリーチェが俺の解剖されかけてる傷口を見て卒倒しかけ、ディカとムアに支えられているのが見える。
昨日治療に当たっている時は大丈夫そうだったのだが、あれは忙しさで感覚が麻痺していたのかもしれない。
「ありがとう、十分だ」
「ご満足いただけたようで何より」
俺が皮膚や筋肉を一瞬で作り直すと、野次馬をしに来た冒険者達がどよめく。
向けられる視線は、紛れもなく恐怖だ。
それも強大な力に向ける恐怖とは違う、アイツやべぇわ……の恐怖である。
その後、俺の体を張った実験のかいあってか、そもそも酸を被らないように対策を立てる事になったようだ。
今は小隊に1人以上結界師を配置し、常に結界の中で戦う方針で進めているらしい。
これにて御役御免となった俺は、再び怒鳴り合う声を背に会議室を後にする。
屋外の団欒スペースの片隅でリーチェに寄り添うムアとディカに声を掛けた。
「ただいま。 大丈夫だった?」
「う……うん……」
リーチェは俺の腕に触れると、恐る恐る撫でて無事を確認する。
「怖かった……」
「ごめんごめん。 ちょっとアレはグロかったね」
「思い出させないで」
青白い顔をしなからキッと睨むリーチェをなだめていると、ディカも俺の腕をヒョイと掴んで観察する。
「ほー、綺麗に治るもんだな」
「命ある限り何時でも五体満足よ。 死ぬ事以外はかすり傷ってね」
俺にとっては文字通りの意味である。
「痛くなかったのか?」
「痛いっちゃ痛いけど、情報って割り切ればそんなよ」
「頭おかしいよ……」
「ガウ」
テーブルに突っ伏して悪態を付くリーチェに、ムアがルレック飴を差し入れる。
「ムアちゃんありがと……」
リーチェはルレック飴をゴリゴリ齧ると、今度はムアに上半身丸ごと埋まった。
しばらくはダメそうである。
「ディカ、リーチェを俺のテントに連れてってあげて。
……ディカ?」
鋭い視線の先を辿ると、少し離れた場所にファルシュが立っていた。
悪意は感じなかったので手招きする。
「おい」
「大丈夫大丈夫。 それに他所の金級同士が話す機会なんて滅多に無いんじゃない?
これも何かの縁だって」
「お前なぁ……」
諦めたように頭を搔くディカ。
だってねぇ、こんな大物が2人も揃ったらどんな会話するか気になるじゃない?
テレビのCMに流れていた『あの超大物芸能人が夢のコラボ!!』などの見出しには一切心惹かれなかったが、今なら気持ちが少し分かる。
いつも通り黒1色装備のファルシュは、ディカと俺に交互に視線を向けてくる。
「大丈夫だから大人しく座りな。
挙動不審だよ」
「なっ……」
ファルシュはジロリ俺を睨んだが、おずおずと席に付いた。
「先程のあれは大丈夫だったのか?」
「皆同じ事聞いてくるね。 ほい」
再び腕を差し出し、よく観察してもらう。
「……凄いな。 昨晩も見たが、綺麗に治っている」
「昨晩? どう言う事だ?」
ディカは眉をひそめ、冷たい視線を向けてくる。
「昨日、あー……知り合いの治療にコソッと行った時、道中で会って固有能力の事とか話したんだよ」
「……そうかよ」
ディカさん怒ってらっしゃる。
確かに、初遭遇で殺し合った相手と2人っきり、しかもムアが居ない状況で戦ったら十中八九負ける相手と一緒に居たと聞けば、無警戒に思われるかもしれん。
怒りは心配の裏返しだと聞いた事があるし、黙って行ったのは心配させてしまったか。
「1人で行ったのは謝るよ。
でもファルシュは大丈夫だって分かってたし、それに友人が手遅れになってたら嫌だったからつい」
我ながら狡い言い方である。
「………」
俺にジト目を向けたディカだったが、諦めたように溜め息をついた。
「今度からはあたしも連れてけ。
ファルシュはともかく、お前はもしあのバカ貴族に絡まれたら手を出しかねないだろ。
いいな?」
「分かった。
心配かけたね」
「ったく……」
鉾を収めてくれたようで一安心。
「あ、ファルシュもどーぞ」
見てるだけも可哀想なので、ルレック飴を差し出す。
「いただこう」
「あたしも貰うぜ」
それぞれヒョイと摘み、口に放り込む。
「……美味い」
「だろ。 アギトが作ったんだ」
さも自分の事のように自慢するディカに気恥ずかしさを覚えつつ、しかし満更でも無いので黙って頷く。
「これも固有能力で育てたのか?」
「うぬ。 ここら辺に建ってる植物ハウスと同じように、ルレックの実を育てたんだよ。
