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突入

 雪の中をアリンコのように列を成す集団に手を振る。


「お、気付いたね」


 ファルシュ襲撃の翌日の昼、俺とムアはようやくリニーウ軍へと合流を果たしたのだった。


 大雑把な方角にダッシュしていたせいで、合流出来たのは軍の後方になってしまったが、そのお陰でディカ達のいる冒険者隊と出会う事が出来た。


「ムアちゃん!」


「ガウッ!」


 リーチェとムアが感動の再会を果たしている横で、ディカが労ってくれる。


「ただいま」


「おつかれさん。 忙しかったらしいな」


「そりゃもう。 まぁ実際に走り回ったのはムアなんだけど」


 ディカから進軍は順調だの、ここ2日間は寝心地が悪かっただのと話を聞いていると、視界の端にチョロチョロ動き回る小さいのを見つける。


「あれ? ラグニィも来てたの?」


「そうですよ!

 報酬が良かったので志願したんです!

 ところでアギト、その服なんですが…」


「(俺が触れてる限り)害の無い安全な素材で出来てるから気にするな」


 さっさと言いくるめようとする俺に、ラグニィはジト目を向けてくる。


「……とても見覚えがある布ですね」


「お、ラグニィちゃんは博識だなー、凄いぞー」


「わっ! 何するんですか!」


 頭を撫でるついでに帽子をずり下げで目隠しをし、ディカに目配せする。


「おう、アギトは領主様に報告に行って来るといい」


 軍の前方へ顔を向けて送り出してくれるディカに甘え、ムアを引き連れて退散する。


 事情を知っているディカはやはり心強い。


 有難くスタコラ逃走する。


 しかしこうも窮屈だと、別に秘密にしなくてもいいのでは?とすら思えてきてしまう。


 ディカ達に受け入れられて安心したのもそうだが、大っぴらにして『これが俺の当たり前』と押し付けた方が、俺の性格に合っている気がするのだ。


 俺とムアがディカ達に匹敵する程強くなれたら、そんなスタイルもありかもしれない。


 そんな事を考えながら、俺とムアはグレイ達の乗る厳重な馬車まで来ていた。


 兵士に扉を開けて貰い中に入ると、グレイとヴァートスは馬車の中に大きな机をドンと置き、2人で向かい合って手紙をカリカリ書いていた。


「戻ったよ」


「ご苦労。 バルガルフ軍では活躍していたらしいな。

 セトナート軍はお前の安否を気にしていたぞ」


「そりゃ悪い事をしたね。 急いでたとは言え、帰りに顔だけでも出してくるんだった」


 それを聞いて、グレイが片眉を釣り上げる。


「何かあったのか?」


「うぬ。 ファルシュって知って…」


「『滅炎のファルシュ』か!?」


「そ、そうだけど」


 突然立ち上がったグレイに、小さくなったムアを抱えて首を竦める。


「すまない、取り乱した。

 詳しく聞かせてくれ」


「おーけー。 さて、どこから話したもんか……。

 まず、セトナート軍の通って来た道を掻き消して遡ってたら、ムアが国軍に近付いてきたのに気付いたんで、引き返してデコイの道を掘り進めたんだ」


 グレイとヴァートスは、黙って続きを促してくる。


「んで夜中吹雪くまで進めて、そろそろ帰ろうかって時にファルシュに襲われた」


「……よく無事だったな」


 グレイは心配半分、驚き半分と言った様子だ。


「ムアが居なかったらやばかったよ。

 あっちは全然本気じゃ無かったけど、ディカ達くらい強かったと思う」


「そりゃそうさ。

 ファルシュがトラモントの金級冒険者の筆頭になってから、もう50年近く無敗のままなんだ。

 そう簡単に負ける程弱かったら困る」


 若干食い気味に、熱を込めてヴァートスが語る。


「だが妙だ」


「妙?」


「滅炎のファルシュは王族や貴族の言いなりにならず、後釜争いにも参加しなかったのだ。

 単なる気まぐれならいいが、もし何か別の目的があるとすれば……」


「俺とディカで張り付いてた方がいいかね」


 グレイは思考に沈もうとしていた頭を上げて苦笑いする。


「それはやり過ぎだ。

 だが、警戒はしておいてくれ。

 ディカには私から話しておこう」


「おーけー」


 するとタイミングを計ったかのように、扉がノックされた。


「お話中失礼します!

