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定期調査

「だ……大敗北……」


 血肉が散らばる訓練場にぐったり倒れ込む。


「そんな事無いわ、着実に成長してるから自信を持ちなさい」


 俺の残骸を器用に避けて歩いてくるのはルマネアだ。


 スターニーと模擬戦をしてからと言うもの、俺は積極的に実力向上に勤めていた。


 休みのディカ、ルマネア、スターニーを捕獲しては、訓練場に連れ出してズタボロにされ続ける日々。


 自分の中で毎日目標を立てて達成しながらボコボコにされているからまだいいものの、ここまで全く勝てないと本当に強くなれてるのか自信が無くなってくる。


「大丈夫よ。

 今なら金級の下の方になら十分に食い込めているんじゃ無いかしら?」


「……まだあんたら3人の本気を引き出せた事が無いんですが」


 言わずもがな、赤脈旅団の三巨頭の事である。


「目標が高いのはいい事よ」


 つまりまだまだ届いてはいないと。


 セプシオ監視の元、自らの血肉をウゾウゾ生やした根で吸い取り、訓練場を綺麗にして後にする。


「さて、今日も肉を提供しに行きますか」


 灰色の雲の向こうで光を放つ太陽の位置から察するに、少々模擬戦に熱中しすぎたようだ。


「今日はどんな味付けかしら?」


「実は昨日の夜に肉をソースに漬け込んであるから、それを焼くつもりなんだよね。

 その変わり香辛料はシンプルに塩と香草をちょこっとかな」


「いいわね」


「美味しそうですね!」


 おや?


 突然別人の声が混じった気がする。


 ギルドの中を見回してみるが、近くにはルマネア以外見当たらない。


「おっかしいな。 聞き間違いかな?」


 前に向き直る俺の脇腹に、そこそこ重たい拳がめり込んだ。


「グッフ」


「ここですよ! わざとやってるでしょう!」


 呻いてうつむき、ようやく顔が拝める。


 ギルドの制服に身を包んだラグニィがプリプリ怒っていた。


「いやぁ、ごめんごめん。 つい視界に入らなくて」


「私が生殺与奪権を握っている事をお忘れなく」


 俺の腹に拳がグリグリ押し込まれる。


「すいませんでした」


「……いいでしょう」


 鉾ならぬ拳を下げてくれたラグニィだったが、何やら用があって来たらしい。


「アギトに一緒に受けて欲しい依頼があるのです。 この依頼なのですが……」


 ラグニィの持つ依頼書を、ルマネアと一緒に覗き込む。


「………ほう」


 返事が遅れたのには訳がある。


 依頼書には『持ち込み呪物の定期調査』と書かれていたのだ。


「あらあら」


 ニヤニヤしながらルマネアが俺を、正確には牙のマスクと腰の棍棒を見てくる。


 やめんか。


「冬のギニンには、色んな人が色んな物を持ち込みます。

 その中には危険な呪物も含まれている事が多々あり、過去にはそのせいで経済がストップしてしまった都市もあるのですよ」


 その話は気になるが、これだけは確認せねばならない。


「へー。 じゃあ呪物の持ち込みは違法なんだ?」


「そうなります。 もっとも、ダンジョン産の呪物もあるので、どうしても監視の目が甘くなってしまう事は致し方ない所ではあるのですが……」


 よし、もし聞かれたらダンジョン産って事にしとこう。


 そうしよう。


「でも何で俺を? ラグニィなら大抵の依頼はどうとでもなるでしょうに」


 実力は身をもって体験したので申し分無く、ギルドの受付をしているので知識面でも有能。


 そんなラグニィが俺を依頼に誘う理由とは……


「……ん?」


 ルマネアがニヤニヤしながら肘で小突いてくる。


「まさかぁ」


 友達宣言されたしな。


「別に私とアギトはそんな関係では無いですよ。

 確かにアギトは将来有望かもしれませんが……私はそこまで命知らずではありませんし」


 そう言って顔色を伺うラグニィを、ルマネアはニコニコしながら撫でる。


 俺はそんなに危険な人物なのだろうか。


「あ、それでアギトを誘う理由なのですが、呪物の中には触れただけで手足が腐り落ちるような物騒な物があるのです。

 命を脅かすような呪いは気で防げるのですが、表面的な穢れは受けてしまう場合があるので、その時には治して頂こうかと思って誘ったのですよ!」


 へー、呪物こわ。


 そりゃ顔に付けてるアタオカをルマネアが警戒する訳である。


「別に構わんけど報酬は?」


「ご安心を。 これはギニンから出されている依頼ですので、個別に全額支払われますよ!

