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国仕え

 翌日は昨晩の星空など嘘だったかのようにどんよりと曇っていた。


 低くのしかかる雲からは、今にも大量の雪が降ってきそうでならない。


 しかしそんな曇天など気にも止めないほど、バルガルフ軍の足取りは軽いものであった。


「いやぁー今日の朝飯も美味かった!

 アギトにムア、あんたらのおかげだぜ。

 嫁の料理と同じくれぇ、いや、それ以上に美味かった」


「そいつは良かった。

 でもそれを本人に言うのはやめとけよ。

 フライパンでぶん殴られるぞ」


「ふっふっふ。 あんたは俺の嫁の恐ろしさを知らねぇな?

 ウチの嫁は……刃物が出るぞ」


「余計やめとけよ」


 随分慕われたものである。


 やはり食い物の力は偉大だな。


「そうそう、聞いてくれよ!

 今朝飯食った後直ぐに移動し始めたろ?

 その時に脇腹が痛くなったんだ!」


「そりゃ食い過ぎだね」


 診断してやると、若い冒険者の彼は違う違うと首を横に振る。


「そうじゃなくってさ、腹いっぱい飯食えるのが久々過ぎたんだよ。

 はー、幸せだー!」


「そいつは良かった。

 ……およ?」


 雪と雲の境目に動く影を見つけた。


 目を凝らすとどうやら鳩らしい。


 ……てか地球の鳩に比べてでかいな。


 カラスくらいでかいし速い。


 鳩は鳥小屋が乗っかっている馬車の中へ吸い込まれるように入ってゆくと、兵士が中から手紙を持ってテルヘロスの馬車へ駆けて行った。


 はてさて何事か。


 それから5分も経たず、顰めっ面のテルヘロスが部下を連れてやって来る。


「アギト、突然だがいいか?」


「良い知らせじゃ無さそうだね?」


「ああ。 実は……」



●●●●



 俺とムアは再び雪の中を爆走していた。


 今度は霧を踏み、音を可能な限り小さくした隠密高速移動だ。


 わざわざ隠れて移動しているのには、当然訳がある。



 テルヘロスが受け取った手紙は、やはりグレイリニーウからであった。


 その内容は『セトナート軍の進軍を助け、国軍の追跡を撒け』という、ツッコミどころ満載の追加依頼だ。


 そもそもセトナートとは、ゲルと王都の間にある小さな領地の1つだ。


 俺も赤脈の花畑に来た客から聞いただけだが、栄えず廃れずの、のどかな田舎の領地らしい。


 そのセトナート軍が進んで来た道を、どうやら国軍が追ってきているらしいのだ。


 結界で掘り進んだ道を追われているのだろうから、その追跡を振り切れるように手伝ってくれとのお達しである。



 今回は瘴気地帯を王都方面に回り込むようにして避け、大体の方角を見定めて進んでゆく。


 幸いにも雪がぱらつき始めた頃に、セトナート軍を見つける事が出来た。


 警戒させないように姿を遠目で見せれば、話は届いているらしく、直ぐに兵士がやってくる。


「骸のアギト殿と、使い魔のムアとお見受けする」


「いかにも。

 ……って堅苦しい話はいいよ。

 この雪の道を追っかけてきてるって認識で良い?」


「その通りだ。 こちらでも周りの雪を被せて塞いではいるが、やはり痕跡が残ってしまう。

 器用だと聞いたが頼めるか?」


 2つ名と言い、今回の証拠隠滅の話と言い、グレイは俺にどんな肩書きを付けるつもりなのだろうか。


「出来ん事も無いよ。

 ただ、雪の小細工はムアの方が得意だよね?」


「ガウッ!」


 ムアは霧を広げて辺りの雪を満遍なく集めると、それらをフワフワのまま雪のトンネルに重ねて綺麗に元通りにする。


「おお、これは頼もしいな。 このまま任せてしまって構わないか?」


「おーけー。 あんたらは先に行ってな」


 会話もそこそこに仕事に入ろうとすると、兵士に呼び止められる。


「国軍の連中に姿を見られたら、どんな言いがかりを付けられるか分からない。

 くれぐれも気をつけてくれ。

 それと、お前の事はリニーウ侯に良いように伝えておくよ」


「あざーす。 じゃ、その分の仕事はしてくるわ」


