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横槍

 翌朝の開門と同時にギニンに駆け込んだ俺とムアの1報は、瞬く間に広がった。


 兵士も冒険者も商人も市民も、誰もが浮き足立っている。


 詳しく聞かせろと寄ってくる人混みを割って連れてこられたのは、領主の館であった。


 案内された会議室のような大部屋では、ギニンの重鎮らしき人物らが席を立って話し合っている。


 俺が入ると会話が止まり、一斉に視線が集中する。


 そんな彼らをかき分けて、セプシオがいつも以上に厳しい顔をしながら現れた。


「休息も取らせてやれなくてすまないが、緊急事態なん……お前そんな服着てたか?」


「外で着替えてきた。 戦利品だよ。

 で、とりあえず見てきた事話せばいい?」


 呪いの布について触れられると面倒なので適当に流す。


 嘘はついていないので大丈夫だろう。


「頼む」


「なら初めから話そうか。 ギニンを出て夕暮れ前くらいかな。

 王都との分かれ道の少し先で、ゲルの冒険者協会の出張所で働いてた男の死体を見つけた」


 セプシオは静かに口を開いた。


「……遺体は?」


 ムアが霧にゴリ男を浮かべると、セプシオは顔を覗き込んで呻く。


「ヤン……」


 彼はどうやらヤンと言う名らしい。


「全身に小さな怪我はあるけど、致命傷は腹に受けた刺し傷だね。

 雪に血痕が埋まってたから、途中まで逃げて来て息絶えたんだと思う。

 溶けたら遺体が傷んじゃうからしまっとくよ」


 だがそれにはギルド職員から待ったがかかる。


「待ってくれ、傷口をよく見せてくれないか?」


「直接的な証拠は持って帰ってきたから大丈夫」


 その言葉の意味を理解した彼は、頷くと引き下がった。


「で、その後暗くなってきた頃に、リザードマンに襲われてる国軍の兵士を1人助けた」


「国軍だと?」


 眉を顰め、誰もが怪訝な表情を浮かべる。


 相変わらずの嫌われっぷりである。


「調査で来てた隊らしいんだけど、そいつを残して全滅してたよ。

 目的は言った通りで、その後の国軍の動きまではそいつも分からんって言ってた」


「……そうか」


 助けたってところで周りの目は若干厳しくなったが、俺が国軍の動向を探ったと知り、むしろ認められるような雰囲気が感じられる。


「更にゲルに近付いたら瘴気が立ち込めてたね。

 徒歩圏内半日くらいは、その時は瘴気が充満してた。

 んで、その瘴気の中を大量のリザードマンが闊歩してたんで、手当り次第狩った」


「狩った? 瘴気は大丈夫だったのか?」


 あー、そうか。


 普通はそこで引き返すもんなぁ。


 少し悩んだが、面倒なので話してしまう事にする。


「今更ながら、俺は瘴気を吸収する固有能力を持ってるんだよ。 だから瘴気の中でも自由に調査出来たんだ」


 視線が部屋の片隅に居た男へ向く。


 見覚えのある顔だと思えば、彼は先日の呪物の捜索に協力していた、嘘を見分けられる固有能力持ちの文官だ。


 その文官が頷くと、再び俺に視線が集中する。


「ダンジョン周辺には色んな種類のリザードマンがいて…ムア」


 ムアが霧に浮かべたのは、通常のリザードマン。


 そして一回り大きい、道具を持つ知能の高いリザードマンだった。


「こいつらが殆どだったかな。

 他にもめっちゃでかいのがいるけど、流石にここでは出せないから後でね」


 会議室に居た者達がそれぞれの立場からそれぞれの角度でリザードマンを見る中で、セプシオは道具持ちのリザードマンを険しい顔で見ていた。


 そのリザードマンと一緒に浮かべられていたのは槍だ。


「そ。 多分その手の突き物でやられたんだと思うよ」


 言わずもがな、ヤンの死因である。


「ダンジョン周りに居たリザードマンはムアが皆殺しにしてくれたから、その後はダンジョンを覗いてきたんだけど……」


「……けど?」


「潜ってる途中に地下深くまで割れて、そのままめくれ上がってきたんだよね」


 「いやはやあの天変地異の如き景色はたまげた……」と臨場感たっぷり語ったつもりが、会議室の人間の殆どがその話に驚かずに「ならばダンジョンの決壊は確定か」と話している。