あ、いずれあの豚貴族……マルズロの耳にも入るだろうけど、今はあんまし言いふらさないでくれると嬉しい」
「分かっている。 奴の事だ、再び勝手な命令をするのは目に見えているからな。
しかし先程の口ぶりからして、隠す気はあまり無いのだな?」
不思議そうに聞いてくるファルシュに頷く。
「下手に隠して身動き取りにくくなるくらいなら、ディカやファルシュみたいに、簡単には命令出来ない存在になろうと思ってね」
これは『瘴気や悪意を吸い取り力に変える固有能力』についてもそうだ。
その答えを聞き、ディカは優しい瞳を俺に向けた。
「お前が決めたのならそれでいい。
手に負えなくなったらあたしの所にちゃんと来いよ」
「はーい」
するとそこへ、タイミングを測ったかのようにリニーウ軍の兵士がやって来た。
「ディカさん、明日の軍の展開についてご意見が頂きたいのですが、今からよろしいですか」
「分かった。
それじゃあたしは行くよ。 リーチェは……ダメそうだな」
「………」
ムアに突き刺さったまま動かないリーチェは、どうやら眠ってしまったようだ。
「ガウゥ」
「ああ。 ムアに任せておけば心配無いか」
リーチェはムアが俺のテントに運んでおいてくれるらしい。
兵士と去ってゆくディカを見送りつつ、さて俺はどうしたものかと考える。
「ガウ?」
今日は一緒に休む?と聞いてきたムアに甘えようかとも思ったが、1度引きこもればそのまま一日が潰れるのは地球で何度も繰り返していたので考え直す。
「俺は近くを散歩してくるよ。
夕方までには帰るわ」
「ガウッ!」
ムアはリーチェを担ぎ直すと、悠々と人混みを割って消えていった。
「さて、ファルシュはどうする?」
「同行しても構わないのであれば私も行こう」
「おけい。 てかファルシュも今日暇なんだ?」
席を立ち、周囲の視線を集めながら歩く。
「ああ。
実を言えば声はかけられていたんだが、医療方面の知識の浅い私が行った所で役に立つとは思えないからな。
どうせ威を借るつもりだったのだろう」
「お、なら今は活躍出来るかもね。
さっきディカを呼びに来た話聞いてただろうけど、方針が変わって『応急処置をどうするか』から、『そもそも酸を浴びない立ち回り』をになったみたいよ?」
それを聞いてファルシュは顎に手を当て考える。
「ならばもしかしたら私もディカ殿と同じように、兵士が呼びに来た可能性もあるのか」
だがその可能性は薄いだろう。
「いやー、マルズロ君爆睡してたからお呼びにならんと思うなー」
容易に想像できたのだろう、ファルシュは頭痛でもするかのように眉間に皺を寄せる。
「あの愚か者はどこまで恥を晒せば気が済むのだ……」
「今からでもリニーウ軍経由の依頼に鞍替えするかい?」
当然そんな事をすれば冒険者としての評価は落ちてしまうのでしないだろうが。
ファルシュはいたずらっぽく目尻を細めて笑った。
「ありかもしれない。
……ってアギト。 どこに行くつもりだ?」
「どこって、近くを彷徨くだけだよ。
あ、中じゃなくて外の近場を散歩しようって意味だったんだけど……」
あちゃー、これは俺の説明不足だったな。
だが俺だって何の根拠も無く、外に着いてきてくれると考えていた訳では無い。
「でもファルシュ、今装備持ってるでしょ?」
ファルシュの腰にある、口の大きさの割に底の浅いポーチ。
あれは底無し袋だと踏んでいたのだが。
「確かに装備は常に持ち歩いているし、構わないが……アギトにとっての散歩について、詳しく聞かせて貰いたいところだな」
ファルシュは大鎌を引き抜き、グワンと風を切るのであった。
●●●●
ゲル浄化作戦の拠点を後にした俺とファルシュは、昨日の作戦で確保された道を歩いていた。
「こっちがゲル方面なんだっけ?」
「ああ。 道を伸ばすように安全地帯を広げつつゲルに到達し、ダンジョンの核を討伐するのが今作戦の最終目標だ」
「まだ始まって2日目とは言え、こうも出鼻をくじかれると先が不安になってくるね。
冬開けるんとちゃう?」
「もしそうなればリザードマンの動きは今まで以上に活発になるだろうな。
奴らは寒さに弱いから、今はまだ大人しいだけだ」
あ、やっぱりそうなんだ。
爬虫類丸出しのリザードマンは雪の中なのに元気だなぁとは思っていたのだ。
聞けばこれも陽神の加護の影響らしく、普通のリザードマンはこの時期は冬眠しているそうだ。
「でもそんなに強い加護を貰えるんなら、人も同じ事を考えそうだけどねぇ。
