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一時の安らぎ

 ヒョウヒョウと吹き荒ぶ吹雪を、闇に並んで浮かんだ火の玉が照らしている。


 ゲルのダンジョン跡地浄化部隊。


 略してゲル浄化部隊は、初っ端の夜から吹雪に見舞われていた。


 大部隊での進軍のせいで、ゲルまで到着するのに5日を予定しているらしい。


 こんな時に『ムアと2人だったら半日もかからないのに』などと考えてしまう俺は、集団行動は向いていないのだろう。


 ムアを撫でながら吹雪の闇の中を眺めていると、雪を踏みしめる音が聞こえてきた。


「アギト。 俺らは交代だけど、お前らは休まなくていいのか?」


「俺もムアも寝なくていい固有能力持ちだから大丈夫」


「ガウッ」


 俺に声をかけに来た兵士は、呆れたような目で見てきた。


「アギトもムアも、つくづく思うが不思議な生態してるよなぁ。

 お前らみたいな固有能力は聞いたことねぇし、アギトは物騒な見た目してるしよ」


「格好は生態には関係ないでしょ」


 兵士は俺の文句など聞こえなかったかのように話し続ける。


「それに、何やかんや言って助けてくれるし」


 兵士の視線の先には、ドーム状の雪の山がいくつも連なって向こうまで続いている。


 あの雪の下には、俺が植物で作ったテントが並んでいるのだ。


「報酬がぶっ飛んでたからね。 寝床はその料金の範疇だよ」


「そうかい。 ま、暖かくてフワフワした場所でグッスリ寝れるってんなら、俺達はそれにあやからせて貰おうかね」


 兵士は「お前らも少しは休めよ」と言い残して、雪の下に埋まるテントの中へ消えて行った。


「ガウ」


「ん? おお、センキュ」


 ムアがよそってくれた具なしスープを1口飲み、ホゥと真っ白な息を吐く。


 ムアに寄りかかりながら真っ暗な吹雪の中を眺めていると、不思議な気持ちになってくる。


 風の音も、闇の中で高速で流れる吹雪も、手に触れたムアの温もりも、肌を刺すような寒さも。


 その全てが鮮明に感じられる。


 地球にいた時にもあったが、時々異様に覚えている景色がある。


 学校の帰り道の夕焼け空だったり、豪雨の中雨宿りした時の心地よい寒さの湿気だったり。


 この闇の中の吹雪も、どうやらその1ページとして追加されたらしかった。


「ガゥ?」


「んー……この話も、いつかライデンにしようか。

 めっちゃ寒くて前が見えないくらい酷い吹雪だったよって」


「ガウッ!」


 ムアがこの景色をどんな風に捉えているかは分からないが、別に同じように感じていなくたっていい。


 ただ何時か思い出して話した時に、一緒に共有できればそれでいいのだ。


 結界に溶かされて落ちてゆく雪だった水滴を眺めていると、中に誰かが入ってきた。


「お前達は休まなくていいのか?」


「便利な固有能力があるんでね。

 それよりあんたはこんな時間に1人でほっつき歩いてたら駄目だろう、領主様」


 結界の中に入って来たのは、グレイ・リニーウであった。


「公ではない場で礼を言いたくてね」


「報酬なら貰ってるからじゅーぶんよ」


「そうは言っても、普通ならありえない頼み事をしたのだ。

 勝手に感謝させてもらうぞ」


「強情な領主様だ。 なら俺は黙って受け取っておくよ」


 俺の隣に腰掛けたグレイに、ムアが具無しスープを霧に乗せて差し出した。


「ありがとう」


 グレイはスープを1口飲み、まじまじと見つめた。


「……美味いな。 これもアギトが作った野菜で作ったのか?」


「まあね」


 ゲル浄化作戦までの一週間半の間に、グレイから密かに頼み事をされていた。


 それが野菜の提供だ。


 軍を動かすのは莫大な金だけでなく、大量の食料を必要とする。


 これが物に溢れた時期なら良いが、節約し耐え忍ぶ冬にそれをするとなると、食料が乏しくなってしまうのだ。


 俺の植物を育てる固有能力を聞いて、もしやと考えたグレイから銀貨50枚で依頼を受け、大量に野菜を提供したのが事の経緯となる。


「お陰でギニンの物価にも影響が出ずに済んだのだ。

 お前達がギニンに居る間にダンジョンが決壊したのは、不幸中の幸いだと言えるだろうな」


 グレイはしみじみと呟き、またスープを1口飲む。


「そんなに消費がでかいんなら、他の貴族達は結構厳しいんじゃない?