 丁寧に対応してくれた兵士だが、やはり切羽詰まっていたのだろう。


 俺とムアに背を向けると、急いで軍を進ませている。


「じゃ、ムア。 頼むよん」


「ガウッ!」


 ムアは雪に紛れて見えないくらいに霧を薄く広げると、セトナート軍の掘ってきた道を逆走しながら均等に埋めてゆく。


 だがこれだけでは雪を溶かす結界の残した魔力の残滓が残り、スターニーが何時ぞや使った魔力ソナーで追跡出来てしまうだろう。


 そこで、思い付きだが俺の瘴気を辺りにばら蒔いて再び吸収し、魔力ソナーを試してみる。


 結果は、予想通り魔力的な反応は無しであった。


「お、上手くいった」


 瘴気や負の感情の影響については、前々から考えてはいたのだ。


 そもそも瘴気とは、負の感情が溜まった場所に発生する、言わば万物にとっての毒のような物である。


 瘴気を養分として吸い取り、気付いたら放出も出来るようになっていたので、自分の能力を把握すべく研究していた俺は、ある事に気が付いていた。


 どうやら、瘴気には感情が乗るようなのだ。


 当然ながら瘴気に乗るのは負の感情のみだが、面白い事に感情の種類によって瘴気の効果が変わってくる。


 怒りは『暴走』と反動による『消滅』。


 悲しみは『減衰』とその後の『消滅』。


 妬みは『執着』と道連れの『消滅』。


 怨みは『消滅』の効果を高め、より広範囲に霧散させる。


 全てが『消滅』に向かってる辺りネガティブな能力だなーとは思うが、幸いにも俺は死体を撒き散らしてもピンピンしてる体力型だし、更には瘴気やら負の感情が養分になる。


 ならば使わない手は無いと、早速試してみた次第だ。


 先程雪に使った瘴気には怨みの感情を含ませてみたのだが、効果は覿面である。


 加減が未熟なせいで自然に含まれている魔力も消してしまったので、威力には注意せねばならないが。


 しかしそれも数回繰り返せば慣れ、程良く魔力を残した完璧な偽装が出来るようになってしまった。


 周囲と遜色無い雪の壁を見て思う。


 俺の成長方針はどこへ向かっているのだろうかと。


 出来る事を増やして損は無いだろうが、これではグレイの要求を全てこなせる、何でも屋さんになってしまいそうだ。


「ま、いっか」


 何事も取り敢えず受け入れるのが大切である。


 自分の進路でクヨクヨ悩むような性格では無いし、俺の血液型はO型だ。


 何事も大雑把に行くのが良い。


 高校を受験する時だって鉛筆転がして決めた第1志望を見事に踏み外し、滑り止めの高校に進んだ訳だし。


「ガウッ」


 しばらく雪のトンネルを埋めながら進んでいると、ムアが小声で呼んできた。


「お、遂にか」


 どうやらこの先から国軍らが来ているらしい。


 このまま進んで鉢合わせたら絶対に揉めるし、場合によってはゲル浄化作戦が国軍不在になる事も有り得るだろう。


 しかし貴族達も国軍と鳩でやり取りはしているようなので、物理的に雪に埋めるとそれはそれで問題になりかねない。


 俺は全然それでも構わないし、むしろ雪の下の土も掘って証拠を埋めるくらいのやる気は出せるのだが……


「はぁ、しゃーなしか」


 …………何やかんやグレイ達にはかなり世話になっているので、丸く収める努力はしてやるか。


 だからと言って、接触して仲良しこよしする訳無いが。


「よし、ムア」


「ガウッ」


 顔を見合せ、ニヤリと笑う。


 やる事は至って単純。


 俺が雪溶かしの結界で新たなトンネルを作るのだ。


 それも、少しづつゲルから遠ざかるように。


 決まれば後は実行に移すのみ。


 幸いにも瘴気を沢山吸収してきたお陰か頭は冴え渡っており、気も魔力も体力も底知れずある。


 雪溶かしの結界を張ると、ムアに跨ってトンネルを掘り始めた。


 結界の魔力が雪を溶かすまで待たなければいけないので全力ダッシュは出来ないが、それでも牛歩の馬車や軍とは比にならないくらい早いだろう。


 この結果国軍が遭難したとしても、それは俺の預かり知らぬ所である。


 落ちてる物を食べて死んだら、そりゃ拾って食った奴が馬鹿なだけだ。


