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厄介者

 翌日の昼頃。


 リニーウ軍、バルガルフ軍、セトナート軍の打ち合わせも終え、今日にでも周囲の探索に乗り出せそうな時に、遂にやって来た。


 国軍のご到着である。


 ドカーンと派手に雪壁を破壊したかと思えば10人くらいの兵士が現れて道の両脇に並び、パッパラパーと演奏を始める。


 賑やかな行進曲に合わせて雪のトンネルから現れた馬車には頭パッパラパーもとい、ハゲデブちょび髭の汚豚さんが乗っかっていた。


「うわ、何あれ……」


 俺の背後で嫌悪感たっぷりに呟くのはリーチェだ。


「人身御供だろうな。

 俺の故郷では人身御供を出す時に、盛大に送り出す事があるんだ。

 流石は国軍のお偉い様だ。

 我が身を犠牲に此度の騒動を鎮めるおつもりなんだろう」


「あほっ……、やめろ……っ」


 ディカが俺の頭を小突きながら、大きな身を屈める。


「しかし供え物にしちゃ脂が乗り過ぎてる。

 あれじゃダンジョンのリザードマン達ですら胃もたれして食い切れないだろうね」


「ぷ、ふふ……っ」


 リーチェは俺の袖を掴みながら、小刻みに震えている。


 2人とも楽しそうで何よりだ。


 しかし国軍連中はこんな場所で騒ぎ立ててリザードマンが来たどうするつもりなのだろうか。


 もしリザードマンが群れを成して襲って来たら、最初に囮にするのはあの汚豚貴族にしよう。


 そう決意しながらパレードを眺めていると、今しがた現れた一団に目が止まった。


 黒髪に黒目の彼らは、制服こそ着ていないが間違いなく日本人だ。


 その集団を観察していると、1人と目が合う。


「お、級長。 やほー」


 手を振ると級長も気付いたようで、驚きながらも手を振り返してくれる。


 その後ろで見覚えのある大鎌を担いだ奴が、手を上げかけて素早く下ろしていた。


「おい、ファルシュがいるぞ……」


「まじかよ……『滅炎のファルシュ』をお目にかかれるとは」


 幸いにも周囲はファルシュの奇行には気を止めなかったようだが、俺には分かってしまった。


 自分に手を振られてると勘違いして、別の人だったってやつだ。


 あ、フード深く被り直してる……可哀想な事をしたなぁ。


 って、ん?


 級長以外にも、俺に視線を向けている日本人が2人目に止まる。


 片方はくたびれたおっさんだから、恐らく先生なのだろう。


 そしてもう1人の女子生徒は……


「……ああ、浜崎さんか」


 そう言えばもう一人おったわ。


 数少ない知り合いの1人に、貴重な女子が1人居たのを辛うじて思い出す。


 日本人らは列に流されて行ってしまったが、後で久々に話せばいいだろう。


 しっかし国軍の列なげーな。


 兵士だけかと思えば冒険者も連れてきているみたいだし。


 長々と続いた運動会のような入場パレードからざっくり計算すると、リニーウ軍らの倍近い数を連れてきているらしい。


「早速食料面で心配になって来たねぇ」


 俺がボヤくと同時に、国軍の前方から怒鳴り声が聞こえてくる。


 何だ何だと人混みを掻き分けて行けば、あの汚豚さんとテルヘロスが睨み合っている所であった。


「だ・か・ら、ここはバルガルフ軍の拠点だと言っているのだ!」


「先に着いておったのだろう!?

 国軍に用意せん方がおかしいだろうが!

 さっさとどかんか!」


「各軍自ら手配して用意してるんだ!