「あれ、インパクトが足りなかったかな」


「何だ、知らないのか?」


 セプシオ曰く、ダンジョンが決壊する時は大体今回と同じように、地面から中身が飛び出して来るのだそうだ。


 決壊したダンジョン周辺は瘴気に覆われ、未知のモンスターが闊歩するのだとか。


 ゲルのダンジョン跡地なんかは、モロにそうなりそうである。


「なら近くの生態系は荒れそうだね」


「それだけじゃないぞ。 瘴気が散らばれば作物は育たなくなり疫病も流行りやすくなる」


「やべーじゃん、どうすんのさ」


「それを今話し合っている所だ」


「なーる」


 しばらく慌ただしくしていたが、ようやく行動方針が決まったらしい。


 何人かが急いで会議室から出てゆく。


 彼らは、領地の近い貴族と連携を取るべく、鳩を飛ばしに行ったようだ。


 他の者達も各々会議室を後にし、それぞれの準備に取り掛かる。


 会議室が捌けると、上座に座っていたグレイとヴァートスの姿が拝めた。


 その隣に控えていた兵士が俺を呼ぶ。


「アギト」


「はいはい」


 素直に参上した俺に、兵士は厚い紙を手渡してくる。


「指名依頼だ」


 予想はしていたが手配書か。


 領主直々に押された印がまだ乾いていない様子を見るに、たった今用意された物らしい。


 『ゲルのダンジョン跡地浄化中、近衛部隊と共に行動せよ』と書いてある。


「アギトの治癒能力や瘴気の吸収能力、ムアの戦闘能力と輸送能力、霧による防御能力を評価し本件の依頼を下した。

 ……受けてくれるな?」


 いかめしい顔をして読み上げた兵士だったが、最後は少し素が出ていたな。


 この兵士は忘れもしない、俺にツダルパを飲ませてきた奴なのだから。


「構わんよ。 額にも満足」


 俺の返事に安堵したグレイは、ようやく口を開いた。


「近衛と共に行動すると書いてはあるが、実際はアギトとムアの得意分野を生かし、独立した動かし方になるだろう。

 その方がアギトの性分には合っているであろう?」


「流石領主様」


「心にも無い事を」


 クックックと笑うグレイとヴァートスだが、それは少々心外だ。


「尊敬ってか、信頼してるのはホントよ? 良い街だな〜って思うもん」


 すると今度は、ツダルパ野郎がいたずらっぽく笑う。


「嘘を聞き分けられる奴を連れてきましょうか」


「お前までそんな事言うか」


 緊急事態に緊張していた会議室から、ドッと笑い声が溢れる。


 どうやら聞き耳を立てていたらしい。


 全くもって失礼な奴らだ。


「失礼します! 至急お伝えしたいことがございます!」


 そんな会議室に、血相を変えて飛び込んできた者がいた。


 彼は先程鳩を飛ばしに行った1人だったはずだが……?


「話せ」


「はっ! 先程鳩小屋に、国軍の鳩が飛んで来ておりました! ……内容は…」


「……内容は?」


 催促された兵士は、苦虫を噛み潰したような顔をしながらも会議室に響き渡る声で叫んだ。


「………今回のゲルのダンジョン跡地浄化において、国軍で全面的に指揮を取るとの事です!」



 ドンッ!!