 瘴気地帯が近付いて来ておりますゆえ、結界師らの展開許可をいただきに参りました!」


「許可する、準備を進めろ。

 私も向かおう。

 ムア、乗せてくれるか?」


 グレイは俺の腕に抱えられるムアに、自ら屈んで伺いを立てる。


「ワウッ」


「ありがとう」


 グレイもムアの愛らしさに堕ちたか。


 馬車の外に飛び降りたムアが、並走しながら霧で橋を架ける。


 渡って来いという気遣いだろうが、地面が透けて見える霧に全体重を預けるのは、ムアの愛らしさを持ってしても厳しいものがあるらしい。


 仕方無いので、すっかり尻込みしてしまったグレイの手を引いてムアの背に座らせる。


「ふぅ……」


 ようやく一息ついたグレイを、馬車から顔を覗かせたヴァートスが薄く笑った。


「お母様に伝えときますね」


「私も土産話が欲しくなってきたよ。

 お前も来い」


「僕はまだまだやるべき仕事があるので。

 ああ、忙しい忙しい」


 ヴァートスはそれだけ言って、馬車の扉を閉めてしまった。


「……まったく、生意気にばかりなりおる」


「仲良しなようで何より」


「ガゥー」


 あの年頃の息子と父親がこんな調子で話せているのなら、関係は十分良好のように思えるが。


 俺の背後でブツクサ文句を言うグレイだが、俺の固有能力が反応しないのが何よりもの証拠である。


 しばらく軍の前方に進んでゆくと、頭1つ大きな、見慣れた赤毛が目に入った。


「ディカ。 さっきまで後ろにいなかった?」


「配置換えだとよ。 もうすぐ瘴気地帯だからな。

 それより領主様乗せてんのか」


「物資の確認をしたくてな。

 このような形で悪いが、少し話せるか」


「構わない」


 おお、ディカも領主とは対等に話せるのか。


 まぁ実際、個の力が数に勝ってしまうこの世界では、雑兵を1万用意してぶつけたとしてもディカには傷1つ付けられないだろう。


 なるほど、そう考えれば対等以上かもしれん。


 俺が防音の結界を貼ろうとすると、グレイに手で制された。


 一般兵に聞かせても良いらしい。


 グレイがディカにファルシュが来ている事を伝えていると、背後の方が少し騒がしくなった。


「通るぞー!」


 見れば、馬車と雪壁の隙間から荷車を押した兵士が来ていた。


 そこに積まれている棒のような物に目が止まる。


「何あれ」


「あれは結界持続杭だな。

 以前瘴気地帯の依頼を受けた時に、似たようなのを見た事がある」


「へぇ」


 兵士の中でも結界を担当する者達が杭を魔法の杖のように掲げると、グワッと光のベールが薄く広がった。


「おお」


 ベールが俺の身体を突き抜ける瞬間、若干の圧迫感を感じる。


 どうやら今の光のベールで、瘴気を押し出すような結界を張ったらしい。


 俺が体内にこっそり溜めて実験に使っていた瘴気が吹き飛ばされてしまった事から、効果は俺の予想通りなのだろう。


「万が一に備えて保管はされていたが、使う状況にならずずっと埃を被っていたのだ。

 無事に使えて何よりだ」


 グレイは杭が無事に作動したのを見て満足したらしい。


 そろそろ馬車に戻りたいと言うので、ムアが送り返しに行った。


 俺は瘴気地帯突入に備えて、ディカらと軍の前方を進む。


「アギト、ファルシュとやり合ったらしいが大丈夫だったか?」


 隣を歩くディカが、心配を滲ませて聞いてくる。


「無傷だよ。ムアが居たから俺自身切られて無いし。

 それよりあのファルシュって、ディカから見たらどれくらい強いの?」


 ディカは腕を組み少し考えてから口を開いた。


「……勝てるか勝てないかって言えば、半々だな。

 遠目から見た事はあるが確かに強かった。

 だがそれは、あくまであたしと戦った時の想定だ。

 ファルシュの強みは、近接能力と同時に、広範囲を殲滅できる炎の魔法にある」


 あの不意打ちの爆炎か。


「確かにやばかった」


 ムアが防いだ爆炎は威力もさることながら、姿が感知出来ないほどの距離から放たれたにも関わらず、光が見えた瞬間には目の前に迫っていた。


 恐らく地球の並の銃よりは早かったはずだ。


 俺の固有能力で敵意に気付いていなければ、まともに食らっていただろう。


