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同級生

 乱れた髪を結び直しながら、忙しなく働く兵士達を掻き分けて進む。


 ディカにラリアットからのベアハグを食らった俺は、1人で国軍拠点に遊びに来ていた。


 もっとも、日が暮れそうになっていると言うのにテントなどの設立は終わっておらず、到底拠点とは呼べない有様なのだが。


「こいつら夜ちゃんと寝れるんかしら?

 なぁムア」


「ワゥ?」


 さぁ? とでも言いたげな声が、俺の首のモコモコマフラーから聞こえてくる。


 この真っ白モコモコマフラーは、今はマフラーの気分のムアである。


 牙のマスクを霧に飲み込み、代わりにムアが居座っているのだ。


 ぶっちゃけマフラーにはデカすぎるので鼻の上まで隠れてしまっているが、最近はガッツリ触れ合う機会も無かったから好きにさせてやろう。


 注目を集めながらウロウロしていると、馬車の影に腰掛けている1人に目が止まった。


「級長がサボってていいの?」


「おわっ!」


 声をかけると、級長こと羽鳥春馬はずり落ちんばかりに驚いて振り返る。


「何だよ、多岐か……」


「何だとは何だ」


「それに俺はもう級長じゃないって言ってるだろ?」


「俺の中では永遠の級長だからね」


「何だそれは。 ともかく、久しぶり」


「久しぶり」


 言ったはいいもののどう挨拶したものかと考え、社交辞令よろしく握手をする。


 俺と級長の関係はこんな感じである。


 ウェーイ!とハイタッチコンボのコミュニケーションを取ったりはしない、ただのよっ友だ。


 だがお互いの在り方にそこまでブレが無いせいか、不思議な信頼関係がある。


 ………あるといいなぁ。


 これで片思いだったら泣こう。


「で、そっちは順調そうだね?」


 俺が指さしたのは、級長の着ている軽鎧だ。


 デザインは国軍の物だが、肩に他の兵士とは違う刺繍が象られている。

 

 これが意味する事はつまり……


「俺達、異界の民だけで構成された部隊なんだ。

 名前は『アモン』」


 聞き覚えのある名前に首を傾げる。


「アモン? 悪魔の?」


 アモンについては詳しく知らないが、確か人との縁の悪魔じゃなかったっけ?


 縁を切ったり繋いだりみたいな力を持っていて、いてもいなくても変わらんやんけと思った記憶がある。


 だがそうでは無いらしい。


「悪魔? 俺が言ってるのは当て字の『亜門』だ。

 亜空間から現れた俺達の部隊にピッタリだろ」


 それを聞いて納得する。


「だから現代アートみたいな刺繍になってんだ」


 級長の肩の刺繍は、まるでガラスが割れたかのようなデザインになっていたのだ。


 ぶっちゃけ鎧にその刺繍は、明治の紋付袴にシルクハットみたいな印象を受けるが、水を差すのもやめておこう。


「この刺繍はクラスメイト全員で意見を出し合って、1番票が多かったこれが選ばれたんだ」


「へー、楽しそうじゃん」


「だろ。 来るか?」


「暇だったら行くわ」


「絶対来ないやつじゃねぇか」


 俺と級長が地球トークでゲラっていると、馬車に腰掛けていた中年男性がオズオズと挙手した。


「どうぞ」


 発言を許すと、中年男性は恐る恐る俺の顔を見る。


「……多岐、希君?」


「久々に呼ばれたねその名前。

 そうです。

 私が多岐希くんです」


 このままドジョウ掬いでもしたろかと考えたが、中年男性もとい、担任の先生の真剣な表情に踏みとどまる。


「まず俺が誰か分からないだろう。

 金城真守だ。

 本来なら君の担任になっていた」


「では改めまして、多岐希です。

 こっちじゃアギトを名乗ってるけどね」


「アギト?」


 首を傾げる級長に、ムアマフラーを解いて牙のマスクを着けて見せる。


「うわ、前にも見たけど禍々しいな……。

 って、牙のマスクだから顎かよ。

 安直だな」


「安直とは何さ、これ以上しっくり来る名前も中々無いでしょうに」


 咄嗟に名乗った割には良い名前だと思うが。


「それにしても、多岐の奇抜さは異世界に来ても浮くな。

 真っ黒な和服なんて着てるのはお前くらいだろ」


 良くぞ気付いてくれました!