 国軍の土地ならあるからそっちを使え!」


 おーおー、早速ジャイアンしとるやんけ。


 混ざるべきかな〜と考えていたら、後ろからドンと背を叩かれた。


「アギト、ムア、来い」


 振り返れば、グレイはヴァートスと俺達を連れて参戦するつもりらしい。


「へいーす」


「ガウッ」


 グレイ筆頭に俺達リニーウ勢力が顔を出すと、汚豚はムアを見てギョッとした後グレイを忌々しげに睨み付けた。


「グレイ・リニーウ……」


「このような危険地帯での軍事行動で最も重要視されるのは、規律だ。

 我々リニーウ軍、バルガルフ軍、セトナート軍は、それぞれゲル浄化作戦を効率的に行う為に規律を設けてそれを厳守している」


「………」


「しかし突然割り込んで来て、更には遅れて到着したと言うのにこの体たらくでは、今作戦の妨害をしに来たとしか考えられんな。

 遊びに来たのであれば今すぐ帰るといい」


 毅然と言い放つグレイに、汚豚は唸って睨み付けるだけだ。


 だがふとその表情が一変し、さぞ名案を思い付いたように振り返って叫ぶ。


「ファルシュ! 来い!」


 騒めく人混みを割って現れたのは、フードを被っていても分かる程ウンザリした様子のファルシュであった。


 すると今度は、俺の後ろからもどよめきが聞こえてくる。


 振り返れば、意気揚々とディカが現れた所であった。


 ポ〇モン勝負でも始まるんやろかと観戦に浸りかけていたが、ディカに小突かれて俺も戦力の1人だと思い出す。


 ファルシュに向かい合う俺とムアとディカに、周囲は一触即発かと息を呑む。


 しかしファルシュは溜息を付くと体を汚豚に向けた。


「私の受注した依頼に、他軍の拠点を強奪しろとの命令は無い」


「なっ……!? おのれファルシュ、怖気付いたか……!!」


「そもそも手も足も出ない癖に何を言っている。

 顔見せをさせるつもりであれば今ので十分だろう。

 さっさと済ませろ」


 おーう、一刀両断やんけ。


 どうやら、トラモント王国に忠誠を誓っているとの言葉に間違いは無かったらしい。


 国軍最高戦力であるファルシュに振られた汚豚はしばらくこちらを睨み付けていたが、動きそうに無いので俺がこっそり恐怖を煽ってやる。


「ひっ!?」


 今の汚豚には、ただ立っているだけの俺がさぞおっかない存在に見えるのだろう。


 目も合わせずに踵を返すと、ノシノシと自軍へ戻って行ってしまった。


「………誰、あいつ呼んだの」


「呼んどらん。 勝手に来たのだ」


 深い、深ーい溜息が重なるのであった。



●●●●



 国軍が頑張って雪掻きしている間に、リニーウ軍、バルガルフ軍、セトナート軍で対策会議を行っていた。


 議題は言わずもがなだ。


 大きな植物テントに、各軍のトップやその騎士が集まっている。


 リニーウ軍からは領主グレイ・リニーウ、その息子ヴァートス・リニーウに、騎士と、ディカと俺とムア。


 バルガルフ軍からは、テルヘロス・バルガルフと、騎士。


 そしてセトナート軍からは……


「私はカテクト・セトナートだよ。

 進軍中は世話になったね。

 中々礼を言う機会が無くて遅れてしまった」


 口を開いたのは、物腰柔らかな壮年の男性であった。


 髪や髭は一見白髪に見えるが、チラホラ残る地毛から察するに、元から灰色っぽい髪色らしい。


「勿体ないお言葉ありがとうございます。 自分の仕事をしたまでですよ」


 俺が敬語を使うと、周囲の人間が目を疑うように俺を見てくる。


「何さ、俺だって挨拶くらい出来るっての」


 不貞腐れて言うと、グレイがククッと笑った。


「そうなのか?