 もっとも、ある程度の実力と信頼が無ければ受けられませんが、その点アギトなら問題は無いかと」


 自治依頼って事ね。


「あなたにピッタリな依頼なんじゃないかしら?

 受けなさい」


「有無を言わせんか。 まぁ受けるけれども」


 こうして、3日後に急遽予定が入ったのであった。



●●●●



「おはようございます! こっちですよ!」


「はいよ、おはようさん」


「ガウッ!」


 ラグニィの声に導かれて大通りに出ると、既に20名程の兵士が整列している所であった。


「お、アギトとムアも来たか。 これで揃ったな」


「おはようさん。 すまんね、待たせたか」


「なぁに、まだ皆集まったばかりさ」


 挨拶を交わす警備兵らはもう全員知り合いだ。


 俺が肉を持った子供達を差し向けるようになってからと言うもの、警備兵らが巡回経路を奪い合っているのだとか。


 そんな警備兵らの中に、文官と見られる装いをした者が3人いるが誰なのだろうか。


 幸いにも向けられる視線に悪意を感じないので、悪い奴では無さそうだが……。


「整列!!」


 ザッ!!


「おお」


 突然の号令にも素早く並ぶ兵士達に驚きつつ、邪魔をしないように少し離れる。


「アギトとムアはこっちです」


 ラグニィと一緒に待つことしばらく。


 兵士の殆ど……と言うか、俺とラグニィにあてがわれた1人を除いた兵士全員が離れてゆく。


 文官だと思っていた彼らは、領主が囲っている、嘘を聞き分ける固有能力持ちであった。


 文官に合わせて3班に別れた兵士達が去ってゆくのを横目に、俺達の方へ歩いてくる兵士を見やる。


 確かこいつは……


「両頬張り手じゃないのさ」


「仲直りしたんだからやめてくれよ」


 この若い兵士は、飲み歩いて帰りが遅くなった時に彼女から挟み込みビンタを食らった奴だ。


 赤脈の花畑に巡回しに来てた時に面白い顔をしていたので、捕まえて理由を聞いた。


 今ではすっかり綺麗に治っているが、フェイスペイントと言われても疑わないくらい指先まで綺麗についた手形は中々見ものであった。


 こいつの事は親しみを込めてビン太と呼ぶ事にする。


「しっかしアギトとムアが来てくれて安心したぜ。

 仕事とは言え、人気の受付嬢と2人で歩いてる所を見られたらタダじゃ済まないだろうからな」


 そう言って身震いするビン太の恋人は、かなりキツイ性格をしているのだろう。


「メソメソしません! 男は尻に敷かれるくらいが幸せだって私のお父さんが言ってましたよ!」


「そうかなぁ……そうだよな。

 …………よし」


 何を決意したのかは知らないが、今はお仕事の時間である。


「で、俺達はどのルートで回ればいいのさ。

 お前は案内役で来たんでしょ?」


「おっとそうだった。

 まずは………」


 ビン太に導かれて着いたのは、大通りに馬車を解体した露店を構える商人の所であった。


「俺とムアは何をすればいい?」


「後ろから圧でもかけててください。

 基本的には私が話すだけで事は済みますから」


 との事なので、ムアと一緒に商人をじっと見据える。


 プレッシャーを与える時は、下手に睨みつけるよりも「興味無いけど煩わしい」みたいな感じを出すと効果的だ。


 俺がされて嫌だったので間違いない。


 すっかり縮み上がった商人に、ラグニィはにこやかに話しかける。


「おはようございます!

 呪物の持ち物検査に来ました!

 あなたは呪物を持っていますか?

