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ゲルの安否

お久しぶりです。

また区切りが良いところまで投稿していきます。

今回はゲル浄化作戦編になります。

 北門からギニンを後にし、雪の中をムアに跨って疾走する。


 しばらく進んで行くと、やがて別れ道に突き当たった。


 ムアから降りて視点を低くすると、右側のバルガルフに続く道の方は雪が若干浅く積もっているのが分かる。


「こっから左が王都だってさ。 行ってみる?」


「ガゥウ」


 寄り道を提案する俺を、ムア仕事中だと諌める。


「久しぶりに2人で外に出たもんだからつい」


「ガゥ、ガウゥ」


 ムアは分かった分かったと体を擦り付けると、雪の霧で押しのけながら右の道を進み始めた。


 どうやら少しはゆっくり歩く時間を作ってくれるつもりらしい。


 ちなみにラグニィは居ない。


 彼女はギニンの防衛戦力として残されたのだ。


 何やかんやで、久々にムアと2人っきりの遠出である。


 俺の横をノッシノッシと歩くムアは、改めて見てもでかい。


 今更ながら、牙や爪を持っていながらこんなに大きなムアがギニンで受け入れられているのは、ありがたい限りである。


 もちろんムアの優しい気性が知れ渡っているというのはあるだろうが、この前よじ登って落ちそうになった子供を咥えていた時も、子供本人はおろか保護者ですらも微笑ましく見守るだけであった。


