手土産
瘴気地帯に突入してからと言うもの、警備はかなり厳重なものになっていた。
元々余裕を持って組まれていた見張りだったが、今では一度に起きている人数が1.5倍くらいに増えている。
兵士だけで無く冒険者にもたるんだ雰囲気が無いのは、瘴気地帯に入ってから既に十は越える襲撃のせいだろう。
周囲が息を潜めて闇の気配に神経を尖らせている中で、俺とムアはここ数日と同じように寝ずの番をしていた。
「お前は相変わらずだな。
多少の恐怖心というものは無いのか?」
「既に何回か通ってるからね」
声を掛けてきたのはグレイ・リニーウだ。
流石に瘴気地帯だからか、ディカを護衛に連れて来たようだ。
「先程セトナート軍から連絡が届いた。
アギトの無事を聞いて安心していたようだつたよ」
「それは何より。 あちらさんも無事そう?」
「今の所追いつかれる気配は無さそうだと。
それより、また面白そうな物を作っているな?」
グレイは俺が練り固めたカ〇リーメイトのようなバーを、興味津々で覗き込んでくる。
「これは携帯食料だよ。
バルガルフ軍に十分な支援が出来なかったから、合流した時に足しで分けてやろうかと思ってね。
ちょうど完成したから食べてみる?」
と差し出しかけてふと気付き、ディカの方へバーを向ける。
「あたしか?」
「毒味」
そこそこ重たいチョップを振り下ろしながらも俺からバーを受け取ったディカは、早速頬張った。
「んむっ! 美味いなこれ!」
「アギト、私にもくれないか」
「はいよ」
「ガウッ」
「はいはい」
グレイとムアに渡しながら、自分でも齧る。
カリッと表面のツダのコーティングが割れ、スコーンより少しシットリした、ほんのり甘い中身が口の中に広がる。
そいつを数回噛むと、潜んでいたドライルレックを噛み潰し、口の中に癖のない果汁の甘さが広がった。
「うむ、美味い」
我ながら自信作である。
「なるほど、確かに美味いな」
お貴族様のお口にも合ったらしい。
「美味いだけじゃ無いよ。 中の粉末は芋だけじゃ無くて野菜も含まれてるから、栄養バランスも良しってわけ。
ま、生の野菜には敵わないけどね」
干し肉等とセットで食べる事を想定してあるので、タンパク質はそっちで取ってくれたまえ。
そのフルーツバーを俺の生やした葉で包んだら完成である。
「因みにこの葉っぱに封されてれば2週間くらいは保存出来るはず。
俺の固有能力が込められてるから、瘴気を吸収して中のフルーツバーが痛む事も無いよ」
「いたせりつくせりだな」
「あ、それとこれも」
ムアから受け取ったのは、ジョッキサイズのひょうたんである。
「こいつは空気中の水を集める刻印魔法と、瘴気を吸収する俺の固有能力が込められてるから、安全に水を飲めるようになるよ」
瘴気地帯を駆け抜けてる時に、ふと気付いたのだ。
瘴気が染み込んだ空気から飲水を作ったら危ないのではと。
なのでリーチェに教えて貰っていた水を集める刻印魔法と俺の固有能力を組み合わせて、調達タイプのひょうたん水筒を作ってみたのだ。
どうだこの完璧な仕事ぶり、とふんぞり返っていたのだが、ディカから疑問が投げかけられる。
「アギト、お前さっきから瘴気を吸収するって言ってるが、蓄積したら中の水とかさっきの携帯食料に悪影響があるんじゃないのか?」
ディカの疑問はもっともである。
てかこれは俺の説明の仕方が悪かった。
「さっき吸収って言ったけど、正確にはちょっと違うんだよね。
試しに瘴気を吸い込ませてみてよ。
俺が出すから」
「出せるのか……」
出せますとも。
俺が手からジワーっと放った瘴気は、グレイとディカの持つひょうたんに吸い込まれてゆく。
すると2人とも気付いたようだった。
「……これは驚いたな」
「まじかよ。 魔力に変わってやがる」
実は俺の固有能力、『瘴気や悪意を吸い取る能力』は、『吸い込んだ瘴気や悪意を、好きな養分に変換する』事ができるのだ。
魔力に限らず、気や俺の肉体になる養分、勿論好きな種類の瘴気や呪いに変える事だって出来る。
もっとも、そのひょうたんには魔力に変える機能しか付与出来て無いが。
「ふふん、どうよ」
俺が固有能力を説明すると2人はひょうたんをまじまじと観察していたが、急にグレイが俺の手を取って正面から見つめてきた。
「アギト、リニーウ家の専属にならないか」
「なりません」
返事は予想していたようで、グレイはガックリと項垂れる。
「だめか……
倅が振られたと聞いてはいたが……惜しいな」
「すまんね、俺はムアと世界を旅するつもりなもんで。
ま、何かあったら力にはなるさ」
本気で悔やんでいるらしいグレイの肩を、ディカが叩いて慰める。
「そう落ち込むなよ領主どの。
むしろ二代目の伝説の旅人になるかもしれない奴と繋がりが出来たと喜ぶべきさ」
ディカにチラと視線を送るも、笑ってそらされる。
全く……
しばらく3人でグダグダしていたが、そこへ兵士が走ってやって来た。
「何事だ」
途端にキリッとなるグレイに、俺も邪魔しないように1歩引く。
「お話中失礼します。
緊急ではございませんが、早めにお耳に入れて置いた方が良いかと判断し参りました」
「話せ」
「はっ!