地下都市作って崇めて加護ください、みたいな」
「事実、過去に同じような事を考えて地中に都市を作り、滅んだ文明があるらしいぞ」
「滅んじゃったんだ?」
「いつまで経っても加護は得られず、それどころか掘り進めた先でダンジョンを目覚めさせて一夜にして滅びたと、かつて御伽噺で読んだ事がある。
恐らく実話だ」
あらら。
「それってちなみにどれくらい前の話?」
「500年か600年近く前の話だったはずだ。
私はまだ70と少ししか生きていないから、遥か昔の事だな」
よし、多分ライデン知ってるわ。
脳内のいつか聞くことメモに追加しておく。
「そういえばアギトも異界の民なのか?」
「っ、とぉ!?」
不意打ちの質問に、思わず空を踏んで転びかける。
「はぁ……どうしてそう思ったの?」
平静を装って聞くと、ファルシュは視線を逸らしながら申し訳なさそうに口を開いた。
「……昨晩、あの後少し様子を見ていたんだ。
その時にお前が知らない言葉を話していたから、もしかしたらと思って……。
内容までは分からないぞ」
言い訳がましく付け足すファルシュに、怒ってないよと落ち着かせる。
「正解。
俺も国軍といる異界の民と一緒に落ちてきてね。
でも俺だけバイコーンに追っかけ回されてはぐれちゃったんだよ。
あ、聞きたい事があったんだった。
異界の民って国軍ではどんな扱いになってるの?」
俺の質問にファルシュは少し唸って答える。
「私自身、国軍と親しくしている訳では無いから分からないのが正直な所だ。
だが耳に届く限りでは、興味はあるが恐れているような印象を受ける」
「ほう、詳しく」
ファルシュ曰く、貴族が異界の民に対して付かず離れずの距離で関わっているのが、そもそも憶測の出処らしい。
貴族は手元に置いてこそいるものの、どこか恐れているかのように異界の民を扱い、それが原因で兵士達も異界の民と距離を置いているようなのだ。
「彼らに加わるのか?」
「いんや。
もし俺が異界の民だってバレた時、国軍はどう出るのかなーって疑問に思っただけ」
俺の言葉にファルシュは笑う。
「お前なら国軍に従えと命令を下されても、何の躊躇いも無く断りそうだな。
アギトと関わってまだ間も無いが、お前ならやりかねないだろう?」
「よく分かってんじゃん。
てかファルシュはどうなのさ。
トラモントの金級冒険者筆頭って言った割には、お貴族様にツンケンしてるけど」
「言っただろう? 私はトラモント王国に仕えていると。
今回のゲル浄化作戦に参加したのも、マルズロに力を貸すのでは無く、ダンジョンの決壊を放置してトラモントに悪影響を及ぼす恐れがあったから来たのだ」
「あら、裏表が無いね。 てかファルシュがトラモントに仕え始めたのって50年くらい前だっけ?
何がきっかけでこの国に仕えようと思ったのさ」
「………そう言えば誰にも話した事は無かったか。
いいだろう、聞かせてやろう」
ファルシュは降り始めた雪に目を細めながら語り出した。
今から約50年前。
当時のトラモントの王、グレーザの政権は、彼が崩御するまで続いた。
『種まきの王』と陰口を叩かれた彼だったが政治において右に出る者はおらず、そんな彼の統治下でトラモントは大きく発展した。
そんな頃、フリーの冒険者をしていたファルシュは依頼で辺境貴族の娘、レミニールと出会う。
体の弱いレミニールが王都のムナルイン学園に通う際の護衛に選ばれたのだ。
当時のファルシュは俺より苛烈で、敵対すれば相手が誰であろうと灰に変えてしまうほど血気盛んだった。
だがそんなファルシュにレミニールは恐れる事無く、親しく関わってくれた。
レミニールと話す機会が多くなったファルシュは、ムナルイン学園の近くである王都に活動拠点を移し、そこで金級にまで登り詰める。
だがそんなある日、レミニールがグレーザ王に見初められた。
ファルシュ不在の間に情事を済ませてしまい、しかもレミニールは子を孕んでしまう。
だがグレーザ王はレミニールを側室にするでも無く、そのまま放置した。
言ってしまえば、遊びだったのだ。
一方のレミニールは心を病みながらも、ファルシュの励ましあって、何とか出産予定日1ヶ月前まで漕ぎ着けた。
そんな時、突然グレーザ王がレミニールのもとへ訪れる。
要件は『腹の子を降ろせ』と言うふざけたものだ。
ちょうど居合わせたファルシュは、当然激怒した。
