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テルヘロス・バルガルフ

 テルヘロス・バルガルフは、骸のアギトとムアを測りかねていた。


 手紙には『実力はあるが地位や名誉に価値を見出さない、気ままな冒険者』と記されてあった。


 付き合いが長く、信頼の置けるグレイ・リニーウ直々の使者に興味を持ち、テルヘロスは自ら出迎える事にしたのだ。


 隣に悠然と立つ巨大で恐ろしい使い魔に気を取られ過ぎぬよう、アギトを正面から見据える。


 禍々しいマスクと黒に染められた装備とは対照的に、貴婦人でも滅多に見られない程艶やかな灰色の髪や、整った目元の長いまつ毛が浮世離れした気配を感じさせる。


 一見して性別も正体も測り兼ねるアギトは、手紙に『骸のアギト』と紹介されていたと伝えると、隠すこと無く不満気な表情をして見せた。


 どうやらグレイと親しいと言うのは本当らしい。


 ここでピンと来たテルヘロスは、カマをかけてみる事にした。


 グレイ達と同じように接してくれ、と言ってみたのだ。


 すると目の前の冒険者は、あろう事かあっさりと態度を崩す。


 つい先程までの、冒険者にしては敬語が様になっているという印象は消し飛び、感情豊かに表情が変わったのだ。


 貴族を相手に身分が下の人間が自分の感情を顕にするのは、避けられる行為だ。


 しかしテルヘロスは、怒るどころか内心で喜んでいた。


 まるで、英雄と王が主従を超えた友情を築いた物語のようだ、と。


 テルヘロスはそんな胸の内を悟られぬよう、あくまで寛大に、同時に注意深くアギトを観察するのであった。



●●●●



「2日間同行するって話は聞いてないよ。

 荷物を運べとしか言われてないけど?」


「そうなのか? だが見てみろ」


 テルヘロスは持っていた手紙の1枚を俺に渡してくる。


 おいおい、これ俺が見ていいんかと思ったが、内容は砕けたものであった。


 ざっくり説明すると、『向かわせたアギトは、治療と野営地の提供、他にも色々と出来るから2日間なら便利に使ってくれて構わない』との事だった。


 手紙を予め用意してテルヘロスとやらが嘘をつく理由も無さそうなので、従う事にする。


「それなら構わんよ。 前金はもらったし、後で請求するだけだね」


 2日間とわざわざ指定したのは、リニーウ軍が瘴気地帯に突入する前後には戻って来てくれって話なのだろう。


「なら早速だが治療を頼んでいいか?

 今から昼食を取らせるからその間に治せるだけ治してやって欲しい」


「はいよ。 あ、なら先に物資だけ渡しておこうか」


「ガウッ」


 ムアが霧から馬車を霧から出す。


 計3台の馬車には、保存が効く食料がいっぱいに詰まっていた。


 バルガルフ軍から歓声が上がるが、物資はまだまだこれだけでは無い。


「よっと」


 雪を吹き飛ばしたら凍った地面を割って根を広げ、グングン野菜を生やしてゆく。


 炭水化物となる芋類や雑穀、青々とした葉野菜、根菜を作ってはムアが収穫する。


 流れ作業で5分、馬車2台分にはなるだろう野菜の山が出来上がった。


「これは……」


「俺の固有能力だよ。 好きなように使って料理を作ればいい。

 その間に患者を見ようか」


 料理を作り始めた途端に活気に溢れたバルガルフ軍の間を縫って歩き、兵士に案内されながら馬車へ案内される。


 何故かテルヘロスが着いてきていたが、兵士達が何も言わないので俺もスルーだ。


 今更ながら、この世界の高貴な身分の方々はこうもフットワークが軽いのが普通なのだろうか。


 人もモンスターもありとあらゆるものが危険なこちらの世界で、ヒョイヒョイ知らん奴の前に無防備を晒す度に驚くのは、俺の感覚がおかしいのか?


 俺みたいな再生能力持ちじゃあるまいし、もうちょい死を恐れてもいいと思うんだが……。


 案内されて着いたのは、バルガルフ軍の後方の馬車であった。


 扉を開けると、ツンとすえた臭いが漂ってくる。


「負傷者と体調不良者の馬車なんでしょう?