 初対面のアギトの態度は酷かったぞ、それはもうぶっきらぼうに…」


「分かった、悪かったよ。 で、カテクト・セトナート領主様?」


「階級は一応伯爵だよ。

 それと、私にもグレイ侯と同じように接してくれて構わない。

 君達ばかり仲良さそうだと会話に置いていかれてしまいそうだからね」


 カテクトも心の広い貴族のようだ。


 この世界に来てから既に4人の貴族に会ったが、高慢な貴族らしい貴族は汚豚くらいだな。


「さて、取り敢えずは良い報告だ。

 滅炎のファルシュは、どうやら国軍の鉾になるつもりは無いらしい」


「しかし目的が分からないのは不安要素ですな」


 グレイの言葉に、カテクトが意見を述べる。


「俺が後で聞いてこようか?」


「聞けるのか?」


 ヴァートスが振り向いて問うてくる。


「正直に言うかは分からんけど、何かしらの反応は得られるでしょ。

 それに噂で聞くほど怖い存在じゃ無いように感じたけどなぁ」


 俺が級長に手を振った時に、勘違いして手を振り返しかけてたし。


「それはアギトだからだろ。

 ファルシュのような生ける災害を前にすれば、僕らなんて息を吹きかけられただけであの世行きだ」


 呆れ顔で言うヴァートスに、グレイも同意する。


「以前身分を隠してアギトとディカの模擬戦を見に行ったが、ディカはともかくアギトはとても人間が戦っている姿とは思えなかった。

 そんな勇気の持ち主はお前だけだろう」


 ひ、ひどい……


「ま、あたしかアギトが聞いてこりゃ済むって話でしょう?