 俺がそれを話すと、ディカは神妙に頷く。


「それだ。

 ファルシュがエルフなのは知ってるか?」


「耳を見たからね」


「なら分かるだろうが、ルマネアと同じように精霊を介して、反応が難しい攻撃を仕掛けてくるんだ。

 それも低コストで広範囲、高火力の炎の攻撃をな。

 しかもエルフだから寿命も長い。

 金級としての価値で言えば、悔しいがファルシュは唯一無二なもんだろうぜ」


 ディカが認めるって事は、ファルシュは相当な存在なのだろう。


 ただし、


「俺とムアとディカで当たれば勝てるかも、と」


 ディカはチラと俺を見やる。


「揉めたのか?」


「まさか。

 もし国軍がファルシュを差し向けてきた時の勝率を知りたかっただけだよ。

 それにファルシュ自身、国軍に忠義を立ててる訳じゃ無かったし」


 話しながら簡易的な防音の結界を張る。


「本人曰く、今の国軍とか王族に仕えてるんじゃ無くてトラモント王国に忠義を立ててるんだってさ。

 自分の考えで行動するらしいよ」


「へぇ」


 ディカはファルシュの考えにはそれ程興味が無いらしい。


「それよりも、だ」


「うん?」


 ディカは俺の肩に腕を回すと、片腕で体が浮くほど抱き締めてきた。


「ようやくあたしを頭数に入れて考えたな?」


「あ」


 言われて気付く。


 俺は先程、ファルシュが襲って来たらディカが一緒に戦ってくれるのが当たり前のように話していたのだ。


「それでいいんだよ、もっと頼れ」


 何だか小っ恥ずかしくなって軽口を叩こうとしたが、ディカの笑顔があまりにも嬉しそうでごくんと飲み込む。


 大きな瞳を細めて笑う横顔があまりにも優しくて、何でもかんでも自力でどうにかしようとしていた自分の浅はかさに自己嫌悪を覚える。


 だからその代わり、


「頼りっぱなしは性に合わん。

 何か出来る事があったら言ってよ?」


「言ったな? 遠慮無く頼らせてもらうぜ」


 ディカはそう言うと俺の頭をグッと抱きしめてから離れた。


 荒っぽい手つきだったのにも関わらず俺の髪が乱れてないのを見るに、やはりディカも女性なのだと再認識させられる。


「見えてきたぞ」


 ディカの鋭い声に顔を上げる。


 視線の先には、夜の闇から染み出したような暗いモヤが雪の上に低く留まっている。


 軍が遂に、瘴気地帯に突入しようとしていた。


「お仕事だね。

 ムア」


「ガウッ」


 戻って来たムアに跨り、リニーウ軍の頭上を飛び越え、雪を溶かす結界が張られた馬車の前に降りる。


「アギト?」


「結界師がまだ準備中っぽいから俺が対応するよ」


 手を前方へ突き出し、ダイ○ンもびっくりの吸引力で瘴気をグングン吸い込んでゆく。


「凄いな」


 近付いてくる兵士を慌てて止めるで制す。


「待って、触れないようにね。

 普通の人には毒だから」


「アギトは大丈夫なのか?」


「俺には主食になるのでノー問題」


「そうか、普通じゃないもんな」


 あれ、俺の声届いてないのかな?


 そこへようやく結界師達が到着する。


「ありがとう、待たせたね」


「構わんよ。 じゃあこっからは任せるぜい」


 結界師らは軍の前方に並ぶと、一斉に大杖で地面を叩く。


「おお」


 すると先程見た光のベールが何重にも広がり、進行方向に立ち込めていた瘴気を押し退けてゆく。


 仕上げに持っていた杖を道の両脇に突き刺し、持続的な結界を張って完成らしい。


「こっから先はずっとこれをやってくんだ?」


「ああ。 交代でやるとは言え、ここからは体力勝負さ」


「体調悪くなったら直ぐに言いなよ」


 それだけ言い残して結界師らから離れる。


 瘴気地帯に突入してからの俺とムアは、領主らの馬車の護衛を任されている。


 俺の治癒能力と骨や植物を使った妨害能力、ムアの機動力と霧の防御能力を買われた配置らしい。


「さて、俺達も仕事に戻りますか」


「ガウッ!」


 こうしてリニーウ軍は瘴気地帯へ突入したのであった。

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