「お父様!?」


 グレイが肘掛を殴り、ヴァートスは驚いて父の顔をまじまじと見つめる。


 グレイは普段このような振る舞いをしない人なのだろう。


「普段は何もせんくせして、このような時だけ出しゃばりよる。

 ……被害が増えかねんぞ」


 ゲルのダンジョン跡地の浄化は、どうやら一筋縄ではいかなさそうだ。



●●●●



 準備期間は一週間半と意外と猶予があった。


 各貴族達との連携の為に、鳩待ちの時間が長かったのが主な理由だ。


 だがその一週間半が退屈なものだったかと言えば、俺とムアからすれば決してそんな事は無かった。


 俺とムアがまた長期間居なくなると聞いて、カイルがむくれたのだ。


 ぶっちゃけ感情をここまでストレートに伝えてくれたのが嬉しかったのだが、そんな内心を隠して「早く終わらせて帰ってくるから」と何度も言い聞かせる。


 お陰で一週間半の間は、赤脈旅団や信頼を得たアガパの民と共に受付に立つ事になった。


 それはそれで楽しかったが、そんな時間は直ぐに終わりを迎える。


「じゃ、行ってくる。

 困った事があったらあの怖いお姉さんに頼るんだよ」


「……それって…」


 カイルが口を開きかけたが、空気中にビシッと静電気のような音が響く。


「おっと、俺は誰がとは言ってないぞ」


「ぼ、僕も!」


「……くれぐれも怒らせないように」


「……分かった」


 2人で囁き合ってクスッと笑う。


 これでいい。


 俺が腰を上げると、少し離れた所に居るルマネアと目が合った。


「頼んだ」


『頼まれたわ』


 呟いた声は精霊が届けてくれたらしい。


 赤脈旅団から浄化作戦に向かうのは、ディカとリーチェのみだ。


 彼女らは近衛組では無かったが、それぞれ冒険者枠として重要な位置に配置されるらしい。


 ムアはしばらくカイルに寄り添っていたが、出発の時間になると鼻先で額にキスして俺の元へやって来た。


「さて、行こうか」


「ガウッ!」


 冬の配給の時と同じように、領主の館の前は喧騒に包まれていた。


 だがそれらの声も、以前のお祭り騒ぎのような雰囲気と違い緊張感が感じられる。


 ダンジョンの決壊はそうそう起こるものでは無く、最後にトラモント国内で決壊したのは20年ほど前らしい。


 今回は隠すこと無く厳重な馬車に近付くと、馬に乗った騎士が兜の蓋を上げた。


「よっ」


「お前騎士だったのかよ」


 鎧の中身は、なんとツダルパ野郎だったのだ。


「グレイ様に聞いて無かったのか?」


「信頼のおける兵士としか」


 それを聞いてツダルパ騎士は、兜の奥でニマーと笑う。


 すると馬車の子窓が開き、グレイが顔を覗かせた。


「あまりおだてるなよアギト。

 そいつがまだ20になる前から知っているが、調子に乗ると直ぐに何かしでかすのだ」


「ちょ、グレイ様!

 子供も居ますし、もう落ち着きましたって!」


「何やらかしたのさ、酒の失敗とか?」


 ツダルパ野郎だし。


 グレイは俺の質問に、ニヤリと笑う。


「それもある。 他にも……」


「あー! そろそろ出発するんで中に居てください!」


 ツダルパ野郎は笑いながら馬車に引っ込んだグレイに蓋をすると、安堵の息を吐いた。


 相変わらず器の大きい領主である。


 前方の方が騒がしくなり始めた。


 どうやらツダルパ野郎の言う通り、先頭から出発し始めたようだ。


 ゴト……ゴト……


 ゆっくり進んでゆく列から見る街の人間の表情は、どれも不安そうだ。


 気丈に振る舞う兵士や冒険者と違い、戦いに身を置かない彼らの顔が、ダンジョンの決壊に対する正直な感情なのだろう。


「お前ら死ぬんじゃねぇぞぉ!!」


 怒鳴るような声が響き渡る。


 見れば何時ぞやの定食屋の店主だ。


 あの定食屋は安くて量が食えるので、肉体労働に身を置く兵士や冒険者が頻繁に通っているらしい。


 定食屋の店主の声に、冒険者や兵士達が拳や得物を掲げて返した。


 俺の今回の主な仕事は、瘴気を吸って活動可能域を広げつつ、重傷者の治療を重点的に任せれている。


 彼らを1人でも多く生きて返すのが、俺の仕事であった。

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