護衛に引き連れていた騎士ら30人以上を皆殺しにし、グレーザを殴り飛ばして大鎌を突き付け、側室に入れる事を誓わせたのだ。
これにはグレーザも度肝を抜かれ、レミニールとファルシュに一切強く出れなくなった。
こうして今のファルシュの地位が確立されたのだ。
「………やってんねぇ」
個の質が数に圧勝してしまう、この世界ならではの話だ。
「あの時は若かったとは言え、今でも刃を振るった事に後悔は無い。
たらればだが、私がずっと側にいてあのクズを近寄らせ無ければとは思っているが」
ジワ……とファルシュから熱気を覚える程の怒りを感じる。
「でもそんな事があったんなら、むしろトラモントを恨みそうなもんだけど」
「事実、私も一時期トラモントを嫌った。
だがレミニールは違ったんだ」
側室としての立場こそ手に入れたものの肩身の狭い思いをしていたレミニールの元へ、ファルシュは足繁く通い、友として有り続けた。
やがて元気な男児が生まれたが王宮内は陰湿で、王の子が生まれたと言うのに乳母すら付けられず冷遇されていた。
しかしファルシュは、レミニールを冷遇するよう根回しした第2夫人にパーティーの場で張り手をかまし、
『お前のような化粧の粉まみれの息がかかった奴など、清く美しいレミニールの毒になる』
と一喝したのだとか。
それも、グレーザ王の目の前で。
肝心のグレーザ王はファルシュのトラウマがしっかり刻み込まれており、震えるばかりだった。
こうしてファルシュの立場が民にも貴族にも浸透したある日、レミニールが体調を崩し始める。
しかも間の悪い事にグレーザ王も病で倒れ、王政に陰りが見えてきた頃の事であった。
水面下で始まった後継者争いに自分では息子を守りきれないと感じたレミニールは、当時16になっていた息子を後釜争いから遠ざける為に身分を隠させて逃がしてしまった。
それも、ファルシュへの相談も無しに。
相談も無しに息子を逃がしたレミニールに、当然ファルシュは詰め寄った。
だがレミニールは初めて出会った時と変わらず、柔らかく微笑んで言ったのだ。
『貴女が味方をすれば、あの子は王になってしまうでしょう?
外の世界が危険なのは分かっているわ。
だからファルシュがトラモントより良い国にしてくれれば、あの子も安泰ね』
レミニールは、己の死期を悟っていた。
悟っていてなお我が子の為に。
そして自分がいなくなった後の目標を、友に与えたのだった。
『私はこの国が好きよ。
色んな欲が渦巻き、例え歪であっても、存在しているからにはきっと誰かがそうやって望んだからそこにあるんだもの。
人が思うから価値が生まれるのなら、私が見ている景色が全て金貨に変わったとしても、遠く及ばないくらい素晴らしい物よ』
ファルシュは歌うように呟く。
「レミニールは、見るもの全てに価値を見出す天才だった。
彼女が見ればそれだけで全てが素晴らしい物に変わった」
ファルシュは先程より白い息を吐いた。
「だから私は、他の何物でもないトラモントに仕えているのだ」
………これがトラモント王国金級冒険者筆頭、滅炎のファルシュか。
俺が黙っているのに気付いたファルシュが、心配そうに顔色を伺ってくる。
「……すまない。 話しすぎたか」
「いんや。
ファルシュがそんなに大切に思っている国なら、そう悪くは無いのかもなと」
俺の言葉にファルシュは苦笑する。
「今の王都を見れば、胸を張ってそうとも言いきれないのが悲しいところだ。
本音を言ってしまえば、私にとって美しく見えたのは今でもレミニールだけだ。
………トラモントに仕えているとは言ったものの、実際は私が見ていた強く美しいレミニールを守りたいだけなのかもしれないな」
自嘲気味に笑うファルシュだが、別に俺は何とも思わない。
「人なんて結局そんなもんでしょ。
どれだけ御託を並べようと、主観で判断するしか無いんだから。
それにレミニールさんの言葉を借りるのであれば、ファルシュが今も大切に思っているからこそ、思い出にも価値が付くんじゃない?
なら守ってて恥ずかしいもんじゃ無いでしょうよ」
ファルシュはしばらくポカーンとしていたが、フードを被ると俯いた。
「……そうか………確かにそうかもしれないな……」
フードの縁を握る手が震えているのに気が付き、視線を逸らして1歩離れる。
これ以上踏み込めば無粋だろう。
暗く曇った森の中で、降りしきる雪が淡く輝いて見えたのだった。