 それに……


 カイルに危害を加える可能性のある人間がいれば、ここであわよくば死ねば良いのにという打算もある。


 1人の身内を守る為なら、どれだけ他人が死んでも構わない。


 我ながら冷たい考え方をしているが、この本質だけは誰に何を言われても変わらないだろう。


「……ガウ?」


「ううん、何でもないよ」


 心配そうに見上げてくるムアを抱き締めて、サラサラの毛並みに顔を埋める。


 どうやら冷たい顔をしていたらしい。


 せっかくギニンで受け入れられたのに、敵が居ると考えれば直ぐに攻撃的になってしてしまう。


 我ながら臆病で、厄介な性格だ。


 それから日暮れまで間違った進路のトンネルを更新し続けたが、真っ暗になるまで国軍が俺達に追い付いてくる事は無かった。



●●●●



「ガウーゥ」


 辺りが真っ暗になった頃、ムアに呼ばれて実験の手を止める。


「うん。 もうこれ以上は意味無いね」


 日が暮れてから間もなく、轟々と吹雪始めていた。


 この吹雪では、せっかく掘ったトンネルも朝には殆ど埋まってしまうだろう。


 時間で言えば23時くらいか?


「ガゥ?」


 リニーウ軍の所に帰る?と聞いてくるムアに、少し考えて返事をする。


「……いや、腹ごしらえしてから行こうか。 ムア歩きっぱなしだったでしょ?」


「ガウッ!!」


 俺もムアも、睡眠どころか実は食事も必須では無い。


 ムアは不思議生物だし、俺はいたるところに浮いてる僅かな瘴気で養分は事足りるのだから。


 だが、こうも暗い中ずっと歩き続けるのは暇疲れしてしまう。


 結界を張り直し、ムアと腰を落ち着けた瞬間だった。


「ムアッ!」


「ガウッ!!」


 強烈な敵意を感じた方向へムアが霧を広げると同時に目が眩むほどの爆炎が迫り、霧に遮られて霧散する。


 相手は分からんが、霧で遮ってなお肌を炙る熱量からして手加減出来る相手では無さそうだ。


 襲撃者の姿は吹雪で見えないが、先程の爆炎が放たれた方向なら分かる。


「近くは任せた」


「ガウッ!」


 ムアの霧が周囲に広がるのを横目に、俺は骨と肉の巣を展開する。


 再び炎が向けられるが、その炎は俺の骨肉巣に遮られ、水に飲まれるように溶け消えた。


 今広げた骨肉巣は『悲しみ』と『怨み』をたっぷり含んだ特別製なのだ。


 瘴気を実戦に持ち込んだのは今のが初めてだが、上手く行って一安心。


 せめてもう少し安全な環境で実験したかったのだが、泣き言を言ってる暇はくれないらしい。


 吹雪の中に微かなシルエットが浮かんだ瞬間、棍棒を抜き放つ。



 ガィン!!!



 吹雪の轟音を割り、耳障りな金属音が響き渡る。


 俺の棍棒と、襲撃者の得物がぶつかり合ったのだ。


 しかもその武器は……


「大鎌とは恐れ入る。

 絶対武器に向いてないだろその形。

 それとも死神さんかい?」


 襲撃者は何も言わず、死角から拘束を試みたムアの霧を飛び退いて躱す。


 注意を引いたつもりだったがダメだったか。


 それとは別に、襲撃者を死神だと言ったのは何も武器が大鎌だったからというだけでは無い。


 黒いコートに黒いズボン、黒いネックウォーマーに黒フードと、厨二病もびっくりの黒フル装備をしていたのだ。


「で、死に神さんが何の用かな?

 相棒と吹雪の中を旅する幼気な少年に、物騒な刃物は納めてちょうだいな」


 話しかけながらも警戒は解かない。


 恐らくだが、こいつはディカ達に匹敵する強さを持っているはずだ。


 初撃の速さと重さは、瘴気とムアの霧による補助が無ければとても受け止めきれなかった。


 ジワジワと周囲の骨肉巣から瘴気を発生させ、場を整える。


「……何者だ」


 驚いた。


 声を聞く限り、死神の正体は女らしい。


「そりゃこっちのセリフだね。

 自分から名乗りなよ、突然斬りかかってきた無礼者さん?」


「………?」


「………あれ」


 おや、この感じは異世界に来てから何度か覚えがありますねぇ。


 ひょっとして有名人かな?