「ガウ?」


「口開けてみてよ」


「ガァ」


 開かれた大きな口の中には、鋭利な牙がずらりと並んでいる。


 どこからどう見ても肉食だ。


 しかし野菜も好き嫌いせず食べるし、スープだって霧を使って器用に飲む。


 俺と一緒にこの世界に落ちて来たムアがどんな存在かは分からないが、そんな事がどうでも良くなるくらいには濃厚な時間を過ごしてきたのは事実だ。


 ぶっちゃけ、地球に戻って家族と過ごすかムアとこの世界で生きるかと言われたら、考えるまでも無くムアを選ぶ。


「おらっ」


 サラサラの大きな毛皮に飛びつき、全体重を預ける。


 ムアは1度足を止めて鼻先でつついてきたが、霧で俺を持ち上げて乗せると歩調を早めた。


 どうやらまったりする時間はおしまいのようだ。


「ガゥ」


「分かってる」


 道の先の積もった雪の中に、倒れ伏す人影が見えた。


 駆け寄って確認するも、残念ながらもう息をしていない。


 ひっくり返して顔を見ると、厚着をした男の死体だった。


「……ガゥ」


「うん」


 彼の事は見たことがある。


 死んで、更に凍結しているせいか若干人相が変わってはいるが、彼は冒険者協会の受付をしていた男だ。


 ディカと親しげに会話をしていた、ゴリ男の彼である。


「……」


「……そうだね、残念だ」


 顔見知りの死に落ち込むムアを撫でながら、俺も内心の動揺を抑える。


 分かってはいた。


 当たり前の事だが、人は死ぬのだ。


 それも、この世界の命は日本よりもずっと軽い。


「……明日の我が身だな」


 冒険者という体を張る仕事をしている以上、同じ末路は十分以上に有りうる。


 ムアが霧を出して遺体を回収しようとするのを止めた。


「待って。 その前に状況を確認しよう」


 彼の遺体は、腹に傷を負っていたのだ。


 軽く雪を払い服を剥ぎ取ると、どうやら刺し傷のようだ。


 他にも全身の至る所に切り傷や擦り傷があったが、致命傷になったのは腹の傷だろう。


 鞘に収まっていた剣を引き抜くと、ドス黒い血が凍ってこびりついている。


 それを僅かに削り取り、溶かして固有能力で分析した。


「……人間の血じゃないね。 多分リザードマンの血だ」


「……ガウ」


 匂いを嗅いだムアも険しい顔をする。


 これはいよいよゲルのダンジョン決壊が現実味を帯びてきた。


 もしかしたら彼は、戦えるからと他の人を逃がす為に殿を買って出たのかもしれない。


 しかし腹に致命傷を負い、何とかここまで逃げてきたが息絶えてしまった、と。


 彼の無念と迫り来る死への恐怖は、遺体に負の感情として留まっている。


 その負の感情を肉体から吸い取り、供養とした。


「もういいよ」


「ガウ」


 遺体がムアの霧に包まれ、血痕を雪に残して消える。


 ギルドで遺体の調査が入るだろうが、それが終わって遺族の元に帰る前に、せめて綺麗な姿に戻してあげよう。


「そろそろ行こうか。 調べられるだけ調べて帰るよ」


「ガウッ!」


 冒険者協会職員の彼が生きていた証を辿るように、薄ら残る血痕の続く道を進んだ。



●●●●



 ゲルへの道を走り続けてしばらく。


 日が暮れかかって来ているにも関わらず、俺とムアは移動を続けていた。


「……グルゥ」


「うん、やばいね」


 ゲルに近付くに連れて、少しづつだが確実に瘴気が濃くなってきていた。


 本来は地面から直立して伸びるツダの木が、歪んで乱立している。


 以前にもこの道を通ったことはあるが、ツダの木はこんな生え方をしていなかった。


 原因は間違いなく瘴気だろう。


 メタセコイヤのような木が綺麗に並んでいたはずの並木は、今や地獄の先に続いているかのように禍々しく歪んでいる。


 瘴気が濃くなり始めて間もなく、男の悲鳴が聞こえてきた。


「ガウ?」


「とりあえず様子見。 脇から行こう」


 ムアは道から外れて森に入ると、悲鳴の方向へ宙を蹴って駆けてゆく。


 ゲルの方から聞こえてきたその声の主は、なんと兵士であった。


 それもあの鎧は……


「国軍か」


「グルルルル……」


 ボコボコに凹み、手甲なんかは剥ぎ取られているが確かに国軍の鎧だ。


 馬は血を流しながらもがき苦しんでいる。


 犯人は探すまでもなく視界に映っていた。


「グギョァァァ!!」


「うわぁぁぁぁぁ!!」


 リザードマンだ。


 それも5匹の群れで、リーダーは何と杖を持った知能の高そうなリザードマンである。


 他の兵士は大量の血痕を残してはいるが見当たらず、今悲鳴を上げて後ずさる彼が最後の一人のようだ。


 国軍って事はどうせウザイ貴族の息がかかってるだろうし見捨ててもいいのだが、それと同時に国軍側の動きも気になる。


 末端に見える兵士からどこまで話が聞けるかは分からないが、とりあえず助けてやる事にした。


 樹上から骨槍で5匹の脳天を貫く。