「これは俺の固有能力に合わせて、袖口とかを広く作ってあるんよ。

 オシャレでしょう?」


「待ち合わせ場所にはピッタリだろうな」


「場所て」


 人ですらないんかい。


「てかサボってて大丈夫なん?」


「そろそろ戻るよ。 歩きながら話そう」


 ゆったり歩き出す級長を、大きくなったムアと俺が追う。


「そのモンスターって、聞きそびれてたけどアギトの使い魔なんだよな?」


「ムアだよ。

 使い魔ってか相棒かな。

 俺より強いし、もしかしたら俺より賢いまである」


「ガウ」


 振り返ってムアの顔をまじまじと見つめた級長はフッと笑う。


「確かに、お前より賢そうだ」


「ガウッ!」


「おい、そこは俺を持ち上げろよ」


「ガゥガゥァ」


 自信満々に返事をしたムアを揉みくちゃにしてやると、ふてぶてしく、嘘は言えないもん、と文句を言ってきやがる。


 いつの間にかこんなやり取りすら出来る程、ムアが人間臭くなっていたとは。


 沢山話しかけてはいたが、正直ここまで話せるようになるとは思ってもいなかった。


「凄いな、言葉が分かるのか?」


「何となくね。

 翻訳は時間が教えてくれたので」


「ガウッ」


 返事をする俺とムアに、級長はしみじみと呟いた。


「お前が1番異世界らしい体験をしてるんじゃないか?」


「確かに、ファンタジーは肌で感じてるかも」


「そうか……多岐君はムアが居たから、乗り越えて来れたのか」


 聞こえてきた声に振り返れば、そこには空気と化していた金城が着いてきていた。


「あ、すまん。 水を刺したな」


「構わんすよ。 こっちこそ、せっかく挨拶したのにまともに喋って無かったですし」


「いいんだいいんだ。

 むしろ、羽鳥君がこんなに楽しそうに話している所を見るのは珍しかったから、つい見入ってしまったんだ」


「そうなの?」


 と、ストレートに級長に聞くと、返ってきたのはため息混じりの「そうかもしれない」だった。


「どしたん、話聞こか?」


「マッシュにしてから言えよ」


 級長は少し笑うと、重い口を開き愚痴りだした。


「俺達異界の民の『アモン』あるだろ。

 そのリーダーが俺なんだけどさ、なんて言えばいいかな……皆積極的に動かないんだよ。

 口では色々言うのに、それを国軍に伝えるのは全部俺の仕事なんだ」


「まーた中間管理職みたいな事してんねぇ」


「だけど積極性が無いからと言っても、自分達の立場の危機感だけはあるらしくってさ、恐怖に駆られてか色々要求して来るんだよ。俺に。

 ったく、自分で言えっての」


「可哀想に。 で、実際どんな要求が上がって来んのさ」


「それがな……」


 酒があったら煽ってそうな級長の話を聞きながら、歩調を遅くしてダラダラ進む。


 懐かしいな。


 地球にいた頃にも、級長は俺に意見を求めつつ愚痴りに来たっけ。


 級長のように八方美人していると迂闊に愚痴も漏らせないらしく、クラスメイトと殆ど関わりが無かった俺の席に来ては、こうして文句を聞いてやっていたのだ。


 級長の愚痴はこちらの世界に降りてきた時まで遡る事から察するに、相当溜め込んで来たのだろう。


 数少ない友人をハゲさせるのも可哀想なので、聞きに徹してやるとするか。


 話しながらモタモタ歩いていると、少し先に見慣れた顔立ちの連中が見えてくる。


「おー、日本人だ」


「話してくか?」


「いやいいよ。 俺が行った所で、誰こいつってなるだろうし」


「そんな事無いぞ。 むしろ1人…」


「アギト?」


 背後から聞こえた声に振り返ると、そこに居たのはラグニィであった。


「知り合いか?」


「同じリニーウ軍の冒険者だね。

 また話そうぜい。 浄化作戦中は顔合わせる機会まだまだありそうだし」


「それもそうだな。 じゃあ、また」


「うい」


 級長に別れを告げ、ラグニィの元へ走る。


「どうしたんですか急に。

 ひょっとして難癖付けに行ってたんじゃないでしょうね」


「あるとしても絡まれる方が可能性高いだろ」


 全くもって失礼な奴である。


 ってそうじゃなかった。


「ラグニィに話しとかなきゃいかん事があったんだよ」


 俺がそう言うと、ラグニィは直ぐに思い当たったようだ。


「その服……というか、布の事ですか」


「うん。 ディカからは何て聞いた?」


「年頃だから指摘してやるな、と聞いてます」


 ディカァァァァ!!!