 後でちゃちゃっと聞いてきますよ」


 人外認定に打ちひしがれる俺の横で、ディカが話を纏めてしまった。


「さて、俺から1つ話しておかねばならない事がある」


 俺の弁解の余地無く、テルヘロスが話を進めてゆく。


「国軍の物資についてだ。

 先程俺の部下に確認したが、食料を初めとした物資が少なかったらしい。

 部下の見立てでは、節約しても1ヶ月持つか怪しいとの事だ」


「………足りなくなった時は、またさっきの押し問答のやり直しになりそうだねぇ」


 こりゃ頭の痛い問題が出て来たな。


「そこで1つ策があるんだが、それにはまず、アギトの協力が必要不可欠になる」


「ほう? 聞こうか」


 俺が視線を向けると、テルヘロスは頷いて話始める。


「リニーウ軍、バルガルフ軍、セトナート軍で食料を一括で管理するんだ。

 その名目で、足りない食料は国軍の目の届かない所でアギトに支援してもらう。

 我々の食料の共有には一切国軍を関わらせず、物資が切れた国軍を王都に帰らせるのを最終目標とする策なのだが……どうだろうか。

 当然、アギトにはそれ相応の報酬を支払おう」


 こちらを伺ってくるヴァートスに頷いて見せる。


「俺は別に構わんよ。

 ただ1つ聞いていい? 報酬は幾らで考えてる?」


「それは…」


「私はアギトに厄介事を頼む時、一括で銀貨50枚を手渡している」


 突然割って入って来たグレイに驚くが、直ぐに理由に思い当たり訂正する。


「別に値段の交渉をしようとした訳じゃ無いから安心して。

 そうじゃなくて……仮に銀貨50枚で俺に依頼するとして、国軍に額を聞かれた時にはもっと大袈裟な値段を言って欲しいんだよ。

 10倍の銀貨500枚とかね」


「理由を聞いてもいいか?」


「目的が国軍を追い返す事なら、直ぐに用意出来ない額の方がいいでしょ。

 それに俺に高額依頼が来たって箔も付くし」


「俺は別に構わないが……」


 他の面々からも否は出ない。


 今後の方針が決定した所で、この後は軍事的な会議になるようだ。


 これ以降は力になれる事は少なそうなので、俺とディカは会議テントを一足先に後にするのであった。



●●●●



「おい」


 踏み固められたばかりの道を歩いていると、ディカの不満そうな声が聞こえてきた。


「分かってるよ」


「いや、お前は全然分かってない」


 ディカは俺の肩を掴むと強引に向き合わせてくる。


「安すぎる。

 お前の固有能力は、銀貨50枚どころか500枚でも足りないくらいの力なんだぞ。

 流石に貴族の前で騒ぐつもりは無いが、気付いてたんだろ?」


 そう、実は誰からも否が出なかっただけで、ディカは俺の後ろでメラメラ怒っていたのだ。


「あれはねぇ、迷惑料ってか実験参加費だよ」


「……言ってみろ」


 生半可な答えじゃ許さんぞと睨み据えてくるディカから1歩後離れる。


「俺の固有能力の話、したでしょ?」


「……ああ」


「説明が難しいから……体験して貰った方が早いかな」


 俺はディカから更にもう一歩離れ、目を見つめ返す。


「嫌われたくないから先に言っておくよ。

 一瞬だけど、嫌な気持ちにさせると思う」


「あたしがお前を嫌いになる訳無いだろ。

 まどろっこしいのはいい。

 あたしはお前が自分を安売りするのが嫌なだけだ」


「……ありがとう。

 分かった」



●●●●



 アギトは夜風に揺られるように、フラフラと離れて向き直る。


 ディカはもう何が来ても驚かないぞと、内心タカをくくっていた。


 異界の民で、伝説の旅人の弟子で、おっかない固有能力持ち。


 だから何だと思ったし、アギトに打ち明けられた時も本心でそう返した。


 固有能力なんて所詮道具で、それの使い方は持ち主が選べばいいだけだ、と。


「ディカ」


 響く声に顔を上げると、アギトの姿は闇をくり抜いたように真っ黒になっていた。


「な…」


 まるでアギトのいる場所だけ、光さえも飲み込む底なし沼になってしまったように。


「俺を見てて」


 頭に反響するように響く声に、ディカは闇の塊となったアギトへ目を凝らす。


 その瞬間であった。


「っ!?」


 ゾクリと全身が総毛立つ。


 恐怖や不安が沸き立ち、地面すら霞むよう錯覚を覚える。


 意識から薄れてゆく景色の中で、アギトの姿だけが高く、強く、逞しく見えた。


 これは……


「フッ!!」


 全身に気を満たすと、それら混乱させるような情報が全て吹き飛ばされ、困ったように笑うアギトの姿がハッキリ認識できるようになる。


「……アギト、今のは……」


「俺の固有能力の応用だよ。

 負の感情は様々あって、それも加減や状況によって何通りにも変化する。

 俺が今ディカにやったのは……

 ………『畏怖』」


「……『畏怖』、か」


 言われてしっくり来る。


 周りの全てが揺らぎ、心が苦しく沸き立った時、それら全てを意に介さんと悠然と立つアギトの姿に、一瞬だがディカは畏れを抱いたのだ。


「今は分かりやすくやったけど、さっき俺は各領主らに薄らこれをやったんだよ。

 これがどんな結果をもたらすかは分からないけど、マイナスになる事はまず無いだろうね」


 「銀貨50枚じゃとても貰いすぎだね」と笑うアギトに、ゾクリと背筋に鳥肌が立つ。


 無邪気に笑いながらムアを撫でるアギトに、自分はとんでもない奴を世に放ったのではと思うも直ぐに考えをを振り払った


「おい、悪の道に進まないように見ててくれってあたしらに言ったわりには、自分から突き進んでないか?」


「む、確かに……」


 言われた事に馬鹿正直に悩むアギトの頭を、ラリアットでもキメるかのように捕獲し、どさくさに紛れて抱きしめる。


「ったく、目が離せねぇなぁお前は」


「うぐぐ……」


 腕の中で形だけ藻掻く寂しがり屋に、それに甘えて構うあたしも人の事言えねぇなと、ディカは笑うのであった。

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