バルガルフ軍とセトナート軍が…」
兵士の話を要約すると『明日の昼にはバルガルフ軍とセトナート軍と合流出来そうだよ』との事。
その集合地点をどのように決めるかの話だったようだ。
「希望の立地があるなら俺が先に行って作ろうか?
結界は張れないけど瘴気もどうにか出来るし」
「ううむ……しばし待っておれ」
グレイは兵士を引き連れて植物テントの中に入って行ったが、俺とディカがスープを飲み干さないうちに、再び出て来た。
「お帰り、どうなった?」
俺が聞くと、グレイは申し訳無さそうに口を開いた。
「アギト、頼んでばかりですまないが……任せて良いか」
「構わんよ」
「助かる。 設営の位置と指示はこいつに聞いてくれ」
ドンと突き出されたのは、見知った近衛の1人、ツダルパ野郎だ。
「おぉ、まじかよ」
「おいおい、そりゃどう言う意味だ?」
「こいつが酒を隠し持っていたら、身ぐるみ剥いで没収してくれて構わない」
「ちょ、グレイ様まで!」
グレイは追加で舞い込んできた仕事があるようで、足早にテントに戻って行ってしまった。
「ったく……。
まぁいい。 仕事の話に入るぞ」
「うい」
しれっと仕事モードに切り替えるツダルパ野郎に驚きつつ、開かれた地図に目をやる。
「おっと、失礼」
するとディカが何故か顔を逸らして離れた。
「?」
理由が分からず首を傾げていると、ツダルパ野郎が説明してくれる。
「地図ってのは重要な軍事機密なんだよ。
だがディカさん、あんたには万が一の際に柔軟に動いてもらう必要がある。
グレイ様から許可は貰ってるから見ていいぜ」
「へー」
軍事機密だったんだ。
グー〇ルマップの恩恵に当たり前のように触れていたが、あれは貴重なものだったらしい。
思い出してみれば、一部黒く塗りつぶされていたり、実際の景色と違う所があったりして、それらが陰謀論や都市伝説と囁かれてたりしたっけ。
そんな事を考えつつ広げられた地図を覗き込むも、俺は拍子抜けしてしまった。
「何さ、軍事機密つったってこんな地図じゃ口頭と変わらんよ」
見せられた地図には、ゲルからそれぞれの領地に続く道しか描かれていなかったのだ。
「即席で描いたんだから当たり前だろ。
それよりさっさと行くぞ。
バルガルフ軍の進軍速度がかなり早くなってるらしい。
集合場所に最初に辿り着くのはバルガルフ軍になりそうだから、それより先に準備しなきゃならねぇ」
「へーいす。
んじゃディカ、また現地で」
「おう!」
ディカに見送られながら、俺達は出発したのであった。
●●●●
リニーウ軍から離れて2時間と少し。
俺達は集合場所と思われる、十字路まで来ていた。
地面は雪に隠されて見えないが、木の避け方からして恐らくここだろう。
「ねぇ、ここで合ってる?