 清潔にしなきゃダメでしょうが」


「すみません、なにぶん人手が足りないもので………」


 暖房の結界を貼り、馬車の中の空気を全て入れ替えながら、衛生兵から症状を聞く。


 風邪と思われる体調不良や、凍傷による手足の壊死、1番多かったのがシンプルに栄養失調だった。


 呻く男を湯で丸洗いし、壊死した指を切り離して再生させる。


「ぐぅぅぅっ!!」


「治るんだから我慢なさい」


 激痛に暴れようとする男を、ムアが馬車の外から霧で押さえつけてくれる。


「ありがと。

 他の馬車にもいるでしょ。 この馬車が終わったらそいつらも治すから準備させといて」


「分かった」


 テルヘロスは自ら指示を飛ばし、馬車の外が少し慌ただしくなる。


「お前が衛生担当?」


「うあ、はい…」


 責められると思ったのだろう。


 若い兵士はしょぼくれた顔をする。


「顔と手洗ったら、食いもん貰ってきてこいつらに食わせな。 体が弱ってる。

 とりあえず栄養は与えたけど、まだ万全じゃ無いから風邪も直ぐにぶり返すよ。

 ほら、行った!」


 鎧越しに背中に喝を入れると、若い兵士は飛び上がって駆け出して行った。


「慣れてるな」


「まぁね」


 実際はストレスや恐怖等の負の感情を引っこ抜いただけなのだが、それでも十分効果はあったらしい。


 心を埋めていた負の感情を取り除き、その隙間に焦りを与えたに過ぎない。


「野菜ならいくらでも生やせるから、ケチらずにガンガン使えよ」


「わ、分かりました」


 慌ただしく走り回る兵士に、当初の悲壮感は微塵も無い。


 治療と清掃を終えた頃には、ボワッと立ち昇る湯気と共に、歓声が湧き上がるのだった。



●●●●



 その日の夜。


 バルガルフ軍は俺の作った植物テントの中で泥のように眠っていた。


 交代の見張りの数も少なく、殆どの兵士や冒険者が今日までの疲れを癒していた。


 俺とムアは例の如く寝ずの番だ。


 眠らなくてもいいので、久々の安心感に船を漕いでいるバルガルフ軍の見張りの代わりである。


 今日のバルガルフ軍を見て作っておきたい物があったので、手元でコネコネしていると背後から気配を感じた。


「アギト、いいか?」


「あいよ」


 供も付けずにやって来たのは、テルヘロスであった。


「改めて礼が言いたくてな。 皆が寝るまで働きっぱなしだったろ……何をしてるんだ?」


 テルヘロスは俺が宙に浮かべて混ぜていた物体を見て、怪訝そうな顔をした。


「これは保湿剤だよ。 肌に塗って乾燥を防ぐやつ。

 今日見て回ったけど、皆パックリ割れてたでしょ」


 患者の治療をした後バルガルフ軍全員の簡単な健康診断をしたのだが、その時に全員オテテがグロテスクだったので、治したついでに作ってやっていたのである。


 植物性の油と殺菌効果のある葉の汁、追加で香る花の汁と蜜を練り込んで間もなく完成だ。


「使ってみてもいいか?」


「ん。 ほれ」


 匙にすくって渡してやると、テルヘロスは分厚い手袋を外し、両手に馴染ませた。


「……こりゃいい。 だが売れば相当な高値が付くぞ?」


「大丈夫。 その分は後で雇い主に請求するから」


 流石にグレイ達にそんなにふっかけるつもりは無いのだが、テルヘロスは今日のいたせりつくせりを思い出したのか話題を逸らした。


「アギトが本気で金を稼ごうとしたら、多くの人間が職を失うだろうな」


「だから今日のは出血大サービス。 普段は血なまぐさい冒険者だよ」


 まぁ最近はもっぱら温泉屋の近くで肉焼いてばっかりなんだけど。


「その使い魔、ムアと言ったか? やっぱり強いんだろう?」


「そりゃあね。 多才だし賢いし優しいし。

 ギニンじゃそこら辺を歩いただけで子供達が飛び付いてくる人気っぷりよ」


「怖がられ無いのか?」


「最初は皆怖がってたよ。

 でも子供に暴力を振るった冒険者にムアがブチ切れてからは、皆『ムアなら大丈夫』なんて言ってる」


「ガウーゥ」


 するとムアは鼻先で俺をつついてきた。


 何を言われたか理解し、フワフワの頬っぺを揉みくちゃにする。


「いい度胸だ。 おらおらおらおら」


「ガゥ、ガアゥ」


 そんな俺とムアに、テルヘロスは目を丸くする。


「凄いな、話せるのか?」


「何となく。

 言葉は話せないけど、俺達の会話は理解してるよ」


「へぇ……」


 テルヘロスは彗星のような青い瞳に星空を反射させながらムアを見つめる。


「ガウ?」


「撫でてみる?ってさ」


「……いいのか?」


「さっき言ったでしょ、ギニンじゃ子供達が飛び付いてるって。

 よじ登ってる子供も沢山いるよ」


「そ、そうか。

 ……ならば」


 意を決したように、テルヘロスは恐る恐る手を伸ばす。


 指がムアの真っ白な毛に触れると、その柔らかさにテルヘロスは息を吐いた。


「は……ははっ、凄いな。 大きな力を感じる」


 その気持ちはちょっと分かる。