 ギニンって冬は閉じ込められるけど、その代わりに人が多く集まるでしょ。

 その点バルガルフは山が近すぎるからって、わざわざギニンに避難しに来た奴が大勢いたけど」


「実はその話をしに来たのだ」


「ほう?」


 グレイは懐から、ズチャ、と重たい音を立てる布袋を取り出した。


「銀貨50枚入っている」


 日本円で500万相当の額に、思い当たるものがあった。


「野菜をまた作ってくれって話?」


 銀貨50枚は、出発前に野菜を作った時と同じ額だったのだ。


「ああ。 だがこの軍では無く、バルガルフ軍に提供して欲しいのだ」


 聞けば、バルガルフ領は現在金銭面でも食料面でも相当厳しい状況なのだとか。


 そんな時にゲル浄化作戦を合同で行わざるを得ない状況になり、更には国軍が介入して来た事で、大っぴらに援助をすれば貴族の面子が潰されてしまう可能性があるらしい。


「ゲルはバルガルフの領都であるシンズより、リニーウ領のギニンに近いのだが、一応バルガルフ領ではあるのだ。

 そんなゲルの自治が出来なければ後ろ指を刺されかねない。

 ましてや国軍が居る目の前で、そんな場面は見せられんのだ」


「なるほどねぇ。 んじゃ俺は今からでも行ってきた方がいいね?」


「頼む。 バルガルフ軍はゲルに向かう一本道を進んでいる筈だ。

 彼らにアギトの育てた野菜と……あの馬車を送り届けて欲しい」


 グレイが指さしたのは、馬に繋がれずに置かれている屋根付きの馬車数台であった。


 殆ど雪に埋もれているが、ムアなら問題無く運べるだろう。


「成功報酬は別でギニンに戻ってから渡すから、今は急いでくれ。

 今日の朝に鳩が届いたが、あまり猶予は無さそうだ」


「はいよ」


 荷物を纏め、心配かけないように近くで見張りをしていた冒険者や兵士に一声かけておく。


「出来るだけ早く戻って来てくれよ。 馬車の中じゃ凍えちまう」


「贅沢を覚えやがって。 ま、瘴気地帯に入るまでには戻ってくるよ」


 瘴気は人の生命力を削り、魔力を乱し、気も暴走させる。


 浄化作戦中に医療班もどきを任されている身としては、万が一を避ける為にもリニーウ軍が瘴気に触れる前に対処出来る状況にしておきたい。


 荷物を霧に飲み込んだムアに跨っていると、グレイに蝋封された手紙を渡される。


「これを渡せば話は通るだろう。 頼んだぞ」


「あいよ頼まれた。

 ムア、行くよ」


「ガウ」


 ムアは駆け足からグングン速度を上げ、吹雪の中を駆け抜ける。


 雪が横に落ちて行く景色の中で振り返れば、リニーウ軍の明かりはもう見えなくなっていた。



●●●●

 


 夜通し走り続け、日が昇る頃にようやく瘴気地帯の終わりが見えてきた。


 リニーウ軍から離れた俺とムアは、脚を一切止める事無く最短距離でゲルを突破してバルガルフ側まで駆け抜けてきたのだ。

 