………死んだ?」
「……死にかけだよ……」
俺の背に寄りかかってグッタリしてるのはツダルパ野郎だ。
ムアのダッシュで酔ったらしい。
いつ吐くかとドキドキしていたのだが、無事に……あくまで無事に辿り着いて何よりである。
「おい、起きろって。 気付けに雪の中に放り込むぞ」
「うぅ……」
ツダルパ野郎は俺が放り込むまでも無く、自分でムアからずり落ちて雪に沈んだ。
「……ガウ?」
「ムアは悪くないよ。 ツダルパ野郎が軟弱なだけ」
「誰がツダルパ野郎だって?」
「お前」
つくしのように生えてきたツダルパ野郎は、ため息の代わりに雪を吐き出した。
「……俺の名前はトーデルだ。 『トーデル・アミティ』
一応騎士だからな」
ツダルパ野郎の名前はトーデルとな?
頭、出る。
丸々今の状況だ。
「へー。 で、ここで合ってる?」
「お前なぁ……多分合ってる。
少し離れてろよ」
トーデルはそう言うと、一息に雪溶かしの結界を張る。
それも、十字路が全て顕になる程の大きさの結界をだ。
「おお、やるやんけ」
俺でもこの規模の結界を張ろうとすれば、3秒くらいは構築しなければならない。
騎士だとは知っていたが、まさかこのような実力を隠し持っていたとは。
「ここから任せていいか」
「はいよー」
雪が溶けてグチョグチョになった地面を、水だけを弾く結界で押しのけながら着地する。
トーデルの指示では、十字路の角地をそれぞれの軍の拠点とするらしい。
で、俺達のお仕事は4つある角地のうち、3つの整備である。
残る整備されていない土地は、言わずもがな国軍の拠点予定地だ。
ここまでやるといじめに近いと思うかもしれないが、俺が各方面から聞いた噂によれば国軍のしてきた仕打ちはこんな物では無いらしい。
内戦中に自らの王を祭りあげようとした貴族達は、国内であるにも関わらず戦地で略奪を行い、無関係の人間も数多く巻き込まれたのだとか。
そんな国内を荒らし回った貴族らの勝者である現在の国軍は、そりゃもう多方面から嫌われている。
今回のゲル浄化作戦だって、復興派貴族三家がいる所にわざわざ割り込んで来たのだから、言わば敵地に乗り込んでくるようなものなのだ。
『袋叩きにされないだけましに思え」とは、グレイ・リニーウの言葉である。
ま、俺自身カイルの件があり国軍に良い印象は無いのでちっとも心は痛まないが。
「こんなもんでどうよ」
余所事を考えながらも完成させた角地は、俺が各軍で見て来た馬車を並べて止めても倍近く余裕があるくらいのスペースになっていた。
固有能力にものを言わせて作ったので、時間は10分もかかっていないだろう。
雪はムアが霧で回収してくれたお陰で、俺が溶かす手間も無かった。
「分かっちゃいたが早いな。
想定以上だ」
「でしょ」
俺がふんぞり返ってやると、トーデルは少し考えて口を開く。
「本当に想定より早く終わったし……もう一つ仕事をしてもらってもいいか?」
「どうぞ」
次にトーデルが指示したのは、リニーウ軍の各施設作りであった。
リニーウ軍用の会議室から、リニーウ領主らの寝室、他にも一般兵や冒険者らの部屋や武具の整備室、医療施設など様々だ。
トーデルはそれら施設を建てる間隔をその都度変えて指示して来たので、理由を聞いてみれば馬車の数に合わせているのだとか。
それぞれの施設への要求も具体的で、領主の部屋は奥の方に作れだの、医療施設は窓を多くしろだの、武具の整備施設は専用の道具を置かなければならないのでスペースを開けろだの様々だ。
理由を聞けば具体的に答えてくれるので、全て把握しているのだろう。
今更ながらトーデムは有能らしい。
各施設が出来上がり、後は馬車を停めて荷物を降ろすだけになった頃には、瘴気越しにも薄らと空が明るくなって来ていた。
「すまん、結局寝かしてやれなかった」
「構わんよ。 俺とムアは普段から寝ずの番をしてるからね。
それよりトーデルこそ寝なよ。 各軍が来るのは昼頃の予定でしょ?
近い時間になったら起こすから」
「ガウ」
ムアに布団を押し付けられたトーデムは少し悩んだが、布団の温かさには勝てなかったようで建てられたばかりの植物ハウスの1つにノソノソと入って行く。
俺とムアはその背を見送ると、雪の中に出来た静かな街を眺めるのであった。