 ビクンと跳ねたリザードマン達は、それ以降ピクリとも動かなくなった。


「ひっ!?」


 突然出来上がったアギトの速贄に恐怖した兵士だったが、俺とムアが降りてくると驚きを通り越して呆然としていた。


「おい」


「………」


 返事が無いので、ベコベコの鎧をノックする。


 カンカンッと軽い音が響いてしばらく、兵士の意識がようやく顔を出した。


「な……なんだ!?」


「こっちが聞きてぇわ。

 で、何事よ。 この状況に至る経緯は?」


 まだ気が動転している兵士の話を要訳すると、どうやら国軍から偵察として派遣された部隊の1人らしい。


 他のお仲間はリザードマンのお腹の中だそうだ。


「お……お前は誰なんだ? それと、その魔獣は…?」


「俺? 俺はアギトだよ。 こっちは相棒のムア。

 ギニンから偵察に来たら、仲間の元に還ろうとしてるお前がいた訳。

 邪魔した?」


「いや、むしろ……」


 兵士はそこまで言いかけてハッとなると、姿勢を正す。


「助けてくれてありがとう。 アギトが来てくれなければ死んでいた」


「いいよ、さっさと行きな。……ああ」


 地に伏しもがいている馬の槍を引き抜き、傷を治してやる。


「治療系の固有能力……!?」


「めんどいから言いふらすなよ」


 口ではそう言ったものの、ぶっちゃけ期待はしていないが。


 『どうせ国軍だし』なんて思ってしまう俺は、だいぶギニンに染まってきたらしい。


 しかし兵士は「囲まれる前に逃げろよ」と、こちらの身を案じる言葉を置いて去って行った。


 兵士が立ち去り音も聞こえなくなってから、俺は自らの額を小突く。


 いかん、視野が狭くなっていた。


 思えば地球でも、反日だ何だと掲げる国の人間全員が日本を嫌いかと言えば、決してそんな事は無かったし。


「グルゥ?」


「ううん、大丈夫。 もう行こうか」


 突然の俺の奇行で、ムアを心配させてしまったようだ。


 再びムアに跨り森の中を進む。


 ゲルの町が見えて来る頃の距離になって、真っ先に目に入ったのはリザードマンの体の一部であった。


 それも、巨大な。


「うわー、見覚えがあるねぇ」


「ガウー」


 ズリズリと這っていたのは、俺が何時ぞやに倒した巨大リザードマンであった。


 ぶっちゃけ脅威では無い。


 赤脈旅団に揉まれしごかれた今の俺なら余裕だ。


 だがわざわざ相手をするのも面倒なので、遠回りして先に進む。


 木々の隙間を駆け抜けて行くと時折リザードマンに遭遇するが、その度に鳴き声1つさせずに息の根を止めて回収する。


 しかしゲルに近づくに連れて接敵頻度が増え、めんどくさくなってきた。


「ガゥウ、ガゥ」


「同意見。 頼むわ」


 ムアの提案で隠れ潜むのを諦め、霧を辺りに散らせて駆け抜ける。


 目だけで追ってくるリザードマンを放置し駆け抜けると、開けた場所に出た。


「おうふ」


「ガゥ………」


 視界に飛び込んできたのは、沼底のように緑が濁って淀んだような色だ。


 それが地面も見えないくらい、辺りを埋めつくして蠢いている。


「うわー気持ち悪。 あの量は流石に食いきれんなぁ」


「ガゥガァ」


「あ、ムアならいくらでも保存出来るのか」


 ならちょっと摘み食い……いや、がっつり食料確保に動く事にした。


 とは言っても、実際にやるのはムアだ。


 俺は肉の味が落ちないように、辺りに充満している瘴気を片っ端から吸収してゆく。


 そんな事をすればリザードマン達も気が付くが、しかしその時になって辺りを見回してももう遅い。


 ムアの霧が見る物を全て包み込んでいるのだから。


 霧を吸い込んだリザードマン達は、道具持ちも普通のリザードマンも平等に死に絶えてゆく。


  命のエネルギーが霧散し、ただの有機物になった死骸をムアが回収すると、ようやく地面が見えた。


「残骸しかないねぇ」


「ガゥ……」


 地面には踏み潰されて曲がった木片などが、チラホラ見受けられる。


 恐らくゲルの建物の残骸なのだろう。


 ゲルの跡地を進んでゆくと、ゲルのダンジョンの入口が見えてくる。


 だがその穴は記憶よりも遥かに大きく広がっていた。


 以前見た時は大人が5人並ぶのがやっとだった穴は、今や巨大リザードマンが3匹一度に顔を出しても十分な広さになっている。


 覗き込んでみると、奥の方はモヤがかかっていて見えない。


 モヤの正体は、可視化出来るほどの濃度の瘴気であった。


 その濃い瘴気が、そよ風に煽られて僅かに溢れる。


「……グルゥ」


「俺の後ろにいな」


 僅かに漏れ出た瘴気を吸収すると、体の奥底に力が溜まってゆくのを感じる。


 俺の固有能力ならともかく、ムアや普通の存在に瘴気は等しく毒になる。


 ムアにはさっきリザードマンの処理をして貰った分、今度は俺がガンガン瘴気を吸収しながらダンジョンの中に踏み込んだ。


 うーん、濃厚。


 ………ってやべっ!