 前方に見えた光に突き進むと、瘴気のモヤが一気に晴れた。


「瘴気地帯は抜けたね。 ムア、おつかれさん」


「ガウッ!」


「うむ。 後ちょっと頼んだよ」


 瘴気地帯では、瘴気がムアに触れる前に俺が吸い込むようにしていたのでどうしても遅くなってしまっていたが、抜けたとなれば話は別だ。


 幸い吹雪は夜の間に止み、今は深い青が雲の向こうに見える。


 ムアは瘴気で満足に動かせなかった四肢をめいっぱい伸ばし、跳ねるように霧を蹴って加速する。


「おーおー、すげぇな」


 風切り音が嵐のように聞こえる中で、俺も楽してばかりは心苦しいので結界を張る。


 風を避ける結界だ。


 ムアは空気抵抗が無くなった事に気付くと、1つ大きく跳ねて弾丸のように加速した。


「おおおおおお!?」


 霧に固定されてるから振り落とされこそしないものの、ジェットコースターの急降下も比にならないムアの加速に、思わず歯を食いしばる。


「ムア!! 凄いぞ!!」


「ガオォン!!」


 ムアの走った後は爆弾を連続で爆発させたように雪の壁が立ち上っている。


 戦場のような光景に、ふと見慣れた物が少ない事に気付いた。


 木が少ないのだ。


 全く無い訳では無いが、見えてもぽつりぽつり程度。


 赤脈の花畑に来た奴から聞いたが、バルガルフの雪の下には、天然の芝が見渡す限り広がっているらしい。


 春になればこの辺りは絶景なのだとか。


 冬が開ければバルガルフ領では、アガパ山脈山頂に陣取っているジャバルク軍をぶちのめしに行くという噂が立っている。


 浄化作戦が無事に終われば雪解けと同時にバルガルフに向かうつもりだが、その道中にでも是非見てみたいものだ。


 災害のような移動にも慣れ、ほか事を考え始めた頃。


「およ?」


 ムアの上で背伸びをすると、進行方向の雪から覗く屋根があった。


「グルゥ?」


「いんや、このままの速さでギリギリまで行こうか。

 相手を知らんから、まずは俺達の武力だけでも見せとこうぜ」


「ガウッ!」


 破壊的とすら言える速さで馬車団に近付いたムアは、爆発したような量の雪を巻き上げてブレーキをかけたのだった。



●●●●



 バルガルフ軍の足取りは、リニーウ軍とは比べ物にならない程重いものであった。


 ただでさえ少ない備蓄を更に削り、牧獣であるゴーバトンを何頭も潰し、来る春から目を逸らして領都シンズから出発したのだ。


 その癖して鎧やらの装備は1級品揃いなのだから重くて重くて仕方がない。


 シンズを出発して20日にもなる道中では、栄養失調で倒れた兵が何人もいた。


 今でさえ苦しいのにも関わらず、これから向かうのは更に過酷になるであろうダンジョン決壊後の浄化だ。


 バルガルフ軍の士気は限り無く低かった。


 だが項垂れて歩いていた彼らも、命の危機を感じれば話は別だ。


 ゴゴゴゴゴ………


 遠くから聞こえる地響きのような音に思い当たるものがあった兵士や冒険者が顔を上げる。


「……雪崩か?」


「そんな訳無いだろ。 ここは草原だぞ」


「おい、あれ……」


 1人の兵士が指さした先には、まだ掘り進められていない雪の向こうで、大量の雪が舞い上がっている光景であった。


 徐々に大きくなる地鳴りと舞い上がる雪に、あれが生き物の移動だと悟ったバルガルフ軍らは立ち尽くした。


 引き返そうにも後ろはつっかえており、左右は雪の壁。


 世にも恐ろしい怪物がぶつかってくると身構えた瞬間、それは大量の雪を吹き飛ばしながら止まったらしかった。


「っ…………!」


 雪煙の中で巨大な影が揺れ動き、バルガルフ軍は息を飲む。


 ひゅうと風が吹き雪煙が晴れて現れたのは、巨大な雪の化身と、地獄からやってきたような姿の不気味な存在であった。


「バルガルフ軍で合ってるか?」


「………」


 誰も、恐ろしくて口を開けずにいた。


「おい」


 催促する声にハッとなり、兵士の1人が慌てて前に出る。


「そ、そうだ!」


「なら良し。

 俺はアギトでこっちはムア。 リニーウ軍からの遣いで来た。 これを中の人間に渡してくれ」


 無礼を指摘する余裕などとても無かった兵士長は、アギトから受け取った手紙を急いで主の馬車へ届ける。


 主が手紙に目を通している間、兵士達はアギトとムアを息を潜めて遠巻きに眺めていたが、その振る舞いは軍を前にしても臆する事無く、堂々としたものだった。


 何せ、目の前で香ばしい匂いを漂わせる串焼きを取り出すと、ムアと一緒に頬張り始めたのだから。


 アギトとムアからしてみればぶっ通しで走り続けたのだから腹ごしらえしているのだろうが、今日の朝食ですら食い詰めているバルガルフ軍からすれば香りだけでも脳が麻痺しそうだ。


「っと」


 アギトは突然何かに気付くと、食べかけていた肉をムアの大きな1口に与えて、口の周りを拭った。


 アギトとムアの視線の先を辿った兵士は驚愕する。


「テルヘロス様!?」


 野蛮な冒険者であり、たかだか使者であるアギトを、テルヘロス・バルガルフは自ら出迎えたのであった。



●●●●



 馬車から出て来たのは、名前だけは聞いていたバルガルフの領主様らしいかった。


 荒々しくうねる黄金の髪をオールバックにしたその姿は、ガタイの良さも相まって金色のライオンが人に化けたかのようだ。


 だが深い蒼い瞳からは、確かな知性が感じられる。


 わざわざ出向いて貰ったからには、こちらから名乗るべきだろう。


「お初お目にかかります、私はアギト…」


「骸のアギト。 二つ名持ちの冒険者らしいな」


「……不本意ながら」


 俺がそう言うと、彼は豪快に笑った。


「手紙通りの人柄らしい!

 俺はテルヘロス・バルガルフ。

 父、ハイベル・バルガルフの跡取りだ。

 私の事はテルヘロスと呼んでくれ」


「承知しました。

 ではテルヘロス様、運んできた荷物を…」


「テルヘロスでいいと言っただろう?」


 ん?


「手紙で書いてある事が事実ならば、俺にもリニーウ侯と同じように接してくれ」


 これは……試されているのだろうか。


 彼と話すに当たって、グレイ達の顔に泥を塗らないように敬語を使って話したのだが……。


 まぁいいや、しーらね。


「ならどんな風に書いてあったかは知らんが、楽にさせてもらうわ」


 伸びをしながらそう言った俺に、周りの兵士や冒険者達がどよめく。


 しーらね、しらね。


 これで無礼者めって突き返されたら荷物だけ置いて帰ろう。


 だがテルヘロスはそんな俺を見て満足気に笑った。


「それがいい。

 今日から2日間は頼らせて貰うのだから、互いに気兼ねなく話せるに越した事は無いだろう」


 初耳である。

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