 ムアの身動ぎ1つでも、俺達人間の小さな軽い体は抵抗など一切許されずに押し返されてしまう。


 そこに恐れを抱く者がいれば、ギニンの子供達のように安心して体を預ける者もいるのだ。


 俺やリーチェなんかが後者の最たる例だろう。


 布団にもするし枕にもするし抱き枕にもするし、何なら爆睡しながら運ばれるリーチェを見た事もあるし。


「クアァァ……」


 ムアが大きな欠伸をすると、テルヘロスはサッと手を引っ込めた。


 こいつビビったな。


 ニヤリとしながら顔を見ると、取り繕った顰めっ面で見返してきた。


「………何だ?」


「別に?」


 しばらくにらみ合って、破顔する。


「分かったよ、降参だ」


「素直でよろしい」


 テルヘロスはまた笑うと、空を見上げながら言った。


「アギトはギニンの冒険者なのか?」


「いんや。 今は越冬の為に居座ってるけど、雪が溶け始めたら離れるよ」


「……なぁ」


「その後はムアと世界中を旅するんだ」


 テルヘロスはしばらく口を開けっ放しにしていたが、1つ溜め息をついた。


「権力にも名声にも興味を示さない、か」


「悪いね、言葉を遮っちゃって。 でも何処かに属するのは向いてないんだよ。

 気ままに色んな場所に行って、色んなものを見たいんだ」


 言葉を遮るよりも勧誘を蹴る方が不敬だろうと考え、勝手に喋らせて貰った。


 今更ながら俺の、と言うよりライデンの固有能力は破格の性能だ。


 まだ使い慣れていない俺でさえ植物の遺伝子操作っぽい事をしたり食料難を救ったり出来るのに、これが産業に使われるようになれば経済のバランスはぶっ壊れてしまうだろう。


 それは宜しくない。


 頼られるのは悪い気分では無いが、依存されるのは訳が違う。


 もし俺やライデンが食糧生産の要になってしまえば、旅どころでは無いし俺達の在り方も縛られる。


 そんな生き方は断固拒否したい。


 神獣から国を救ったにも関わらず『豊穣』なんて2つ名が着いているライデンからも、食を支える事の偉大さと重要さは理解できる。


 だからこそ俺は、定住も依存もせずに放浪しようと考えているのだ。


 星空を見上げるテルヘロスの胸の内は読めない。


 ヴァートスのように孤独なのかもしれないが、俺にそこまで面倒を見るような慈悲深さは無いしな。


 しっかし久々の星空だ。


 ここ最近は吹雪ばかりでちっとも晴れなかったから、落ちるような錯覚に陥る夜空の深い紺も新鮮に感じられる。


 ムアに寝転がり、一緒に星を見上げる。


 凍てつく澄んだ空気のせいか、人里離れた地のせいか。


 日本に居た頃には見た事無い程の星が、天球に浮かんでいる。


 だがこれだけ星が見えても、俺の知っている星座は一つも無かった。


 やはりここは別の世界なのか。


 それとも……


「ガウッ」


「ん? どれー?」


 ムアが何か見つけたらしい。


 ムアの顔に頬をくっ付け、視線の先を辿る。


 さっぱり分からんが、一際明るい青い星が見えた。


「あれかな?」


「どの星だ?」


 テルヘロスも空を見上げながら仰け反って探している。


 だがその体制じゃ苦しかろうて。


「ほれ」


「うおっ!」


 袖を引っ張って引っくり返し、ムアにもたれかからせる。


「こっちの方が良く見えるでしょ」


「あ、ああ………そうだな」


 テルヘロスはおっかなびっくりしながらムアに体重を預けると、俺と並んで空を見上げた。


「………あの大きな赤い星があるだろう。

 そこから同じく赤い星を暗い順に繋いで行くと、ヴォルタクトス座だ」


「ヴォルタクトス? どんな生き物?」


「ヴォルタクトスは最古の神獣の一体で、火山に現れる炎のドラゴンだ。

 世界中の地脈や溶岩を泳いで移動するから、神出鬼没らしい」


「へぇ、ドラゴンか」


 ファンタジーの代表的な存在を聞けたな。


「そこからもっと上、空の頂上から行ったところにあるのが……」


 テルヘロスは指で星座を描き、それらの存在の物語を1つ1つ語る。


 花のような優しい御伽噺から、歴史から抜き出した残酷な存在まで、スラスラと夜空に描いてゆく。


  それらの物語が語られる毎に星座が浮き上がって見えるようになり、俺とムアは静かに空の物語を聞いていた。


「………ロス様ー! テルヘロス様ー!?」


「はぁ………無粋な奴だ」


「そう言ってやんなさんな。

 ほらそろそろお戻りよ次期領主様?」


 テルヘロスは名残惜しげに夜空を再び見上げると、重い腰を持ち上げた。


「ありがとう、良い夜だった」


「誤解を招きそうな言い方をするな。

 でも面白い話が聞けたよ。 おやすみ」


「ガゥーゥ」


「あぁ、おやすみ。

 夜中に叫ぶな! 私はここだ!」


 お前の声が1番良く通ってやかましいわ。


 ムアと顔を見合わせて静かに笑うと、2人で再び夜空に思いを馳せたのであった。

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