 トレードマークは、やはり大きな鎌だろう。


 たしかデスサイズとか言うんだっけか。


「ムア、知ってる?」


「ガウーウ」


「だってさ。 すまん、自己紹介を頼めるかい?」


 素直に問うと、死神女はデスサイズの柄を地面に付けた。


「……いいだろう。

 トラモント王国金級冒険者筆頭、ファルシュだ」 


「へぇ、国仕えの冒険者か。

 俺はアギトで、こっちは相棒のムアだよ」


「……アギトとムアか」


 唯一覗いた金色の瞳が、鋭く射抜くように俺とムアを交互に見つめてくる。


 こりゃ厄介なのに目を付けられたかもしれんな。


 金級に足をかけてるとディカ達に太鼓判を貰ったのが裏目に出たか。


 俺とムアが2人で当たれば、真っ当な金級と渡り合えるのを先程のご挨拶で証明してしまったのだから。


「何が目的でこのような事をした?」


「突然襲いかかられたら反撃するのは当然でしょうに」


「違う」


 だめかー。


「何故雪の中の道を偽装するような真似をしたのか聞いているのだ」


「偽装なんて人聞きの悪い。

 俺はただセトナート軍に合流しようとして、後を追っかけて穴を掘ってただけさ」


「……そうか」


 納得して貰えたかなー?と思ったが、残念ながらそんな事は無かったらしい。


 ファルシュはフードを取り、ネックウォーマーを下ろして顔を顕にした。


 雪よりも白い肌に、金色の長い髪が雪の中で輝くようにうねる。


 だがそれ以上に目に付くのは、左右の首から目の下にかけて線のように浮き出た、真っ赤な鱗だ。


 透き通るような肌に真っ赤な鱗は、一見して痛々しい傷跡のように見えてしまう。


 もしや龍人みたいな種族がいるのか?


 亜人種は多種多様らしいからありうるかもしれな……およ?


「その耳はエルフ?」


「理解したか。 私の前では嘘は通じない。

 大人しく白状するといい」


 なるほどねぇ。


 てかエルフに嘘が通じないのはこの世界だと常識なのか。


 鱗の事は気になるがそれは後だ。


「別に大した事じゃ無いよ。

 せこい国軍がセトナート軍の掘った道を追って楽してたから、ウザイなーと思って嫌がらせしに来ただけ」


「誰の指示だ」


「俺が国軍への個人的な感情でやった」


 ファルシュの鋭い視線に笑って返す。


 嘘は何一つ付いてない。


 ウザイなーと思ったのは事実だし、苦しめと考えて偽物の道を掘ったのも事実。


 バカ真面目に質問に答える訳が無かろうが。


 それに、俺の些細な誘導なんて気にも止まらないような爆弾発言をした訳だし。


「……国軍への反意と取れるが」


「逆に聞きたいね。

 どうやったらあのクズ共に忠誠を誓おうと思うのか。

 金?

 ファルシュ程の実力者なら引く手は数多だろうに、そんな物に固執するようにも見えないし」


「……」


 ファルシュはじっと俺を見たまま何も言わない。


「もし国軍に仕えたくなるような素晴らしい点があるなら聞かせてちょーだいよ」


 牽制するように睨み合っていたが、先に態度を崩したのはファルシュであった。


 デスサイズをズンと地面に突き立てると、真っ白な息を吐き出す。


「………私も、今のトラモントの在り方は正直褒められたものでは無いと思っている。

 それに、私は国軍に使えてる訳では無い」


「へぇ、スパイか何か?」


 俺の安直な発言に、ファルシュは鼻で薄く笑って「まさか」と呟いた。


「私が仕えているのはトラモント王国だ。それ以上でも、それ以下でも無い。

 王が変わろうと、支配者が変わろうと、私はトラモントの為に私が思う忠義を尽くすまでだ」


 ファルシュは一息に言い切ると、デスサイズに手を伸ばした。


 お、やるか?


 と身構えたが、どうやらそうでは無いらしい。


「行け。 十分語らっただろう」


「そりゃどーも」


 お許しが出たので、ムアと一緒にすたこら退散する。


「こりゃグレイに報告した方が良さげだな」


 俺とムアはリニーウ軍との合流を急いだのであった。

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