 ハイかイイエで答えてください」


「いいえっ!!」


 えっぐ。


 商人が上擦った声で返事をするのも無理は無い。


 何せ、嘘を見抜けますよーと知らせつつ有無を言わせずに答えを絞ったのだから。


「では質問を変えましょう。

 あなたはギニンに呪物を持ち込みましたか?」


「いいえ」


「ならギニンに滞在中、呪物が1度でも手に渡った事はありますか?」


「いいえ」


「ふむ………」


「…………」


 しばらく蛇のように見つめていたラグニィだが、一転して可愛らしい花のような笑顔を見せる。


「いいでしょう!

 あなたは合格です!」


「ふいぃぃぃぃ………」


 ギルドで受付している時のような笑顔のラグ二ィとは対照的に、風船が萎むように椅子に沈み込む商人。


「終わりました!

 さぁ、次に行きましょうか!」


「分かっちゃいたが早いなぁ」


 さっさと店を離れるラグニィに、ビン太は慌てて次の順路を確認しつつ後を追う。


「やっぱし早いんだ?」


 ビン太は書類を捲りながらも頷いた。


「普通はもっとはぐらかすような返事をしてくる奴が多いんだ。

 呪物を持って無くともな。

 どれだけ街の警備が緩いかを試しやがる商人は珍しく無い」


「ほぇー」


 苦虫を噛み潰したような顔をしていたビン太だったが、先程の光景を思い出してニヤリと笑った。


「だが今回の面子の前じゃとてもそんな余裕は無かったんだろう。

 何せ手が早くて強い事で有名な2人がいたんだからな」


「ちょっと! 私のは正当防衛です!」


「それにムアはどうしたよ」


「ガウッ?」


 纏わりついてくる子供達を尻尾でいなしていたムアが、呼んだ?と顔をこちらに向けてくる。


「ムアは確かに怒った事はあったけど、その時は威嚇で終わっただろ?

 その点アギトは前科有りだからな。

 下手に機嫌を損ねるような事は言えないだろ」


「失礼な話だよ。

 一般的に人を怒らせるような事をすれば怒るけど、それ以外なら温厚なつもりなんだけどねぇ」


 これでも比較的柔軟な思考をしているつもりだ。


 日本での常識とこちらの世界での常識をすり合わせて考えるくらいの寛容さはあるつもりだが。


「振りかざされる力が大きければ、相手が何で怒るかよりもそっちばかりに気を取られるんだろ。

 そういえばここ最近ギニンの治安はかなりいいんだが、何が抑止力になってるんだろうな?」


「赤脈旅団でしょ」


「それは確かにそう」


 グダグダだべっていると、ふと1人足りない事に気付く。


「ラグニィどこ行った?」


「あら、ほんとだ」


 からかってるとかでは無く、シンプルに居ないんだが。


「ガウッ」


「ん?」


 ムアの視線の先には、列を成して追っかけてくる子供達の群れが。


「あ」


 その中に混じって、ちゃっかりラグニィがいた。


 すまん、全く気付かんかった。


「どうかしましたか?」


「いんや、何でもない」


「……私の固有能力をお忘れで?」


「童の一人に見えました」


 残像が見える程の速さで放たれた拳を、半歩引いて躱す。


「むっ」


「ふはは。 どうよ、結構強くなっただろ」


 これでも伊達に毎日ボコボコにされてはいないからな。


「いいでしょう……この依頼が終わったら肉片にしてあげます」


「やってみるといい。 俺はいくらでも増えるぞ」


「なら頭を潰しましょう」


「やめてください」


 街中でする会話では無いなぁ。


 てかビン太が静かだな?と振り返れば、彼は口を開けてポカーンとしていた。


「どうしたよ」


「い、いや……そういや2人とも強かったなぁって……」


 どうやら先程のじゃれ合いでビビったらしい。


「兵士があれぐらいで驚いてどうするんですか。 見てください、無邪気な子供達を」


 ラグニィの言う通り、ガキンチョ共はそもそも先程の光より早いジャブに気付かず、ムアとワイワイキャッキャ遊んでいる。


「比べる相手が悪いだろ……。

 頼むから2人とも街中でガチ喧嘩とかするなよ。

 とてもじゃないが手に負えないからな」


「「はーい」」


 仲良く手を挙げる俺とラグニィに、ビン太は頭痛でもするかのように、拳を額に当てるのであった。

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