 時間差でとんでもない爆弾を仕込んでくれたものである。


「弁解を聞かせてください」


「いいとも。 俺の名誉の為にも説明させて貰おうか」


 という事で、俺の固有能力を熱を込めて説明したのだが、ラグニィの反応は淡白なものだった。


「へー。

 それってダンジョン決壊みたいな状況じゃないと役に立たなくないですか?

 アギトには似合ってますけど」


 似合っとるんかい。


「そんな事無いよ?

 生き物は何かしらで必ず負の感情は出してるけど、それも吸い取れるからね」


「なら生産的な能力ですね」


「生産的?」


 ラグニィの言葉に耳を疑う。


「生産的じゃないですか?

 だってイライラとかも吸い取れるなら、アギトがいるだけで周りの人の作業効率が上がるじゃ無いですか。

 ギニンのギルドにアギトを設置すれば、書類仕事が早く終わりそうですね」


 目からウロコとはまさにこの事であった。


 言われてみれば確かにそうだ。


 日常生活の些細なストレスを俺が吸収してしまえば、作業効率は上がり健康にも良いだろう。


 物騒な能力だと決めつけていたが、言われてみれば良い面もあったのだ。


「ありがとな」


 感謝を込めて、耳当て付きの帽子を被ったラグニィをポスポスする。


「ちょっと、子供扱いしないでくださいよ!

 私はアギトより年上ですからね!」


「あ、じゃあこれはいらないか」


 お菓子もあげようと思ったのだが、そう言うなら仕方ない。


「それは貰います」


 ラグニィは素早く俺の手の中の物を奪い取ると、マジマジと見つめた。


「って、何ですかこれ」


 ラグニィの手の中にあったのは、葉に包まれた携帯食料であった。


「携帯食料。

 作戦中に食べるやつの試作だけど美味いよ」


「へぇ……! では早速…」


「待て待て」


 目をキラキラさせながら葉っぱごと齧ろうとするラグニィを止め、手袋を付けていない俺が包装を破いてやる。


「コホン。 では、いただきます」


 子供じゃない事を思い出したのか、お淑やかに口を小さく開けてフルーツバーを齧るラグニィ。


 だが付け焼き刃は直ぐに吹き飛んだ。


「ーんっ!! 美味しいですね!!

 甘くてカリってしてるのに、モチモチしてます!!」


 ピョコピョコ飛び跳ねるラグニィを、分かった分かったと宥める。


「美味いでしょ。

 それを配る予定。

 味はその内増やそうと思ってるけどね。

 セットでこれもあげよう」


「ガウ」


「わっ、ムアちゃんありがと」


 ムアが渡したのは、以前作ったひょうたん型の水筒だ。


 この2つがあれば、襲われない限り孤立しても暫くは生き延びられるだろう。


「ま、死なない事が最優先だけどね。

 ラグニィも些細な怪我でもちゃんと俺のとこに来なよ。

 瘴気は免疫力を下げるらしいから、ちっちゃい切り傷が化膿して死んだら目も当てられん」


「分かってます。

 むしろそんな危険な瘴気を発する呪物を身に付けてケロりとしてるアギトがおかしいんですよ」


 ラグニィはそう言いつつも、残りの携帯食料をペロリと平らげて俺とムアの後を着いてくる。


「この後予定は無いの?」


「ええ。 さっきまで見張りをしてましたからね。

 明日の朝までお休みなのです。

 なのでアギトから食べ物をたかろうかと思いまして」


「全く……。

 てか外のモンスターはどうだったよ」


「ぼちぼちですね。

 進軍してた時と、襲撃頻度は殆ど変わりません」


 ラグニィはその後、俺の医療テントでちゃっかり飯を食ってから、リニーウ軍の寮に帰って行ったのであった。

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