 水龍のコートが瘴気に抵抗して、チリチリ鳴ってるのだ。


「ムア、これしまっといて」


「ガゥ」


 コートを脱ぐと適当に着た雑な姿が顕になる。


 それと……


「やべ、持ってきちゃってたわ」


 俺の手首には、呪いの布が巻かれていた。


 あの時のドタバタした状況でそのまま持ってきてしまっていたのだ。


「……ん?」


 見れば呪いの布は、瘴気に反応してじわじわと面積を広げているらしい。


 それを見てふと思いついたので早速実践。


 布を2つに引きちぎり、ダンジョンから吸収した瘴気をたっぷり与えてやる。


 すると呪いの布は炭酸にラムネを入れた時のようにブワッと膨らんで明らかに面積が広がった。


 しかも都合のいい事に、どうやら俺の瘴気を吸った事で支配下に置けたらしい。


 ならばものは試しと、瘴気を加減して布に吸わせながら広げたり糸を絡めたりしてしばらく。


 完成したのは羽織のような何かと、袴のような何かであった。


 呪いの布が瘴気を吸って膨らむのを見て、何時も服をズタズタにしながら戦う俺の戦闘スタイルに使えるのでは?と考え作ってみたのだ。


 追加で靴にも呪いの布を纏わりつかせ、早速着てムアに見せる。


「どーよ」


「ガウッ!」


 好評なようで一安心。


 魔法で作った水鏡に自分を映して確かめる。


 そこには灰色の長い髪を結い上げ、不気味な牙のマスクを付け、黒い和服のような物を着て棍棒をぶら下げた男が立っていた。


 うーむ、邪悪。


 時代によっては世捨て人や物の怪の類に間違われても不思議じゃ無いなぁ。


 だが便利な事には変わりないので良しとしよう。


 再び瘴気を吸収しながら歩を進める。


「あら」


 この辺りには分かれ道があったはずだが、ゴッソリと削られて一本道になってら。


 一本道を進むと、前方が薄ら明るくなってきている。


 ダンジョン特有の光源だ。


 しかしその明かりもどうやら弱まっているらしい。


 十分以上に警戒しながら進んでゆくと、ついに洞窟が開ける。


 その先の光景を見て、俺とムアはしばらく言葉が出てこなかった。


「………おうふ」


「………グルゥ」


 以前ディカと潜った遺跡が、ど真ん中で真っ二つに割れていた。


 2階層に繋がる大穴など比にならない。


 見える範囲でどこまでも真っ二つだ。


 崖となった亀裂に光球を放り投げると、2階層と3階層を遠くに一瞬照らし、更に奥へと落ちて行った。


 どうやら底なしのようだ。


 この様子では、俺が以前発見した未発見の深層にも届いているのだろう。


「足踏み外したら捕まえてね」


「ガゥ」


 そんな事を考えながらも瘴気をグングン吸いこんでゆく。


 以前潜った時とは比にならない濃度だが、俺の体調はすこぶる良い。


 常人なら発狂するんだろうなーって感覚はとうの昔に越した気がするが、僕は元気にやってます。


 しかしムアは思うように動けずに窮屈そうだ。


「そろそろ出…っ!?」


 ゴゴゴゴゴ………


 何の前触れも無く、ダンジョン全体が突然揺れ始める。


「ガウッ!!」


「おけ!」


 ムアに飛び乗り、瘴気をガンガン吸い込みながら薄暗い通路を駆け抜ける。


 崩落するかと思われた通路だったが、天井から岩が落ちてきたかと思えば、パックリ開いて夜空が向こうに見えた。


「上!!」


 ムアは霧を蹴って飛び上がり、ダンジョンから脱出する。


 少し離れた空中で立ち止まり見下ろすと、大地を割ってダンジョンの遺跡が盛り上がって来ていた。


 まさに天変地異だ。


 吹き上げた瘴気が辺りを暗く染め、視界を遮る。


 ギョァァァァァァァァ………


 ダンジョンの方向から、聞いた事の無いモンスターの絶叫が幾重にも重なって響き、木々や雪を揺らす。


 その間にも更に広がって来た瘴気から逃れるべく、ムアと避難する。


「これがダンジョンの決壊か」


 俺の呟きに、ムアが雪を力強く蹴った。

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